6.回顧11/12

11

次の日から、珍しいことに集中豪雨が街を襲った。
夏と言えば台風のはずであるが、今年は一度も上陸してない。
それに加えて雨も降らないのだから、各地で水不足が起こっているのは当然であったので、この集中豪雨は歓迎された。
この集中豪雨はまるで、唯の涙のようであった。一時も止むこともなく、降り続いた。
唯は部屋に籠もって、久々に『RAIZA』をやっていた。
もしかしたら四六時中やっていたのかもしれない。
そうしないと、気が滅入ってしまうのだろう。
純のことを思い出したくない。
そのために一時的な現実逃避に陥っていたのだ。

「明日、木下君が帰って来たら、相談しよう……」
唯自身、これほどまでの心の変化が信じられなかった。
ついこの前まで、勇也が好きだと疑わなかったのに。
「私、純の奴が側にいるのが当然だと思ってたのかな……純がいなくなって初めてわかった気がする」
しかし、もう遅かった。
純は、行方不明である。
おそらく裕子と一緒にいるのだろう。
それはわかていても、どこにいるのかわからない。
いや、わかっていたとしても、会うのが怖かった。
ただ純が帰ってくるのをじっと待つだけだった。

実際、純の家では大騒ぎになっていた。
昨日の夜、家に連絡があったらしい。
『すまん、おふくろ。わて、暫く家を出るわ。でも心配せんでええで。ちゃんとやってるから』
こう言った所で、ちゃんとした理由を知らない者には、家出をしたようにしか見えなかった。



 

唯は激しい雨の音で目を覚ました。
「ん、んん……あれ?いつの間にか寝ちゃってたみたい……」
『RAIZA』をやっているうちに眠ってしまったらしく、画面が無機質に光っていた。
唯は何か冷たいものでも飲もうと、下へと降りた。
なんだか頭がガンガンする。
まるで二日酔いのようだが、実は単なる寝不足だった。
ほとんど寝てないのだ。それは熱帯夜と集中豪雨の為ではない。
純のことを考えると、眠れなかったのだ。

唯は眠気覚ましに缶ジュースを一気に飲み干す。
「ふう……」
唯はソファに座ると、何気なくテレビにスイッチを入れた。
今は朝の7時過ぎのようだ。ニュース番組の中にそう表示されている。
「そうだ、今日木下君が帰って来るんだ……早く会いたいよ……そして謝りたい。えっと、何時に学校に到着するんだろ?メモメモっと……」
唯はメモを捜し始めた。
すると、ニュース番組は突然妙なことを言い出した。
「昨日から日本全域を襲っている未曾有の集中豪雨は、各地で大きな災害をもたらしています。リポーターの津山さん?」
「はい、津山です」
リポーターは豪雨の中にいるようだった。
「今、剣ノ山に来ています。ご覧下さい、大規模な土砂崩れが起こっています」
唯はそれを訊いて、テレビにかじりついた。
「剣ノ山て……木下君達が行ってる所じゃない」
唯の顔が険しくなる。

「……と言うことで、剣ノ山では現在、16カ所の土砂崩れが確認されています。この影響で乗用車2台が埋もれて、現在救出活動が行われていますが、豪雨の為、作業は難航しています。また、山頂部との連絡手段はすべて絶たれており、避暑などで剣ノ山に来ていた人達の安否が気遣われます。道路の復旧は、集中豪雨が止み次第行なわれる予定ですが、気象庁の観測データによると、今回の豪雨はあと2日ほど続く見込みです」
「はい、ありがとうございました。それでは、対策本部の置かれている木崎村の状況はどうでしょうか?山本さん!」

ブチッ!!
唯はテレビを消した。その手は震えていた。
「そんな……木下君まで帰って来れないの?やだよ、私、一人になっちゃった。どうしよう、私一体どうしたらいいの?あと何日、こんなつらい生活をしなくちゃならないの?」
唯は目の前が真っ暗になった。



この5日、たった5日でこんなことになると、誰が予想しただろうか?
単なる4泊5日の勉強合宿がここまで尾を引くことになるとは……
これも運命のイタズタであろうか。




12

新学期は、集中豪雨による警報の為、2日からになった。
長い休みが終わったということで、登校してくる奴らの顔はみなしんどそうである。
今朝は、昨日までとは打って変わってカラッとしていた。
そのため、気温は高いがムシムシしてないのが唯一の救いであった。
その中に、他の奴らとは比べものにならない程に落ち込んだ奴がいた。
この子は小柄で、栗色の肩よりちょっと長い髪をしていた。
男なら誰でも振り返るような可愛い子であるが、今日は死にそうな顔をしている。
学校など、どうでもいいといった感じである。

その子がトボトボと歩いていると、後ろから彼女より10センチ程高い女の子が声をかけた。
「おはよ、こうちゃん!」
しかし、こうちゃんと呼ばれる子はそのまま歩いて行ってしまった。
背の高い子は、こうちゃんの変化をすぐに感じ取った。
「こうちゃん……」



こうちゃんと呼ばれていた子は教室の自分の席から、ぼーっと外を眺めていた。
雲がゆっくりと流れている。
すると、さっきの子がこうちゃんの前に現れた。
「こうちゃん、こうちゃん……ねえ、こうちゃんってば!!」
しかし、まったく反応しない。
「こうじろゆいいい!!!!!」
「えっ、ええっ!!あ、由美子じゃない。どうしたの?」
その返事はいつものはきはきした唯のものではなかった。まったく別人のようだ。
「どうしたのじゃないよ!今朝声かけたのに気づかなかったじゃない」
「そうだったの、ごめんね」
そう言うと、唯はまた外を向いてしまう。
由美子は唯の前に立つ。
「なに?」
「もう、一体どうしちゃったのよ。いつものこうちゃんらしくないよ。なんか魂ここにあらずって感じ」
「そう?私はいつもと同じよ」
唯は心ない笑みを浮かべた。
それを見て、由美子の怒りは頂点に達した。
「もう、ちょっと来て!」
「えっ……」
由美子は唯を引っ張って行った。



由美子は唯を屋上に引っ張り出した。
昼時には、生徒達で賑わうのだが、今はだれもいず、寂しい雰囲気だ。由美子にとっては、この方が好都合だった。
唯と話をするには、これ位静かな方がいいと思ったからだ。
唯は屋上の柵に寄りかかって外の景色を見た。今日は風もなく、とてもいい天気だ。
由美子は唯の横に寄りかかった。
「こうちゃん、あなたが落ち込んでる姿なんて見たくないよ。何かあったんでしょ?私に話してみて。それですっきりさせちゃいなよ。一人で悩みを抱えているのはとってもつらいと思うし」
「…………」
唯はそのまま景色を見ている。
しかし、暫くしてから話し始めた。
「私、もう頼れるものがなくなっちゃったんだ」
それを聞いて、由美子ははっとした。
「もしかして西山君?」
唯は静かに頷いた。
「何もないって……?」
「あのね、私、この前木下君に告白されたの」
「えっ!」
由美子は驚く。
「そのことを、私、純の奴に相談してたの。由美子に話しずらいことも、あいつには話せた。それで、私は木下君の告白をOKするつもりで、彼が合宿から帰って来るのを今か今かと待ったわ」
「それじゃ、どうして西山君を?」
「純の奴、数日前から行方不明になっちゃったんだ」
「うそっ!!」
由美子の顔色が変わる。
「いなくなったって、家出でもしちゃった訳?」
「違う、違うの」
唯の瞳に涙が溢れて来た。
「失踪する前に、純の奴突然デートしようとか言って来たの。私、正直混乱したわ。あいつとデートなんて。でも、あいつは来なかった。それで、頭に来て次の日に純を見つけたら……」
唯はそこで、話すのを躊躇った。話すのがつらかったのだろう。しかし、唯はゆっくりと続けた。
「あいつ、女の子とキスしてた」
「!!」
「そして、その子が純は私のモノだからって……私は邪魔……だから帰れって……」
唯はその場にしゃがみ込んでしまった。由美子はそれを訊いて我を忘れた。
西山君が失踪……
それも直前に女とキスしてた……って、これじゃかけおちじゃないの!!!
ん、でもそんなはずない。
西山君はこうちゃんのことがあんなに好きだったのよ……そんなに簡単に気持ちが変わるはずない。
西山君の思いは、一週間やそこらのものじゃないんだから。あり得ないよ。
だって私、彼から直接訊いたんだから……




由美子は、初めて純と唯に会った時のことを思い出し始めた。
あれはそう、由美子が中2の時だった。
今では信じられないことであるが、当時の由美子は大人しかった。
授業中も目立たず、休み時間には一人で寂しく座っていた。
こんな性格であったから、友達など出来るはずもない。男子生徒からも、暗い奴だと嫌がられていた。
それだけならまだよかったものの、この大人しさにつけ込まれて、イジメが起こり始めたのだ。
教科書を破られたり、靴を隠されたりと。

しかし、由美子は気にもせず、クールなままだった。
それが、更にかんに障ったらしい。イジメはだんだんエスカレートして行った。
仕舞いには、殴る蹴るなどの暴行まで受け始めた。
由美子は、誰も相談することもせず、ただ一人で耐えているしかなかった。
クラスの奴はみな、由美子がイジメグループにイジメられてるのを知っていたが、誰として先生に言おうとする奴はいなかった。みんな怖かったのだ。もし先生に告げ口したら、今度は自分がターゲットになってしまうと。
だからみんな知らんぷりしていた。
休み時間教室でやられていてもみんな無視していた。
当時、唯も純も同じ加佐未北中学にいた。
唯は中2、純は中3だった。
その日2人は水泳をしていた。と言うより、水泳部に入っていたのである。
純は、幼い頃に唯がスイミングに入ったのをきっかけとして水泳を始めたのだが、実際やっているうちにかなり上手になり、中3の頃には大会で高成績を残すまでになっていた。
唯もそこそこであったが、まったく運命とは不思議なものだ。もし唯が水泳を始めていなかったら、純が水泳を始めることもなかったのだ。
蛇足ながら、純は高1で水泳部をやめてしまっている。前に書いたように先輩と大喧嘩をしてしまったのだ。
とはいえ、純は一発も先輩に手を出していない。
純は人を殴ったりは決してしなかった。
まあ、それには多少の訳があるのだが……
ともかく将来を期待されていた純も、こんな些細なことで水泳を断念してしまったのだ。これもまた運命なのだろうか。
しかし、純はそれを後悔などしていなかった。

由美子が中2時代の話に戻るが、当然のごとく、純はその当時の水泳部部長に抜擢されていた。
純は自分でメニューを作り、下級生などを指導していた。
顧問の先生は純にすべてを依存していたらしく、部を純にすっかり任せて、来た試しがなかった。
つまり、純が実質の顧問ということである。
純は練習の間、いつもある子が泳いでいるのを見ていた。
そう唯である。
普段の唯はもちろん可愛かったが、泳いでいる時の唯は、可愛いというよりもむしろ美しかった。
幼い頃からスイミングに行っていたからであろう、
フォームがかなりきれいなのだ。
それでいて小柄であるのにも関わらず、かなりのベストタイムを持っていた。
他に泳いでいる成り上がりの女子とは雲泥の差があった。泳いでいる時の唯は輝いているのだ。
そんな唯を見るのが純の日課になっていた。

「西山先輩、先輩!!」
「えっ……何?」
「何じゃないですよ。私達100M、8本終わったんですけど」
「あ、ああ、そうやな、今日はそろそろ終わりにしよう。お前達は軽く流した後、上がっていいぞ」
「はい、先輩」
そういうと、8,9コースを使っていた女子の後輩達は流しに入った。
純は実力に応じて3つのグループに分けていた。
そしてそれぞれに別のメニューをやらせていたのだ。
なかなかの顧問ぶりである。
「あれ、今日はもう終わりなの?」
「えっ!」
純が振り返ると、唯がちょこんと立っていた。
純は目のやり場に困る。どうも中学に入ってから唯の体が成長してきたようなのだ。
ずっと一緒にスイミングに通っていたのでよくわかる。体つきが幼児体型から徐々にではあるが女に変わって来ているのだ。
唯もその視線に気付いた。
「純のエッチ、どこ見てんのよ!」
「あ、いや、女らしくなって来たなと」
「まったく、純ていつもそうなんだから!!」
唯はタオルで覆った。
「あ、それより、お前ないい加減『純』て呼ぶのはやめろって。部活中は『西山先輩』と言ってくれや」
「なんで?」
「なんでってな……部長として、3年としてのなんつーか面目が丸潰れやないか!」
「幼い頃から『純』て呼んでいるんだからいいじゃない」
「あのなあ……」
「はは、わかったよ。努力してあげるから、セ・ン・パ・イ!」
純はその言葉にドキッとしてしまった。
「――――!」


純は女子更衣室で唯を待った。
「あれ?今日も待っててくれたんだ、純」
「べ、別に勘違いすんなや。わては『最近何かと物騒だから、唯のことをよろしくね』とお前のおばさんに頼まれたから仕方なくやな……」
「あっそ、でも私は何も頼んでないからね」
唯は一人でスタスタと歩いて行く。
「お、おい、どこ行くんや。そっちは校門じゃないぞ!おいったら!」
唯はくるりと身を返す。
「トイレよ」
「へっ!」
「トイレに行くの。なーに?もしかして女子トイレまでお供してくれるの?」
純の顔が赤くなる。
「あ、あほ!!」
「あはは!」
唯は笑いながら走って行ってしまった。純はついていくこともできず、その場で待つことにした。


唯は女子トイレに入ろうとした瞬間、たじろいでしまった。
3人の女子生徒が1人の女子生徒をボコボコにしていたのだ。
唯は逃げようと思ったが、意を決して中に入った。
「あ、あなた達何やってるのよ!」
唯の声に3人は振り返る。同時にやられていた子が静かに倒れた。
唯は倒れた子を見る。するとどこかで見た顔だった。
「あれ、あなた6組の水島さんじゃないの?」
「うう……」
中1の時、確か同じクラスだった気がするが、あまり話したという記憶はない。
由美子は何も話すことができずにうずくまっていた。
「ちょっとなんで水島さんが……あれっ?」
よく見ると、その3人は唯にクラスの不良3人組であった。
「なんだ神代かよ。あんた何か文句でもあんのかい!!」
「なんで水島さんを?」
「ああ、この子なんかムカツクのよ。いつも大人しくしてさ」
「こいつは先公に気に入られようとしてんのさ!」
1人がモップで由美子を殴る。
「うっ!」
「や、やめなよ」
「なんだって!」
3人は唯を睨んだ。
「そんな理由でこんなひどいことしちゃだめだよ!」
「神代、あんた何いい子ぶってるのさ」
「きゃっ!」
唯は突き飛ばされた。
横の由美子を見ると、制服はビリビリに破れていて体中アザだらけだった。
「水島さん、大丈夫?」
「ど、どうして私なんかを……」
「そんな、放っておける訳ないじゃない!」
「…………」
3人が唯と由美子の前に立った。
「神代、あんたも気にくわない奴だね」
「こいつも水島と同じ目に遭わせてやろうか」
「ふふ、そうだね。こいつには飽きていた所だしね」
3人は唯に近づく。
「や、やめてよ……」
唯は後ろへ後ずさりするが、すぐ壁に当たってしまった。
唯の顔に緊張が走る。

「じゅ、じゅ――――――――――ん!!!」
唯は学校中に響きそうな位の声で叫んだ。
その途端、純が女子トイレに駆け込んだ!
「お前ら何やっとるんや!」
純は唯がモップで殴られているのを見て顔色を変える。
「お、お前ら――――!!」
殺気が3人に伝わった。純が今にも自分達を殺しかねない状態であることに気付いたのだ。
「こ、こいつ3年の西山だよ!」
それを聞いて残りの2人の顔色が変わる。
「西山って、神代の幼なじみっていう……」
「お前ら!!!!」
純の目は完全に常軌を逸していた。
「こ、ここはひとまず逃げるよ!」
そう言うと、3人は一目散に逃げていってしまった。
「じゅ――――ん!」
唯は純に抱きついた。
純の顔も先程とは異なり、いつものやさしい顔つきになっていた。
「唯、照れるやろ。そんなに強く抱きしめんなや」
「だって……だって……本当に怖かったんだよ」
唯の体は少しながら震えていた。
「そうかそうか、じゃあ落ち着くまでわての胸貸したるわ」
それを聞くと、唯は純を突き飛ばした。
「な、何するんや、唯!」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」
唯は照れくさそうに顔を背けた。
「唯…………」
唯は由美子の元へ駆け寄った。
「水島さん、水島さん、しっかりして!!」
「うう……」

由美子は意識はあるようだが動けないらしい。その場にうずくまっている。
制服はビリビリに破れ、上半身下着状態になっていた。
唯は涙目になっていた。
「純、どうしよう……水島さんが、水島さんが……」
唯は混乱しているようだ。純は何とか落ち着かせようとする。
「唯落ち着け!落ち着くんや!」
「だって……」
「だってもヘチマもない!」
純は由美子の元へ歩み寄った。
そしてゆっくりと由美子を寝かせた。
「確か水島さんやったな?これから打診するから、痛いところがあったら言ってや!」
「は、はい……」
純は水泳部の顧問から応急手当などをきっちりと仕込まれていたのだ。
体のあちこちを見ていくと、頭から少し血が流れていた。それに、特に右脚の痛みが酷いようだ。
「どうだ右脚は?」
「あうっ!い、痛いです。かなり……」
その様子を唯はじっと見ていた。
「純、私にも何かできることない?」
唯はじっと純を見つめる。その顔を見て純はまたドキッとしてしまう。
「そ、そうやな……保健室や。保健室へ行って先生を呼んできてくれんか?」
「うん、わかった」
唯は慌てて走って行った。


全身の打診が終わると、純は由美子をおぶって女子トイレから出た。
「あ、あの……えーと……」
「西山純や」
「に、西山君、そんなここまでしてくれなくても……」
由美子は恥ずかしそうに今の自分の状態を見る。
純は自分のカッターシャツを脱いで、由美子に掛けてやっていた。
「何言うてるんや。君は脚を怪我しとるんやで?歩かせる訳にはいかんやろ」
「でも……」
「いいから」
「……やさしいんですね」
「そうか?わては当然のことをしただけやで」
「…………」
純は校庭を歩いて行った。プールは校舎からは結構離れていた。
由美子は純の横顔を見つめた。
「……ねえ、西山君?」
「なんや?」
「あなた、さっきの子が好きなんでしょ」
純はつまずきそうになった。
「な、何を言うとるんや。あ、あんな奴……」
純の顔が真っ赤になっている。
「図星みたいね」
「お、お前なあ……普通初対面の人にそんなこと訊くか?」
「いや、だってなんかあなたとはとっても話しやすいんですもの」
「あのなあ」

軽く微笑むと、由美子は寂しそうに話し始めた。
「私ね、友達いないんだ……」
純はそれを聞いて驚く。
「なんでや。君みたいな子が!」
「話すのが怖いのよ。幼い頃からそうだった。苦手なの、人と向かい合って話すのが……」
「今はこんなに話してるやないか」
「ふふ、ほんとだね。でもね、駄目なのよ。だから話す位なら、一人で静かにしている方がいいかなって……そしたらイジメのターゲットになっちゃった」
「!!」
「大人しいから丁度いいとか思われたのかも」
「なんて奴らや!」
純の顔が険しくなる。
すると由美子が笑った。
「何がおかしいんや?」
「ふふ、だって本気になってくれてんだもん。私なんかのことで……」
「私なんか……ってそんなこと言うもんやない!もっと自分を大切にしろや!そういう考え方が相手に悪い印象を与えとるんやないかと思うぞ」
「そうなのかな?」
「そうやで」
すると、由美子は純にぎゅっと抱きついた。
「な、何や?」
「短い初恋だったな……」
「えっ!」
「私なんかのことでここまで心配してくれた人は西山君が初めてよ。助けに来てくれた時、あっいいなって――――でも、西山君はあの神代さんが好きなんだね」
「……ああ、すまん」
「謝ることないよ。ううん、むしろ感謝したい位」
「えっ?」
「こんなに話したの初めてだもの……」
「…………」
「純 !」
その時、校舎側から唯と校医の先生が走って来た。
「西山君」
「ん?」
「私、協力してあげる。あなたの恋」
そうして純と唯、由美子の3人が出会ったのだった。




由美子は回想からはっと我に返った。
ここはI女学院の屋上だ。隣で唯がぼーっと景色を眺めている。
そうよ、西山君の気持ちは弱いものじゃないわ!
そう考えると由美子は唯に話しかけた。
「こうちゃん、元気出してよ!」
唯はゆっくりと振り向く。
「私ね、思うんだけど西山君はそんな薄情な人じゃないと思うの」
「どうして?」
「どうしてって……」

由美子は考えた。
純の思いを今唯に伝えてもいいか……
いや、これは自分の口で言って貰った方がいい。

「西山君、きっと何か訳があるのよ」
「訳って?」
「それはわからないわ。でもこうちゃんが西山君に直接ビシッと言ってやればいいのよ」
「ビシッと?」
「そう。そうすれば彼もきっと気付くよ」
「…………」
「そういえば覚えてる?私達が初めて会った日のこと」
「あの女子トイレだったっけ」
「そう。私あの日、こうちゃん達と会ってから変わったわ。今までの水島由美子じゃなくなった。それはあなた達のおかげなんだよ」
「そんなことないよ」
「ううん、こうちゃんと西山君が私の初めての友達になってくれた。だから今、この私がいるのよ」
「そうかも……ありがとう、由美子。何かよくわからないけど自信が出てきたよ」
「そう、そうでなくっちゃ!こうちゃんが元気印って感じがいいんだよ」
それを訊いて、唯は天使の微笑みを見せた。
「よし、絶対純の奴をとっちめてやるんだから。由美子、協力してね」
「ええ、もちろんよ!」
唯は再び外の景色を見た。しかし、さっきまでとは違う。今はやる気でいっぱいである。
そうだそうなんだ、過去は振り返っちゃ駄目なんだ。
前へ前へ進むんだ!

続く