10.壊れた心19/20


 
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 コンコン。
「失礼します」
「入れ」
「お久しぶりですな、ハンス様」
「ファレスか……ガーザの一件はご苦労だった。まさか、かの国もアナトリア軍にやられているとは思いもよらなかったが」
「確かに。勇者殿のバックアップをするだけのはずが……」
 ファレスは、空を見上げた。
「そうか、ガーザはお前の故郷だったな。済まない」
「気にしないでくだされ。もう終わったことです……」
「ファレス……」
「それで例の件ですが……」
「ああ、分かっている。今夜会議を開く。そこで発表しよう。それより、ライザの容態はどうなんだ?」
「怪我の方は、儂とマリア、ホワイト嬢ちゃんの力でやっと回復しました。しかし心の方はまだ……」
「心?」
「はい、勇者殿は精神的に参っております」
「そうか……まあ当然のことだな。決戦の日までに回復してくれればいいが」
「もしかしたら、ダメかもしれんのです」
「えっ!」
「完全に自分自身を見失っておるのです。何かきっかけでもあればよいのじゃが……」
「きっかけか……」
 
          〜〜〜
 
 その夜、ナーサス城で会議が開かれた。
 出席したメンバーは十人。

 ナーサス側 ハンス・マリア。
 ガーザ側 サイネル将軍(ガーザ王家の親戚)。
 マリンブルー側 リュネ(マーブルの腹心)。
 ロスタリカ側 ホワイト。
 ライア側 ファレス・ライザ。
 その他 ロミア・エミル・ブルーム。
 以上である。

 
「今日、各国の代表に集まって貰ったのは、他でもない。アナトリアについてだ」
 ハンスの言葉で始まった。
「アトラスが起こしたアナトリア王暗殺を発端として、アナトリア七統領のうち六人が賛同、世界統一を目論んで侵攻を開始した。先程お配りした資料を見て欲しい」
 ホワイト達は、資料に目をやった。


【DL暦1297年の勢力図】
DL暦1297年の勢力図
ナーサス帝国ガーザ帝国
マリンブルーラルグの村
ライア王国カームニス王国
レジスタンスアナトリア王国12

「数週間でセカン大陸を統一したアナトリア軍は、ダマンスキー島に侵行した。そこで、俺の父サマルが一戦を交えた。結果は周知の通りだ」
「ハンス様……」
 マリアは心配そうにハンスを見た。そこでハンスの父サマルが戦死したからだ。
 
「その後、アナトリア軍はフォース大陸に上陸し、ロスタリカを占領した」
「お母様、お父様……」
 ホワイトは、俯いていた。
「ロスタリカに陣を置いたアナトリア軍は、西の宗教国ローランド、更に機械国家メディスを占領、現在北の大国カームニスと交戦中だ」
 リュネが発言する。
「カームニスには随分苦戦しているようですね」
「ああ、カームニスは国土の四十パーセントが凍土だからな。アナトリア軍も寒さに苦戦しているらしい」
「しかし、それも時間の問題じゃろうな……」
 ファレスがぼそっと言った。
 すると、ブルームが付け加えた。
「おそらく、もってあと二週間だろう。ヴィナスフレスの奴が指揮を執っている間はよかったが、セラフィスが参戦した可能性は高い。奴がいたらカームニスの奴らもひとたまりもないだろう」
「ブルーム、貴様はスパイなんじゃないのか!」
「何だと?」
 ブルームは、サイネル将軍を睨んだ。
「アナトリアの肩を持ちやがって、やはりアトラスを崇拝しているのだろうが。我が国は、セラフィスに壊滅寸前の状態にされたのだぞ!」
「もう一度言ってみろ!」
「サイネル将軍、ブルームは僕達の味方だよ」
「どうしてそんなことが言える?」
「ブルームは、仲間だった雷魔将軍を倒してまで僕とライザを助けてくれたんだよ。だから――」
「信じられるか!」
「二人とも、少し黙ってくれないか、話が進められん」
「わ、分かったよ」
 サイネル将軍は、顔を背けてしまった。
 
「そして、ナーサスにグレーシャが派遣されて来た。これは当然だろうが、なぜガーザにはあそこまで隠れて攻撃する必要があったのか」
「何かおかしいですぅ〜!マリンブルーも私の村も攻撃されていないのに、どうして先にガーザに行ってしまったんですか?」
「確かにそう思います。我々がガーザのレジスタンスと手を組んでいたとは言え、アナトリア軍には何の関係もないことです」
「確かに……ブルームはどう思う?」
「もしかしたら、世界統一と言うのは表だけのことかもしれない……」
「何だって!どういうことだ!?」
「セラフィスの奴は、ガーザ=スピリトを求めていただけのような気がする」
「スピリトとは、潜在能力の塊のことじゃな?」
「そう。スピリトは魂と一体になっているものだ。これを分離させるには、その人間を殺さなければならない。いい例がロミアだ。今、ラスタが持っていたライト=スピリトを融合している」
「うん、僕雷系の魔法が使えるようになったんだよ!」
 ロミアは、手のひらに魔力を集めてみせる。女の子らしい魔法衣の為、本当に魔導士のようだ。
「す、すごい……」
 ホワイトは圧倒されてしまった。
「ロミアがここまで使えるようになるなんて……」
 何か悔しかった。
「とにかく、他に狙いがあるかもしれないと言うのだな、ブルーム?」
「ああ、私はそう思う」
「そうか……」
「ハンス様は、今回のアナトリア=クーデタに関して対抗策を考えておられます。何か良い作戦はありませんか?」
 すると、サイネル将軍が口を開いた。
「全軍をアナトリアにぶつけてアトラスを倒せばいい。そうすれば、アナトリア軍の統率が一気に崩れるはずだ!」
「ふっ」
「何がおかしい、マリンブルーの野郎!」
「それでは逆に我々が殺られてしまうだけだ。アナトリアに向かっているうちに、五人の統領達に本国を攻撃されてしまう」
「ぐっ……」
「それは言えるな。特に、セラフィスとプレディには、瞬間移動が使える。一瞬でカタが付いてしまう可能性もある」
「…………」
「こちらで瞬間移動を使えるのはファレスだけか……お前が急襲したらどうだ?」
 みんなファレスの方を見た。
「ハンス様、儂に頼ったとしても向こうは二人、勝てる可能性は低いですぞ」
「そうか……」
 なかなか良い作戦は思いつかない。
 
「ライザ、お前はどう思う?」
 ハンスは、ライザを見た。
 ライザは体中に包帯を巻いていた。しかし、頭にはリースの形見という銀の兜を被っている。
 銀の鎧は、ガーザ城でユキを助けに行く途中に『氷龍召喚』を使った為、なくなってしまった。この銀の兜が唯一の形見なのだ。
 そして、右腕にユキのリボンを巻いていた。これはユキの形見だからだろうか。
 その姿は何とも寂しそうだった。
 ライザは、ゆっくりと口を開いた。
「軍を三部してフォース大陸に入ればいい」
「えっ!」
 返事が返ってこないと考えていたハンスは驚いてしまった。
「今までの話を総合すると、メディスには頭脳統領ウィズダムが、カームニスには魔神統領ヴィナスフレスが、あとの三人はロスタリカに戻っているはずだ」
「確かに」
「交戦中のヴィナスフレスとロスタリカ王を探している光輝統領プレディの二人を除外すると、残るは三人。ロスタリカを奪回するためには、これを一人ずつ撃破すればいい」
「なるほど、考えたな勇者殿」
「資料を見ると、兵器はメディスから供給している。ならば、第一部隊がメディスを奪って兵器供給をカット、第二部隊がロスタリカ南部のマカオにいるレジスタンスと合流して敵の注意を引きつけ、第三部隊が手薄になったロスタリカ王宮を奪回すればいい」
「これなら三統領を分散できるな……」
「よし、この作戦で行こう」
「部隊編成はどうするの?」
「これでどうじゃ?」
 ファレスは、案を出した。
 
 第一部隊――ブルーム・ファレス・エミル・リュネ
 第二部隊――ハンス・ホワイト・サイネル将軍
 第三部隊――ライザ・ロミア・マリア
 
「ブルーム・ハンス・ライザには隊長となって貰う。回復魔法の使える儂・ホワイト嬢ちゃん・マリアは三つに分けた。これでどうじゃろうか?」
「仕方ない、よかろう」
 サイネル将軍は承諾した。
「いいですよ」
 リュネもだ。
「悪いが、僕は参加しない」
「えっ!」
 みんなはライザを見た。
「どうしてですか、勇者様?私のお父様、お母様を助けてくれるって約束したじゃないですか!」
「この作戦を考えたのはお前だろうが、ライザ」
 すると、ライザはゆっくりと立ち上がった。
「僕はもう誰も死なせたくない。嫌なんだよこれ以上……」
「勇者様……」
 そう言うと、ライザは部屋を出て行ってしまった。
 
 
 
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 ライザは、独り夜空を眺めていた。
「…………」
 
『ライザは……ライザは私の心の支えだった。マリンブルーでのあの夜、私は本当に死のうと思っていた。これ以上何の為に戦うんだろうって……魔人の為にみんなおかしくなっちゃって……もうイヤだった。すべてが』
『…………』
『そんな時、あなたがいてくれた。嬉しかった。その時、あなたは私の心の支えになったの』
『ユキ、もうしゃべるな!』
 すると、ユキはやさしくキスをした。
『ライザ……好きだよ…………』
 ガクッ。
『ユキ、ユキ!おい、嘘だろ!ユキいいいいいいいいいいいいい!』
 
「ユキ、どうして……」
 ライザの目に涙が光っていた。
 あの出来事は今でも鮮明に甦って来る。
 大切な人を失った悲しみ……ライザにとっては二度目のことだった。
「ライザ……」
「えっ……」
 ライザはゆっくりと振り返った。
「ロミア……」
 そこには、ロミアが立っていた。
 月の光を浴びた彼女は何か違った雰囲気を醸し出していた。
「ねえ、横に座ってもいい?」
「ああ」
「ありがと」
 ロミアは、尻餅を付くように座った。
「どうしたんだ、こんな所に?」
「それは僕のセリフだよ。なんでこんな所にいるの?」
 ここは、ライザ達が発見された林の中だった。
「ちょっと月を眺めていただけさ」
 ライザは寂しそうにそう呟いた。
「そうなんだ……」
 ロミアも月を見上げた。
 今日は満月だった。とても綺麗である。
 
 ロミアは、竪琴を奏で出した。ライザに初めて会った時の曲である。
「ロミアが助けてくれたんだってな、地下に落ちた僕を……」
「だって、ライザは大切な人だもん。ライザに何かあったら僕は生きていけないよ」
「大切な人か……」
 ライザは何かを考えるかのように空を眺めていた。
 さっきまで泣いていた跡がロミアにははっきりと分かった。
「ライザ、僕にすべてをぶつけてみてよ」
「えっ……」
 ライザが振り向いた途端、ロミアに抱きしめられた。
「ロミア……」
「苦しみを閉じこめていないで僕に話して。そうすれば、きっと楽になると思う。僕は辛そうな顔しているライザなんか見たくないよ」
「……ありがと、ロミア」
 
          〜〜〜
 
 五年前――
 
 ライア王国に、突如として魔王ギィルティアーノが現れた。
 恐怖の大魔王が封印されたのは、セカン大陸の大火山の中だった。それなのに、なぜこの地に大魔王の腹心が復活したのかは分からない。
 ギィルティアーノ。
 伝説では、恐怖の大魔王の腹心である七魔人の一人と言われる。奴は、魔物を作り出してライアを荒らし尽くした。
 ライア王は、全国各地の者に討伐を命じた。
 そのうちの一人がライザだった。
 
「えっ!ライザ様がいなくなってしまったんですか!!」
 ホワイトは大声を上げた。
 当時十二歳、可愛らしいホワイトだった。
「ああ、昨日から姿が見えんと思って部屋を見てみたら書き置きがあった。暫く留守にすると」
「そんな、私イヤだよ、ライザ様がいなかったらイヤだよ〜!」
「いつもからかわれていたのにか?」
「叔父さん、それでも私はライザ様が好きなの!」
「はいはい」
「ライザ様、何処に行ってしまったんですか……」
 
 銀の鎧・兜に身を包んだ奴がいた。
 その名はリース。
「リースう!」
「ん?」
 リースが振り返ると、真新しい鎧を着た少年が手を振っていた。
「ライザか……」
 それはライザだった。
 当時のライザは十六歳。かなり若々しく見えた。
「ごめん、遅れて……しかし、すごい軍勢だね」
 ライザは辺りを見回した。リースが雇った傭兵が二千はいた。
「まあ、これだけ集まればいい方だと思うよ。普通、この私に命を預けろって言っても誰もそうはしないよ」
 リースは兜を脱いだ。金髪のポニーテールが綺麗だった。
「そんなことないって、リースだからみんな付いて行くって決めたんだ」
「お世辞はやめてよ、ライザ」
「いや、本心からだよ。リースは南ライアでは右に出る者なんかいない程の魔法剣士じゃないか!」
「ふふ、ありがと」
「僕も誘ってくれて嬉しかったんだからさ。さっさと魔王を倒しに行こう!」
「そうだな、ライザ」
 
 ライザは、ホワイトの叔父さんの魔導道場で修行に励んでいた時に、リースにスカウトされたのだった。
 女魔法剣士リース。
 それは、一目惚れだったのかもしれない。
 それからと言うもの、ライザは更に訓練を重ねた。リースの魔王退治に参加させて貰う為だ。
 そして、時はやって来た。
 ライアの最南端の都市ケープタウンに陣取ったギィルティアーノを倒す時が来たのだ。
 
「ぐぎゃあああああ!」
「み、みんな!」
 ギィルティアーノに向かって行った数百人は一瞬にして消し飛んだ。
「ライザ、油断しちゃダメよ!」
 ライザは、クリスタルソードを構え直す。
「なんて力なんだ……僕達はこんな奴を倒そうとしていたのか……」
 その手は少し震えていた。
「諦めちゃダメ!そこまでの力はないわ!」
「えっ!」
 バッ!
 リースはギィルティアーノに飛び掛かった。
「はああああ!『雷龍召喚』!」
 グオオオオオオオオ!
 リースの体が雷龍に変化して行く。
「す、すごい!」
「グゥァァァァァ!」
 ギィルティアーノも驚いているようだ。
「はっ!」
 ズドオオオオオオオン!
 リースの攻撃が直撃した。
「やった!」
「まだよ」
「えっ!」
 ブン!
「きゃっ!」
 リースは思いっきり殴られた。地面にめり込む。
「リース!」
 ライザは、慌ててリースの元に駆け寄る。リースは血だらけになっていた。
「しっかりするんだ、リース!」
「だ、大丈夫よ、これ位……」
 しかし、リースは動けなかった。
 ライザの体中に怒りがこみ上げて来る。
「この野郎……よくもリースを〜!」
「ダメよ、ライザ!」
 バッ!
 ライザは、ギィルティアーノに突っ込んで行った。
「クリスタルソード!」
 ブン!
 ガシッ!
「な、何っ!」
「グフフフ……」
 なんと軽々と受け止められてしまった。
「シネ……」
「うわあああ!」
「ライザ!」
 ドン!
「えっ……」
 気付いた時には、ライザは宙を舞っていた。思いっきり地面に叩き付けられる。
「うう……リ、リース!」
 リースは、ライザの代わりに体を突き抜かれていた。ギィルティアーノの右腕が体にめり込んでいる。血が激しく飛び散った。
「リース、リースううううう!」
「さ、さあ、今のうちにその鎧の力を使って!」
 見ると、リースの来ていた鎧と兜が置いてあった。『氷龍召喚』を使えと言うのか。
「そ、そんなことが出来るわけないじゃないか!僕は、僕は……僕はリースが好きなんだ!」
「ライザ……」
 すると、リースの体が輝き始めた。
「!」
「ありがとう、ライザ……」
「リース、まさか君は!」
 ギィルティアーノも、リースの異変に感づいたのか、急に暴れ出した。しかし、リースの体が腕から離れない。
「もっと違う時代に会えたらよかったね」
「!」
 
 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
 
「リースううぅぅぅぅぅ!」
 
          〜〜〜
 
「それから、僕はライアを救った伝説の勇者としてみんなに賞賛された」
「…………」
「でも、魔王を倒したのは僕じゃない!リースなんだ!それなのに、それなのに……」
 ライザの目から涙が溢れ出した。
「僕は、大切な人を目の前で死なせてしまった。そして、今回もまた……」
 ロミアは何も言えなかった。
 ただ訊いていることしか出来なかった。
 自分もその悲しみを知っているから。
 唯一の家族である妹を目の前で殺されてしまったから。
 だからかも知れない。ライザに惹かれたのは。
 
 でも、逃げてはいけないんだ。
 ロスタリカでの大決戦で、また大切な人を亡くしてしまうかもしれない。
 けど、僕はライザの為に戦う。平和な世の中に二人で暮らしたいから。
 その為に死んだって構わない。それは、大切な人の為に一生を終えられた証だから……
 
 ライザの為に死んで行ったリースとユキの本心を知った時、ライザの心は開放されたのだった。
 そして、同時にロミアに惹かれ始めていた。


続く