7.本屋の子13

13

9月の中旬、あるバスの一行がK高校の前に止まった。
中からやつれ切った奴らがゾロゾロと出てきた。
そう、K高校高2の一団がやっと帰って来たのだ。
電話回線が回復するのに6日、道路が開通するまでに14日間もかかってしまった。
なにせ剣ノ山での土砂崩れは16カ所にも及んでいた。
この14日間に遠回りのコースがやっと開通したため、やっと戻って来たのだ。
その中には木下勇也、流山兼人、岸山玄行などの顔ぶれが揃っていた。

「る、流山、やっと帰って来たって感じだな」
「そうだな、一体何日あそこに軟禁させられてたんだろ」
「木下、流山、18日間だ」
「えっ!!」
2人はそれを訊いて驚く。
「だ、壇ノ浦……先生……」
それは学園最強の男壇ノ浦だった。
「まったくいい迷惑だったな、木下!」
「せ、先生……その割には気合い入ってたじゃないですか。5日間の講義が18日間になっていた気がしたんですけど……」
「そうだったか?ははは!!」
「おいおい」
いくら学年3位内の勇也とは言え、勉強が好きな訳じゃない。岸山は黙々とやっていたようだが……
勇也の場合、いわゆるプライドの問題であった。
人見知りの激しい勇也にとっては、自分の存在を他人に伝える数少ない方法の一つだった。
中学時代、孤立していた勇也にとって、勉強というこの媒体で自分の存在意義を見いだすしかなかったのだ。
こんな勇也を変えてくれたのはこの壇ノ浦でもあった。
勇也の性格を見抜いたのかどうかはわからないが、高校入学早々クラスの委員長に推薦したのだ。
勇也は壇ノ浦に逆らえず委員長に就任してしまった訳だが、これがよかった。
ただの勉強人間としてではなく、委員長としてみんなから受け入れられた。
誰かに頼られる―――――自分が必要とされているのが嬉しかった。
勇也は自己存在を認めて貰うことに少々過敏なのかもしれない。


学年主任の話が終わると、勇也は岸山の奴を見つけた。
と言うよりすぐ隣にいたからだ。
合宿中の成績優秀者上位5位の奴が表彰されたのだ。
(これも壇ノ浦の考えそうなことである。なぜかおみやげの饅頭も一緒に貰えたりする)
それでその5人が前に呼ばれた訳だが、勇也と岸山もその中に入っていた。
1位は中学時代から5年間不動の魔人(あえて名前は伏せておこう)のようの奴が、相変わらず取るはずだったが、1位はなんと岸山であった。2位は不動の魔人、3位が勇也である。

勇也は高校に入ってからは、特に順位は気にしなくなった。(とは言え、3位までに入らないと気が済まないらしいが)
中学時代はよく不動の魔人と火花を散らしていたものである。
しかし、今では高校から入った岸山が魔人といい勝負をしていた。
そんな中でも、岸山が1位を取ったのはこれが初めてだった。岸山は嬉しそうな顔をしている。
「岸山、お前はつくづく幸せそうな奴だな」
すると岸山の顔色が変わる。
「木下クンにはそう見えるんだね」
「えっ!」
「あ、いや、別になんでもないよ。それじゃ僕はこれで……また学校で会いましょう」
そう言うと岸山は帰って行った。
「つくづくわかんない奴だなあいつも」
勇也は岸山の背中を見ていた。



勇也はチャリを自転車置き場から出している間、ずっと唯のことを考えていた。
1日に返事を訊くはずだったのに、もう10日以上過ぎちゃったよ……今はまだ10時過ぎだし、神代さんは学校だろうな。
仕方ない、夕方まで待つとするか……
と考えた途端、胸がドキドキし出した。
いざ返事を訊くとなると、やはり緊張してしまうのだ。
そんな様子に気付いたのが流山だった。
流山は勇也の肩を叩く。
「おい木下、これからツーリングに行かないか?」
「えっ!」
「一度荷物置いてからさ、氷上山の方にでも行ってみようぜ、な」
勇也は流山が気持ちを察してくれていることに気付いた。
「そうだな……よし、久々に2人で行こう!」
「そうこなくっちゃな!!」
2人は走り出した。
暫く気分転換しよう!
そして夕方に神代さんの家へ行ってみるんだ。
その時まではこのことを忘れてパアッと行こう!
勇也はそう考えながら気を落ち着かせることにした。



久々のツーリングはやはり気持ちのいいものである。
3週間近くにわたる勉強地獄(壇ノ浦地獄とも言う)の疲れも一気に吹き飛んでしまいそうだった。
「流山」
「何だ?」
「いや、何でもない」
勇也は精神的に参っていた自分を助けてくれた流山に深く感謝していたが、流山がこういうことが苦手だと知っていたので敢えて感謝の言葉は言わないことにした。
「よし、そろそろ氷上山だぞ」
流山はペースを上げる。
「ちょ、ちょっと待てよ、流山!」
勇也は慌てて流山の後を追った。


氷上山は谷川の地の最北端の山だ。この辺までは普通の電車では来れない。海岸線に沿って走る路線にある加佐未駅から2駅東寄りの今中駅から北に向かって伸びている路線がある。その終点は4駅行った上野田駅であるが、実はここから更に北に氷上山はあるのだ。
この氷上山に行くには、上野田駅から出ている『北谷川急行』を使わなければならなかった。
まあ、車でも(勇也達のように自転車でも)行けるのだが、かなりの山道であり、やはりこの急行はよく使われる。
ただ、氷上山に馬鹿でかいトンネルを掘って線路を通したものだから、運賃がアホみたいに高かった。
たった1駅なのに600円もかかるのである。これはシャレにならなかった。
この谷川の北端氷上町に住む人々は通勤などにとてつもない苦労をしている訳だ。
暫く行くと、何か妙に寂れた場所に出た。
いかにも田舎という感じである。古い家がポツポツと立ち並んでいる。
「へえ、この町にこんな場所があったとは……この町はすべて知り尽くしていると思ってたのに……」
流山は悔しそうな顔をしている。
「流山、この町は仮にも結構広いんだぜ。流山が知らない場所の一つや二つ……」
「まあそうだが……」
流山はよほど悔しかったらしい。顔をしかめてしまった。
こういう所は相変わらず面白いな、こいつ。
勇也が流山をなだめていると、前方に店らしきものを発見した。
「おい流山、あそこに何かあるぞ」
「ん?」
流山もそちらを見た。
「ちょっとあそこで休憩しようぜ」
「ああ、そうするか」
2人はその店の方に軌道修正した。



チャリを止めてよく見てみると、それは本屋のようだった。
『ブックスファイン−氷上店−』と看板がある。
しかしその左隣には閉鎖されたらしいプール、右には営業廃止になったらしいゲーセンがあった。
おそらく、この本屋はつい最近建てられたのだろう。
随分ときれいだった。
両隣の蜘蛛の巣が張った建物がそれをより一層引き立てていたのかもしれない。
ともかくなんとも違和感のある光景だ。
2人は暫く辺りを見回していたが、暑いので本屋の中に入ることにした。
中も思った通りきれいであったが、何か妙である。
本だけでなく、色々なものが売っているのだ。
パンやカップ麺、日用品などまで売っていた。
ほとんどコンビニ状態である。
勇也はそれを見て呆れてしまった。
「なんなんだこの本屋は……」
「ま、いいじゃないか。俺ちょっと向こうで漫画見てくるからな」
そう言うと流山は行ってしまった。
仕方がないので、勇也も店内を彷徨くことにした。
「あ、そういえば今月はまだ『アルファ』を買ってなかったな」
勇也は探し始めた。


『アルファ』というのは、毎月7日に発売される月刊誌である。勇也は毎月買っていた。
しかし、今月は言うまでもなくまだ買ってなかった。
勇也はその雑誌を探しながら気付いたのだが、店はまあまあ広いのだが、客は2,3人しかいなかった。
それに何か照明が暗い気がした。
「ったく…………なんちゅう本屋なんだここは!!」
勇也は多少イライラしながら、雑誌コーナーを見つけた。
しかし、これまた品揃えが悪い。
もちろん『アルファ』などは置いてなかった。
仕方ないので、勇也は店員に訊いてみることにした。丁度店員がいたのだ。その店員は女性らしく、脚立に乗って本の整理をしていた。
「あのう、ちょっとお訊きしたいんですけど……」
「…………」
「あの……」
するとその店員は振り向きもせず、そのままの状態で答えた。
「忙しいんで自分で何とかしてください」
「なっ……」
勇也は言葉を失った。
「あなたね、俺は一応おきゃ」
「あ、その本を取ってください」
「えっ、はい――――――――じゃないだろ!!」
勇也はその店員の態度に完全に頭に来た。先程からのイライラが募っていたせいでもある。
「なんなんだ君は!」
「え、この本屋の店員ですけど」
店員は勇也の方を見ようともせず、そのまま作業を続けている。
勇也は完全にキレた。
滅多に怒らない勇也をキレさせたのだ。よっぽどのことである。
「君は店員だろうが!それならもっと客に対して違う態度で接するべきじゃないのかよ!!」
「だから今、作業中だって言ってるでしょ!うるさい人ね!!」
「ああ、もう我慢なら―――ん!店長はどこだ―――――――!!」
 
すると店員の態度が変わった。
初めて勇也の方を振り向いたのだ。
しかし、勇也はコンタクトをしていなかったので、その子の顔がよく見えなかった。
「お願いです。それだけはやめてください!私、この仕事クビになったら困るんです!!」
しかし、今の勇也には何を言っても訊かない。
「そんなこと俺の知ったことじゃない。店長はあの部屋にいるのか?」
勇也は関係者以外立入禁止と書かれたドアを見た。
「や、やめて下さ――――きゃっ!」
その途端、彼女はバランスを崩してしまった。
脚立から足を踏み外す。
「危ない!」
勇也は咄嗟に体を反応させたが遅かった。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
勇也はその子を抱えきれずに床に倒れ、2人は反対側の棚まで転がってしまった。
更にその本棚から大量の本が2人に襲いかかる。
勇也は彼女をかばい本の襲撃を背中で受け止めた。
「ぐわっ!!」
そしてそのまま意識を失ってしまった。


うう……
お、俺は……
俺は一体何してたんだっけ……
ん、何か下が暖かいような……
「なっ!」
なんと勇也の目の前に彼女の顔があった。暖かいと感じたのは、その子の体に乗っていた為のようだ。
その時、勇也はその子の顔を初めて見た。その途端、心臓が止まりそうになった。
勇也はその子をかばい、そのまま本の下敷きになってしまったらしい。
しかし、どうしてその子は勇也をどかして起き上がろうとしなかったのだろうか。


勇也は暫くその子を見つめていた。
彼女はとても澄んだ瞳をしていた。
瞳とは、こんなにきれいなものだったろうか?
勇也は初めて見た気がした。
いつも人の目を見て話したことがなかった。
人と目を合わせることで、自分の心が見透かされてしまうようで怖かったのだ。
自分の容姿や性格が嫌だと言われるのが怖かった。
小学生時代はこうではなかったのだが、あの小6の時、あの子に振られてから怖くなったのだ。
自分のあらゆる点が否定されてしまった気がした。
だから人と話すのが嫌になってしまったのだ。
特に女性に対して……

しかし、今はそんな自分も忘れてその店員の子の瞳をじっと見つめている。
勇也はその状態から動こうとしなかった。いや、動けなかった。
彼女の瞳に釘付けになっていた。
それよりもむしろ、その瞳に吸い寄せられてる気がした。
勇也が我に返った時には、その子にキスまでしようとしていた。

「あ、あの……」
「はっ!」
勇也は慌てて立ち上がった。
体に乗っていた本が床に落ちる。
信じられなかった。
自分でも、どうしてキスをしようとしていたのかよくわからなかった。
女の子は立ち上がり、埃を払っていた。
「あ、あ、あの……俺が悪かったよ。ついカッとしちゃって……」
「い、いえ、悪いのは私の方です。あなたはお客さんなのにあんなふうに扱ったりして……なんてひどいことしちゃったんだろ。いくら本の整理をしたって、お客さんが本を買ってくれなきゃ意味ないのにね」
勇也は、またどきっとしてしまった。
こんなことは初めてだった。
今までこんな風になったことはない。
唯の時とは何か違っている気がした。
なんなんだ一体……
これは……この気持ちはなんなんだ。
それより、この子はさっきのことを全然気にしてないのだろうか?
いきなり見知らぬ他人にキスされそうになっていたのに。
もしかしたら彼女もそれを望んでいたのか。
なぜかそう考えてしまった。
いや、まさかそんなはずはない。おそらく彼女にとってはどうでもいいことなのだろう。
だが、勇也の心に何か引っかかるものがあった。
前から彼女を知っていたような、そんな気がしてならなかった。
その子をじっと見ていたら目が合ってしまった。
しかし勇也はいつものように顔を背けたりしなかった。
彼女の目は、何ですか?と訴えかけているような気がした。
「そういえば俺、雑誌を探して―――あ」
よく見ると2人の周りに大量の本が散らばっていた。
「そうか、俺達がぶつかった時に落ちたんだったな」
勇也は近くに落ちている本に手を伸ばした。
すると、その前にその子が拾ってしまった。
仕方なく別のを拾おうとすると、また先に拾われてしまった。
「?」
「拾わないで下さい!お客さんに拾わせる訳にはいきません」
勇也は妙に突っ掛かる所があると思ったが、本を拾い始めた。
するとその子は微笑みを浮かべた。
「ありがとう、やさしいんですね」
ドキッ!
また鼓動が早くなっている。
やさしい―――この俺がか?
そんな言葉を今まで言われたことがあっただろうか?
もしかしたら他人のために何かをしてやろうという気など起こしたことがなかったのかもしれない。
特に中学時代はすべての生徒が敵だった。そんな奴らのために何もしたくはなかった。


勇也と店員の子は一緒に本を拾った。
勇也がその子の方を見る度に彼女は笑顔を見せてくれた。
「よし、これで終わりだな」
勇也は最後の本を棚に戻す。
「本当にありがとう!」
「いや、礼を言われるようなことはしてないよ」
「あ、そういえば私に何か訊きたかったんじゃないんですか?」
「そういえばそうだった。えーと、7日に発売したはずの『アルファ』っていう雑誌なんだけど……」
「『アルファ』ですか?」
それを訊くと、その子はすぐに探しに行ってしまった。あちこち探してくれているようである。
最初に訊いた時とはえらい違いである。
なんともくるくる表情の変わる子だと思った。

 
暫くすると、その子が何かメモのようなものを持って戻って来た。
「はあはあ……あのね、連絡したら谷川町店にあるそうです。今頼んだのですぐ取りに行ってください」
「えっ、谷川町店!」
「はい、谷川町駅を出たすぐの所にあります」
「…………」
谷川町駅といえば、加佐未駅からさらに西に2駅行った所にある、ここ谷川の最西端の駅である。
私鉄で行けば今中で乗り換えて40分弱といった所だ。それでも時間がかかるのに、今日はチャリで来ているのだ。優に1時間半はかかる。
「あ、あの、そこまで行くなら家の近所で買った方が早いんだ」
「谷川町店はここよりずっと大きいんですよ。ぜひ行ってください!」
その子は訊いちゃいない。
「だから近所で買った方が早いんだけど……」
「あそこは広くて何でも置いてあります」
「あのね、だから……」
「はい。カウンターでこの紙を見せればすぐに出してくれますよ」
「おい、人の話を訊いてるのか?」
「それじゃありがとうございました。またの――」
「おい、いい加減にしろ!!」
「な、何?」
勇也は再び怒りモードに入っていた。
「君は一体なんなんだ!!」
「だから店員ですって!」
「ちが――――――――う!俺の話を訊けって!」
「何よ!」
その子も勇也に触発されてイライラし出した。
「わざわざ谷川町に行く位なら家に近所で買った方が早いんだよ!」
するとその子の怒りも爆発した。
「なんでそんなこと言うんですか!私、せっかく電話して訊いてあげたのに!」
「それは君が勝手にやったことだろ!!」
「ひ、酷い!!」
ドキッ!
「し、知るか、そんなこと!!」
勇也は頭に来ていたが、彼女の言葉に動揺してしまった。
『酷い!!』
さっき笑顔を見せてくれた子とはまるで別人だった。
勇也はなんとも言えない気持ちになり、彼女に背を向けた。
「どうしたんです?」
「か、帰る……」
「えっ、えっ、えっ!!」
勇也はそのまま本屋を飛び出して行った。

何気なく左腕に目をやる。
「もう4時か……」
自分でも訳のわからない奴だと思った。
一体どうしたと言うのだ。
「もうあの子と会うこともないな」
ただそう思った。


 
 

チャリの置いてある場所に行くと、流山が笑いながら迎えてくれた。
「る、流山、見てたのかよ!」
「はは、すまんすまん。しかしだな、普通あんな大声で叫んだり本をひっくり返したりしたら誰でも気になるだろうが」
「う……」
勇也は言い返すことができない。
「そうだ、忘れてた!」
「な、なんだどうしたんだよ」
すでに夕方になっていたのだ。
唯も家に帰っているに違いない。
「流山、もう帰ろうぜ」
「あ、ああ。今日は笑い疲れたしな」
「流山!!」
勇也は帰りの間、流山に冷やかし続けられた。


 

5時頃、家にやっと着いた。
勇也は自分のベットに転がった。
とにかく色々あって疲れた。
一体あの子はなんだったんだ。
なんだったんだ。
気がつくと7時半を回って居た。
本当に疲れていたのかもしれない。
勇也は慌てて飛び起きる。
「こ、神代さんに連絡しなきゃ!」
もうこんな時間になってしまっていた。
勇也は受話器を取る。
しかし、その手は震えていなかった。全然緊張していない。
何かがおかしい。
唯のことなんかどうでもいいような気がしていた。
プルルルルルル……プルルルルルル……
ガチャ!
「はい、神代です」
懐かしい声がした。
「あ、木下です」
それを訊くと、唯の声のトーンがあがる。
「き、木下君、帰って来たの!」
「うん、今日やっとね。ちょっと電話するのが遅くなっちゃったけどね」
「そう、よかった。ほんと心配してたんだよ」
「ごめん」
「木下君は悪くないよ」
「……なんか神代さん、落ち込んでない?」
勇也にはそう感じられた。
いつもの唯ならもっと元気よく返してくれた気がする。
「……ごめん。私、木下君に酷いことを言っちゃうかもしれない」
「酷い……」

酷い
  酷い

その途端、脳裏にあの本屋の子の言葉がよぎる。
『あのね、連絡したら谷川町店にあるそうです。今頼んだのですぐ取りに行ってください』
『酷い!!』

「どうしたの、木下君?」
「神代さんごめん、またかけ直す」
「えっ!ちょっと木下君!!」
しかし、既に勇也の姿はなかった。受話器だけがベットに転がっていた。
「木下君!……話さなきゃならないことがあったのに……」
唯は静かに受話器を置いた。


 

勇也はいつの間にかチャリを飛ばしていた。
谷川町まで突っ走った。
息もできない位速く。
そろそろ8時になる。
もしかしたらもう谷川町店は閉まっているかもしれない。
でも走った。
ただひたすらに。
彼女が頼んでくれた本の為に。
ポケットには彼女がくれたメモが入っていた。


続く