11.死闘(前編)21


 
           21
 
 ライザは空を見上げた。
 ここは、ローランド共和国東部の街である。
 第三部隊はここからフォース大陸に上陸した。
「みんな、無事に帰って来てくれよ……」
「大丈夫だよ、ライザ。みんなきっと帰ってくるよ」
「ロミア……」
「ねっ!」
 ロミアはニコッと微笑んだ。
「……そうだな、ここで心配していても何も始まらないな」
「そうですよライザ様。さあ、ロスタリカに向けて出発しましょう!」
「よし、みんな僕に命を預けてくれ!」
「はいっ!」
 
          〜〜〜
 
「リュネ、本当に先陣でいいのか?」
 第一部隊隊長となったブルームは言う。
「いいですよ。僕は、最初から死ぬ覚悟で来ていますから」
「あまり、命を粗末にするのは良くないと思うぞ」
「ファレスさん」
 リュネが振り返ると、大神官のファレスが立っていた。
「大神官か……なんか、イイ紹介のされかたじゃのう」
 ファレスは、なんか嬉しそうだ。
「あんた、相変わらず変な奴だね……こんな奴と一緒に戦うと思うと、泣けてくるよ」
「ひ、ひどいこと言うのう、ブルーム殿も。儂は、ただこの場を和ませようとじゃな……」
「いらん」
「ひ、ひどいのう」
 ファレスは、半泣きになっている。
「ブルームさん、悪口はよくないですぅ」
 エミルがファレスをかばう。
「エミルは優しいのう」
「うん!」
「あ、あの、本題からかなり反れているんですが」
「おっと、すまなかった。それで、本当にいいのだな、先陣で」
「はい、僕が先陣に立って囮となります。そのうちにブルーム隊長とファレスさんがメディス城に侵入してください」
「しかし、メディスの機械兵の力は未知数だ。ウィズダムの野郎がかなり改造しているだろうからな」
 ブルームは、拳を強く握り締める。

 ファレスは、リュネをじっと見た。
「何ですか、ファレスさん?」
「いや、お主は元は海賊だったと言うのに、随分しっかりしておると思ってな」
「どういう意味ですか?」
「あ、別に悪い意味で言っているんじゃないぞ。戦いというものをよくわかっていると言うことじゃ」
「僕達、海賊マリンブルーは、義賊のつもりでやって来ました。だから、お頭も見事な最後を遂げたんです」
 リュネは、空を見上げる。
「だから、副将のお主も見事に戦いたいと言うことじゃな?」
「ええ。僕は、敵に後ろを見せたりしたくありません」
「わかったよ」
 ブルームが、話に加わって来た。
「明日の首都攻めは、あんたを先陣にすることにするよ」
「ありがとうございます」
「悔いのないように、精一杯戦うんだ」
「はい」



 次の日、第一部隊の攻撃が始まった。
「進め、進め!」
 先陣を切るリュネの声が響く。
「死んだ親分の分までみんな頑張るんだ!」
「おうっ!」
 それは、リュネの本心だった。
 彼自身も、お頭マーブルのように見事に死んでやろうと考えていた。
「打てい!」
 リュネ部隊の大砲が連射される。
 しかし、敵軍はすべて弾き返していた。
「い、一体何で出来ているんだ、奴らは……」
 機械兵は、全くダメージを受けていないようだ。
 ゆっくり、ゆっくりとリュネ部隊に近づいて来る。
「シネ!」
 ギュイン!
 敵の反撃が来る。
「ギャッ!」
「くっ!」
 レーザー砲にみなバタバタと倒れていく。
「く、くそっ……」
「トドメダ」
 ギュイン!
「!」

 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

「リュ、リュネ!」
 ファレス達に緊張が走る!
「ど、どうする、ブルーム殿」
「私が魔法で攻撃してみよう。その間にあんたとエミルはメディス城に侵入するんだ」
「分かった。エミル!」
「はいですぅ」
 ファレスとエミルは、ブルーム達から離れた。
「はああああ!『風魔灰燼』!」
 ズドッ!
 辺り一面が煙に包まれた。
「今じゃ、エミル!」
「はいっ!」
 ニ人はメディス城に侵入した。

少し落ち着くと、ブルームはリュネの元に駆け寄った。
「しっかりしろ、リュネ!」
 見ると、腹をレーザーで打ち抜かれていた。
「ぼ、僕は、大丈夫です。それより、みんなは?」
「今、メディス城に侵入した所だ」
「そ、そうですか……よ、よかった」
「しっかりしろ、今、応急手当をしてやる」
 すると、リュネはブルームの手を掴んだ。
「リュネ?」
「ぼ、僕のことはいいですから、ブルーム隊長も城に向かってください」
「し、しかし」
「あ、後の始末は僕に任せてください。機械兵はすべて片付けますから」
「……わかった。悔いのないようにな」
 そう言うと、ブルームは寂しそうに笑った。
 リュネが、死ぬ気だと悟ったからだ。
「ええ」
 すると、リュネは力を振り絞って立ちあがった。
「行きます」
「それじゃ、後は任せたよ」
 そう言うと、ブルームは姿を消した。
「……みんな、すまないな。最後まで付き合わせてしまって」
 リュネは、兵士達に笑いかける。
「いいんです。本当なら、カイバルで捨てていた命ですから」
「そうか。なら、海賊魂を奴らに見せてやるんだ!」
「はいっ!」
 そう言うと、リュネ達は機械兵達に突っ込んで行った。

          〜〜〜
 
 城の中は何とも機械じみていた。
「何なんですかぁ、ここは?」
 エミルは気持ち悪がっている。
 ファレスはある部屋を覗いてみた。
「かなり趣味が悪いようじゃな」
 見ると、実験動物などの失敗作が巨大な試験管に入っていた。こういう実験もしているらしい。
「しかし、おかしいな……メディスは機械分野でしか発展していないはずなのじゃが……」
「ファレスおじいちゃん、あれ!」
 エミルが大声を上げた。
 暗い城の中でぼんやりと明かりが灯っている。
「どうやらあそこらしいな」
「はい」
 二人は慎重に近付いた。
 その時だった。
 二人の頭上に何者かが現れた。
「!」
「ふん!」
「きゃっ!」
 エミルは吹っ飛ばされた。明かりの灯った部屋に突っ込んでしまった。
「な、何者じゃ!」
 ファレスは頭上を見上げる。
「お、お主はリコート!」
 ファレスは我を忘れそうになった。
 なぜこんな所にリコートが……
 ガーザ東の妖精の森での戦いが思い出される。あの時は、エミルの『ライトニング=サン』で事なきを得たのだった。
「また会ったな、ファレス!ふん!」
「ぐはっ!」
 ファレスも部屋の中に吹き飛ばされた。
 
 後を追うようにしてリコートが入って来た。
 ファレスは大量に血を吐いていた。
 以前よりも更にパワーアップしているようだ。
「な、なぜ、お主がここに……」
「後ろを見てみろ」
「なんじゃと……」
 ファレスはゆっくりと振り返った。
 そこには誰かが立っていた。
「ふふ……リコートはワタクシの作品だよ」
「ま、まさか」
「そいつがウィズダムだよ。ファレス」
「ブルーム……」
 横を見ると、ブルームが立っていた。
「キミはラスタの奴に八つ裂きにされたと思っていたんだけどな」
 ウィズダムは長い髪を掻き上げる。
 服は汚い白衣を着ていた。如何にも科学者と言った風貌だ。
「残念ながらラスタには消えて貰ったよ」
「そうか……キミも相変わらずの強気だね」
「そんな事言える立場かな、ウィズダム?あんたには魔力はさほどないんじゃなかったかな」
「バカだね……ワタクシにはリコートがいるんだよ」
「!」
 すると、リコートが二人の前に立ちはだかった。
「改造人間何かに用はない!ウィズダム、あんたを倒せば済むことだ!」
 ブルームはウィズダムに飛び掛かる。
「レングニードル!」
「なっ!」
 ザクザクザクザクザク!
「ぐはっ!」
 ブルームは数発食らってしまった。刺された左肩を押さえる。
「俺を甘くみるな!」
「くっ……」
 これではうかつにウィズダムに攻撃出来ない。
「リコート、お主はこんな奴のいいなりになる気なのか!」
「確かに少し気にくわないがな。だが、貴様が相手だと分かったからにはそんな事は関係ない!」
「リコート……」
 ファレスは悲しかった。かつての親友がここまでになってしまったことが。
 ヴィノータが死んだ今、ファレスを殺す為だけに生きているリコート。
 空しかった。
 
「私は戦うんですぅ……」
「エミル!」
 ファレスが振り返ると、エミルが立ち上がっていた。かなり出血しているようだ。
「ほう、一撃で仕留めたつもりだったんだがな。さすがヴィノータの娘、しつこさも親譲りって訳か?」
「パパのことを悪く言わないでください!」
「貴様の親父もファレスもクズさ!俺の人生をメチャメチャにしやがったんだからな!」
「だからこの前説明したではないか、リコート!」
「黙れ!そんな言葉はもう聞き飽きた!血祭りにしてやる!」
 リコートはエミルに飛び掛かった。
「パパママ、私に力を貸して!『ライトニング=サン』!」
「二度同じ技が効くとでも思っているのか!デモン=ライトニング!」
 ズザザザザザザザザザザザ!
「ゲホッ!」
 エミルは切り裂かれた。そのまま倒れ込む。
「そ、そんな馬鹿な……神聖なる光を邪悪な光で掻き消すとは……」
「ごちゃごちゃうるせえ!」
 ザン!
「ぐはっ!」
 ファレスは殴り倒された。
 
「さて、貴様も死にたいのか?」
 リコートはブルームを睨み付けた。
「あんた何者なんだ……ラスタよりも格段に強いじゃないか」
 すると、ウィズダムが笑い出した。
「この作品は私の最高傑作だよ。既に超級魔人レベルまで力は上がっている」
「私達と同レベルだと言うのか!」
「キミよりも上かもよ」
「くっ……あんたもとんでもないことしてくれたもんだね」
「アトラスを始末した今、もう何も……はっ!」
 ウィズダムは慌てて口をつぐんだ。
「い、今、何て言った!」
「リコート、殺れ!」
「言われるまでもない!」
 バッ!
「は、早い!」
「デモン=テューン!」
「ぐはっ!」
 ブルームは悪魔の雄叫びを訊いてしまった。体がバラバラになりそうになる。
「『風魔灰燼』!」
「なっ!」
 ズドオオオオオオオオオオオン!
 辺りが吹き飛んでしまった。
「ハアハアハア……くそっ…………」
 ブルームはかなりの体力を消費していた。
 メディス城に入る前に既に数回『風魔灰燼』を使っている。
 この技はブルームの必殺技だ。威力は絶大だが、体にもかなりの負担がかかるのだ。
「これくらいじゃ俺は殺られないぜ」
「何だと!」
「レングニードル!」
 ザクザクザクザクザク!
「ぐはっ!」
 ブルームは滅多刺しである。ついにブルームもその場に倒れた。
 
 ウィズダムは大笑いである。
「ふふふふ……意外な収穫かもしれんなあ……ブルームの奴からウィンド=スピリトを戴いて、更なる改造人間を作れる」
 すると、リコートが近付いて来た。
「どうした、リコート?」
 ズン!
「なっ……」
 ウィズダムは倒れ込んだ。
「お、お前、裏切る気か……」
「貴様に助けては貰ったが、部下になった覚えはない」
「な、何だと……うっ!」
 ウィズダムは、リコートの巨大な右腕の爪で串刺しにされた。
 その扱いは人間ではなかった。ウィズダムの体はバラバラに飛び散ってしまった。
 改造して命を救ってくれたウィズダムを殺してしまったリコート。彼にはもはや人間としての心は片隅にも残ってはいなかった。
 ウィズダムの残骸からブレイン=スピリトが現れたが、リコートには何だかよく分からなかった。
「何だこれは?」
 手に取ろうとする。
「リ、リコートさん……」
「ん、まだ生きていたのか小娘」
 リコートはエミルを睨み付けた。
 エミルの体は血で溢れていた。
 片腕がダラリと垂れ下がっている。どうやら神経をやられてしまったようだ。
 リコートの攻撃は普通の人間や七統領達とは異なり、機械的であった。いわば殺人マシーンである。
 相手の体を潰すことを第一に考えて動いてしまうのだ。
 恐るべきウィズダムの科学力である。
 
 ズン!
 リコートの爪がエミルの体を貫く。
「パパ……」
 エミルはガクリと首を垂れた。
「エミル!」
 やっとのことで起きあがったファレスがエミル救出に飛び出す。
 リコートはエミルを突き刺したままファレスの方を向いた。
「ファレスっ!俺はこの時をどんなに待ち焦がれたことかっ!ヴィノータを殺し、貴様を殺す……十七年間復讐の為だけに生きてきた俺の人生にやっと幕が閉じられるのさっ!」
「何じゃと!お主、死ぬ気か……」
「貴様を殺せばもはや俺に生きている意味などない。所詮それだけの存在に過ぎないのだ、俺などな」
「リコート……」
 ファレスの目から涙が溢れ出した。
「分かった、儂を殺してくれ。だからエミルだけは助けてくれないか……お願いじゃ…………」
 リコートはエミルを見た。
「分かった」
 エミルをその場に投げつける。
「エミル!」
 ファレスはエミルを抱きかかえた。
「ファ……ファレスおじい……ちゃ…………」
「もう大丈夫じゃ、安心しろ」
「ファ……」
 ファレスはゆっくりとエミルを寝かせてやると、リコートの前に立った。
「さあ、儂を殺してくれ……」
「望む所だ!レングニードル!」
 ザクザクザクザクザク!
 ファレスの体が切り裂かれる。
 
 エミルはそんな様子をかすれた目で見ていた。
「イ、イヤ……」
 そこに、体を引きずりながらブルームがやって来た。
「し、しっかりするんだ、エミル……」
「ブルーム……さん……おじいちゃんを助けてですぅ……」
 しかし、ブルームは頷こうとはしなかった。
 ブルームの体は震えていた。あのブルームがだ。
 そこまでにリコートの力は凄まじかったのだ。
 エミルの体に衝撃が走る。
「い、いやですぅ……もう誰も大切な人を失いたくないですぅ……」
 その時、エミルはブレイン=スピリトを見つけた。
 エミルはスピリトを手に掴んだ。
 ポワァァァ……
 エミルの体が光り始めた。
「な、何をする気だ、エミル。今のあんたが融合したら体が破裂するぞ!」
「スピリトさん、私の体に宿ってくださいですぅ!」
 シュン!
 スピリトを融合したと同時に、エミルの体中の血管が破裂した。
「エミル!」
「今、行くですぅ、ファレスおじいちゃん!」
 バッ!
「や、やめろ〜!」
 ブルームは、はち切れんばかりの声で叫んだ。
 
「これで終わりにするぜ、ファレス」
 リコートはファレスの体を持ち上げた。
「す、済まなかった、リコート……」
「ふんっ!」
「リコートさんに宿った魔力よ、私の体に戻って!」
「何っ!」
 
 グシャ!
 
 その瞬間、リコートの体はバラバラに吹き飛んだ。十七年前の姿に戻ったのだ。
 リコートに素材を提供していたウィズダムの魔力をもぎ取られた為だ。
「リ、リコート!」
 ファレスはリコートの体を抱えた。
「今、回復してやるからな」
「な、何馬鹿なこと言ってやがるんだ……俺は貴様を殺そうとしていたんだぜ……」
「そんなこと関係あるかい!儂にとって、お主は大切な親友じゃ」
「ふっ……ば、馬鹿野郎が……」
「しっかりするんじゃ!」
「す、済まなかったな……」
 そしてリコートは息を引き取った。
「…………」
 死の直前になって初めてファレスの気持ちが分かったのだった。
 
「ファレス、エミルが!」
「な、なんじゃと……」
 ファレスはゆっくりと振り返った。
 そこには、エミルが横たわっていた。
「エミルはあんたを助ける為に犠牲になったんだ」
「エミル……エミルぅ〜!」
 ファレスの声が部屋中に響いた。
 
 
 空しかった。
 すべてが……
 十七年の時を経た戦いはこれで幕を閉じたのだった。
 しかし、何も得たものはなかった。
 残ったのは悲しみだけ……
 
 
『私エミル、よろしくです!』
『私もロミアみたいな恋がしたいな♪』
『ファレスおじいちゃんて、何かパパみたいです!』
『おじいちゃん♪』
『ファレスおじいちゃん』

続く