4.ガーザ突入!/

 
            
 
「何でこんな所にガーザ軍の基地があるんだ?」
 ライザは首を傾げる。
 カイバル峠を越えてから半日、そろそろ日も暮れかけていた。
 その時、現れたのがこの基地だった。突然高い壁がライザ達の行く手を塞いだのだ。
「ここは、ガーザ北監視所よ。まあ、いわゆる国境警備隊のようなものね」
「でも、国境は随分東の方だったじゃないか」
「それは、カイバル峠の近辺では十分な施設が建てられなかったのと、ガーザ軍の主力が鉄騎隊だからよ」
「ふうん、やっぱりガーザサイドのことは何でも知ってるんだな」
「一応、王女だったしね」
 ユキは寂しそうに答えた。
 そんな彼女を見て、ライザはそっとユキの頭を撫でてやった。
「…………」
「大丈夫、僕が必ず炎の魔人とかいう奴を倒す。そして、この無意味な争いをやめさせるんだ!」
「ライザ……」
 ライザはいつになくやさしかった。
 ユキが好きだから?
 それとも彼女にリースの面影を見いだしているからなのだろうか?
 それは彼のみが知ることである。
 
 
 
 二人は夜が更けるのを待っていた。
「さすがに明るいうちに忍び込むのは難しいからね」
「誰に言ってるの、ライザ?」
「いや、ちょっと読者に解説を……」
「?」
「しかし、ほんとに強烈な壁だよな……万里の長城かここは!」
「何それ?」
「まあ、簡単に言うと西暦年号があった時代の最大の壁かな……」
「よくそんな何世紀も前のこと知ってるね」
「魔王を倒してから、どうしても知っていなければならない気がしたんだ。過去のことを……」
「過去?」
「そう、恐怖の大魔王が現れた時のことだよ」
「恐怖の大魔王か……」
 数百年前、突如として現れた恐怖の大魔王。今では、隕石に乗ってやって来たと言われている。だが、それが真実かどうかは定かではない。一説では核の冬の結果であるとか、細菌兵器の濫発であるとか、諸説さまざまであるが確かなものは何も無い。
「でも、その当時の記録は全然ないんだ。あるのは、隕石が落ちる前の時代のものばかりだ」
「記録している状況じゃなかったじゃよ」
「うん、僕もそう思う……って誰だお前は!」
「きゃっ!」
「こら、儂のことを忘れたんかい!」
「ま、まさかその腹立たしい声は……カラス!」
「ファレスじゃ、ファレス!『ス』しか合っとらんて」
「そうだったか……」
「そうじゃわい!」
「だ、誰なの、この怪しいじいさんは?」
「ユキ、油断するなよ。このじじいは、毎晩若いおなごをひっかえとっかえ手込めにしては……」
「しとらんわい!」
 じいいいいいいいいい……
「お嬢さん、そんな目で見ないでくれ!わしは無実じゃよ……」
「仕方ないな……そういうことにしておいてやるか」
「お主が言うな、お主が!」
 
「所でなんであんたがここにいるんだ? まさか、のぞきの趣味があったのか!」
「ないない」
「じゃあ、どうしてここにいるんだ?」
「ちょっとガーザ内で不穏な動きがあると小耳に挟んだものでな」
「じいさん、なんでそれを!」
 ライザとユキは驚く。
「儂は何でも知っておるからな……ふぉっふぉっふぉっ!」
「不気味な笑い方するな!」
「オホン、ともかくじゃ……最近ガーザ一帯の魔導磁場がかなり乱れているのじゃ。ナーサスからでもはっきり感じられる程だ」
「じいさん、ナーサスに行っていたのか」
「そうじゃ、あの国には儂の知り合いが多くてな。アナトリア=クーデタの件について色々と話合っておったのだよ」
「そういえば、じいさんは元ナーサスの神官だったんだものな。ん……まさかあんたは、ナーサスのスパイなんじゃ……」
「違うわい! 儂はライア王国とナーサス帝国の友好を深める為に頑張っておるのじゃ!」
「勝手なことを……」
「お主に言われたくないわい! ……そういえば、あのソバージュのお嬢ちゃんはどうしたんじゃ?」
「…………」
 その途端、ライザは黙り込んでしまった。
「何じゃ、いじめたりでもしたのか? これじゃから最近の若い者は……」
 ファレスがライザを煽る。
 ビシッ!
「なっ……」
 突然ユキは、ファレスの頬を叩いた。
「ユキ……」
「あなた、事情も知らないでよくそんなことが言えるわね! ライザは、ライザはすべてを捨ててまでしてここに来てくれたのよ……それを……」
「……す、すまん。度が過ぎた」
 重苦しい空気が流れる。
「……いいよ、別に。僕の意志でユキと一緒に行くと決めたんだから……」
「勇者殿……」
 
「それより、じいさんは炎の魔人を思う?」
 話を切り出したのは、ライザだった。
「五分五分と言った所じゃな」
「僕もそう思う。確かに魔王亡き今、魔人が出て来るなんておかしい」
「うむ、アナトリアの手先やもしれぬな」
「二人ともそう言うけど、あの魔力はとても人間に出せるものじゃないと思うわ。世界最強のガーザ軍が全く歯が立たないのよ?」
「う〜ん」
 どうも、納得の行く答えが出ない。
「……どちらにせよ、僕は炎の魔人を倒すと決めたんだ。じいさん、協力してくれるか?」
「どうする気じゃ?」
「それはね……」
 
「結局儂がおとりかい!」
「ま、そういうこと。僕の為に死んでくれ!」
「誰が、死ぬか」
「そうだよな、じいさんを殺すのは僕って決まっているものな」
「(こ、こいつ……)」
「それじゃ、生きていたらまた会おう!」
「あ、おいっ!」
 バッ!
 ライザとユキは姿を消してしまった。
「やれやれ、とんだ役を押しつけられたものじゃな……仕方ない。ひとつ暴れてみるとするかのう」
 ファレスは手のひらに魔力を溜めると、一気に爆発させた。
 
 ドオオオオオオオオオオン!
 
「お、じいさんの奴、ちゃんとやってくれたみたいだな」
 ライザとユキは、ファレスがぶち破った壁の穴から中へと侵入していた。
「見事な陽動作戦ね。ガーザ兵がみんな出払っちゃってる……」
 なるほど確かに、爆発の起こった場所にみんな集まっているようだった。
 ファレスが今、奴らと戦っているのだろうか。
「まあ、じいさんは捨て駒だからな。これだけ役に立てれば本望だろう」
「そ、そうなの?」
 んな訳あるかい!
「ん、今何か幻聴のようなものが……」
「気のせいよ。それより、急ぎましょう。いつ気付かれるかわからないわ」
「そうだね」
 ライザとユキは、監視所の中を南に向かって走り出した。
「ガーザ国内に入れる道がこの先にあるのか?」
「そうよ。ほら、あそこに建物が見えるでしょ? あれを通過すれば、本国に入れるわ」
「まさか、あれって関所みたいなもの?」
「そう、あそこには多分――」
 カッ!
「な、何だ!」
 突然、二人の周りが明るくなった。いや違う、ライトが当てられたのだ。
 そして、その方向から数人の兵士を連れた男が歩いて来た。
「こんな所におられましたか、ユキ王女」
「あ、あなたは!」
 ユキの顔が真っ青になる。
「ど、どうしたんだよ、一体……こいつは誰なんだ?」
「ほう、ユキ王女、また新しいレジスタンスを発掘なさったのですか。まったく、大王様が嘆いておられますよ」
「黙りなさい、左将軍!」
「えっ!」
 ライザは驚いて奴を見た。
「……あなたがここにいるってことは、まさか!」
「ほう、察しがいいですね、ユキ王女。その通りですよ。既にマリンブルーに第二部隊を送っています」
「そ、そんな……」
「じゃあ、ロミアやマーブル達はどうなったんだよ!」
「さあ? ユキ王女以外の雑魚には用はありませんからね。皆殺しになっているかも……」
「!」
「おや、何ですか、その顔は? そもそもユキ王女、あなたが大人しく生け贄にならなかったせいなんですからね。レジスタンスなど組織して大王様に逆らうなんて……」
「右将軍は何処にいるの!」
「奴ですか? あいつも馬鹿な奴ですよ。諜報などしたりしたから、あんな目に……」
「ま、まさか……」
「わたくしの鉄器隊に滅多刺しにされましたよ。わたくしはやめろと言ったのに、全然言うことを訊かない奴らで……」
「そんな……」
 ユキは膝を付いた。瞳は涙で潤んでいた。
 それを見て、ライザは一歩前に出た。
「おや、何か文句でもあるのかね? クズ野郎の分際で……」
 ザザザザザザザン!!
「な……に…………」
 ドサッ……
 一瞬にして左将軍の首が落ちた。
「ひいいいい!」
 後ろにいたガーザ兵は恐れおののく。
「さっさと僕の目の前から消えるんだ。僕が理性を保っているうちにな!」
「う、うわあああああ〜!」
 ガーザ兵達は一目散に逃げて行ってしまった。
「ライザ……」
 
 ライザはユキの方に振り返った。
「……大丈夫だったか?」
「…………」
「どうしたんだよ。もしかして、今の僕を見て引いたのか?」
「ううん、そんなことない」
 ユキはそっとライザに寄り掛かった。
「ユキ?」
「ごめん、少しだけこのままでいさせて……」
「……わかった」
 すると、顔を伏せているユキからすすり声が聞こえて来た。
 やはりショックだったのだろう。右将軍が死んだことを知ったから。
 
 しかし、気がかりなことが出来てしまった。
 マリンブルーの砦にいるロミア達のことだ。うまく逃げられたのだろうか。
 ライザ自身がかなりマリンブルーを潰してしまっている。あの状態でガーザ第二部隊に立ち向かえるのだろうか?
 だが、もう引き返すことはできない。ガーザ本国はもう目の前まで迫って来ているのだ。
 
 
 
 
 
 
           
 
 ライザとユキが、ガルテ草原を過ぎた頃には、すっかり日が高くなっていた。
 北監視所から丁度二十キロ程南に来ただろうか、ついにガーザ城下町が見えて来ていた。
「あれが、ガーザ城か……」
「一ヶ月ぶりに見た気がする」
「炎の魔人とやらが現れなければ、こんなことにはならなかったんだよな……」
 そう思うとやはり悲しい。
 しかし、一体炎の魔人とは何者なのであろうか。
「それが今日わかるって訳だ」
「誰に向かって話しているの?」
「いや、読者にちょっとね」
「?」
 ライザが解説に首をつっこむので、何ともやりにくい。
「ナレーションは余計なこと言わないの」
 ぐっ……
 
「ライザ、止まって!」
「えっ!」
 突然、ユキに腕を掴まれた。
「一体どうしたんだ? ここから城下町に入るんじゃないのか?」
「普段ならそうだけど……左将軍の部下達がおじい様に報告しているに違いないわ」
「……そうか、入った途端に一気にやられる可能性があるんだな?」
「そう」
「ん〜、こんなことなら左将軍を人質に取っておいた方が良かったのかな?」
「過ぎたことをとやかく言ったって仕方がないわ。さ、ここから城下町に入りましょ」
「ここって……」
 ライザは立ち尽くす。
「ここって、トイレなんですけど……」
 どう見ても、公衆便所である。しかも女子トイレだ。それ以前に誰がこんなところにトイレを作ったのだろうか!
「この女子トイレは、ガーザ城へ通じる秘密の抜け道なのよ」
「う〜ん、考えたものだね……」
「さ、ついて来て」
「…………」
 ライザは黙ってユキの後をついて行った。
 
 ユキは、入ってから三つ目のトイレに入った。
「見てて」
 壁のタイルをひとつ押した。
 ゴゴゴゴゴゴ……
 突然壁が開き出した。
「す、すごい……」
 ライザは驚きを隠せない。あっという間に、抜け道が現れた。
「行きましょ、ライザ」
「う、うん……」
 しかし、何でもアリだな、この小説……
 
 数分程狭い道を進んで行くと、明かりが見えて来た。
 前を見ると、ユキに蹴られそうなので下を向いて歩いていた。
 しかし、それがホワイトなら何のお構いもなしに見ていただろう。
 やっぱり、ライザにとってユキは特別な人なのだろうか。
 ライザ自身、まだ半信半疑だった。
 でも、今は、ホワイトとロミアを置いて出てきた今は、ユキの為に命を張ろうと思っていた。
「ライザ、出口よ」
「うん」
 二人は、抜け道を出た。
 すると、また女子トイレであった。
「この為に作った訳ね……」
 ライザはため息を付いた。
 
 二人は、ゆっくりとトイレから出た。
「よし、誰もいないな……よかった、変態扱いされたら泣きそうな所だったよ」
「だから女子トイレに作ったのよ。兵士達もここなら入ろうとは思わないでしょ」
「甘いな!」
「えっ!」
 ユキは驚いて振り返った。
「あ、あなたは!」
 ユキの顔色がみるみるうちに変わっていく。
「だ、誰なんだよ、こいつは……?」
「大将軍……」
「えっ!」
「そう、俺が大将軍ロマニカだ。反逆者ユキ! 貴様がここから来るとは予測がついていたさ」
「そ、そんな……」
「左将軍を始末したのは貴様か、伝説の勇者!」
「ど、どうして僕のことを知っているんだ!」
「初めから知っていたさ。左将軍には言っていなかったが、マリンブルーには俺直々のスパイが潜り込んでいてな。すべて筒抜けだったって訳さ」
「そ、そんな……」
「しかし、あれだねえ、伝説の勇者がここまで落ちぶれるとはほんと情けないな」
「ぐっ……」
 ライザの胸が締め付けられる。
「大将軍!黙りなさい!」
「何言っているんだ、ユキ……貴様はもう王女なんかじゃないんだぜ」
「えっ……」
「大王は、貴様を正式に反逆者とみなしたんだよ。そして俺がこの国を継ぐんだ」
「何を馬鹿なことを言っているの!」
「いい加減にしな。貴様は大王に見捨てられたんだ。後継者がいない今、第一位の座に立つ俺にその権利が回って来るに決まっているではないか」
「…………」
「ついでだから、言って置いてやろうか?ガーザ王は本当に戦死したと思うかい?」
「まさか!」
「そう、俺が魔人との戦いの混乱の中で奴を殺してやったのさ」
「!」
「あの時はみんな大パニックだったからな……誰一人見ていなかっただろうがな」
 ユキはガクリと膝を折った。
「そ、そんな……そんな……」
 その声はちゃんとした言葉にもなっていない。
「じゃあ、今回のことはすべてお前が仕組んだことなのか!」
「まあ、そういうことになるな。老いぼれの大王はすぐあの世へ行くとして、後は貴様を魔人に突き出すだけなんだよ、ユキ」
「はっ!」
 その途端、ライザとユキの周りに重曹兵が現れた。
「俺の部隊はへなちょこの左将軍のとはひと味違うぜ。やれ!」
 !
「はあああああ!」
 重曹兵五人が同時に襲いかかって来た!
「クリスタルソード!」
 カキイイイイイイン!
「くらえ!」
 ライザは攻撃に入る。
 パキンッ!
「そ、そんな馬鹿な!」
 なんと、ライザのクリスタルソードが折れてしまった。
「こ、この剣は魔王を倒す前からずっと使って来た剣なのに……」
「ハハッ、お生憎様だな。俺の部隊の鎧はみなオリハルコンで出来ているのさ。さあ、死の恐怖を味わうがいい!」
「!」
 すると、今度はロマニカ自身が飛び掛かって来た。
「は、早い!」
 ザン!
「ぐっ!」
 ライザは何とかかわしたものの、左腕を軽く斬られてしまった。腕に激痛が走る!
「ほう、なかなかやるじゃないか。さすが伝説の勇者……」
「こ、こいつ、本当に強い……」
 ライザの額から汗が零れた。
 
 「ぐはっ!」
 ライザはロマニカに弾き飛ばされた。
「ライザ!」
 ユキが慌てて駆け寄る。 
「おっと、ユキ、貴様は他人の心配してる余裕があるのかあ?ふんっ!」
「きゃっ!」
 ボゴッ!
 ユキはトイレの壁にめり込んでしまった。
 ぐったりと項垂れる。
「ユ、ユキ……」
「さて、そろそろ死んで貰うか……」
 ロマニカがユキのもとに歩み寄る。
「ま、待て……」
「ん?」
 ロマニカが振り返ると、ライザがオリハルコンの剣を構えて立っていた。
「ほう、俺の部下から奪ったって訳か……」
 ライザの側には、折れたクリスタルソードの刺さったロマニカの部下が倒れていた。
「用は、狙い目さ。いくらオリハルコンの鎧で身を包んでいようとも、必ず空いている所はあるんだ!」
「さすが勇者……だが俺はそう簡単には倒せないぜ!」
 バッ!
 ロマニカがライザに飛び掛かる!
 ガキィィィィン!
 剣と剣が互いに激しい音をあげる!
「くらえ、『サンダーアロー』!」
「えっ!」
 ズドドドドドオオオオオオオン!
 ライザはロマニカの魔法の直撃を受けてしまった。
「う、うう……」
 ライザは完全に右腕をやられていた。ひどい火傷である。
「さあて、これで終わりのようだな」
「く、くそ……」
 ライザは悔しかった。
 僕は、また守りたいと思った人を守れないのか……?
 ライザは壁にめり込んだまま気を失っているユキを見た。
「死ねぇぇぇ!」
 
 
 ごめんな……ユキ…………
 
            

続く