9.Resistance16/17/18


 
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 勇者様……私はずっと待っています……
 
 ずっと…………
 
 
 勇者様が、あの女と一緒にガーザへ行ってから、もう随分経ちます。
 私は、マーブルに送られて、独り、ナーサスのあるファース島に向かいました。
 早くお父様、お母様に会いたかったからです。
 
 でも、悲しかった。
 辛かった。
 勇者様が一緒にいてくれないから。
 叔父さんの魔導道場で、魔法の特訓をしていた時から勇者様とは一緒だった。
 勇者様とは、歳が四つも離れているけれど、そんなことは全然気にならなかった。勇者様は、そういう人じゃなかったから。
 
 ある時、突然勇者様が姿を消した。
 私は、必死になって探した。でも見つからなかった。
 勇者様は、魔王を倒しに行っていたから。
 魔王……
 恐怖の大魔王が大昔に封印されたはずなのに、なぜ今になってその家臣が現れたのかは分からなかった。
 でも、ライア王国の滅亡は目の前に迫っていた。それを救ったのが、勇者様だった。
 私は、その時決めたの。
 やっぱり勇者様が一番だって。
 私の一番だって……
 
 だから、ロミアが勇者様の前に現れた時は怖かった。
 私と同じ気持ちの女性が現れたから。
 彼女は、自分の気持ちを勇者様にはっきりと言うことが出来る。
 でも、私は出来ない……
 長い間築き上げてきたこの関係を崩したくなかったから。
 ロミアだけなら、まだよかった。
 あの女が現れたから、あの女のせいですべてが壊れてしまったんだわ。
 ユキ……
 魔王と戦った後からずっと気にしていた、リースさんにうり二つの女……
 リースさんがどういう人かは分からない。でも、勇者様にとって大切な人なんだとは、すぐに分かった。
 でも、もうリースさんはいない。
 その傷も少しずつ癒えて来ているはずだった。
 なのに、ユキが再び思い出させてしまった。
 そして、勇者様は……
 もうイヤです。
 勇者様……
 
 
 
「はっ!」
 ホワイトは突然起きあがった。ひどく汗をかいている。
「また、勇者様の夢を見るなんて……」
 ホワイトは、宿屋の窓から外を見た。小鳥達がさえずっていた。
 ここは、ナーサス帝国の南東の都市ラヴェンナ。
 サード大陸からの定期船は、ラヴェンナから更に南のサウスナーサスに到着した。
 訊いた所によると、ロスタリカへの定期船は、現在欠航になっているらしい。ロスタリカがアナトリアの勢力下にあるのだから、当然と言えば当然の話だが。
 その為、ホワイトはナーサス皇帝にお願いして船を貸して貰おうと、首都に向かっていたのだった。
 
 ここまでの行程で特記すべきことは、サード大陸方面の異変だろう。
 数日前、サード大陸のある南の空が真っ赤の染まったのだ。それは二、三日続いた。その空は、まるで血のように赤だった。
 ホワイトは、それを見て胸騒ぎがしてならなかった。
 ライザの身に何かあったのではと考えて、毎日うなされていたのだった。
 
 宿屋の親父特製の皿うどんもなかなか喉を通らなかった。
「お嬢ちゃん、俺の皿うどんじゃまずくて食えないのかい?」
「……そ、そんなことはないです」
「ほんとか?」
「はい、どうも気分が優れなくて……」
「でも、ちゃんと食べないと辛くなるぞ。首都を目指しているんだろ?」
「はい……」
「あと、まる一日はかかるぞ」
「はい……」
「俺の話、訊いているかい?」
「はい……」
「…………」
「はい……」
「バストは八十のAだろ?」
「んな訳ないでしょ!Bよ、八十三のB!」
 バキイ!
「や、やっと返事してくれたな」
「わ、私ったらなんてことを……」
 ホワイトは、顔を赤らめる。
 つい、いつもライザにやっていたような態度を見せてしまったからだ。
「気にするなって……ほら、今の元気を忘れずにな」
 そう言うと、宿屋の親父は頬をさすりながら外に出て行った。
「……そう言えば、こうやってよく勇者様と漫才したものだったな……」
 漫才だったのか?
 ホワイトは、数週間前ライアにいた時のことを思い出した。
 
 その時だった。
 宿屋の親父がホワイトの部屋に飛び込んで来たのだ。
「ど、どうしたんですか?」
「う、うう……」
 親父はその場に倒れ込んだ。
「お、おじさん!」
 ホワイトは、慌てて駆け寄った。
「こ、氷の化け物が……」
「こ、これは……」
 親父を抱える手が真っ赤に染まっていた。
「今、回復魔法をかけてあげるからじっとしてて」
「う、うう……」
 親父の体は、ガラスで切り刻まれたような感じだった。
 思ったよりも傷は深い。
「『ヒーリング』!」
 ポワァァァァァ。
 少しずつ親父の傷が消えていった。
「す、すまない……」
「ねえ、もっと詳しく話して!」
「そ、外を見てみるんだ……」
「外……」
 ホワイトは、恐る恐る窓から外を見た。
「うそっ!」
 ホワイトは愕然としてしまった。
 先程まで、小鳥達が楽しそうにさえずっていたのが、幻のようだった。外は、魔物で埋め尽くされていた。どうやら、氷の魔物らしい。
 外にいる人々が、次々と襲われていた。
 氷付けにされた者、宿屋の親父のように吹雪で切り刻まれた者などがたくさん倒れていた。
 
「こ、これは一体……」
 ホワイトは、状況を理解出来ない。
 なぜここの魔物がいるのだ。なぜナーサスを襲っている……まさか!
「ねえ、ナーサスって、アナトリアとは仲がいいの?」
「そ、そんな訳はないだろう……クーデタを起こした当初にダマンスキーで一戦交えたのが、我が国ナーサスだ」
「やっぱり……」
「どういうことだ?」
「おそらく、奴らはアナトリア軍が送り込んだ魔物に違いないわ」
「そ、そんな……」
「私だって信じられないけど、こう考えるのが一番妥当よ」
 ホワイトは、身支度を整え始めた。
「お嬢ちゃん、まさか君……」
「おじさん、一晩泊めてくれてありがとね。また今度、皿うどん食べに来るから……」
 そう言うと、ホワイトは立ち上がった。
「気をつけて行くんだ」
「うん、それじゃ」
 ホワイトは、宿屋を後にした。
 
 勇者様、例えあなたが一緒じゃなくても、私は戦います!
お父様、お母様の為だけじゃなく、みんなの為に!
 
 
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「やっと着いたわ……」
 ホワイトは、目の前のモノをゆっくりと見上げた。
 そう、ナーサス城である。
 ラヴェンナを出発してから二日目、ついに首都ルテティアに着いたのだった。
 思ったより時間がかかったのは、氷の魔物達の為である
 どうやら、奴らはナーサス全域に勢力を伸ばしているらしい。
 各地で、ナーサス軍が応戦していた。
 ホワイトも彼らに協力しながら、やって来たのだった。水系の魔法しか使えないホワイトではあったが、奴ら程度の魔物になら十分効果はあった。
 
「ナーサス皇帝、船を貸してくれるかな……」
 ホワイトがナーサス城の門をくぐった時だった。
 突然、辺りに雪が降り始めた。
「えっ!」
 ホワイトは、辺りを見回す。どうもおかしい。
 なぜ、こんな季節に雪なんか……
「まさか……」
「その通り」
「えっ……」
 雪がホワイトの前に集まったかと思った瞬間、それは人になってしまった。
「ホワイト……さんですね」
 ホワイトに緊張が走る!
「……だ、誰なの、あなた!」
「おっと、申し遅れました。私は、アナトリア七統領の一人、氷魔将軍グレーシャです。以後、お見知りおきを」
 妙に丁寧なしゃべり方である。
「ア、アナトリア……ってやっぱりそうだったのね!どうしてクーデタなんか起こしたのよ!」
「……それは、言えませんね。しかし、私はあなたを迎えに来たのですよ、ホワイトさん」
「えっ!」
「ふふ……我が軍は、ロスタリカ王をあと一歩と言う所で逃しましてね。それで、あなたを人質にしようと思いまして」
「ど、どういうことよ?」
「とぼけないでくださいよ。あなたがロスタリカ王女であることは調べがついています」
「!」
 な、何訳分からないこと言ってるの、この人……
「おや、その顔を見ると、本当に知らなかったんですか?」
「じょ、冗談はやめてよ!私が、王女な訳ないじゃない!」
「あなたの父親の名は、ラルクハルト=ル=ロスタリアーヌのはずです」
「…………」
「ロスタリアーヌと言えば、ロスタリカ王家のことを指しているんですよ」
「そ、そんな……」
 ホワイトは、膝を付いた。
「お父様は、ロスタリカの貴族だとしか言っていなかったのに……」
「実の親に騙されていたのですか……可哀相に」
 それを言われると、ホワイトは震えだした。
「そんな、そんな、そんな……」
 こんな大切なことを十七年間も知らなかったなんて。いや、教えて貰えなかったなんて。
 これは、最高の裏切りだった。
 
「すみません、余りに無神経でしたね」
 グレーシャは謝った。
「ず、随分、紳士なのね、あなたって……」
「アナトリアの軍人がみな非道だと考えるのは、あなた方の偏見ですよ。本当は私だってこんな戦いはしたくないのです」
「なら、どうしてナーサスに魔物達を?」
「今の私があるのは、アトラス様のおかげだからです」
「アトラスの……?」
「私の親はアナトリアの軍人でした。しかし、両親共に流行病で亡くなってしまった。それを救ってくださったのが、アトラス様だった」
「…………」
「アトラス様は、孤独になった私の面倒を見てくださったのです。だから七統領の一人になった今、私は恩返しをしているつもりです」
「でも、そんないい人がクーデタなんか起こすの?」
 すると、グレーシャは空を見上げた。
「そうですね。確かにアトラス様は変わられた。どうして実の兄を……」
 何か寂しそうだった。
「私も、風魔将軍ストームのように反対派に入るべきだったのだろうか」
「反対した七統領もいたの!?」
「ええ、彼女一人だけでしたけどね。彼女は勇気があったんだな。私には出来なかった。今まで私を可愛がってくださったアトラス様を裏切ることなんて……」
「そのストームって人は今は?」
「おそらく息絶えていることでしょう。雷魔将軍ラスタがどこかへ連れていってしまいましたからね。奴は、ストームを気嫌いしてましたから」
「そうなのか……」
 
 暫くして、グレーシャがホワイトに近付いた。
「ちょっと余計なことを話過ぎましたね。さあ、一緒に来て貰いましょうか」
 グレーシャは、急に緊迫した雰囲気に変わった。もの凄い魔力を感じる。
「や、やめなさいよ、こんなこと……さっき自分でもイヤだって言っていたじゃない!」
「すみません。私にとってアトラス様の命令は絶対なのです」
「……も、もし、イヤだって言ったら?」
「仕方ありません。力ずくで行かせて貰います」
 すると、グレーシャは一気に魔力を開放した。
 ゴオオオオオオオ!
 もの凄い風圧である。
「な、何なのこの魔力……」
 ホワイトの額に汗が流れる。
 今までの氷の魔物とはケタ違いだ。普通に立っていることもままならない。
「今ならまだ間に合いますよ」
「だ、誰が人質なんかになるもんですか!」
「……仕方ありませんね。はっ!」
 グレーシャは、手のひらから魔力を放出して、氷の剣を作り出した。
「行きますよ」
 バッ!
「は、早い!」
「『フリーズアロー』!」
「『ウォータークラッシュ』!」
 しかし、ホワイトの水系魔法は一瞬にして凍ってしまった。
「きゃっ!」
 そのままホワイトに跳ね返る!
 ザクザクザク!
 ホワイトの服が切り刻まれた。
「ハアハアハア……」
「さっきまでの威勢はどうしたのかな?」
「こ、氷系最低レベルの魔法に、水系高等魔法が負けるなんて……」
「魔法なんて所詮、人の決めたものですからね。一番大切なのは潜在魔力の違いですよ」
 グレーシャは、ホワイトを片手で持ち上げた。
「レ、レベルが違い過ぎる……」
 ホワイトの体に恐怖が走った。
「おやすみなさい、ホワイト王女」
 ドスッ!
「うっ……」
 ホワイトは、腹を思いっきり打たれた。意識が遠のいて行く。
「ゆ、勇者……様…………」
 
 グレーシャが、ホワイトを抱えて立ち去ろうとした瞬間、何者かが現れた。
 バンダナを巻いた男と青い神官服を着た女、そして彼らを守るかのように重曹兵が数人いた。
「何だね、君達は……?」
 バンダナの男が口を開く。
「俺の名はハンス。よくもまあ、俺の城の前で派手にやってくれたものだな」
 すると、グレーシャの顔色が変わった。
「ま、まさか、君がナーサス皇帝……」
「俺の親父がダマンスキーで世話になったそうだな!氷魔将軍さんよ!」
「君はあのサマルの息子か。そう言えば、どことなく面影があるようだね」
「俺の親父を知っていると言うことは、お前もダマンスキーの戦いに参戦してやがったな!」
「……そうですね。確かに私も参戦していました。でも、私は後方支援でしたよ。前衛を務めたのは、炎魔将軍です」
「そんなことは関係ねえ!俺は、親父の仇を取る!」
「!」
「俺は、必ずクーデタを潰してやる。そしてアトラスの野望をうち砕くんだ!」
「……随分、威勢のいい息子さんですね。しかし、ガーザが壊滅した今、残るあなた方に何が出来るのですかね?あのガーザですら、炎魔将軍の足下にも及ばなかったと言うのに」
「ガーザの大爆発もお前らの仕業だったのか!」
「炎魔将軍は、ガーザに派遣されました。私はここナーサスの派遣されたんですよ。正直、私達の対抗出来るのは、ガーザとナーサス位しかありませんからね。カームニスも時間の問題でしょう」
「くっ……ふざけやがって……」
 ハンスは、バンダナを外して気を込め始めた。
「はあああああ!」
「何をする気ですか?」
 次第に、バンダナは鞭のようになって行った。
「炎焦!」
「なっ!」
 突然、鞭が炎を上げてグレーシャに襲いかかった。
「フ、フリーズ……ぐはっ!」
 炎の鞭は、グレーシャの両腕を縛り上げた。
 ホワイトがゆっくりと崩れる。
「マリア!」
「はい、ハンス様!」
 そう返事をすると、マリアと呼ばれる女性はホワイトをキャッチした。
「しっかりしてください、ホワイトさん」
 ホワイトはゆっくりと目を開いた。
「……う、うう……あ、あなたは…………」
「おじい様からあなたのことは訊いていますよ」
「えっ……」
 
「ふん!」
 グレーシャは、鞭を解くとホワイト目掛けて飛び込んで来た。
「さあ、行きますよ。ホワイト王女」
「そうはさせませんわ。『ホーリー』!」
「なにっ!うわああああああああああああああああああああああ!」
 グレーシャは、神聖魔法をほぼ直撃でくらってしまった。
「す、すごい……まるであのじいさんみたい――ってまさか!」
 ホワイトは、マリアを見た。
 マリアは優しく頷いた。
「あのじいさんにこんな可愛い孫がいるなんて……世も末だわ……」
「一応、おじい様とは血は繋がっていないんですよ」
「やっぱり……そうじゃなかったら、あなたもやっていけないものね」
「…………」
 
 グレーシャは、ゆっくりと立ち上がった。
 腹に受けた傷を抱えている。
「ど、どうやら、油断し過ぎたようですね……」
「まだロスタリカ王女に手を出す気か!」
 ハンスは、グレーシャを睨み付ける。
「……わかりました。今日の所は退却致しましょう。しかし、次に会った時にはナーサス皇帝、あなたには容赦しませんよ」
「いつでも、相手になってやるぜ!」
「……ほんと、威勢のいい方ですね。それでは」
 そう言うと、グレーシャは雪の結晶に分散して消えてしまった。
 
 
 
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 ホワイトは、ナーサス城の一室で横になっていた。
グレーシャが消えた後、ホワイトは気を失ってしまったのだ。緊張の糸が一気に切れた為だろう。
 
 ホワイトは、両親に問いかけていた。
「どうして、どうして教えてくれなかったの?」
「…………」
「何とか言ってよ、お父様!」
「…………」
「お母様!」
「…………」
 涙が溢れ出て来た。
「私をライアの叔父さんの所に預けたのは、私が嫌いだったからなのね!だから、だから……」
 もう言葉になっていなかった。
 心はズタズタだった。
 親に捨てられたこと……それは、何よりも辛いことだった。
「勇者様も、こんな気持ちでずっと生きてきたのね……勇者様……」
 ライザは、孤児だった。幼い頃に、育て親に拾われたのだ。
 
「はっ!」
 ホワイトは、辺りを見回した。
「ま、また夢…………」
 ホワイトの体は汗でびっしょりだった。
 また嫌な夢を見ていたらしい。それも、今回はライザの夢ではなく、両親の夢だった。
 何とも気分が優れない。
 よく見ると、ベットの横に服が置いてあった。
 メモに、『私の服ですが、よかったら使ってください。  マリアより』と書いてある。
 考えて見れば、ホワイトの服はグレーシャに切り刻まれてしまっていた。
 マリアはそんな様子を見て、気遣ってくれたのだろう。
 
 ガチャ。
「ホワイト、ちょっと――あっ!」
「きゃっ!」
 ハンスは、慌ててドアを閉める。
「す、すまん、着替え中だったのか……」
 ハンスは顔を赤くしている。
「き、気にしないでください」
「き、着替え終わったら、王の間に来てくれないか?話があるんだ」
「わ、分かりました」
 そう言うと、ハンスはドアのもとを離れた。
 
 コンコン。
「あれ、まだ何か用ですか、ハンス?」
「いえ、マリアです。ちょっといいですか?」
 今度は、マリアが訪ねて来たようだ。
 ホワイトは、慌てて服を着てから返事をした。
「は、はい、どうぞ」
 ガチャ。
 マリアがゆっくりと入って来た。
「どうやら、お着替え中だったようですね。申し訳ありません」
「い、いいよ。この服だって、マリアが貸してくれたんだし」
「サイズはぴったりのようですね。よかった」
「うん、ありがと。何から何までして貰って……」
「いいんですよ。私、人の世話を見るのが好きなんです」
「いいお嫁さんになるわね」
「そんなことありませんよ。……それより、私は誤解を解きに来たんです」
「誤解?」
 ホワイトは、ベットに座った。
「ロスタリカ王が、あなたに真実を伝えていなかったことです」
「!」
 ホワイトの、顔色が変わる。
「な、慰めてくれなくてもいいよ……私はどうせ…………」
「違うんです」
「えっ……」
 ホワイトは、マリアの目を見た。
 とても、真剣な目だった。
「これはおじい様から訊いた話ですが、あなたが幼なかった時、ロスタリカ王家で起こったことが原因だったんです」
「どういうこと?」
「ロスタリカ王にはなかなか子供が産まれなかったんです。だから、弟の息子を跡継ぎにすると言っていました。所が、そんな時にあなたが生まれたんです。それでどちらが跡継ぎになるかで問題になりました」
「…………」
「結局、ロスタリカ王の弟はあなたが後継者だと認めたのですが、当時十五歳になっていたその息子は、あなたを暗殺しようとしたのです」
「うそ……」
「あなたは毎日毎日、暗殺者に命を狙われたそうです。その為、あなたが大人になるまでライアに住むもう一人の弟、つまり叔父さんにあなたを預けることになったのです」
「…………」
「今回のクーデタは、大人になったあなたに本当のことを話そうとした矢先のことだったそうです」
 ホワイトは、言葉が出なかった。代わりに涙がこみ上げて来た。
「ホワイトさん……」
 マリアは、優しくホワイトを撫でてやった。
「あなたは捨てられたりしてません。愛されていたんですよ。だから離れ離れになったとしても、あなたの命のことを優先したのです」
「マリア……」
 ホワイトの涙が溢れた。
 
 
 
 ホワイトは、マリアに案内されて王の間に向かった。
「そう言えば、マリアはどうしてナーサス皇帝とこんな対等に接しているの?」
「おじい様が、数年前までナーサスの神官をしていたからです」
「そうなの?」
「はい。おじい様は、ナーサスとライアの親交を深める為にライアの神官となったのです。代わりに、私がナーサスの女性神官となりました」
「あのじいさんにこんな秘密があったなんて……意外だわ」
「ふふ……おじい様には、辛口なんですね」
「勇者様もこんな感じよ」
 そう言うと、ホワイトは立ち止まった。
「勇者様、無事なのかしら……」
「おじい様が今、ライザ様を探しにガーザに向かっていますよ」
「えっ!」
「本当はあなたの身の方を案じていたんですが、あなたがナーサスに向かったと訊いて私が引き受けました」
「そうだったの……」
「ここが、王の間です。ハンス様がお待ちかねですよ」
「う、うん」
 ホワイトは、中に入った。
 ハンスは、王座に座っていた。
「ハンス……」
「さっきは済まなかったな」
「気にしないで。それより話って?」
「ロスタリカの状況は知っているよな?」
「う、うん……」
「悲しいことだが、王妃が捕まり王が姿を消した今、ロスタリカ国内は完全に混乱状態に陥っている」
「お父様、お母様……」
「しかし、人々が完全にアナトリアに屈服した訳じゃないんだ」
「えっ!」
「レジスタンスだよ。彼らは、俺に協力を求めて来た。そこで、ロスタリカ王女であるお前に、正式にその要請を出して貰いたいんだ」
「でも……」
「反アナトリア派のナーサスとライアの同盟は、ファレスとマリアのおかげで成立した。だから、ロスタリカにも同盟に加わってほしいんだ」
「…………」
「現在レジスタンスは、ロスタリカ南部のマカオに集結している。それを正式なロスタリカ軍と認めてほしい」
「…………分かったわ。アナトリア=クーデタを鎮める為ですものね」
「ほんとに済まない……事実を知ったばかりだと言うのに」
「もう大丈夫よ。私、決めたの。強くなろうって」
「ふ〜ん」
 すると、ハンスがホワイトの所にやって来た。
「どうしたの、ハンス?」
「気に入ったよ」
「えっ!」
 ハンスは、ホワイトにキスをした。ホワイトは慌ててハンスを払い退ける。
「な、何するのよ、いきなり!」
「俺、お前のことが好きになった」
「なっ…………」
 突然のことに、ホワイトは絶句してしまった。
「美人だしな。よかったら、つき合ってくれないか?」
「で、でも……」
「皇帝様、大変です!」
 ハンスは、不機嫌そうな顔で振り返った。
「何事だ!せっかくいい雰囲気だったのに!」
「す、済みません。しかし、ナーサス城の西にある林にアナトリア軍が現れたのです!」
「なんだと!」
 ハンスの顔が一気に軍人の顔になった。
「相手は何人だ!」
「はい、報告によりますと、女二人と怪我をした男が一人です」
「妙な組み合わせだな……まあいい。現在の状況は!」
「はい、重曹兵が応戦しています」
「分かった。ホワイト、この話の続きは今度ゆっくりしような」
「私も行くわ」
「よし、行くぞ」
 ハンスとホワイトは、林に向かった。
 
 
 
「ここか!」
 ハンスが先に敵陣に飛び込んだ!
「ま、待ってくれ、私は戦いに来たのではない」
「何を言ってやがる!」
 すると、もう一人の女性が口を開いた。
「ほんとだよ。ブルームはもうアナトリアの将軍じゃないんだよ!」
「黙れ!そうやって俺を油断させる気だろうが!」
「違うよ、僕達はライザの手当をしてほしいだけなんだよ!」
「な、何を――」
「ロミア!」
 
 なんとその女性は、ロミアだった。
 

続く