12.死闘(中編)22


 
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 ハンスはホワイトを優しく抱き締めた。
 いや、突然ハンスが抱き締めたと言った方が正しいだろうか。
 ホワイトは体を強ばらせて、ハンスの腕を振り払った。
「や、やめてよ……いい加減にして」
「お前の辛そうな顔を見ていられないんだ」
「な、何を言うのよ」
 ホワイトは動揺する。
「ナーサス城でライザが飛び出して行った後、お前も後を追い掛けたんだろ」
「!」
「そして、ライザとロミアが話しているのを目撃してしまったと」
「な、何が言いたいの、ハンス」
 と、ホワイトは顔を背けたまま答えた。
 ハンスは軽く笑った。
「ライザの過去は想像以上に悲しく辛いものだったようだな。俺にもはっきりと分かった」
「だ、だから?」
「しかし、ライザの確執を解いてやったのはロミアだった。お前は嫉妬しているんじゃないのか、ロミアに?」
「そんなこと…………」
 ホワイトは口ごもってしまった。図星だった。ホワイトは、ライザに何もしてやれなかった。
 ライザを救ったのはロミアだ。
 心が締め付けられる。
 
 ハンスはそんなホワイトの肩を抱いてやった。
「今のライザにはロミアが必要だと思うんだ」
「そうやって私を振り向かせようって言うんでしょ」
「違う」
「えっ!」
 ホワイトは、ハンスの目を見た。真剣な顔付きだった。いつものような軽い感じではなかった。
「クーデタを鎮めるにはライザの力が必要なんだ。奴がいなければ俺達は負ける……」
「勇者様は確かに強いわ。でも、そこまでする必要があると言うの?」
「奴には隠された力がある。俺には分かるんだ。直感って奴かな。ブルームも同じ事を言っていた」
「だから、ロミアをライザと同じ部隊にしたと言うの?」
「ああ、ライザの真の力を引き出すキーパーソンは、ロミアのような気がしてならない」
「私はそう思いません!あなたが私を口説こうとする口実に決まってるわ!こうして同じ部隊にしたりして……どうせファレスじいさんに頼んだんでしょ!」
 ホワイトは強く否定した。ハンスは動揺の色を隠せない。
「しかしだな――」
「ハンス、ホワイト、マカオに着いたぜ」
 サイネル将軍がホワイトの部屋に顔を出した。
「わ、分かった。今行く……」
 
          〜〜〜
 
 ホワイト達は、マカオのレジスタンスの代表者の所に挨拶に行った。
 そこはボロいテントの中であった。レジスタンスの戦況の不利さがこの辺りからも感じ取れる。
 マカオは、ロスタリカ王国の南西にある大都市であった。ナーサスやローランドからの定期便もここに停泊するのである。いわゆる中継都市であった。しかし、今はアナトリアの対抗する唯一の都市となっていたのだった。
 
「お初にお目にかかります、ロスタリカ王女」
「そんな堅苦しい挨拶はやめて。普通でいいから」
「しかし……」
「いいから」
「分かりました」
 ハンスは早速戦況を訊いた。
「現在、我がレジスタンスはかなり圧されています。相手の将軍には氷魔将軍が就いているようです」
「グレーシャか……まさか、また奴と戦う事になるとはな。これも運命か?」
「あの人、本当はいい人なのに」
「何言ってんだ、奴はお前を人質にしようとした奴だぞ!」
「でも、心の底では躊躇っているわ。何とか説得出来ないかしら」
「それはこっちがご免だ。俺は奴を仕留める」
「どうしてよ!」
「お前を傷つけたからだ!」
「!」
 ホワイトは止まってしまった。
 
 な、何言ってんのよ、こいつ……
 私の為に戦うと言うの?
 勇者様がしてくれなかったことをこいつがしてくれると言うの?
 私のことを第一に考えてくれる。守ってくれる。
 そうなの……?
 
 そこに、偵察兵が駆け込んで来た。
「ハンス様、敵軍が迫っています。どうやら、ナーサスからの援軍に気付いたようです」
「来たか……」
 それを訊くと、ハンスはすぐに支度を始めた。
 愛用のバンダナを締め直す。
「ホワイト、お前は俺が守る。守ってみせる!」
「ハンス……」
「ん、どうしたそんな顔して」
「ありがと!」
 ホワイトは、久々に笑顔を見せた。
 
          〜〜〜
 
 ハンスは強かった。
 ホワイトの予想を遙かに超えていた。グレーシャ軍や氷の魔物を次々と倒して行く。
「炎焦!」
 敵軍が吹き飛ぶ。
「そろそろ奴のお出ましの頃合いだろう」
「えっ!」
 ホワイトは、ハンスを見た。
「敵軍が二手に分かれ始めている。恐らく俺達を誘い込んで挟み撃ちする気だ!」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「来るぞ、油断するな!」
 
 ズン!
 
「なっ……」
「サイネル将軍!」
 瞬時にサイネル将軍の脳天に氷の矢が突き刺さっていた。将軍がゆっくりと崩れ落ちる。
「い、いやぁ〜!」
 ホワイトが悲鳴を上げると同時に、グレーシャが姿を現した。
 グレーシャは、相変わらず冷静な趣を漂わせている。
「また逢いましたね、ホワイト王女」
「グレーシャ……」
 グレーシャはお辞儀をする。そして、ハンスのことを睨み付けた。
「あなたも一緒だったとは、これは好都合でしたね」
「今回は逃がさないぜ、グレーシャ!」
「そのセリフ、そのままあなたにお返し致しますよ、ナーサス皇帝」
「ああっ、お前のそのしゃべり方が気にくわないんだよ!!きどった格好しやがって!」
 グレーシャは、如何にも貴族と言ったような風貌をしていた。どうやらハンスは、こういった堅苦しい奴が嫌いのようだ。
 ホワイトを好きなのは、彼女がじゃじゃ馬だからかもしれない。
「今何か言った、ナレーション……?」
 い、いえ――
 
 ハンスは、サイネルに自分の付けていたマントを掛けてやった。そして、グレーシャを睨み付ける。
「何ですか、その顔は」
「大切な仲間をよくも……よくも、こんな姿に…………」
 すると、グレーシャは冷めた目で言った。
「私だって、無益な殺生は好みません。しかし、これは戦争なのです。私はアトラス様の為に戦うと誓ったのです」
「何がアトラスだ!」
「今の言葉、撤回しなさい!」
 グレーシャは魔力を開放し始めた。手のひらに力を集めている。
「待ってグレーシャ、目を覚まして!あなたがアトラスを説得してクーデタをやめさせればいいじゃない!」
「アトラス様を説得する……?」
「そう……あなた、この前言っていたじゃない。最近のアトラス様は少しおかしいって。だったら、説得して考え直して貰えばいいのよ」
「…………」
 グレーシャは立ち止まってしまった。
 かなり動揺しているようだ。今までに考えてもみなかったことらしい。
 
 暫くして、グレーシャがホワイト達の元に歩み寄り出した。
「やる気か!」
 ハンスは鞭を構える。
「いや……分かりましたよ、ホワイト王女。私もそれが正しいと思います」
「ほんとに!」
 ホワイトの顔に喜びが溢れる。
「油断するな、ホワイト!罠かもしれんぞ!」
「いえ、私は本気です」
「じゃあ、仲間になってくれるの?」
「それは出来ません。あくまであなたの意見を取り入れただけです。私は死んでもアトラス様に付いて行きます」
「分かったわ、ありがと。考え直してくれて……」
「ほう、思ったより良い奴じゃないか、お前」
「あなたに言われたくありませんよ」
 ホワイトは嬉しかった。
 グレーシャなら分かってくれると信じていたからだ。
 ハンスは毛嫌いしているようだが、この際それは関係ない。
 これで、悲しみしか生まないこの戦いに終止符が打てるかもしれないのだから。
 
          〜〜〜
 
 その時だった。
 シュン!
「な、何者だ、君は?」
 グレーシャの前に何者かが現れた。それも瞬間移動でだ。
「しゅ、瞬間移動……」
「お前には何の恨みもないが、今の俺には奴を倒す魔力が必要なのだ!」
「ど、どういうことだい……?」
「『フリーズカタストロフィー』!」
「なっ!」
 
 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
 
 グレーシャは吹き飛ばされた。
「グレーシャ!」
 ホワイトが叫ぶ!
「お、お前は一体何者なんだ……グレーシャは氷魔将軍なんだぞ……その奴を氷系で吹っ飛ばすなんて」
 すると、男はハンス達の方を向いた。
「お前らライザの仲間か……?」
「えっ!」
 ホワイトは驚いた。
「ゆ、勇者様のことを知っているんですか!」
「死んだと思っていたが、何とか助かっていたみたいだな。ユキのことは残念だったが……」
「ま、まさか、あなたは……」
「知ってるのか、ホワイト!」
「サムソンさんですか?」
「ああ」
 なんと、その男はサムソンだった。
 ガーザで、ライザとユキと一緒にセラフィスと戦った謎の男である。
 ホワイトは、ライザからサムソンのことを訊いていたので知っていたのだ。
「でも、どうしてグレーシャを!彼はアトラスを説得してくれるって約束したのよ!」
「それは……」
 
 その時、大穴の開いた中心からグレーシャが這い上がって来た。
「許しませんよ。私をここまでコケにして……」
「グレーシャ!」
 ホワイトは、グレーシャの元に駆け寄った。
「しっかりして、グレーシャ。今、回復するから」
「す、済まない……」
 ホワイトは回復呪文を唱える。
 と、その時だ。
「『フリーズライン』!」
 ギュイン!
「きゃっ!」
 ホワイトは吹き飛ばされた!ハンスは、サムソンを睨み付ける。
「お前、俺達の味方じゃなかったのか!」
「悪いが、今はそんなことを言っている場合ではない。グレーシャ、行くぞ!」
 バッ!
 サムソンが攻撃に入った!
「ど、どうして……」
 ホワイトは混乱する。
「ホワイト、サムソンは敵だ!」
「ハンスっ!」
 ホワイトは、水系魔法を唱えた。
「ふんっ!」
 しかし、片手で掻き消されてしまう。
「そ、そんな……」
「ハァァ!」
 サムソンは、魔力で氷の剣を作り出した。グレーシャに斬りかかる!
「『フリーズアロー』!」
「はっ!」
 サムソンは、グレーシャの魔法をぶった斬って突入した。
 
 ザン!
 
 グレーシャの腹に、氷の剣がめり込んだ。
「ぐふっ――」
 グレーシャは、口から血を吐いた。サムソンの顔に掛かる。
「そ、そんなバカな……この私が…………」
 サムソンはボソッと呟く。
「アトラスはもうこの世にはいない」
「な、なんだと……」
「グレーシャ済まない。こうするしか、奴を倒す方法がないんだ……」
「アトラス様…………」
 グレーシャの意識が遠退いていった。
 そして、目から一筋の涙がこぼれたのだった。
 
『グレーシャ、両親の事は気の毒だったな。よかったら、これからは俺の元で働いてみないか?』
『あ、ありがとうございます。このご恩は決して忘れません!私は死んでもアトラス様に付いて行きます!』
 
『アトラス様……』
 
 グレーシャの体から、アイス=スピリトが現れた。
 サムソンは、それを手に取る。
 ポワァァァ……
「スピリトよ、我が一部となりて、我が力を高め給え!」
 シュン!
 サムソンはスピリトを融合した。
「お前の狙いはスピリトだったのか!」
 ハンスの怒りが頂点に達する。
 ホワイトの目には涙が溢れていた。
「ひどい、ひどいよ……グレーシャは考え直してくれたのに……」
「ハァァァァァ!」
 
 ゴオオオオオオオオオオ!
 
 突然、サムソンは魔力を開放し始めた。もの凄いエネルギーである。正直、グレーシャの数倍はある。
「な、何だと……」
 ハンスは冷や汗を流す。それはそうだ。ここまでの魔力を見たのは生まれて初めてだったのだ。
次第に、身体が震えて来た。
「フンッ!」
「ホワイト、危ないっ!」
 
 ボン!
 
 一瞬で、挟み撃ちをしていた、アナトリア軍数万人が消し飛んでしまった。第二部隊も同様である。
 想像を絶する威力だ。
「ハハ!よし、行ける!これなら行けるぞ!」
 サムソンは高笑いをした。
 ホワイトはゆっくりと立ち上がった。
「あ、あなたは一体何者なの……」
 すると、サムソンは瞬間移動でホワイトの目の前に現れた。ホワイトの身体に恐怖が走る!
「これだけは言っておこう。もはや、お前達ではどうにもならない状況になって来ているのだ」
「えっ……」
「今回のクーデタを起こしたのはアトラスではない。奴はクーデタ前に殺されている」
「ど、どういうこと?」
「フェニナーゼスの真の狙いは、恐怖の大魔王にある。七統領はだまされているに過ぎない。奴以外はな……」
「フェニナーゼス……?」
 
 シュン!
 
 その言葉を残して、サムソンは消えてしまった。
 ホワイトは、ゆっくりとハンスを抱えてやった。
 先程、サムソンが辺りを吹き飛ばした時に、ホワイトの盾になったのだった。かなりの深い傷である。
「しっかりして、ハンス!」
 ホワイトは回復呪文を掛ける。
「お、俺のことはいい……一刻も早く、サムソンが言っていたことをライザ達に知らせるんだ……」
「そんなこと出来ない!ハンスを見捨ててなんか行けないよ!」
「いいから行くんだ!もしかしたら大変なことになるかもしれないんだぞ……」
「でも……」
「いいから、行くんだ!」
 そう言うと、ハンスの唇がホワイトの唇と重なった。不思議と抵抗はなかった。とても自然な感じだ。
 ハンスはゆっくりと離した。
「行ってくれ、ホワイト……俺なら平気だ」
「――分かった、必ず戻って来るからね」
「ああ、待ってるぜ……帰ってきたらエッチしような」
「バカ……」
 ホワイトは、もう一度キスをした。
 
 
 
 そして、ホワイトはロスタリカ王宮に向かって走り出した。ここから早くて数日はかかるだろう。
 しかし、躊躇っている場合ではなかった。
 
 今、何かが変わろうとしている。
 嫌な予感がした。
 フェニナーゼス。
 今回の一件はすべてこいつの仕業だと言うのか。
 そして、サムソンはすべてを知っている。
 彼の正体は?
 フェニナーゼスと恐怖の大魔王の関係は?
 
 ホワイトの心に、色々なものが渦巻いていた。


続く