8.動く影13/14/15

 
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 「こ、これは一体!」
 ファレスは愕然としていた。
 二日前、確かにここには国家があった。街があった。
 しかし、何もかもがなくなっていた……
「ここがじいさんの故郷なの?」
 ファレスにしがみついたロミアは、何とも言えない顔をしていた。
「違うですぅ、ガーザはこんなものじゃなかったです!」
 同じくしがみついているエミルはそう言う。
 
 三人はガーザ上空にいた。
 ラルグの森から出た三人は、ファレスの瞬間移動を使って上空に飛んでいたのだ。
「まさに地獄じゃ……ロミア、この廃墟にはちゃんと街があったんじゃぞ」
「う、嘘……」
 ロミアが信じられないのも無理はない。
 正直言って、目に留まるものは瓦礫の山だけであった。よく目を凝らしてみると、遙か彼方の方には、街の面影が見えた。しかし、この中心部、つまりガーザ城近辺には何もなかった。ただ、底の見えない巨大な穴があるだけだった。
「とにかく、下に降りてみよう。勇者殿達を探さなくては……」
「ライザ……大丈夫だよね?生きているよね?」
 ロミアの胸がキュッと締め付けられた。
 
 
 
 下に降りてみると、思った以上の悲惨さであった。
 ただ瓦礫の山があるだけではなく、ガーザ兵や一般市民の死体がゴロゴロ転がっていた。
 エミルはあまりの悲惨さに目を反らしてしまう。
「無惨じゃな……」
 ファレスは巨大な穴の縁に近づき、その破壊具合を調べる。
「ん?ここの地質だけ、少し違うな……これは『炎龍召喚』の跡か?」
「ライザ、ライザ何処なの……返事してよ、ライザ……」
 ロミアは泣きかけになっていた。
 何処を見ても悲惨な状況である。誰かが生きているような感じではないのだ。
 痛い、胸が痛い……
 ライザ、ライザ…………
 
 その時だった。
 ファレスがユキのリボンを見つけたのだ。
 しかし、彼女の姿はなかった。
 衝撃が走る。
「そんな、まさか……」
 ファレスはゆっくりとリボンを拾った。
「どうしたの?」
 気付いたロミアが、ファレスの元に駆け寄ってくる。しかし、すぐに立ち止まってしまった。
 涙が溢れ出る。
「ユキはおそらく……」
 ファレスの口調は重い。
「イヤだ、イヤだ、もうイヤだよ!」
 ロミアは走り去ってしまった。
「ロミア……」
 
 ファレスとエミルは立ち尽くしていた。
「まさか、こんな結果になるとは……」
「ユキさんていい人だったの?」
「そうじゃな、気の強い所はあったが、今はそれが……」
 ファレスも言葉に詰まる。
 そんな中、ロミアは独り塞ぎ込んでいた。
「もうイヤだ、戦争なんてイヤだよ……どうしてみんな仲良く生きて行けないの……」
『誰か……』
「えっ!」
 ロミアは辺りを見回す。ファレスとエミルではないようだ。
『誰か……』
「まただ」
『誰か……』
「ライザなの?ライザなんだね!」
 ロミアは急に立ち上がった。
 そして、その言葉を感じる。
「こっちだね!」
 慌てて走り出す。
「どうしたのじゃ、ロミア?」
 その様子に気付いたファレスが声を掛ける。しかし、ロミアは返事もせずに走って行ってしまった。
「?」
 ファレスとエミルは、ロミアの跡を追った。
 
 
 
 二人が追いつくと、ロミアは巨大な穴の縁に立っていた。
「急にどうしたのじゃ、ロミア?」
「ライザはこの下にいる」
「えっ!」
 ファレスは唖然としてしまった。
「ロミア、気持ちは分かるがしかしじゃな……」
「違う!確かにライザの声を訊いたんだよ!僕、この中に行く!」
「何を言っておるのじゃ!この中がどうなっているか、全く分からんのじゃぞ!」
「そんなこと関係ないよ!僕は行くんだ、ライザを助けに!」
「しかしな……」
「エミル、あなたの羽の鱗粉をかければ、空を飛べるんだったよね?」
「そうだけど……まさか!」
「うん、そのまさかだよ。それでこの中に入る」
「危険ですぅ!数時間しか飛べません!」
「お願い!」
「……わかったですぅ」
「エミル、何てことを言うんじゃ!」
「だって、ロミアは大切な人の為に行くんです。なら止められません」
「エミル……」
「じゃあ、お願い」
「はいですぅ!」
 パッ!
 エミルはロミアに鱗粉をかけた。すると、ロミアの体が宙に浮き出した。
「ありがと、エミル」
「頑張ってください!」
「うん」
 ファレスはロミアの前に立った。
「まだ反対するの?」
「いや、そこまでの決心があるなら、儂は止めはせん。ただ、無茶はするなよ。これ以上誰も死なせたくはないのじゃ……」
「わかった。それじゃ……」
 ロミアは、穴の底を見た。
「ライザ、待ってね。今すぐ行くから……」
 そう言うと、ロミアは穴の中に降りていった。
 
 ファレスは、じっとロミアが降りていった闇を見ていた。
「どうして、ロミアは勇者殿の為にあそこまで命を張れるのじゃろう?」
「それは多分、本当にライザさんが好きだからです」
「それはそうかもしれんが……」
「いいな、あんな恋が出来て」
「なら儂とするか?」
「…………変態」
 グサッ!
 
 
 
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「なんて深いんだろ……」
 ロミアはゆっくり、ゆっくりと闇の中を下っていた。随分深くまで潜ったようだ。
 しかし、暗闇がすべての視界を遮っていて、詳しいことは不明である。
「あれ、なんか急に開けて来た気がする……」
 ロミアは穴の変化に気付く。
 同時にもの凄い熱気が感じられて来た。
「ま、まさか……」  
 なんと、突然目の前が真っ赤になった。そう、溶岩である。
「僕、そんなに深く潜っちゃったの!」
 暫く何とも言えない気分だった。
 こんな状況でライザが生きているはずがない。いや、そもそもここにいるかすら分からないのだ。
 もう死にたい気がした。
『誰か……』
「ライザ!」
 その時、誰かが近くにいるような気がした。
「ライザなの?」
 ロミアはそっちの方向に向かって飛び出した。
 
 暫く飛ぶと、誰かが壁に吊されているのに気付いた。この辺りには、溶岩が進入していないようだ。
 そいつは、ブルーのロングヘアーの女性だった。
 痩せこけた体がかなり長くここにいることを示している。
 生きているのだろうか。
 ロミアは恐る恐るその女性に近づいた。
 すると、その女性がゆっくりと目を開いた。
 つらそうに口を開く。
「お、お前は……?」
「君なんだね、僕のことをずっと呼んでいたのは?」
「……そうか、お前には、私のテレパシーが届いたんだな」
「どうして、こんな地底に?」
「まあ、ちょっと色々とあってな……もう一ヶ月近くこうしている。そろそろ限界かもな」
 その女性の口調は、随分男らしい。ロミアがわざと男の様にしゃべっていたのとは違い、本当にそのしゃべり方に慣れている。まるで、軍人のようだ。
「どうして、僕を呼んだの?」
「……別に、お前を呼んだ訳ではない。誰かに助けを求めていただけだ」
「むう!」
 ロミアはふくれっ面をする。
「しかし、私の見た所、お前には音を操る力があるようだな」
「ど、どうしてそんなことが解るの!?」
 ロミアは、驚きを隠せない。
「まあ、これでも魔法剣士の端くれだからな。今はこのざまだが……」
「あなた位の人なら、簡単にここから逃げられるんじゃないの?」
「残念ながら、この鎖にはプロテクトが掛けられていてな。魔力をすべて吸収しやがるんだ」
「…………」
「ん、何か訊きたいことでもあるのか?」
「わかるの?」
「ああ、私は仕事柄、人の心を読むのが得意なんだ」
「……あのね、ここにライザっていう人が来なかった?」
「ライザ?知らんな。それ以前にこんな所に誰も来やしないよ」
「そうか、やっぱりそうだよね……」
 ロミアは俯く。今にも泣きそうだ。
「そいつは、お前の大切な人のよう……はっ!」
「えっ!」
 突然辺りが明るくなり始めた。
 ロミアが振り返ると、目映い光球が大きさを増していた。
「こ、これは……?」
「まずい、奴だ!」
「奴って?」
「いいから隠れるんだ!」
「えっ、えっ!」
「死にたいのか!」
「わ、わかった!」
 ロミアは慌てて岩影に隠れた。
 それとほぼ同時に、光球が消えた。
 すると、その中から人が現れた。かなり図体のでかい奴である。
「何の用だね、ラスタ!」
「ほう、まだくたばっていなかったか……しぶとい女だぜ」
 男は、脇に抱えていたモノを地面に叩き付けた。
『ラ、ライザ!』
 ロミアは心の中で大声を上げた。
 何と、それはボロボロになったライザだった。
「何だ、こいつは?」
「何を言ってる、こいつは貴様の仲間だろうが!」
「知らんな」
「とぼける気か?じゃあ、なぜこいつがサードブロックに転がっていたのだ!まあ、俺が発見した時には既に死にかけだったが」
「知らんと言ってるだろうが!」
「……まあ、よかろう。しかし、いつ見ても無様な姿だな。風魔将軍ストーム、いや今はただのブルームという女に過ぎないか」
『ま、まさかこの人達って……』
 ロミアの体に緊張が走る。
「光魔将軍の分際でほざくな」
「黙れ!」
 バシッ!
 ラスタは、ブルームの頬を思いっきりひっぱたいた。
 ブルームは、全く動じずにラスタを睨みつける。
「けっ、生意気な女だぜ」
「弱い者ほどほざく……か?」
「……しかし、貴様もつくづく愚かな奴だよな。ここまでの力と地位を持っていながら、アトラス様に逆らうとはな。もう少し頭のキレる奴だと思っていたが」
「愚かなのはアトラス様の方だ!王である実の兄を暗殺して政権を奪うなど……それだけならまだしも、クーデタを世界中に波及させるとは、正気なのか!」
「貴様、アトラス様のお考えを侮辱する気か!」
「ガーザとサイマンの七年戦争が終結してから、比較的穏やかだった世界情勢を混乱させたのだぞ!」
「黙らんか!『ライトニングティア』!」
 シュン!
 ラスタが光魔法を放つ!
 シュウウウウウ……
「なっ……」
 しかし、すべてかき消されてしまった。
「アホか。ウィズダムのプロテクトチェーンを、私に付けたのはお前だろうが……」
「ぐっ……」
 どうやら、このチェーンは、繋がれている者の魔力を吸収するだけでなく、外部からの魔力も吸収するようだ。
 バキッ!
「ぐはっ!」
 ラスタは思いっきりブルームを殴り付ける。
「馬鹿にしやがって〜!」
 バキッ!バキッ!バキッ!バキッ!
 滅茶苦茶に殴り付ける。ブルームは、サンドバック状態だ。
『ひ、酷いよ……』
 ロミアは岩影で見ていることしか出来なかった。
 
「ハアハアハア……」
 ラスタはゆっくりとブルームから離れた。
 ブルームは血だらけになっていた。
 女性の顔にこんなことをするとは、何と非常識な奴なのだろう。
 最低だ。最悪だ。人間の風上にも置けない奴だ!
「黙れ、ナレーション!『ライトニングティア』!」
 ぐふっ!
 ナレーターは消し飛んだ!
 
 ナレーターが消えちゃったらしいので、ロミアが解説するね。
 ラスタという男は、ほとんど動かなくなったブルームさんに向かってしゃべり出したの。
「くく……これで、貴様も終わりだな」
「…………」
「今、我々の計画は着々と進行している」
「な、なん……だと…………」
 ブルームさんはゆっくりと顔を上げた。
「占領したロスタリカを拠点として、ガーザにはセラフィスが、ナーサスにはグレーシャが、カームニスにはヴィナスフレスが向かっている。プレディの奴は、逃げたロスタリカ王を追っている。ウィズダムの奴は相変わらず研究に没頭してるがな。まあ、六統領総動員と言ったところだ」
「な、何が狙いだ……?」
「それは、貴様には言えない」
「セラフィスが、ガーザ=スピリトを手に入れたのと関係していると言うのか」
「さ、さあな」
 その時、ラスタが動揺したのを僕ははっきり見ました。スピリトって何か解らないけど、これってアナトリアの野望に関係してそう。
「俺はロスタリカの警護を仰せつかっている。これはチャンスだ!」
「…………」
「鬱陶しい奴らはこうして動けない訳だ。隙を見て、アトラス様を始末すれば……」
「謀反を企んでいる訳か……七統領でも、最下位のお前が……」
「黙れ!アトラス様をいつもアホみたいに警護しているプレディも今はロスタリカに来ている。今こそチャンスなのだ!」
「それで、瞬間移動が出来ないお前がこの地下ブロックルートを渡っていた訳か」
「瞬間移動は出来ないが、俺には光球に姿を変えて、高速移動が出来る。それに、貴様だって出来ないではないか!瞬間移動はかなり高度な魔法だ。七統領の中でも、上位に立つプレディとセラフィスにしか操れん!」
「あまりでしゃばらない方が身の為だと思うが」
「いい加減鬱陶しい奴だ!このまま干からびて死ぬのを見ていてやろうと思ったが、今俺が始末してやる!この男共々だ!」
「えっ!」
「誰だ!」
「し、しまった」
 僕は、つい大声を出してしまった。ライザが殺されると思ったからだ。
「出てこい!」
 僕は恐る恐る岩影から姿を見せた。
「まだ、ブルームの仲間がいたとはな……」
「ち、違う。この子は関係ない……」
「かばう気か?」
「ち、違う……」
「まあいい。三人まとめて始末してやろう!」
 ラスタは鞘から巨大な剣を取り出した。
「そ、それは、光魔竜王剣……どうしてお前がそれを……」
「くく、ロスタリカ王宮にあったんだよ。更にこのガキが氷魔竜王剣を持っていやがった。伝説の四魔剣のうち二つも手に入れられるとは思わなかったぜ」
「な、なんてことだ……」
「そう察しの通りだ。氷魔竜王剣は完璧に使いこなせそうにはないが、光魔竜王剣は違う。俺に最高の力を与えてくれたのさ!」
 ラスタは、光魔竜王剣の力を開放する!
 ゴオオオオオオオオオ!
 もの凄い波動がロミア達に襲いかかる。
「ラスタが、プレディ達に対抗しようと思い立った訳だな……」
「くく……さあ、死んで貰おうか」
「お願いだ、私の鎖を切ってくれ!頼む!」
「えっ!」
 ロミアは驚く。
「それは不可能だ。その鎖は、ウィズダムが作った専用の鍵がなければ、外れん!」
「大丈夫、お前の音を操る力さえあれば」
「死ねいいいいいい!」
 ゴウ!
 光魔竜王剣がうなりを上げた。
 ズドオオオオオオオオオオオオオオオン!
 
 
 
 
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 「ば、馬鹿な……」
 ラスタは驚愕していた。
 なんと、ブルームが攻撃を中和していたのだ。
「な、なぜ、チェーンが……」
「それは、僕の『解呪の調べ』のせいだよ!」
「ま、まさか、貴様は、音を操ると言われる音操使いか!」
「なぜかはわからないけど、僕の家の者はみんな出来るんだよ!」
「くっ……予想外だったな……」
 ブルームは、ラスタの前に立った。
「ラスタ!プロテクトチェーンにかなり魔力を吸い取られたが、お前を倒す位の力は残っている!」
「死に損ないが調子に乗るな!」
「それはどうかな?」
「何だと!」
「はあああああ!」
 ゴオオオオオオオ!
 ブルームが気を開放する。
「な、何だと……まだこんな魔力が残っていると言うのか……」
 ラスタはたじろいだ。
「ブルームさん、僕の『癒しの調べ』は役に立ったの?」
「ああ、ラスタを片づけるには、この程度で十分だ」
「こ、このアマ〜!」
 ラスタは、ブルームを睨み付ける。
「さっきの礼をさせて貰わなくてはな」
「こ、殺す!」
 バッ!
 ラスタは、ブルームに飛びかかった。
「『ウィンドストーム』!」
「光魔竜王剣!」
 バシュウ!
 お互いのエネルギー波が相殺しあう。
「はあああああああ!」
 グウィン!
 ブルームは、風の剣を作り出した。
「ラスタああああああ!」
 ザンッ!
「ぐはっ!」
 ラスタの左腕が斬られた。しかし、そのままでは収まらず、切り口から左腕が破裂した。
「ギャアアアアア!」
 ラスタは、左肩を抱えて転げ回る。
 ロミアは余りの異様な光景に、気分が悪くなる。
 ブルームの攻撃は、普通の人間の攻撃とは言えない。これが、アナトリア7統領の力なのだろうか。
「どうした、ラスタ。さっきの様に減らず口を叩いてみろよ」
「ぶ、ぶっ殺す!」
 ラスタは気を集中し始めた。
「何をする気だ、ラスタ?」
「これだけは使いたくなかったんだがな……」
「何だと!」
「『光魔装化』!」
 突然、吹き飛んだ左腕からエネルギーが放出された。ラスタの体が、光で覆われて行く。
「どうだ、ブルーム……これが俺の最終兵器だ!」
「な……」
 ブルームの顔が青ざめる。
「『魔装術』を体得していたのか、お前……」
「光魔竜王剣のおかげさ。こいつは俺の魔力を数十倍にしてくれたんだ!」
 確かにそうだった。
 光魔竜王剣は、ラスタと融合して、吹き飛んだ左腕の代わりになっていた。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 バシュッ!
 ラスタが飛び掛かる。
「ふん!」
「なにっ!」
 ブルームの風の剣がかき消されてしまった。
「死ね!」
「危ない、ブルームさん!『誘惑の調べ』!」
 ポロロン!
 ロミアはとっさに竪琴を弾いた。
「な、何事だ……」
 ラスタは、幻覚の中に包まれて行く。
「な、何をしたんだ」
「ラスタには、可愛い女の子がいっぱい見えているはずだよ」
「ど、どうしてこんな所に遊女が……」
 ラスタは混乱している。
 幻覚の中の、女の子達は、ラスタにすり寄る。
「ぷ、ぷにぷに……」
 すると、次第にラスタの体に異変が生じ始めた。
 体を覆っている魔装が乱れ始めたのだ。
「し、しまった……」
「おやすみ、ラスタ」
「や、やめろおおおおおおおお!」
「『風魔灰燼』!」
 ボン!
 一瞬にして、ラスタの体がバラバラになってしまった。掴んでいた、ラスタの髪の毛だけが残っていた。
「ロミア、その水晶球のようなモノを取るんだ!」
「えっ!」
 よく見ると、ラスタが飛び散った所に、水晶球のようなものが浮かんでいた。
 ロミアは慌ててそれを掴む。
 ポワアアアア!
 すると、突然ロミアの体が光出した。
「えっ、えっ、えっ!」
 
 トクン。
 
「!」
 その時、ロミアは自分の体の異変を感じた。
「こ、これは……」
 ブルームが、ロミアの胸に手を置く。
「ライト=スピリトよ。この者の体に宿り給え!」

 シュン!

 すると、ロミアの体は、元に戻った。
「な、何なの?突然、僕の中に魔力が……」
「これで、お前は高度な光系の魔法を体得した」
「ホ、ホントに!」
「先程の水晶球みたいなのは、スピリトだ」
「スピリト?」
「そうだ。解り易く言えば、潜在能力の塊だ」
「潜在能力?」
「人は、誰でも才能を持っている。だが、それを完璧に使いこなせるものはいない。おそらく、その前に寿命が尽きるだろう。それを完璧に、誰もが使いこなせるように出来ないかと考えたのが、アナトリア三世だった」
「数百年前のこと?」
「ああ、アナトリア三世を始めとする、当時の四王は、スピリトの開発に成功した。そして、我々は自由に様々な能力を使いこなせるようになった」
「まさか、今、人間が魔法を使えるのって……」
「そうだ、それを魔人に適応させたのだ」
「そうだったのか……」
「しかし、一度スピリトを宿らせると、それはその人間の魂と融合してしまう。取り出す為には、魂だけを上手く取り出さなければならない」
「つまり、殺しちゃうってこと?」
「ああ」
「…………」
「我々七統領は、恐怖の大魔王と共に現れたと言われる七人の魔人のスピリトを代々受け継いで来たのだ。まあ、当時よりはかなり劣化してしまっているが」
「じゃ、じゃあ、アナトリア軍って……」
 ロミアは、愕然としてしまった。あまりにケタが違い過ぎるからだ。
 中級魔族と同レベルと言っていた、リコートですら倒せなかったのに、超級魔族のスピリトを得た七統領にかなうとでも言うのだろうか。
 暫く、ロミアは呆然と立ち尽くしていた。
 
「それより、この男は何者だ?」
「えっ!」
 ロミアは、慌てて振り返った。
「ラ、ライザ!」
 ロミアは駆け寄る。
 色々なことがありすぎて、ライザのことが、記憶の隅に放り出されてしまっていたようだ。
「しっかりして、ライザ〜!」
「なんだ、お前の知り合いだったのか」
「僕は、ライザを探す為にここに来たんだよ!」
 ロミアの目は涙目になっていた。
「そうだったのか……」
「ライザは、ライア王国を救った伝説の勇者さんなんだよ!」
「何だって!」
 ブルームの顔色が変わった。ライザを顔を見る。
「そうか、そうだったのか。こいつがあのギィルティアーノを倒したと言う男か……」
 もしかしたら、こいつなら奴を何とかしてくれるかもしれない。
「しっかりして、ライザ!今、『癒しの調べ』を掛けてあげるからね」
「待て」
 ブルームは、竪琴を鳴らそうとするロミアの手を取った。
「何するんだよ!」
「この男の傷は深すぎる。その程度の魔法では焼け石に水だ」
「でも……」
「恐らく、こいつはセラフィスに殺られたんだろう。全身酷い火傷だ。生きているのが不思議な位だ」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「すぐに高等神官にでも、治療して貰う必要があるな」
「じゃあ、急いでガーザに戻らなきゃ!」
 ロミアは、慌ててライザをおぶろうとする。
「いや、ここからならナーサスの方が近い」
「どうしてわかるの?」
「この地下道は、七統領の一人、頭脳統領ウィズダムが開発した地下ブロックルートだ。所々で空間が繋ぎ合わせてあって、世界の要所へ行く為のショートカットとして利用されている」
「そ、そんなものまであるなんて……」
 通りで、アナトリア軍の侵攻が早かった訳である。一概にこれだけの為と言う訳ではないが。
「ただ、下が溶岩なので、飛行の出来る上級者しか渡れないのだがな。それより、どうするのだ」
「う、うん……」
 ロミアは、考えを巡らす。
 ガーザに戻れば、ファレスがいる。しかし、事は一刻を争う。ガーザに戻っていたら、ライザの命が危ういかもしれない。
「ナーサスに案内してくれる?」
「わかった。その男は私が背負って行こう。お前では、背が低すぎる」
「ありがとう、ブルーム」
 ロミアは、ライザをブルームに渡した。
 すると、ライザが微かに動いた。
「う、うう……ユ……キ…………」
「ライザ……」
 ロミアの胸がキュッと締め付けられた。
 ライザが好きなのは、ユキなのだ。
 でも、でも……
 僕はライザの為に生きる。
 そう決心したのだ。あのサイマン跡地で……
 
 
 
「ねえ、ブルーム」
「何だ?」
「あなたは僕達の味方になってくれるの?」
「……私はそう思っているが。お前は違うのか?」
「ううん、そんなことないよ」
「お前がいなかったら、私はラスタに殺されていたんだからな。それに、反アトラスと言う考えは同じようだしな」
「うん」
「それに、この男に興味を持った」
「えっ!」
 ロミアは、ブルームを見る。
 まさか、ブルームもライザのことが…………
「そろそろ見えて来たぞ!」
「う、うん……」
 
 ロミアはどうも落ち着かなかった。
  

続く