14.夢の少女
(27/epilogue)
27
- それから残り少ない毎日、勇也は美雪とデートをして過ごした。
離れ離れになる時間はもう目の前に迫って来ていた。
だから、美雪と一緒にいたかった。
- 流山はつきっきりで由美子の看病をしていた。学校にもあまり顔を出さなくなり、少し問題になっていた。
だが、当の本人は気にしてなかった。
彼は『母親』を見つけたのだ。自分だけの母親を……
- 2ヶ月ぶりに学校に来た純は、生活指導部の壇ノ浦や担任の上松などに、たっぷりとお灸を据えられてしまった。
それもそうだ。失踪していた理由を、女に釣られてました、なんて言ったからだ。
決して裕子のことは口にしなかった。
彼女の新しいスタートに水をさしたくなかったのだ。
- それがK高校での、大きな変化だった。
- 引っ越しの前日、勇也はついに最後の号令をかけ終わった。
中学時代に勇也を無視していた奴らとはすっかり仲良くなり、勇也との別れを悲しんでくれた。
嬉しかったのは、勇也に内緒で、クラスのみんなが寄せ書きを書いてくれたことだった。
それを貰った時、勇也は感動のあまり、泣きそうだった。
- この学校での5年間が走馬燈のように甦る。
クラスで孤立したこと。
あの公園で寂しさを紛らわせていたこと。
不動の魔人と1位争いをしたこと。
水泳の試合でいいタイムが出ず、落ち込んでいた時に純に励まして貰ったこと。
高校に入って流山に出会ったこと。
そして高2になってからのことを……
- その後、勇也は壇ノ浦に呼び出された。
「何ですか、先生?最後の日まで俺をとっちめる気ですか」
「違うわい!――――これを受け取れ!!」
「えっ!!」
壇ノ浦が差し出したのは、1枚の賞状だった。
「これは?」
「この学校で、お前が頑張って来たことに対する証だ。今でよくやったな」
「先生……」
「もう完全に立ち直ったようだな。そうだ、それでこそお前なのだ!!」
「はい」
「はは……俺は待ってるぞ。またこの高校に戻って来い!いいな!!」
「はい!!」
- 勇也は堂々とK高校の校門をくぐった。
「さよなら、そしてまた会う日まで……」
勇也は振り返らずに、その場を走り去ったのだった。
- 今日は美雪が一足早い誕生日パーティーを開いてくれる日だ。
その日、勇也は初めて電車で氷上町に向かった。
妹のチャリはもう引っ越し先に送られていた。
それだけではない。何もかも送られていた。
この谷川に残っているのは、もう勇也だけだった。
勇也は今夜、寝台列車でこの地を起つ。
- 勇也は手に何か箱を持っていた。
その箱にはきれいなリボンがかかっている。
そう、プレゼントだ。美雪とプレゼント交換をする約束をしていたからだ。
勇也はそのプレゼントを大切そうに持って、氷上町に着くのを待った。
- 7時過ぎにゲーセン前に着いた。
勇也は時計を見て焦る。
「やばいな……6時半に来てって言われてたのに。美雪の奴、怒っているかな?」
勇也はゆっくりと中に入った。
『控え室』のドアから明かりが漏れている。
「やっぱりもう来ている――――」
その時だった。
「ゆーちゃああああああああああん!!!」
「!!」
美雪の叫び声が聞こえた。
勇也は部屋に駆け込んだ。
- 部屋に入った途端、勇也は我を忘れた。
美雪があの変質者に襲われていたのだ。
勇也は手に持っていたものを投げ捨てて、変質者に掴みかかった。
「お前えええええ!!よくも、よくも、美雪にいいいいいいい!!!!」
バキッ!!!
勇也はその男を殴り飛ばした。
男は宙を舞う。
こんなに勇也は強かっただろうか。
いや、今の勇也は完全にキレていた。
命よりも大切な美雪に手を出されたのだ。
普段の勇也なら絶対にケンカなどしたりしない。
自分が弱いことを自覚しているからだ。
だが、今は違った。
激しくその男と殴り合う。
何度倒されても、立ち向かった。
「馬鹿野郎!そんなに人が苦しむ顔を見るのが楽しいのか!!!」
バキイイイイイイイ!!!
勇也のパンチが男の頬に直撃した!
掛けていたグラサンと帽子が吹っ飛ぶ!!
「お、お前は――――!!」
勇也はその顔を見て驚いた。
「き、岸山……」
なんとその男は岸山だったのだ。
信じられなかった。いつもはあんなに大人しい奴なのに……
「ゆーちゃん!!」
美雪が勇也に抱きついて来た。
服がかなり乱れていた。
「美雪、何ともないか?」
「う、うん……」
美雪はガタガタ震えていた。
怒りが込み上がってくる。
あと一歩遅かったらこいつに……
「今までのことは全部お前がやって来たと言うのか!!」
「…………」
「どうなんだ、答えろ!!!」
すると、岸山は笑い出した。
「はははははははははっ!!!」
「何がおかしい!!」
「フフ……復讐だよ」
「復讐?」
「そうさ、これは僕の復讐なんだよ。僕を馬鹿にして来た奴らに復讐してるのさ」
その目は常軌を逸していた。
「でもただ殴る蹴るじゃ面白くない。それならその彼女をレイプしてやろうと思ってね。その方が楽しいだろ?肉体的にも、精神的にもズタズタにしてやれるんだからね」
勇也はそれを訊いてはっとした。
1人目の被害者野崎は、確か岸山にガラスを刺した奴の彼女だった。
「それじゃ、どうして美雪を!!」
「ははははっ!!木下クン、僕が一番憎いのは君なんだよ」
「!!」
「最初はそんなことなかった。君は僕に似ていたからね。むしろ仲間だと思っていた。ずっと孤立していて、勉強に逃げ道を作っていたんだから。だから、僕は君を見習って生徒会の会長になったんだ」
「……そ、そうだったのか」
「……でも、実際の君は違っていた。彼女もいるし、友達もいる。それだけならまだ良かった。まだ仲間だと思っていた」
「…………」
「でも、君まで僕を拒絶したんだ!!覚えてるだろ、あの合宿の時にことを!!!」
「はっ!!」
あの時の言葉が思い出された。
『い、いい加減にしろっ!!お前は一体なんなんだよ!いつもいつも俺を追い掛け回して!!少しはこっちの迷惑を考えろよな!!』
「もしかして、お前……」
「僕はあの時、仲間を失ったんだ。最後の仲間をね。
木下クン、君は最低の奴なんだよ!!僕を裏切ったんだ!!!」
「岸山……」
「だから、君も同じ目に遭わせてやろうと思った。神代唯をレイプしてやろうとね」
「!!」
「しかし、彼女は西山クンの女だったらしいね。勘違いしていたよ」
「それで神代さんを襲ったと言うのか!」
「いやあ、西山クンには左腕を折られちゃってね。ほんと失敗だった」
岸山は左腕のギブスを見せる。
「お前……」
「さあ、だから君とお別れに日に本当の彼女が泣き叫ぶのを見て貰いたかったんだよ」
「いい加減にしろ!!!みんなお前のことを無視したりしてないだろ!!確かに、みんなはお前を馬鹿にしているかもしれない。でもお前がもっと頑張れば、努力すれば、道が開けるんじゃないのか!!」
「…………」
「昔の俺は、今のお前と同じだった。勇気がなかった。他人にこれ以上拒絶されるのが怖かった。だから敢えて他人と接触しようとはしなかった」
「…………」
「でも、今は違う!!俺は勇気を手に入れた。もう何も怖くなんかない!!それを美雪から、みんなから学んだんだ!!!」
「勇気…………ああっ!あああああっ!!!」
突然、岸山は外に駆け出して行ってしまった。
もしかしたら、自分の過ちに気付いたのかもしれない。
- 勇也は、美雪を抱きしめた。
「すまない。俺が遅刻したばっかりに……」
「ううん、ゆーちゃんは私を助けてくれたもの……・・ありがと」
「美雪……」
「私、ゆーちゃんが絶対に助けてくれるって、信じてたもん。だから怖くなかった」
それを訊くと、勇也は美雪にキスをした。
「ゆーちゃん……」
「さあ、パーティーを始めようか」
「うん!」
epilogue
- 私は今日も待っています。
彼が、帰って来る日を……
- 4月――――
私は、まだ待っています。
私は2年生になりました。
お姉ちゃんも、新しい仕事にやっと軌道に乗ったようです。
お姉ちゃんは、とてもいい人です。
高校には行けなかったけれど、そのハンデを乗り越えて、一生懸命頑張っています。
- 6月――――
私は17歳になりました。また、あの人と同じ歳になったんです。
プレゼント……
あの日、私達が離れ離れになった日に、あの人がくれた腕時計……
私は、この時計を見る度にあの人のことを身近に感じます。
私達はいつも一緒なんです。
- 7月――――
文化祭で、男の子につき合ってくれと言われました。でも、私は断りました。
だって、あの人がいるから……
あの人を待っているから……
- 9月――――
クラブも順調にやっています。
先輩は、私に部長をやって欲しいと言って来ました。
私は引き受けるつもりです。
もっと、あの人に相応しい人間になりたいから……
- 11月―――
あの人の誕生日がまたやって来ました。
彼はもう18になるんです。
早く顔が見たいな……
- 2月――――
そろそろ、彼の受験の日が近づいて来ました。
私は、無事に合格してくれることを祈っています。
- 私は、いつも同じ夢を見ていました。
いつも、優しい彼が出て来てくれるのです。
そう、私が彼の夢に出て来たように。
私と、彼は、出会う前からずっと一緒だったんです。夢の中で会っていたんです。
- 私は、彼の夢の中に。
- 彼は、私の夢の中に。
- そして4月――――
「美雪、ただいま」
「お帰りなさい、ゆーちゃん」
帰って来た。
ついに帰って来てくれたんだ!
美雪は、勇也に抱きついた。
「俺、壇ノ浦の家に下宿させて貰うことになったんだ」
「ふふ、また大変な毎日になりそうだね」
「……そうだな」
勇也は美雪を見た。美雪も勇也を見る。
「あのな、俺の夢に出て来た少女が、やっと誰だか解ったんだ」
「私も……」
- それは……
− END −