13.好転
(26)
26
- 「おばさん、お邪魔します!」
純の声が唯の家中に響いた。
「純ったら……今はだれもいないって言ったでしょ!」
「え、そうやったか?」
「もう……」
それを訊くと、純はズカズカと家の中に入って行った。唯は慌てて純を止める。
「ちょ、ちょっと、私より先に入らないでよ!!」
「ええやないか、別に……だってほんま久しぶりなんやで、この家に入るのは」
純は懐かしそうに家の中を見回した。
そんな純を見て、唯はため息をついた。
そんな中、勇也は玄関に独り立っていた。
「あ……ごめんね、勇也君。さ、遠慮せずにあがって」
唯はスリッパを勇也の前に出してやった。
「おい、わてのスリッパは?」
「はい!!」
唯は純の顔に投げつけた。
「な、何するんや、唯!!」
「純がキャッチが下手なだけでしょ」
「おいおい」
「それじゃ、ちょっとここで待っててね。部屋を片付けてくるから」
「……ああ」
そう言うと、唯は口笛を吹きながら階段を上がって行った。
唯はとても幸せそうだ。
しかし、それは逆に勇也の心を病ませるだけであった。勇也は俯いていた。
純はそんな勇也を心配した。
「木下、お前がそんなに落ち込んでいるのを見たのは初めてやな。何か悪い夢でも見ているようや」
「……それはあなたが浮かれてるからじゃないですか?俺はいつもと同じですよ」
「……何かわてにはえらい冷たいな」
「あなたは自分に恋心を抱く女の子を2ヶ月も放って置く人ですからね。それ位の扱いを受けて当然じゃないんですか」
「な……」
「少しは彼女の気持ちになって考えようとは思わなかったんですか!!あなたに会えない間、彼女がどんなに辛そうな顔をしていたか解らないんですか!」
「…………」
勇也の言葉は純の心にグサグサと突き刺さった。
「……本当に唯のことが好きやったんやな」
「……ええ。これまでこんなに話の合う子はいませんでしたからね。でも――――」
「でも?」
「今は彼女よりももっと大切な人がいる」
「……そうか……うまく行くといいな」
その瞬間、勇也は純の胸ぐらを掴んだ。
「…………」
「き、木下……」
純はその顔に恐怖を覚えた。
「2人ともー2階に上がって来ていいよおー!!」
勇也はそれを訊いて手を離した。
「ほら、お嬢様のお呼びですよ」
純は階段を上がっていく勇也の背中を見た。
その背中はとても寂しげだった。
- 2階に上がり、2人は唯の部屋に入った。
いかにも女の子らしい部屋と言った感じだ。
ただ『RAIZA』関連のグッズが山積みになっているのは例外だが。
恐らく寂しさを紛らわす為に見ていたのだろう。
唯の苦悩が、勇也にはヒシヒシと感じられた。
- ベットの周りにはウサギさんのぬいぐるみがたくさん並んでいた。まだ少し、幼さが残っているのだろうか。
と言っても、今は子供のようにはしゃいでいるが。
その中で、特にあるウサギさんのぬいぐるみだけが酷く古ぼけていた。
純はそれを見つけると、手に取った。
「なんや唯、まだこのウサギ持っとったんか。名前は確か……トドや!!」
「違うもん、ララちゃんだもん!!」
唯は純からウサギさんを引ったくる。
「いいや、こいつはトドや!わてがお前の誕生日にトドをプレゼントしたはずが、開けてみたらなぜかウサギに変わっとった」
「えっ!そうだったの!!」
「そうや。だってお前、昔からトドが好きやって言うとったやろ?」
「ゆってません!私はウサギさんが好きなの!!」
唯は顔をぷーっと膨らませる。
「ははっ、冗談や、冗談」
「もう……何か飲み物を持って来るから、これ以上部屋の中をいじくり回さないでよ!」
「なら、お前のアソコならええか?」
「……馬鹿!!」
唯は呆れた顔をしながら部屋で出て行った。
勇也はそれを見てニヤニヤしていた。
「何がおかしいんや!」
「いや、まるで夫婦ゲンカみたいだったから」
「あ、あほっ!」
- ジュースを持って来ると、唯はいきなり本題に入った。
「……さあ勇也君、話してみて」
「…………」
「……広田さんのことなんでしょ?」
それを訊いて勇也は驚いた顔をした。
「な、なんで知ってるんだよ」
「彼女がテニス部に入ったって訊いてない?」
「そうか、それで……」
勇也は美雪が唯のことを知っていた訳を理解した。
「話して、お願い」
「……解ったよ」
勇也はついに折れた。唯になら美雪のことを話せる気がした。
- 純と唯は、勇也の話を訊いて驚いていた。
「なんて悲しい話なの……」
唯は泣きそうになっていた。
「しかし、お前転校するんか。全然そんな話訊いてなかったで」
「当然だろ……あなたとは今日2ヶ月ぶりに会ったんだから」
「あ、そうか」
「馬鹿なこと言わないでくれ!」
「……す、すまん」
純は謝ってしまう。勇也の方が年下のはずなのに、なぜか圧倒されている気がする。
「……でも、あの瀬口に似ている子が勇也君の彼女だったなんて……」
「え、美雪の奴、その瀬口って子に似てたのかい?」
「うん。全くとまではいかないけど、何か雰囲気が似ている気がするんだよね」
唯は改めて2人の顔を比べてみる。
すると、純が妙に興味を持ち出した。
「唯!それほんまなんか!ほんまに裕子に似とったんか?」
唯はむっとして意地悪く言い返す。
「そうよ!純にくっつき回っているあの女にそっくりなのよ馬鹿!!あんな顔、もう二度と見たくない!!」
言った後で、その言葉が美雪に対しても悪口を言っていることに気付いた。
「ご、ごめん……勇也君……」
「別にいいよ」
「それより木下、その美雪って子の性格を教えてくれんか?」
妙に純は積極的だ。
「裕子のことを言うと、あいつはかなりの露出狂やな。酒を飲むと平気で裸になったりする。だから放っておけなくなるんや」
「だからあの女の元に住み着いたのね」
唯は純の耳を引っ張る。
「いてて……今は木下の話やろ。その話は後にしてくれ……」
「……わ、解ったわよ」
純は何とか誤魔化した。
「そう言えば、美雪も恥ずかしげもなく俺の前で服を脱いだり……」
「ちょ、ちょっと、2人ともなんてことやってるのよ!!」
唯は訊いてて腹が立って来たらしい。
「でも、あの後、俺が引っ越すことを言ったら美雪の奴……私のことが嫌いになったのねって……」
勇也の脳裏に美雪の言葉が甦る。
『いやあ!もうあなたの顔なんて見たくない!!』
すると、一気に悲しみがこみ上げて来た。
勇也は知らぬ間に涙を溜めていた。
照れ隠しにジュースを飲む干す。
「勇也君……」
唯はその時、勇也が予想以上にショックを受けていることに気付いた。
はしゃいでる自分が恥ずかしく思えた。
「……勇也君、ごめんね。私、1人で何か浮かれていたみたいね。勇也君がこんなに苦しんでいると言うのに……あなたの気持ちも考えないで……」
「気にしなくていいよ、俺のことなんか……」
勇也の目は死んでいた。
- すると、純が真剣な顔つきで話し始めた。
「唯、木下、是非訊いて貰いたいことがある」
「えっ!」
唯は純が妙に改まっているので驚いた。
勇也は表情を変えず、そのまま俯いていた。
「……裕子は幼い頃親に捨てられて、あちこちを家を転々としとったんや。あいつには地獄の日々やったに違いない。そして15歳の時、ついにその引き取り人の家を飛び出したんや。捨て子として狭い立場で生きることに耐えられんかったんや。そして、今のあのアパートに来た。自由は手に入れたが、当然生活は苦しかった。だから身体を売って生活しとったんや!!まだ15やで!!」
「…………」
「それを訊いた時、わてはこのままではあかんと思った。裕子の色香に迷った点ももちろんあったが、一緒に生活することにしたんや。……でもこの2ヶ月間、わてはただ裕子とイチャついていた訳やない。わてはアルバイトしつつ、裕子を捨てた親の手掛かりを掴む為に東奔西走したんや。なかなか手掛かりは掴めんかった。しかし、つい最近やっと情報を手に入れたんや。18年程前に子供が捨てられたと言う話を……」
「もしかしてそれが……」
「そう、それが裕子やったんや。赤ん坊だった裕子の隣に、『この子の名前は裕子です。どうか幸せにしてやってください。』と書かれたメモがあったそうや。発見した当人に訊いたから間違いない」
「…………」
「その人は裕子を数年育てたんや。しかし、会社の倒産で仕事を失ってしまい、その人も泣く泣く親戚に預けたらしい。だが、その親戚は裕子を邪険に扱った。そして、その親戚、そのまた親戚と裕子はたらい回しにされたんや」
「ひ、酷いよ!そんなの……」
「わては裕子のほんまの親を見つける為に頑張って来た。だが、さすがにそこまでは解らんかった。だけど今日……」
その時、初めて勇也が顔を上げた。
「まさか――――」
「広田さんの親が、裕子のほんまの親なんやないかと」
勇也は否定する。
「そんな訳ないだろうが!!美雪に姉さんがいるなんて話…………はっ!」
「何か心当たりあるんやな」
「まさか……」
- 勇也はあの日のことを思い出した。美雪の父親が出て行った日のことを。
美雪は話してくれた。
彼女の両親は駆け落ち同然で結婚したそうだ。
その為、親からも認めて貰えず、社会的立場も無いに等しかった。
だから、かなり貧しい生活を送っていたと言う。
あちこちを転々としていたらしい。
美雪が産まれたのは、氷上町に安住してかららしい。
もし、転々としていた時に子供が産まれてしまったら……養っていく金なんかあるはずがない!
そしたら本当に……
- 勇也はゆっくりと口を開いた。
「……悔しいが、可能性はあるかもしれない……」
「ほ、ほんとなの?それなら……」
「裕子に家族が出来るかもしれん……」
純と唯は顔を見合わせた。
叶わないはずの夢が叶うと言うのか。
しかし、勇也は寂しげに言葉を漏らす。
「今、美雪の父親が出て行ったばかりで生活が苦しいんだ。その子を迎え入れる余裕なんてあるのだろうか……」
唯は顔を曇らす。
希望を絶たれたと言う顔だ。
そんな唯の顔を見て、純は立ち上がった。
「そんなこと、ほんまの家族なら何ともないはずやろ!!わてと裕子だけでも生活は出来たんや。大切なのは家族の繋がりやろうが!!!」
「…………」
「木下、裕子を母親に会わせたいんや!協力してくれんか?」
しかし、勇也は再び俯いてしまった。
そんなことが出来るはずがない。
今は美雪と会えない。
いや、会ってくれないだろう。
純は勇也にすべてを託していた。
- すると、唯が勇也に近づいた。
勇也が顔を上げると、唯はやさしく抱きしめてくれた。
「こ、神代さん……」
勇也は唯を見つめる。
唯は笑顔を見せながら言う。
「勇也君、私の勇気を分けてあげる。だから頑張って!自分の殻に閉じこもらないでさ」
「自分の殻?」
「そう、勇也君は他人との接触を恐れて自分だけの世界に閉じこもろうとしてるのよ」
勇也はその時、昨日の壇ノ浦の言葉を思い出した。
『木下、いつものお前に戻れ!何をそんなに意地張ってるんだ!』
俺は意地を張ってるだけだと言うのか。
嫌なことから逃げ出す為に他人との接触を避けていたと言うのか。
「これは自分の為だから言ってるのかな?でも私は勇也君にも幸せを掴んで欲しいの。私は嫌なことから逃げ出さず、正直に純に思いをうち明けた。だから今、ここに私がいるの」
俺に足りないもの……
それは勇気……
勇気……
- 唯は純の方を見た。
「ごめんね、純……あなたの前で他の人と……」
「気にしてないで。お前の天下一品の笑顔を木下に分けてやったんやからな」
「ふふ」
突然、勇也はすくと立ち上がった。
「俺は、俺は美雪が好きだ!!例え引っ越したってその気持ちは絶対に変わらない!!!」
そう言うと、勇也は部屋を飛び出して行った。
今すぐ美雪に会いたくなったのだ。
例え美雪に拒絶されたとしても、俺の気持ちは変わらない、変わらないんだ!!
「待って、木下君!!私達も一緒に……」
唯が追い掛けようとすると、純が止めた。
「純……」
「唯、これは木下自身の問題や。わてらは待とう」
「……うん!」
- 勇也はチャリで爆走していた。
ここ加佐未から氷上町までは2時間はかかる。
だが、そんなことなんでもなかった。
時間などあっと言う間だった。
- 勇也は妹のチャリを投げ捨てて『ブックスファイン』に入った。
「美雪は!広田さんは!!」
すると、店長が出て来た。
「あれ、君は確か広田君の彼氏……どうしたんだい?そんなに息を切らして」
「美雪は?」
「それがここ数日無断欠勤しているんだ……もしかして君達ケンカでも―――――ってあれ?」
既に勇也の姿はなかった。
美雪の家に向かっていた。
チャリに乗ることも忘れて……
- その頃、病院で由美子が目を覚ました。
「うう……」
「先生!気が付いたみたいです」
「ああ」
医者は由美子の元に歩み寄った。
「こ、ここは?」
「加佐未総合病院だよ。君は交通事故に遭ってここに運ばれたんだ」
「……そうか、私」
由美子は昨日のことを思い出した。
「君は運が良かったんだよ。もう少し打ち所が悪かったら死んでいた所だ」
「こうちゃんは……う、うう……」
「あまりしゃべっちゃいけないよ」
由美子はコクリと頷いた。
その時、流山が部屋の入り口の所にいることに気付いた。
「る、流山君……」
医者はそれを訊いて後ろに振り返った。
「また君かね。何度言ったら解るんだ!この患者は絶対安静なんだ。あれほど面会は出来ないと言っただろうが!!!」
「…………」
すると、由美子が口を開いた。
「お願い、2人にして……」
「何を言ってるんだ!」
「先生、少し位いいじゃありませんか」
看護婦は由美子の気持ちを察してくれたようだ。
「しかしだな……」
由美子は医者を見つめる。
「わ、解ったよ。ただし、少しの間だけだからね」
そう言うと、医者達は部屋を出て行った。
- 流山は照れ臭そうに由美子を見た。
「ずっと待っていてくれたの?」
「勘違いするなよ。俺はただ君が交通事故に遭ったって神代さんから訊いたから、ちょっと寄ってみただけだ」
由美子は流山をやさしく見つめた。
流山はそれに気付くと、顔を背けてしまった。
「流山君、私がお母さんになってあげる。だからもっと素直になって」
「あ、あ、余りしゃべるなって……何かあったら俺の責任になっちまうだろ」
「……解ったわ。その代わり、私の手を握っていてくれない?そしたら安心して眠れそうだから……」
「な、何を……」
「お願い」
「……解った」
流山はそっと由美子の手を握ってやった。
とても小さくて、柔らかかった。
由美子は目を閉じた。
体は全治数ヶ月の大怪我だ。しかし、幸せだった。
流山がそばに居てくれるから……
「好き……」
そう言うと、由美子は眠ってしまった。
流山はずっと由美子の手を握っていた。
- 「ハアハアハア……」
勇也はやっと美雪の家に着いた。
美雪の家はいつ見ても古く、かなり年期が入っているように見えた。
- 勇也がチャイムを押そうとすると、偶然にも美雪が出て来た。
「美雪っ!」
美雪は勇也の顔を見るなり家に戻ろうとした。
「待ってくれ、美雪!!」
勇也は美雪の腕を掴んだ。
美雪は振り払おうとする。
「離して!もうあなたの顔なんて見たくない!!」
パシッ!
勇也は美雪の頬を叩いた。
美雪はカッとして勇也を睨む。
「何するのよ!――――――えっ!」
美雪は勇也の目に光るものを見た。
勇也はとても悲しそうだった。
美雪はそんな勇也の顔を見ていられなかった。
「どうして、どうしてそんな顔をするの?私が嫌いになったんでしょ?」
「違う、俺は君が好きだ!世界で一番君が好きだ!!!」
「じゃあ、どうして嘘をつくの?」
「嘘なんかついてない。本当に親父が転勤になったんだ。うちが転勤族だっていうのは前に言ったことがあったろ?それが今来たんだよ。親父はもう先に行ってる。だが、俺は嫌だ!この地に残りたい!ずっと美雪と一緒にいたいんだ!!!」
「…………」
「でもどうすることも出来ないんだ。俺1人ここには残れない……」
「……じゃあ神代先輩のことは?」
「確かに以前は好きだったよ。でも今は彼女には西山純という大切な人が、そして俺には広田美雪という世界一大切な人がいる」
勇也は美雪を抱きしめた。
「俺が、俺があの時もっとちゃんと説明していれば君を悲しませるようなことにはならなかったはずだ。……済まない。でも、例え離れても俺は一生愛し続ける」
「ゆーちゃん……」
美雪は勇也の背中に腕を回した。
勇也もそれに答える。
大好きな美雪を……
そしてキスをした。
戸惑うことなく、素直な気持ちで……
- 2人はあのゲーセンに来ていた。お互いにもっと話したかったからだ。
美雪は勇也を上目遣いで見た。
「……ごめんね、ゆーちゃん。あなたの話を訊こうともせず、一方的に嘘だなんて決めつけちゃって……」
「もう、いいよ」
「あのね、あの日は本当に幸せだったの。ゆーちゃんとずっと一緒にいられて……だから逆に怖かったの。幸せ過ぎて怖いって言うのかな?もしかしたらこれは夢なんじゃないかって……」
「美雪……」
「そう考えててた時、ゆーちゃんがあんな話をしたから……やっぱりこの幸せは夢だったんだって、そう思っちゃったの」
その時、なんて可愛い奴だと思った。
この前の美雪の過激な行動は、不安な気持ちの裏返しだったと言うことだ。
勇也を思う気持ちが強すぎて起こってしまったのだ。こんなに嬉しいことはない。
勇也の恋愛感情は一気に最高潮に達した。
愛おしい美雪の気持ちに答えたかった。
「美雪、お前を抱きたい」
「えっ!」
途端に美雪の顔が真っ赤になった。
「ゆ、ゆーちゃん……」
その反応はとてもいじらしかった。あの日、勇也に過激に迫っていた美雪ではない。本当に純情な女の子だった。
「俺は、俺は自分の気持ちに素直になりたい。美雪が好きだから、誰にも渡したくないから……そして、俺のことをこんなにも思ってくれる美雪の気持ちに答えたいから……」
すると、美雪はコクリと頷いた。
そしてそっと勇也に抱きついた。
勇也はやさしくキスをした。とても長く、そして深いキスだ。
「好きだよ、美雪……」
「私も……」
そして2人は結ばれた。
- 勇也は横に寝ている美雪を見た。
美雪もそれに気付く。
「どうしたの?」
「こんなことしちゃって、俺のこと嫌いになっただろ?」
「……ううん、ますます好きになったよ。だって私とゆーちゃんの気持ちが1つになったんだもん。もうゆーちゃんが引っ越しても寂しくないよ」
「美雪……」
「私、いつもゆーちゃんのことを思っているから。私の心がゆーちゃんで埋め尽くされる位に。だから寂しくないよ」
「俺、高校を卒業したら絶対にこの地に帰って来る。だから、待っていてくれるかな」
「ゆーちゃん……うん、待ってるから……ずっと、ずっと待ってるから……」
この時、2人に恐れるものはなくなったのだった。
- 美雪が服を着終えると、勇也は美雪をソファに座らせた。と言っても、そこに寝ていたのだが。
「西山先輩、そして神代さん、ありがとう。2人のおかげで俺は勇気を持てたんだ。だから2人の願いも叶えてあげたい」
勇也はそう独り言を言った。
「?」
美雪は不思議そうな顔をしている。
「美雪、今日家にお母さんはいるかい?」
「えっ……まさか私達のことを母さんに話すの?」
美雪は顔を赤らめる。
それを訊いて勇也もはっとした。
そう言えば、まだ2人がつき合っていることを話していなかった。
――――だが、今は唯達との約束が優先だ。
「それもあるけど、もっと大切な話がお母さんにあるんだ。一緒に行ってくれるかい?」
「……う、うん」
美雪は何だろ?って顔をしている。
勇也は美雪を連れて家の方に向かった。
- 玄関に来ると、勇也は躊躇うことなく、チャイムを押した。
「ゆーちゃん、わざわざそんなことしなくても……」
すると、美雪の母親が出て来た。
「あら、美雪、もう買い物から帰って来たの?……その方は?」
母親は勇也のことを見る。
美雪が何と言おうかと悩んでいると、勇也が先に口を開いた。
「俺は、今美雪さんとおつき合いしている木下勇也と言います。今日は話があって来ました」
勇也はもう何も怖くなかった。
落ち込んでいた時の図太い神経は消えていなかった。
つまり、勇気を手に入れたのだ。
こうなればもう大丈夫だった。
- 母親は驚いた顔をしている。
「本当なの、美雪?」
美雪は恥ずかしそうに頷いた。
すると、母親は微笑んだ。
「そう……美雪にもついに大切な人が出来たのね。さあ、お上がりなさい」
「はい」
勇也は内心ほっとしていた。当然怒られるものだと思っていたからだ。この時だけは美雪の父親がいなくて良かったと思った。もし父親がいたら殴り殴り飛ばされていたかもしれない。
- 勇也は畳の部屋に通された。
勇也が母親に向かい合うようにして座ると、美雪がお茶を持って来てくれた。何か結婚の許しでも求めに来たような気分になった。
案外、美雪の方はそう考えていたかもしれない。障子の陰からこっちを見ていた。
「それで、話と言うのは?」
「……実は、今日は友達に頼まれて来たんです」
「えっ、どういうことです?」
「……裕子と言う名前に覚えがありませんか?」
すると、途端に母親の顔色が変わった。
「知っているんですね?」
母親は俯いていたが、暫くするとゆっくりと頷いた。
美雪の方は拍子抜けしたらしく、障子の陰から現れた。
「なんだあ、私達の話じゃなかったのか……それより裕子って誰なの?」
すると、母親の様子がおかしいことに気付いた。
「どうしたの母さん?」
「美雪……裕子さんと言うのは、君のお姉さんなんだ」
「えっ!」
美雪は唖然とした顔をした。
「何訳解らないこと言ってるの、ゆーちゃん。……ねえ、母さん」
「まさか裕子が生きているなんて……」
美雪の顔色が変わる。
「えっ、まさか本当の話なの?」
美雪の言葉に母親は頷いた。
「そんなの訊いてないよ!私にお姉ちゃんが居るなんて!!」
「訊いて美雪、あなたが産まれる2年前に赤ちゃんが産まれたのよ。それが裕子だった」
「…………」
「でもその頃は、前にも話したことがあると思うけど、とても貧しくて各地を転々としていたの。私は裕子を育てようと努力したわ。でも駄目だった。裕子を養えるだけのお金がなかったの。そんな状況の中で、お父さんは、私が出掛けている間に裕子をどこかに捨ててしまった。……許せなかった。あの人が。裕子を捨てたあの人が……私は必死で裕子を捜したわ。でも、見つからなかった。そして、私は涙を飲んでその地を離れたの……」
「…………」
美雪は黙ったまま何も言わなかった。
勇也は美雪の母親に頼む。
「お願いです、これから裕子さんに会いに行ってくれませんか?」
「えっ、あの子が近くに来ているんですか!」
「いや、彼女は自分の家に居るはずです」
「まさか……」
「はい、裕子さんの家は加佐未の『下町』にあります」
「まさかそんな近くに住んでいたなんて!!」
母親は驚きを隠せない。
確かにそうだ。ここから随分離れた土地で捨てられた裕子と、その後も各地を転々としやっと定住した美雪一家が同じ街に住んでいたのだ。
偶然としか言いようがない。
「裕子さんに会ってくれますね?」
「……はい」
すると、美雪の母親は慌てて出掛ける支度をし始めた。一刻も早く裕子に会いたいのだろう。
- 勇也は、美雪が俯いていることに気付いた。
ゆっくりと美雪の元に歩み寄る。
そして美雪を抱きしめた。
「…………」
「美雪、ショックなのは解る。でもこれは事実なんだ」
「でも……」
「考えてみろよ。裕子さんがこの家に来て一緒に働いて貰えば、この家の生活もずっと楽になるはずだ。いや、きっとなる!!だから、一緒に行こう。すべてを解決させる為に……」
「……ゆーちゃん」
「ん?」
「引っ越しの前日に、ちょっと早いけど誕生日パーティーをしよ。あのいつものゲーセンで……」
「解った」
勇也は嬉しかった。美雪がパーティーを開いてくれる。しかし、その前に終わらせなければならないことがある。
- 加佐未駅で勇也は美雪とその母親に合流した。
もう夕方になっていた。
勇也は妹のチャリでここまで戻って来たので、電車で来た美雪達を待たせる形となってしまった。
「ごめん、待たせちゃって……」
「別にいいよ。私達も今着いた所だから」
「あら、美雪、もう30分も待っていたじゃない」
「い、いいの!今着いたの!!」
勇也は美雪の心遣いが嬉しかった。
「おーい、勇也くーん!」
「あ、来た来た」
勇也が振り返ると、唯と純が手を振っていた。
美雪は唯を見て驚く。
「どうして神代先輩が!!」
警戒色バリバリである。
「お待たせ!勇也君、広田さん」
勇也は加佐未の近くに来た所で、唯の家に連絡しておいたのだ。
唯は勇也の顔を見ると、ウインクをした。勇也と美雪が仲直りしたことをその目で確かめたからだ。
すると、美雪が怒り出す。
「ちょっと先輩!ゆーちゃんに色目を使わないでください!」
それを訊いて唯は吹き出す。
「何がおかしいんですか!それにどうしてここに!」
勇也は慌ててなだめに入る。
「美雪、裕子さんと暮らしていたのが神代さんの彼氏、西山先輩なんだ」
純が3人の前に出て来る。
「はじめまして……ってほんま裕子に似とるなあ」
純は美雪をじいっと見る。
ゲシッ!!
勇也と唯のケリが入った。
「な、何すんねん!木下!唯!」
「じゅーんー、今度はこの子に手を出す気?」
「あ、あほ言うな!それに何で木下まで蹴るんや!」
「美雪は俺のものだ!手を出すな!!」
その瞬間、勇也は自分で言った言葉に驚き、真っ赤になってしまった。美雪も耳まで赤くしている。
「よかったね、広田さん。こんないい人に巡り会えて……」
「こ、神代先輩……」
暫く純は笑っていたが、突然表情をガラリと変えて美雪の母親の前に立った。
「はじめまして、わて西山純と言います。わてが裕子と一緒に住んどりました」
「……あなたが裕子を守ってくださったんですね。大変だったでしょ、私のことを見つけるの……」
「いや、そんな褒められるようなことはしてません」
「それより、裕子はそんなに美雪に似ているんですか?」
「いや、うり二つと言う訳やありませんが、かなり雰囲気が似ています。違うのは胸の大きさかな」
純は美雪の胸を見る。美雪の胸はほとんどない。
「裕子はメチャメチャ巨乳なんですよ」
その直後、唯のケリが入ったことは言うまでもない。
「さ、さあ、気を取り直して裕子のアパートへ行こうや!」
唯にボコボコにされた純を先頭に、5人は『下町』に向かって歩き出した。
- ピンポ――――ン!!
純はチャイムを鳴らした。
ゆっくりとドアが開く。
「あ、純ちゃん。昨日はどうして帰って来なかった
の?私、心配したんだから――――あっ!!」
裕子は純の後ろに唯がいることに気付いた。
急に顔が険しくなる。
「ちょっと、何であんたが純ちゃんと一緒に居るのよ!!」
純は裕子をなだめる。
「落ち着け、裕子」
「だって……」
「唯はついでに来ただけや。それより、裕子」
「えっ?」
「これからお前に会って貰いたい人がいるんや」
「誰よ。もしかしてこの女とか言うんじゃないでしょうね?」
「違う」
純はドアを大きく開いた。すると、その陰から、勇也、美雪、彼女の母親が現れた。
「この人達は?」
裕子は美雪とその母親を見た。何か違和感を感じた。
「木下、お前は唯を連れてちょっと下で待っててくれんか」
「わかった。さあ神代さん、行こう」
勇也は唯を連れて階段を降りて行った。
その間、唯は何度も何度も純の方を振り返った。
本当に心配だったのだろう。
「裕子、中に入れてくれんか?」
「……わ、解ったわ」
裕子は純達を中に入れた。
- 裕子はその後も、ずっと美雪達のことが気になって仕方がなかった。
「純ちゃん……この人達は一体……」
「実はな、この人がお前の本当の母親なんや」
「――――――えっ!!」
裕子は驚いて母親を見た。何とも言えない気持ちである。
母親はゆっくりと裕子の元に歩み寄った。
「ああ、裕子……こんなに大きくなって……もう会えないかと思っていたのに……」
母親は大粒の涙をこぼして裕子を抱きしめた。
そして美雪も話しかける。
「あなたが私のお姉ちゃんなの?」
裕子は美雪を見た。何だか数年前の自分を見ているようだった。
裕子の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「い、今更ノコノコと出て来て……何年私のことを放っておいたと思っているのよ!!」
「裕子、この人はお前を捨てた訳やないんや。親父さんが、生活が苦しいからって勝手に……でも、その親父さんはもう家を出て行ってしまった」
「だ、だからって……そんなのずるいよ……」
裕子は泣き崩れた。
「裕子、ずっと独りぼっちにしてごめんね。でも、今日からは私と美雪が一緒よ」
すると、裕子は母親に泣きついた。母親は優しく裕子の頭を撫でてやった。
裕子は今日、初めて母親の温もりを知ったのだ。
- 暫くして、純は立ち上がった。
「……裕子、もうわてがついていなくても大丈夫やな。こんなええ家族がおるんやから」
「純ちゃん……」
「お前は誰かに頼って生きたかったんやろ。これからは母親に、家族に頼ってもええんや。これ程頼りがいのある奴はおらんで」
「……あの子が好きなのね」
「……ああ。わてはずっと唯が好きやった。幼い頃からあいつだけを見て来たんや」
「かなわないな、あの子には……」
「裕子、解ってくれたんか」
「……ほんとは最初から解っていたわ。でも、独りになるのが怖かった。だから……」
「おおきに、解ってくれて」
すると、裕子は微笑んだ。
「純ちゃん、私頑張るね。そして絶対純ちゃんみたいないい人を見つけるんだ」
「裕子……」
純は裕子の顔を見ていられなくなり、後ろを向いてしまった。
「広田さん、木下の奴が首を長くして待っていると思うで。そろそろ行こうか」
「はい」
「今度、私の家に遊びに来てね」
「ああ……絶対に行くからな」
純は振り返らずに、美雪と外に出て行った。
- 外では案の定、勇也と唯がイライラしながら待っていた。
「あっ、純!!」
唯は、純に気付くや否や、飛び付いた。その顔は不安でいっぱいだった。
「ど、どうしたんや。そんな顔して……」
「だって、また純がいなくなっちゃうんじゃないかって考えたら、不安で不安でたまらなかったんだもん」
「おいおい。わては唯一筋やで」
「どーだか」
- 純と唯がじゃれ合っていると、勇也と美雪が帰ろうとしていた。
「木下、もう帰ってしまうんか?もうちょっと話でも……」
「すいません。俺は美雪との時間を大切にしたいんです。……それでは」
そう言うと、勇也は美雪と手を繋いで帰って行った。
- 「そうか、木下の奴、もうすぐ……」
続く