4.5日間/

純の作戦はこうだった。
まず、1日目に唯をどこかに誘い、遊びに行く。
そして、次の日に正式にデートを申し込む。
唯の気持ちが揺らいだ所で、3日目、4日目と唯の側にいて、5日目の、勇也が戻って来るまでに告白し、OKしてもらうという寸法だ。
普通、どう考えても、こんなことは無茶な話なのだが、今の純にはそんな理屈は通じなかった。
唯を振り向かせたい、ただそれ一心である。


よっしゃあ!と意気込んで前日寝たのはよかったが、ここ数日、ずっと悩んでいて寝ていなかったせいか、寝坊してしまった。
「し、しまった、今何時や!!」
純が飛び起きて目覚まし時計を見ると、もう11時を回っていた。
純は慌てて家を飛び出す。
「ちょっと純、朝御飯はいいの?」
と母親が言うが、そんなことを言ってる場合ではなかった。
軽く服装を整えると、純は慌てて唯の家のチャイムを押した。
「はあい、どなたですか?」
中から誰か出てくる。
「ゆ、唯!!」
純が呼びかけると、それは唯ではなく、唯の母親だった。
「あ、おばさん……」
「ど、どうしたの西山君?」
唯の母親は少し驚いている様子だ。
「あの、あの……」
「もしかして唯に用なの?」
「はい、唯を呼んでくれまへんか」
「ごめんね、西山君。唯なら1時間ほど前に、由美子ちゃんと出かけちゃったわ」
「どこへ行ったかわかりませんか?」
「んーそう言えば、カラオケに行くとか言っていた気がするわ」
「そうすか、おおきに、おばさん!!」
そう言うと、純は駆け出した。
 
「くーっ!!いきなり失敗してもうた!!まさか今日に限って寝坊するとは……
しかしカラオケと言っても、どこのカラオケ屋に行ったんや?
ああ、もう仕方あらへん、片っ端から探したるでー!!」
純は慌ててたせいか、チャリで行った方が早いことも忘れていた。



勇也達高2は、昼頃に剣ノ山の合宿地に着いた。
標高が高いせいか、かなり涼しい。
久々にあの暑い世界から解放された訳だ。
勇也を始め、勉強合宿などというものは初めてなので、みんな不安そうな顔をしている。
これから、壇ノ浦の言っていたように、5日間ぶっ通しで地獄の講義が始まるのだ。
これで喜ぶ奴は、ガリ勉の岸山ぐらいだろう。勇也でさえも今回の合宿は嫌であった。
それよりも、今は一刻も早く帰りたかった。怖い気もするが、早く唯の返事を訊きたかったのだ。



合宿開始の式が開かれた時に、昨日の変質者の事件のことで、流山が褒められた。
勇也は、女の子を襲うという行為が絶対に許せなかった。
自分に関係ない子だったからよかったものの、もし神代唯だったらと思うとぞっとしてしまう。
「流山、今の心境は?」
「なんだよ、俺が目立つのが苦手だって知ってるだろ?」
「はは、冗談だって」
「俺はそういう冗談は好かん!」
そういうと、流山は歩いて行ってしまった。
「ご、ごめん。待ってくれよ」
勇也が追いかけようとすると、岸山が現れた。
「うわっ!!!!」
勇也はたじろいだ。
「木下クン、どうしたんだい?」
「お、お前が現れたからビビッてんだよ!!」
岸山は顔を近づける。
「さあ、一緒に講義を受けに行こうよ」
「なんで違うクラスのお前と一緒に……そうか、この合宿中は成績別……はっ!!」
勇也は冷や汗を落とす。
「同じ学年3位内じゃないか、木下クン」
岸山は不気味に微笑む。
「さ、最悪……」
「さあ、行こうよ」
岸山は勇也の手を取る。
「い、いい加減にしろっ!!」
勇也は岸山を振り払った。
「木下……クン」
「お前は一体なんなんだよ!いつもいつも俺を追い回して!!少しはこっちの迷惑を考えろよな!!」
「…………」
「俺は今、流山に用があるんだ。何かあるなら後にしてくれ」
そう言うと、勇也は流山の後を追った。

「……ちょっと言い過ぎたか」
歩きながら言い過ぎたことを反省する。
「木下クン……君も……」
岸山は勇也の後ろ姿をじっと見つめていた。



その頃、唯と由美子は加佐未の、あるカラオケ屋で歌いまくっていた。
加佐未は西谷川の中心で、加佐未駅の周りにはセンター街が広がっている。年中若者で賑わっている所である。
カラオケ好きの二人、すでに3時間も歌っていた。
一度歌い始めると、止められなくなるようである。
唯は一曲歌い終えて、一息ついた。
即座に由美子が歌い始める。
「由美子、そういえば久しぶりだね。こうして二人でいるなんて。私ずっと電話もしてなかったし……」
今日は由美子が誘ったのだった。
昨日、勇也が唯と会っていることを訊いて、何か妙に唯に会いたくなったのだった。
このままだったら、唯がますます離れて行きそうだったからかもしれない。
これも一種の嫉妬であろうか。
由美子は、返事もせずにそのまま歌い続ける。
「ごめんね、やっぱり二つのことを両立するのって難しいのかな?」
それを訊くと、由美子は歌うのをやめて、唯の前に来た。曲だけが流れる。
「由美子?」
「こうちゃん、もう帰ろ」
「えっ、う、うん……」
カラオケ好きの由美子が途中でやめると言ったのは初めてだった。
唯と由美子は並んで歩いていた。唯は何か話しづらかった。
すると、由美子の方が口を開いた。
「こうちゃん、ごめん。なんか私、悩ませちゃったみたいだね」
「えっ……」
「こうちゃんは、恋と友情の両立はできないって思っているのかもしれないけど、そんなことはないよ。それにもし出来なくて、恋を取ったとしても、私は気にしないよ」
「由美子……」
「だってこうちゃんが幸せになるなら、私も幸せになれるもの。だから西山君と幸せになって!」
「なっ……」
唯はふくれっ面をする。
「ゆーみーこー!!」
すると、由美子は吹き出した。
「はは、やっぱりこうちゃんはこうでなくっちゃ!!これからも、いつも元気なこうちゃんでいてよ。ずっと……」
「うん。――――それより、なんで純なのよ」
唯はちょっと怒りモードに入っている。
「違うの?私の見た所では、西山君がピッタリだと思うんだけど……」
「違うもん、私の好きなのは木下君なの!」
唯は更に顔をプーっとさせる。
「はいはい」
「なんか納得行かないわ」
「まあまあ……そうだ、これからショッピングに行こう!私、新しい服欲しかったんだ。ね、いいでしょ?」
そんな由美子を見て、唯は微笑む。
「仕方ないな、由美子ったら……」
そんなことを言いつつも、唯はほっとしていた。由美子とだけは、気まずい雰囲気になりたくなかったからだ。由美子は一番大切な親友だから……
でも、勇也に告白されたことは言えなかった。
純にはあんなに簡単に話してしまったのに。
唯は思う。
どうして純にはなんでも話せちゃうんだろ?
由美子には話せないことでも、純になら話せる。
やっぱり幼なじみだからかな。
それとも……



純はもう4時間近く走り回っていた。
唯達がよく行っているカラオケ屋を走り巡る。
「くそう、どうして見つからないんや!5日……たった5日しかないんやで!!」
「わ、私に言われても……」
カラオケ屋のバイトの子は八つ当たりされていた。
「わては怖い……唯の奴がOKしてまうのが……怖い、怖いんや!!!」
「私は、あなたの方が怖いです」
「ああ、なんとかしてや!!」
「誰かこの人なんとかして!!」
二人の会話はまったくかみ合っていなかった。
店を追い出されると、純はまた走り始めた。
自分の中の恐怖と焦りと戦いながら。
暫くして、また一軒見つけた。
純の足も速まる。
「す、すんまへん。ここに神代唯って子が来てませんか!わて、大事な用があって捜しとるんです!お願いや、教えて下さい!!」
受付の子はかなり驚いていたが、黙ってリストを調べてくれた。
「こうじろ、こうじろ……あ、ありましたよ」
純は途端に身を乗り出す。
「ほ、ほんまですか!今ここにおるんですね!」
「い、いえ」
純の顔が曇る。
「30分程前にお帰りになったようです」
「どこに行くとかゆーてませんでした?」
「すみません、そこまでは……」
「……そりゃそうですね。すんませんでした」
純はお礼を言うと、重い足取りで店を出た。
「もうどこへ行ったんかわからへん……唯の家の前で待つしかないか」
純は行きとは違い、ゆっくりと来た道を戻って行った。



純は唯の家の前でただじっと唯の帰りを待った。
通りかかった人がジロジロ見ようと気にはならなかった。そんなことはどうでもよかった。
唯に会いたい……唯に……そしてデートに誘いたい。
幼なじみとしてではなく、一人の男として……
その時の純は、本当に唯のことで頭がいっぱいでああった。
冷静沈着な純をここまで変えるものは一体何であろうか?
勇也に、いや他人に唯を取られたくないという独占欲か?
それとも後輩である勇也に対する単なる対抗心か?
いずれにせよ、勇也の起こした行動が、純の心を大きく揺さぶったことは紛れもない事実である。



いつの間にか、月が出て、星が輝いていた。
純はまだ待っていた。いつ帰って来るかも分からない唯を……
その後、意識が消えた。どうやら眠ってしまったようだ。
それも無理はない。一日中、唯を探し回っていたのだ。疲れない方がおかしい。
暫くして、誰かに起こされたような気がした。
「純、純ったら!こんなとこで寝てたら風邪ひくよ」
その声を聞いて純は飛び起きた。
目の前には、買い物袋を抱えた唯が立っている。
「や、やあ、唯」
「何やってたの、うちの玄関で?」
「いやあ、暇やったから―――――じゃない!!」
「えっ!」
純は唯の肩をつかんだ。唯はビックリして、買い物袋を落とした。
「ど、どうしたのよ、いきなり……」
「唯、明日デートしよう」
「えっ、えっ、なに真顔で冗談言ってるのよ」
「冗談言うとるんやない。わては本気や」
「えっ……」
唯は顔を赤らめる。
「でも私、木下君が……」
「それでもええ、頼む!!」
純に目は真剣だった。唯は戸惑う。
「でも、どうして……」
「唯、だめか?」
「わ、わかった」
唯はOKしてしまった。
「それじゃ、明日の朝10時に加佐未駅の前に来てほしい」
そう言うと、純は去って行った。
「一体何なの……」
唯はまったく状況がつかめなかった。
いつの間にかOKしてしまった気がする。
「私が木下君を好きだって知ってて、なんでデートしようなんて言い出すのよ……それに純とデートだなんて考えたこともなかったのに」

唯は落とした袋を拾って家の中に入った。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい。随分遅かったのね」
「ごめんなさい。カラオケ行った後、由美子の奴とショッピングしてたんだ」
唯は靴を脱ぎながら答える。
「もう、心配させないでよね。……そういえば、留守中に西山君が来たわよ。後で電話しときなさいね」
「え、でも今、家の前で会ったよ」
「えっ!!」
唯の母親は驚いた様子だ。
「どうしたのよ、そんな驚いた顔して……」
「西山君ね、今日2回来たのよ。最初は11時頃、次は4時頃だったかしら。夕方来たときに、いないって言ったら、じゃあ家の前で待たせてもらいますって……もうとっくに帰ったと思っていたのに」
それを訊いて、唯の顔色が変わった。
「4時過ぎって……じゃああいつ、5時間近くも待ってたの!!!」
唯は二階へ駆け上がって行った。
「唯、ご飯は?」
「いらない!!」
バタム。
唯は部屋の扉を閉めて、ベットに横になった。
「あの馬鹿、何考えてるのよ……最近おかしいよ……
木下君、早く帰って来て……」
唯はそのまま寝てしまった。




8月28日―――勇也が合宿に出発して2日目である。
純ははっとして飛び起きた。
「い、今何時や!!」
目覚まし時計を見ると、9時45分である。
「そ、そんなアホな。また寝坊してもうた」
純は慌てて着替え始めた。
「加佐未まで20分はかかるのに!ああっ!!」
純は朝飯を食わずに家を飛び出して行った。
よく考えてみると、昨日から何も食べていなかった。
しかし、腹は減っていなかった。唯のことに気をとられているからだろうか。
純はまた、チャリに乗るのを忘れて走り始めた。
チャリに乗れば5,6分で行けることにどうして気づかないのだろうか?
「ああ、もう間に合わへん!近道や!!」
そう言うと、純は大通りから外れて、狭い道へと入って行った。
純にとっては、生まれてからずっと住んでいる土地である。近道なども当然知っていた。
ただ、できればあまりこの近道は使いたくなかった。と言うのは、裏通りに入ると、随分雰囲気が変わるからだ。
辺りには飲食店や風俗店、ラブホテルが建ち並び、建物も年期が入っている。また、不良供のたまり場にもなっている。つまり、アブナイ場所なのである。
地元の人には、通称『下町』と言われている。
加佐未駅の周りだけ急速に発展した結果であろうか。



とにかく、今はそんなことを言ってる場合ではない。純は目にも留まらぬ速さで進んで行った。
「も、もうすぐ駅や!!」
その時だった。
一人の女の子が、いかにも不良という感じの奴ら三人組に囲まれていた。
その女の子は純と同じ位の歳だろう。
嫌がっているようだが、三人組は彼女を離そうとしない。
「もうすぐ駅やっちゅうのに……」
純は悩んだ。早く唯に会いたい……それに遅刻したら、
あいつは帰ってしまう。
――――しかし、今この子を見捨てて行ったら、三人組にひどい目に遭わされるかもしれない。
「―――助けな!!」
純は振り返って女の子の所へと走った。
「すまん、唯!!すぐ行くから待っとってくれよ!」
純は駆け寄る。

「なあ、いいだろ?お茶ぐらい……」
「嫌です。どいてください」
「はあ?聞こえないなあ?」
「ちょっとだけでいいって言ってんだからさ」
男の一人が触ろうとする。
「やめて!!」
びしっ!!
女の子の平手がヒットした。
「なんだよ、随分威勢がいいな」
「人を呼びますよ!!!」
「人を叩いといて、それはないだろうが!!」
男が女の子の手をつかむ。
「いやっ!!」
「おい、お前ら。その手を離してやれや」
「あんだと?」
三人組は振り返った。そこには純が立っていた。
三人組は純を睨み付ける。
「兄ちゃん、俺達にケンカ売ろうってのかい?」
「そうやない。ただ彼女は嫌がっとるんや。離してやれよ」
「ガキが調子に乗るな!!」
男のパンチが飛ぶ。純は宙を舞った。
「きゃああ!!」
女の子の悲鳴が響く。
「離してやれよ……」
純は立ち上がる。
「この野郎、まだ言うか!!」
ゲシッ!!別の男のケリが入る。
しかし、純はよけようとはしない。
「彼女を……」
「黙れ!!」
男は純の頭を踏みつける。しかし純は顔を上げようとする。
「こ、こいつ……おい、殺っちまおうぜ!」
「ああ。」
そう言うと、三人は一斉に純をケリ出した。
それでもやはり、純は反撃に出ようとはしなかった。
女の子は、暫くの間どうすることも出来ず、純がボコボコにされているのを見ていたが、はっと我に返り、純の元に駆け寄った。
「やめて、やめてー!!」
女の子は一人の男の手をつかむ。
「なんだ、邪魔するな!!」
男は振り払う。
「きゃっ!」
女の子はバランスを崩して倒れる。
すると純が立ち上がった。
「な、なんなんだ貴様は……」
「か、彼女には手を出すな……」
バタッ!そう言うと純は気を失ってしまった。
もう体中ボロボロである。
そんな純に、三人組は更に攻撃を加えようとする。
「やめてー!!死んじゃうわ!!」
それを聞いて、三人は我に返った。
女の子は純の元に駆け寄った。
「死んじゃう、死んじゃうよ……」
純の顔に、大粒の涙を落とす。
「ど、どうする……」
「くそっ、今日はこれで勘弁してやるよ」
そう言うと、三人はそそくさと帰って行った。
「しっかりして、しっかりしてください!!」
しかし、純はピクリともしない。
「お願い、目を開けて!!!」
女の子の声が辺りに響きわたった。



唯は駅の時計を見た。時計は11時を指している。
「純の奴、何考えてるのよ!!自分から誘っておいて遅刻するなんて!!」
しかし、純の遅刻はある程度予想していた。
昔から、純が約束通りに来た試しはないのだ。
この前の文化祭の時もそうだった。純が約束の場所に来なかったので、勝手にパンフの表紙を描いた人を捜しに行ってしまったのだ。
しかし今日は違っていた。
いつまで待っても、純は来なかった。
昨日買ったばかりの服が妙にきれいだった。



純はゆっくりと目を開けた。
知らない天井が見える。
一体ここはどこなんや……わては一体……
そうや、不良に絡まれとった女を助けようとして……
色々と考えていると、目の前に女の子の顔が現れた。
何か泣いているようだ。
純には状況がつかめない。
この子は誰や?
唯……やない……
どうしてこの子がわてを見とるんや?それに泣いとる。―――――どうして泣いとるんや?
どうして……
わてのため?
わての……


ガバッ!!
純は突然起きあがった。
「だめよ、起きちゃ!!寝ていて」
女の子は悲しそうな目で見つめる。
「き、君は……そうか、あの時の」
純はやっとすべてを理解した。
「よかった、無事やったんやな。うっ……」
「横になってなきゃだめよ。まだ動ける状態じゃないわ!!」
「しかし……」
「お願い」
その子の目は真剣だった。純は大人しく横になった。
しかし、体の感覚がどうもおかしい。
まるで自分の体ではないようだ。
まったく言うことを聞こうとはしない。
「よかったわ、意識が戻って……私、ひょっとしたらこのまま死んじゃうんじゃないかって怖かった」
女の子はまた涙をこぼす。
「な、泣かないでくれや。わてはそういうのが苦手なんや……」
「ごめんなさい」
女の子は涙を拭く。
「それよりここは?」
「ここは私のアパートよ。さっきの所からすぐの所なの」
「そうか、君は家を出た所を絡まれたんやな」
「私、瀬口裕子。あなたは?」
「わてか?わては西山純や」
「歳は?」
「ん、18やが……」
「じゃあ高3?私と同じじゃない」
「そうなんか?」
「ええ……でも、本当にありがと。私を助けてくれて……」
裕子は涙を溜めている。
「な、何言っとるんや。わては一方的にやられとっただけやし……」
「わざのやられてたんじゃないの?」
「えっ……わかっとったんか」
「どうしてあんな無茶したの!」
「話がややこしくなったら、君が困るやろ」
「西山さん……」
「君に怪我がなくてなによりや」
裕子は微笑んだ。
「今時、あなたみたいにやさしい人いないよ」
「かいかぶりやな。わては自分の意思に従ったまでや。褒められるようなことは何もしてへん」
「そういう所だってそう、自分を謙遜して……あなたみたいな人がいるなんて……」
純はなんか照れくさかった。
純は暫く横になっていたが、あることに気づいた。
「今何時や?」
「えっ、11時だけど。それが?」
「なんやて!!」
純は慌てて飛び起きる。しかし、途端に体中に激痛が走った。
「あうっ!」
「だめよ、無茶しないで!!」
裕子は純の体を支える。
「せやかて、10時に約束しとったんや」
「こんな夜中に?」
純は裕子を見る。
「よ、夜中……?」
「ええ、今は夜の11時よ」
「んなアホな……」
純はベットに倒れ込んだ。一気に力が抜けてしまった感じだ。
「そ、そんな……唯との約束が……」
「ゆい?もしかして彼女?」
「ち、違うわい」
純はおもいっきり否定する。
「ふうん、そうか……」
裕子は純の顔を見た。
「なんや?」
「ねえ、今夜は泊まって行って」
「なっ……」
純の顔はトマトの様に真っ赤になった。
「ア、アホ言うな、女の家になんか泊まれる訳ないやろ!!」
すると、裕子は純の顔に触れる。
「何言ってるの。その体で家に帰ろうって言うの?
無茶だわ!」
「しかしな……」
「しかしもかかしもないの!あなたにもしものことがあったら私――――」
裕子は、また涙を溜めている。
「わ、わかったよ。わかった。せやけど、お願いやから違う部屋で寝てくれよ」
「それは無理だわ」
「何でや?」
「このアパート、この部屋しかないもの」
「えっ!!」
純は痛む体で辺りを部屋を見回した。
天井しか見てなかったので気が付かなかったが、よく見るとすぐ側に玄関がある。本当に一部屋しかないようだ。
「心配しないで、私、下で寝るから」
「すまんな、ベットを使わせてもらって」
「それじゃ、お休みなさい」
裕子は電気を消した。
「お休み」
純は、目をつむった。
唯、すまん!!許してくれ!!
まさかこんなことになるなんて夢にも思わんかった。
怒っとるやろうな。
こっちから誘ったのに、すっぽかしてまうなんて。
これでもう、唯を振り向かせることは無理かもしれんな……
――――いやいや、わては諦めへんで!あと3日ある。明日すぐ、唯の家へ行って謝るんや。本当のことを話せばきっとわかってくれる。そして、もう一度唯にデートを申し込むんや。
絶対、絶対に!!!



唯はゆっくりと部屋に戻った。
「なんなのよ、あの馬鹿!!」
唯はバックを投げつける。
「…………」
唯はベットに転がって天井を見た。
「――――あいつ、遅れることはあっても、すっぽかしたことはなかったのに……
一体純の奴、どうしちゃったのよ?私のことを可愛いと言ったり、デートしようと言ったり……
それでいて、その当日になれば、その当人が来ないじゃない!!」
唯は、窓から純の部屋を見た。
純の部屋の明かりは消えている。
それを見て、なんか腹が立って来た。
「あいつ、もう寝ちゃったんだ。普通、電話の一本も入れてゴメンと言うのが筋ってもんでしょ!」
しかし、怒った所で何も変わらない。
「…………」
唯は再びベットに転がった。
「はあ、私、一体何やってるんだろ。純に振り回されっぱなしだよ。
もしかして、あいつ、私をからかって遊んでいるのかも……
私が好きだとかいう素振りを見せておいて、実は嘘だよおとか言ったりして
……そうだ、きっとそうだわ!!明日会ったらとっちめてやんなきゃ!!」
唯はウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
「ララちゃん、木下君早く帰って来ないかな……あんな馬鹿に振り回されてばっかで……
早く返事をしたいな。私の返事は決まっているし。
ララちゃんにだけその言葉を教えてあげようか?それはね」

続く