11.破局21/22

21

深夜の一時頃、由美子と流山は由美子の家に戻って来た。
もう3時間探していたのだ。しかし、唯を見つけることは出来なかった。由美子は泣きそうだった。
「水島さん、大丈夫だ。絶対に彼女は無事だ」
「でももうこんな時間なんだよ!それなのに……」
「ひとまず家に戻るんだ。もしかしたらもう帰っているかもしれないだろ?」
「でも……」
「大丈夫だ」
「…………」
「……それじゃ」
「えっ、うちで少し休んで行ってよ」
「ふ、ふざけるな、女の家なんかにそう入れるか!」
流山は顔を背けた。
「……そろそろ正直になったら?」
「えっ……」
流山は驚いて由美子を見た。
「まだ母親にコンプレックス持ってるの?」
由美子は真剣に流山を見つめる。
「うるさい!俺のことなんかどうでもいいだろ!」
そう言うと、流山は由美子に何かを押しつけた。

「これは……」
それは流山の電話番号が書かれたメモだった。
「…………」
「…………」
「勘違いするな、神代さんが見つかったら連絡してほしい。ただそれだけだ」
由美子は微笑む。
「それじゃ私も。こうちゃんが見つかったら連絡してね」
由美子は自分の電話番号を書いて流山に渡した。
「……わかった」
そう言うと、流山はゆっくりと歩いて行った。
由美子は流山の後ろ姿をじっと見つめていた。



由美子は流山の姿が見えなくなった後、家に入ろうとした。すると誰かに呼び止められた。
「水島」
「えっ!」
由美子が振り返ると、唯をおぶった男が立っていた。
「に、西山君!!」
由美子は余りに突然の出来事に我を忘れそうになった。純が唯を連れて来てくれたのだ。こんな状況は考えてもみなかった。
「おいおい、そんなに驚かんでもええやろ」
「だって……」
「それより、ちょっと上がらせてもらってええか?」
「え、ええ……」
由美子は呆然と立ち尽くしていた。


純は由美子のベットに唯をそっと寝かせてやった。
唯の髪は乱れ、制服はビリビリに引き裂かれていた。
「こうちゃん一体どうしたの!」
「変態に襲われとったんや」
「えっ!あの黒ずくめの男が現れたの!!」
「何や、知っとるんか?」
「ええ……私も襲われそうになったことがあるの」
「そうなんか。それは知らんかった。もしかして逃がさん方がよかったか?」
よく見ると、純は血だらけになっていた。
「もしかしてその血って……」
「え、ああ……奴をボコボコにしてもうた」
由美子は純が喧嘩した所など見たことがなかったので驚いた。
純は優しい顔で唯を見ていた。
「でもどうして西山君が通りかかったの?」
「たまたま酒が切れたから買いに行く途中やったんや」
「お酒?」
「あ、いやいや何でもあらへん」
「…………」
「それはいいとして、歩いとったら遠くの方から何か聞こえたんや。何を言うてるかはわからんかったが、なぜか唯のような気がした。お前が女子トイレでイジメられとった時と同じや。唯の心の声が聞こえたんや」
「心の声?」
「ああ、だからわては走った。我を忘れていた。そしたらあの大男にレイプされる直前やったんや。わては唯との約束を忘れてしまったよ」
「約束?」
「そうや、絶対に喧嘩しないって……」


純は小6の時、唯のことで大喧嘩をしたことがあった。その時、唯を馬鹿にした友人を純は死んでしまう位に殴ってしまった。
唯が泣きながら止めに入ってやっと収まったのだ。
『純、お願いだからもう二度と人を傷つけないで』
それ以来、純は喧嘩しなくなった。
唯の悲しむ顔を見たくなかったからだ。
だから裕子を助けた時も一発も手を出さなかったのだ。


純は唯の頭をそっと撫でた。その顔は幸せそうだった。
「わてはいつも唯の笑顔を見ていたかった。唯の笑顔は天下一品やからな」
純は自分の上着を脱ぐと、唯に掛けてやった。
「……そんなにこうちゃんが好きなのに、どうして他の子と駆け落ちなんか……」
すると純は顔を曇らせた。
「あいつにはわてが必要なんや。支えが……」
「…………」
純は立ち上がった。
「帰るの?」
「……唯の奴が起きたらばつが悪いやろ」
「待って、こうちゃんの気持ちを知ってるの!」
「何言っとるんや。唯は木下の奴とつき合ってるんやろ?」
「違うよ。こうちゃん、木下君の告白を断ったのよ」
「そんな、うそや!!!」
純は取り乱す。
「本当よ。こうちゃんは、こうちゃんは……」
するといきなり唯が叫んだ。
「純!絶対に見つけるからね!!」
「うわっ!」
「じゅん……むにゃむにゃ……」
「……ってなんや寝言か……」
そして純は軽く笑った。
「結局、わての早とちりやったんか……」
笑ってはいたものの、その顔は寂しそうだった。
「こうちゃんね、この1ヶ月半ずっと西山君のことを探してたんだよ」
「そうか……わてがアピールしとった時は全然気付かんかったくせに……でも今は、今は駄目だ」
「どうして?」
「すまん……」
そう言うと純は出て行ってしまった。

「馬鹿なんだから……西山君もこうちゃんも……」




22

勇也は目を覚ました。
「う、うう…………んっ!?」
するとその途端に絶句してしまった。
美雪が勇也に抱きついて眠っていたのだ。
瞬時に心臓が爆発しそうになった。
勇也は慌てて起き上がろうとする。しかし、美雪が抱きついているので身動きがとれない。
ドキドキドキドキドキドキ………………・
心臓の鼓動に押し潰されそうになる。
なぜか自分に抱きついて眠っているのだ。
恥ずかしさ大爆発である。
どうする、どうする、どうする!!
勇也は、ゆっくりと横にずれてソファから落ちようと考えた。そうすれば美雪を起こさずに何とかなりそうだ。


しかし、一体どうしてこんな状況になってしまったのだろう。
勇也は悩んだ。
確か美雪に膝枕して貰って……そのまま寝てしまったのか?でもそれがどうしてこんな格好になっちゃうんだよ。
勇也は目の前にある美雪の寝顔を見た。
とても幸せそうな顔をしている。
それを見ていると、このままでいたい気もする。
このまま美雪を抱きしめたい。
このちっちゃな子を。
――――そしてキスをしたい。
しかし、寝ている美雪にそんなことは出来なかった。
それは恥ずかしいからではない。
自分が卑怯だと感じるからだ。
そんな人間にだけはなりたくなかった。


暫くして、勇也は再び体を横にずらし始めた。
その時だ。
美雪は手足を絡めて来た。
「う、ううーん、ゆーちゃん……」
「み、美雪……お前、本当に寝てるのかよ」
勇也はタジタジである。もう動きがとれない。
「……もういいや、好きにしてくれ」
勇也が匙を投げると、美雪が目を開けた。
「ゆーちゃん、お・は・よ」
「やっぱり起きてたのかよ……」
「ふふ」
「いつから起きてたんだよ?」
「ゆーちゃんが起きるちょっと前だよ」
「お、お前なあ、俺をからかって面白いのか?」
「だってゆーちゃんて可愛いんだもん」
「――――!!」
「なんてね、ほんとは違うよ」
「えっ!」
勇也はドキッとした。
「本当にゆーちゃんを抱きしめたかったの。そして、ゆーちゃんにもそれに答えてほしかった……」
「……そんなこと出来ないよ」
「どうして?」
「眠っているお前に手なんか出せないよ」
すると、美雪がソファから転がって下に落ちた。
「美雪!」
勇也は慌てて下を見た。
「えっ!」
「ゆーちゃん、キスして……」
「美雪……」
「今私は起きてるわ、手を出して……」
勇也は、なんちゅー過激な言葉だと思った。
勇也は体が熱くなって行くのを感じた。
心臓が止まりそうだ。
「どうしてそこまで……」
「私、ゆーちゃんが好き、死にそうな位に……だからお願い、私の気持ちに答えて」
「…………」
勇也は床に転がっている美雪の前に座った。
やさしく美雪の肩を掴む。
美雪は全く拒まない。
そして、唇を近づけた。
「…………」
「…………」
しかし、美雪の唇を前にして勇也は止まってしまった。
「……ごめん、出来ない」
「どうして?」
「いざとなると体が竦んでしまうんだ……俺ってやっぱ駄目な奴なんだよ……」
「そんなことない!もっと自信を持って!!」
「自信……」
以前唯にも同じ言葉を言われた気がする。
確かに勇也に足りないのは『勇気』だ。
人見知りが激しいからと自分で勝手に決めつけて、他人との接触を、コミニュケーションを避けていたのだ。
俺は一体何やってるんだ?
彼女がキスを望んでいるんだ、何も怖がることはない。
でも、何か怖い気がする。
キスしたら美雪に嫌われてしまうような、取り返しがつかないような、そんな気がするのだ。
出来ない……
出来ない……


その時だった。
一瞬、いつも夢に出て来る少女が勇也の頭の中をよぎった。
『自分で選んだ子なんでしょ……好きになって貰ったんじゃなく、好きになった。そして好きにさせた……自分に正直になりなさい……』
そうだ、そうだったんだ。
俺は美雪が好きだ!誰より美雪が好きだ!
誰にも渡したくない!!


そう思った瞬間、勇也は美雪にキスしていた。
美雪の気持ちに答える為に。
彼女が思ってくれている位に、俺も君を思っているんだ。
壊れてしまいそうな位に美雪を求めた。
美雪もそれに答える。
そして、2人はゆっくりと唇を離した。
「うれしい……私のファーストキスをゆーちゃんに貰って貰えて……」
「ごめんな、躊躇ったりして……」
「ううん、いいの」
勇也は立ち上がった。そして美雪をゆっくりと起こしてあげる。
このまま行くと、美雪の身体まで求めてしまいそうだった。
だが、そんなに焦っても仕方がないと思った。
もっと時間をかけてゆっくりゆっくりと愛し合って行きたい、そう思った。



勇也はふと外を見た。
「あれ、こんなに雨が降ってる……全然気がつかなかったよ……ん!?」
「ど、どうしたの?ゆーちゃん!」
「おい、美雪、今何時だ!一体どれ位寝てたんだ!」
美雪もはっとして腕時計を見た。
「あ……6時みたい」
「なんだ、2時間位か……」
「違うよ、ゆーちゃん。朝の6時……」
「えっ!ええっ!?」
勇也は驚きの余り大声をあげてしまった。
そして慌ててゲーセンから出ようとする。
しかし、激しい雨の為外には出れそうにない。
美雪も勇也を追って入り口まで来た。
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「美雪、俺達朝帰りになっちまうじゃないか!」
「なんだ、ゆーちゃんのことだから、皆勤賞がなくなるとかで……えっ!ええっ!?」
美雪もやっと状況を飲み込めたようだ。
「でも、私達何もしてないよ」
美雪は妙にあっさりしている。
「お前なあ、何もしてないとは言え、絶対に疑われるに決まってるだろ!!」
「あ、でもキスしちゃったんだよ。もう逃れられないね」
「あ……」
勇也は赤くなる。だが、美雪は何か嬉しそうだ。
「何でそんなに嬉しそうなんだよ」
「だってゆーちゃんと一晩一緒にいられたんだもん……」
勇也はその言葉に妙にドキッとしてしまった。
そうだ、ずっと美雪と一緒だったんだ……
「私ね、ゆーちゃんが側に居てくれさえすればそれでいい。後は何も望まない……」
美雪は勇也にすり寄って来る。
「ど、どうしたんだよ、急に……」
「ほんとにしちゃおっか?」
勇也は意識を失いかけた。
暫く魂がどっかへ飛んでしまった。
「お、お、お前な……な、な、なんてこと言うんだよ!!」
勇也は混乱して普通にしゃべれない。
「なんてね、う・そ・だ・よ!」
「美雪いいいいー!!」
「あはは、ゆーちゃんて可愛いー!本気にしちゃったんだあ!」
「だ、だって、お前の目真剣だったぞ!」
「そうだった?」
「……あのなあ」
「でも、ゆーちゃんになら抱かれてもいいよ。他の人なら絶対に嫌だけど……」
「美雪……」
2人は暫く見つめ合ってしまった。



「んん……じゅ、じゅ――――ん!」
唯は由美子のベットから飛び起きた。
「あ、あれ?ここは……」
「こうちゃん、私の家よ」
「由美子……私どうしてここにいるの?……」
唯は辺りを見回す。すると、自分の体に何かが掛かっていることに気付いた。
「こ、これは純の上着じゃない!どうしてここにある……はっ!」
唯は由美子を見る。
「……そう、西山君が連れて来てくれたのよ」
「うそっ!どうして!何で!!純が、純が?ええっ!!!」
唯は完全に混乱している。
「こら!落ち着きなさい!!」
「……ご、ごめん」
由美子はそんな唯を見て、笑みをこぼす。
「でもよかったよ、無事で……あの変質者に襲われたって訊いたから心配したんだよ、もう」
「そうか……私あの男に襲われて……」
「まったく無茶するんだから……真夜中に雨の中1人で歩き回ってるんだもん。西山君が助けてくれなかったら今頃こうちゃんは……」
「純が、純が助けてくれたの?」
由美子は頷く。
「それで今純は!!」
「…………」
「……そうか……あの女の所に戻ったのね」
由美子はゆっくりと頷いた。
唯の顔が曇る。
「こうちゃん、まだ諦めるのは早いわ。今度、西山君の所へ押し掛けよう!」
「無茶言わないでよ、由美子。それが出来たら苦労しないよ」
「大丈夫、もう大体の検討がついたの」
「えっ!!」
「西山君が言っていたのよ。酒が切れたから買いに出た所だったって……こうちゃん、そこは『下町』だったんでしょ?」
「う、うん……」
「私が以前見かけたのもその辺だったわ。やっぱりあの辺にセグチって子の家があるのよ!!」
由美子はかなり自信を持っているようだ。
妙に説得力があった。

「こうちゃん、明日からもう一度捜そう!!だから今日一日はゆっくり休んで体力を回復させて」
「え、でも学校に行かなくちゃ」
唯は立ち上がろうとする。
「何言ってるのよ。外はこんなに雨が降ってるのよ。休みに決まってるじゃない」
「えっ、そんなに雨が降ってるの?」
唯は純のことで頭がいっぱいで、雨のことなど完全に忘れていたようだ。
「昨日の夜から大雨洪水警報が出てるって言うのにまったく……」
由美子はため息をついた。
「えへへ……」
唯は久々に笑顔を見せた。
「それじゃゆっくり休んでて。何かあったら私は下にいるから呼んでね」
「うん、ありがと、由美子」
由美子は部屋を出て行った。
唯は純の上着をぎゅっと抱きしめる。
「私、純に助けられたのか……」
なんだか嬉しくなる唯だった。


下に降りた由美子は受話器を取った。
手には流山がくれたメモを持っている。
「こうちゃん、私にも幸せを分けてくれてありがと」
そう言うと由美子は電話を掛けた。
その顔は幸せに満ちていた。



勇也と美雪が警報が出ているのを知ったのは、本屋の店長が店を開けにやって来た時だった。
「あれ?広田君、今日は警報で学校が休みだからって朝から来てくれたのかい?」
「えっ!」
勇也はそれを訊いて笑い出した。
「そうか、こんなに降ってるんだもんな。警報があることをすっかり忘れていたよ」
「あれ、もしかして2人でずっとあのゲーセンにいたのかい?」
それを訊いて勇也はビクッとした。
「いや、まあ、その、それはそうですが……」
「店長あのね、昨日の夕方あそこにいたら大雨になちゃって……今まで出るに出れなかったのよ」
「……なんだ、それだけか」
「何か言いたげですね、店長……」
「い、いや、別に……」
「別にってねえ……」
そう言いながら美雪は店長と本屋の中に入って行ってしまった。
「美雪……」
勇也は、美雪がかばってくれたことに気付いた。
勇也が朝帰りになってしまったことを酷く気にしていたからだろうか。
「ありがと、美雪……」
そう言うと勇也も2人の後を追った。
勇也は暫く2人の会話を訊いていた。
それを訊いていると、美雪がかなり気に入られてることが解る。おそらく、美雪の親しみやすい性格の為だろう。
2人は単に普通に話しているだけなのだが、勇也はそれを見ていて次第にイライラして来た。
嫉妬心というか、独占欲であろうか。
美雪は俺だけのものだ、誰にも触れて欲しくない。
そう思ってしまうのだ。
そんな勇也の様子に美雪が気付いたようだ。
美雪が勇也の所へやって来た。
「どうしたの、ゆーちゃん?」
「別に。何でもないよ」
勇也の口調は心なしか重い。
その気持ちを察したのか、美雪が行動に出た。
「店長、プールの鍵貸して」
「ん、どうするんだい?」
「いいから、いいから」
「解ったよ、広田君の頼みだ」
店長はポケットから鍵を取り出すと、美雪に渡した。
「終わったらちゃんと返してくれよ」
「うん。さあ、ゆーちゃん行こう!」
「えっ、何処へ?」
「プールよ、プール!」
「えっ!」
美雪はよく解っていない勇也を引っ張って行った。
それを店長はじっと見ていた。
「広田君、彼が好きなんだな。……ふふ、彼女の心を掴む奴が現れるなんてね」
店長はまるで自分の子供のように美雪を見ていた。


2人は本屋の隣にあるプールに来ていた。
プールは本屋を挟んでゲーセンの反対側にあった。
勇也は、てっきり完全に閉鎖されて入れないものだと思っていた。
「なんだ、ここって入れたんだ」
「うん」
「でもどうしてあの店長がここの鍵を持ってるんだ?」
「あ、それは昔、あの本屋がプールの着替え室だったからよ」
「えっ、どういうこと?」
「だーかーらー、プールの経営者だったのが人気がないから本屋を建てちゃったってこと」
「そうか、だからあの本屋だけ異様に新しいのか……ここにプールだけがあるのも納得行くし……」
その時だった。
美雪が突然服を脱ぎ始めた。
勇也はまたもや焦る!
「お、お前な……俺がここにいるんだぞ!!」
「いいじゃない、一緒にシャワー浴びよ!ここね、
お湯も出るしとっても気持ちいいぞー!」
勇也は見ていられなくなり、後ろを向いてしまった。
「照れてるの?もう、ほんとに可愛い」
今日の美雪は何と過激なんだと思った。
まるで勇也を誘っているようである。
しかし、勇也は恥ずかしくてなかなか彼女の気持ちに答えてやれない。
美雪は服を脱ぎ終わったのだろうか、シャワーの音がし始めた。
勇也は振り返ることは出来ないが、色々想像して顔を赤らめる。
しかし、美雪のこの変化は何だろうか。
これほどまでに恋愛感情が高まったと言うのだろうか。
初めて会ったばかりの時は勇也に対してあんなにトゲトゲしてたというのに。
今は何でも2人で共有しよう、そういう気持ちがヒシヒシと伝わって来る。
勇也は嬉しかった。
幸せだった。
彼女に、美雪にこんなにまで好きになって貰えて。
俺はずっと一緒にいたい……
ずっと……

「……はっ!」
勇也は突然大声をあげてしまった。
美雪はビックリして勇也の元にやって来る。
「どうしたの、ゆーちゃん?」
勇也は思い出したのだ。
引っ越すことを。
ずっと美雪と一緒にいられないことを。
それを、それを美雪に伝えなければならない。
そう思って昨日ゲーセンにやって来たのだ。
美雪は勇也の異変に気付き、慌てて服を着始めた。
何かとても嫌な予感がした。
今までになく嫌な予感が……



勇也は、美雪に背を向けたままじっと黙っていた。
それを見て、美雪はますます不安になる。
「どうしたの、ねえどうしたの、ゆーちゃん」
「…………」
美雪は何度も呼ぶが、勇也は振り返ろうとしない。
「ゆーちゃん……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
美雪は勇也のそんな沈黙が耐えられなかった。
外では未だに激しく雨が降っている。
台風は今、谷川の真上に来ているのだ。
長く水を換えていないプールは緑色に変色していた。暫く、そのプールに激しく打ち付ける雨の音だけが辺りに響いていた。
だが、突然勇也が美雪を抱きしめた。
美雪は勇也の意外な行動に驚く。
勇也の方からアプローチして来たことなどなかったからだ。
美雪は、そんな仕草から勇也がおかしいことに気付いていた。

勇也はそのままゆっくりと話し始める。
「ごめん、美雪……」
「えっ……」
美雪は勇也から離れて勇也の顔をじっと見た。
「それって別れるってこと……?」
「いや、違うんだ。俺、転校することになったんだよ……だからずっと美雪の側に居てやれない」
「…………」
美雪の表情が険しくなる。
「ゆーちゃん、私がしつこいから嫌になったのね」
「違う、違うんだ。俺は美雪が好きだ!離れたくない!!」
「嘘よ!私から逃げようとして転校なんて嘘つくのね!」
「違う、本当なんだ!親父の仕事の関係で今月いっぱいで引っ越さなきゃならないんだ!」
「嫌!もう何も訊きたくないわ!!」
美雪はその場から逃げ出そうとする。
「待ってくれ!」
勇也は美雪の腕を掴む。
「離して!ゆーちゃんには先輩みたいな人がお似合いよ!!」
「誰だよ、先輩って……まさか、神代さんのことか?」
勇也はその瞬間、しまったと思った。
しかし、もう遅い。
「冗談で言ったのに、どうして先輩のこと知ってるのよ!……そうか、先輩のことが好きになったのね!だから先輩、私に対してあんなに冷たかったんだ」
美雪は完全に誤解してしまったようだ。しかも、勇也に弁解の余地を与えない。
「おい美雪、俺の話を訊け!」
「いやあ!もうあなたの顔なんて見たくない!!」
パシッ!
その時だった。
勇也は美雪の頬をおもいっきりひっぱたいてしまったのだ。
「美雪……」
勇也はじっと美雪の顔を見た。
美雪は泣きそうになっていた。
「私が、私がバカだったんだわ。1人でその気になっちゃって……ゆーちゃんはそんな私を陰で笑ってたんでしょ!!嫌い、嫌い、嫌い……ゆーちゃんなんてだいっきらい!!!」
そう叫ぶと、美雪は勇也の手を振り払って走っていってしまった。


勇也は動けなかった。
体がガクガク震えていた。
「そんな……どうしてこんなことに……」
最初はまた美雪の悪い癖が出たのかと軽く思っていた。
しかし、もうそれどころではない。
嫌い……
嫌い、嫌い……
嫌い、嫌い、嫌い……
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い……
「そんな!そんな!いやだよ!!いやだ!!どうしてだよ!!ああっ!!」
勇也気が狂ったように叫んだ。
そして自然と涙が溢れて来る。
止めようと思っても無理だった。
涙は流れ続ける。
そのうち、だんだん怒りが込み上がって来た。
自分の愚かさに。



気付いた時には大声で叫んでいた。
「美雪、美雪、みゆきいいいいいいい!!!!」

そして、そこには輝きを失った男が立っていた。

続く