3.勇者を捨てる日/

 
           
 
「三人になると、何か賑やかだよな」
「そうですか?」
 皿うどんを食べているホワイトの口調は重い。
「ホワイトはそう思わないの?」
「私は勇者様と二人旅の方がよかったです」
「なんで?君はロミアが嫌いなのか?」
 ライザは、ロミアの方を見た。
 ロミアは小鳥に餌をあげていた。小鳥と戯れる彼女は何か可愛らしい。
「ライザ、僕に何か用?」
 向こうもこちらに気付いたようだ。
「別に何でもないよ、ロミア」
「ふうん、わかった」
 そう言うと、ロミアは再び餌をあげ始めた。
 
 宿屋のおじさんが飼っている小鳥が、すっかりロミアになついてしまっていた。
 それもそのはず、もうこの村に二日も滞在しているのだ。
 と言うのは、
「船がなかなか来ないからなんだよ」
「……って誰に解説してんだ、ロミア!」
「読者さんが知りたがっていたから……」
「そんなのはナレーターに任せておけばいいんです!」
「ねえライザ、何かホワイトがコワイよ」
「今日はアレの日だからだよ」
「違います!」
「じゃあ皿うどんに七味一瓶仕込んでおいたからか?」
「そんなことしてたんですか! 何か変な味がすると思ったら……って違います!」
「普通食べる前に気付かんか?」
「……って何の話をしてるんですか!」
「ホワイトのアレの話……」
「いい加減にしなさい!」
 ゲシゲシッ!
「た、頼むから足蹴だけはやめてくれ……」
「大丈夫、ライザ?」
 倒れたライザにロミアが駆け寄る。
「あ、ありがとロミア。君はほんとやさしいね」
「ふふっ」
 ムカッ!
「あれっ、今何か効果音が聞こえたような……」
「勇者様のバカ!」
 バシイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
「ぐはっ!」
 ライザは宿屋の壁にめり込んだ。
 二千五百のダメージ!
「い、一体何なの……(ガクッ)」
 その日、ライザは殉職した。
「……って勝手に殺すな!」
 
 
 
 その日の夜、ナーサス行きの船がこない理由が解った。
 宿屋の主人が掴んだ情報によると、マリンブルーと呼ばれる海賊のせいらしい。
「困ったな……そのマウンテングリーンだっけ?」
「マリンブルーです!どうやったらそう聞き間違えるんですか!」
「ん〜わからん」
「も〜事態は切実なんですよ、もう少し自覚してください!」
「何の?」
「勇者としての自覚です!」
「自覚ねえ……」
「ライザは何年勇者やってるの?」
 ロミアが話に入ってくる。
「えーと、もう五年になるな……」
 ライザは昔を思い出すかのような口振りで答えた。
 
 五年……
 五年か……
 あの時、僕は……
「ロミア、勇者様は一人で魔王を倒したんですからね」
「…………」
「どうしてホワイトが自慢するの?」
「うっ……」
「別にホワイトが一緒に戦った訳でもないのに……」
「ううっ……」
 ホワイトはウルウル顔になっている。
 どうやら悪気のないロミアの言葉に負けてしまったらしい。
「どうしたの、ライザ?」
 ロミアはライザの顔から何かを感じ取ったようだ。
「……えっ、何が?」
 ライザははっと我に返って答えた。
「……ううん、なんでもない。気にしないで」
 ロミアは思い出したのだ。
 それが何であるのかはわからない。
 しかし、初めて会った時に感じたのだ。ライザが自分と同じく、つらい過去を背負っているということを。
 
「私は早くロスタリカに行きたいんです!」
 立ち直ったホワイトが力説する。
「やっぱり両親のことが心配だよな」
「ホワイトの両親はロスタリカにいるの?」
「そう、だからホワイトは僕と一緒に行動してるんだ。もともと僕の役目はアナトリア=クーデタを鎮めることだからね」
「そうだったんだ……だからホワイトはライザと旅してたんだね。てっきり僕はライザのことが好きだから……」
「?」
「ちょ、ちょっと!」
 ホワイトは慌ててロミアを引っ張って行った。
「な、何言ってるのよ!」
「だってええ……」
「だってもヘチマないの! 勇者様に聞こえちゃったらどうするのよ!」
 ライザは、訳が分からないと言った顔でこちらを見ている。
「でも、やっぱりライザのことが好きなんだね」
「……あ、あなたはどうなのよ」
「僕はライザが好きだよ、大好き!」
「!」
 ホワイトは、恥ずかしげもなく答えるロミアに驚いた。
「だから決めたんだ、ライザの為に戦おうって……復讐なんかの為に戦ったって悲しいだけだもんね。だったら好きな人の為に戦う!」
「ロミア……」
 ホワイトは、ロミアの決意に胸を打たれた。
「ホワイトは僕の恋敵だね☆」
 そう言うと、ロミアはライザのもとへと戻って行ってしまった。
「…………」
 
「僕、マリンブルーについてなら少し知ってるよ」
「本当か?」
「うん。だって僕は、サウスナーサス港からこの大陸に渡って来たんだもの。情報は小耳に挟んでいるよ」
「そういえば、そうだった」
「奴らはここから海岸線に沿ってちょっと西に行った所にあるカイバル峠を拠点としてるんだ」
「あれ、マリンブルーって海賊じゃなかったか? どうして峠に拠点が……」
「作者の設定ミスじゃないの?」
 違うって……
 実は、奴らは海賊だけでなく、山賊もやっているのである。
 マリンスポーツのシーズンになると海賊に、紅葉狩りの季節になると山賊になるのである。時には、サービス業もやってるらしい(謎)。
「あのじいさんが考えそうな設定だな」
「あのじいさんって?」
「違います!」
「いいかロミア、ファレスと名乗るじいさんには気を付けろよ。奴は、夜中に女の子にイタズラするからな」
「こわーい」
「絶対しません!」
「あれ、ホワイトが被害に遭ったんじゃなかったのか?」
「そうなの?」
「遭ってません! それにロミアもこの人の話をまともに訊かないの!」
「う〜ん……」
「もういいから、早く本題に入ってください」
「分かった……もしかして奴らもアナトリア=クーデタに呼応しているんじゃないのか?」
 ホワイトはライザの意見に同意した。
「私もそう思います。ここカイン村とサウスナーサス間の船を片っ端から襲っているようですし……船を出して貰うには、マリンブルーを何とかしないと駄目だと思います」
「遠回りになるけど、それしかないか」
 とにかく、海賊マリンブルーを何とかすることになった。
 
 
 
 カイバル峠。
 ここサード大陸でも一番の険しさを誇る峠である。旧サイマンとガーザ帝国の国境線にある為、交通の要所としても重視されている場所であるが、なぜここにマリンブルーがいるんだ?
「ほんと謎ですね」
「……って誰に答えてるんだ、ホワイト?」
「そういえば……」
「あ、あれじゃないかな?」
 ロミアが示す方向を見ると、確かに秘密の隠れ家らしきものがある。
「……って、思いっきり看板が立ってるんですけど」
 『おいでやすマリンブルーの隠れ家へ☆』と立て看板がある。
「一体何処が秘密の隠れ家なんだ?」
 
 その時だった。
 ライザは隠れ家にある塔に女性がいるのを見つけた。
「リ、リース!」
 知らぬ間にそう叫んでいた。
「えっ……」
 しかし、その女性はライザに気付くことなく、中へと入って行ってしまった。
「リース、生きていたのか! そうか、ここの連中に捕まっていたんだな」
「一体どうしたんですか、勇者様?」
 明らかにライザの様子がおかしかった。
 かなり興奮している。
「今そっちへ行くから!」
「あっ! 待ってください!」
「ライザ!」
 ライザは、ホワイトとロミアを置いたまま一人中へと入って行ってしまった。
 
「リース、リース! 一体何処にいるんだ!?」
 ライザの声が山にこだまする。
 当然、マリンブルーの奴らがライザの侵入に気付いた。数人のマリン兵が駆け寄ってくる。
「お前は誰だ!」
「よくも、よくも、リースを――!」
「何のこと――グハッ!」
 瞬時にマリン兵が真っ二つになった。ほんの数日前、人を斬ることを恐れていた彼ではない。
「て、敵襲だああああああ!」
 他のマリン兵の声が響きわたった。
 あっという間に二、三百程の兵が集まって来た。
「なんだ、邪魔する気か?」
 クリスタルソードを構える。
 常識から考えれば、無茶な戦いである。
 しかし、そんなことは今のライザには関係なかった。
 
 マリン兵の声はライザの後を追ってきたホワイト達にも聞こえていた。
「ライザ、無茶しすぎだよ……何があったんだろ」
「いいから勇者様のバックアップに回って、ロミア!」
「うん!」
 ロミアは、ライザの背に立った。
 一方ホワイトは、マリン兵の後方から『ウォータークラッシュ』をお見舞いした!
 バシュウウウウウウウウウ!
「うわあああ!」
 後方のマリン兵は一掃され、統率が崩れる。
 その混乱に乗じて、ロミアが『静止の調べ』を奏でる!
 ポロロン。
 ズザザザザザザザザン!
 動きを止められたマリン兵は、瞬時にクリスタルソードの餌食になった。
「ここは任せる!」
「えっ、勇者様!」
 ダッ!
 ライザは残りのマリン兵を飛び越えると、塔に向かって走り出した。
「勇者様……」
「ホワイト、集中して!」
「わ、わかったわ」
 ホワイトはライザの背中を見送った。
 ライザは塔に入ると、全速力で階段を駆け上った。
「そうか、生きていたんだな……リース…………」
 時々そう漏らしていた。
 
 
 
 そろそろあの女性がいたと思われる階に来たと思ったら、誰かが待ち伏せていた。
「どいて貰おう、僕はこの上にいる人に用があるんだ」
「俺はマリンブルーの頭マーブルだ。我が名に賭けても、貴様は通さん!」
 随分適当な名前である。
「ほう、あんたが頭なのか……あんたを倒せば残りの奴らは総崩れになるな……はっ!」
 ガキイイイイイイン!
 クリスタルソードとマーブルの斧が激しい音を上げる!
「はあああああああ!」
 ブンッ!
「甘いね!」
 ライザは斧をさっとかわすと瞬時にマーブルの頭上に現れた。
「僕を誰だと思ってるんだ!」
「なにい!」
 ザザザン!
 クリスタルソードは、斧を砕いてマーブルの体を切り裂いた。
「な、なんて破壊力だ……」
 マーブルは膝を付いた。
「今、楽にしてやる」
 ライザはクリスタルソードを振りかざした。
 
 その時だった。 
「『フリーズアタック』!」
 ピシイイイイイイイ!
 右手ごとクリスタルソードが凍り付いた。
 そして、何者かがライザの前に立ちはだかった。
「やめなさい!」
「リ、リース!」
 なんと、それはあの女性だった。
「どうして止めるんだ、リース! こいつらは君を……」
 ビシッ!
「えっ……」
 その女性は、ライザの頬を叩いた。
「どうしてこんなことしたの!」
「リ、リース……」
「リース? あなた私を誰かと勘違いしてるわね」
「えっ!」
「私はユキ=ガルテリア。よくもマーブルを!」
 ユキは手のひらにエナジーを溜め始めた。
 それを訊いてライザはガクガクと震えだした。
「リ、リースじゃないのか……そ、そんな……」
 カランッ!
 ライザはクリスタルソードを落とした。
 
 
 
 
 
 
 
 

           
 
「はっ!」
 ライザは飛び起きた。
「こ、ここは……?」
 辺りを見回す。
 雰囲気からして牢屋のようだ。どうやらマリンブルーの奴らに捕まったらしい。
 一体あの後どうなったのであろうか。
 全く記憶がなかった。
「気が付いたようね」
「えっ……」
 ライザは声のした方を見た。
 そこにはユキが立っていた。
「き、君は……」
「まさか私の魔法弾をまともに食らうなんて思わなかったよ。死んだかと思った」
「…………」
 ライザはじっとユキを見つめる。
「何? 私の顔に何かついてる?」
「…………」
「まあいいわ、さっさと牢から出なさい。あなたには色々と訊きたいことがあるから」
「…………」
 ライザは無言のまま牢を出た。
 
          〜〜〜
 
「どうしよう、ライザが捕まっちゃったよ……」
 ホワイトとロミアは隠れ家から少し離れた所にいた。
 ライザが捕まった為、一時撤退したのである。
「あの勇者様がミスをするなんて……やっぱり今日はおかしいよ」
 ホワイトは隠れ家の方を見ながらそう答えた。
「ねえホワイト、リースって誰なの?」
「私にも解らない。一体どうしたんですか、勇者様……」
 今の二人には、ここで様子を窺うことしか出来なかった。
 
          〜〜〜
 
「あなた、名前は?」
「……ライザ」
「えっ、何処かで訊いたような名前ね……はっ!」
 ユキはライザの顔を見た。
「まさかあなたがライア王国を救った伝説の勇者なの!?」
「……ああ」
 ライザは無機質な返事をするばかりだった。
「勇者が罪もない人々を襲うなんて、世の中も腐ったものね」
「……ちがう」
「じゃあ何なのよ! いくらマリンブルーが海賊だからと言って悪さをしている訳じゃないわ! 私たちは義賊として不当に稼ぎを行なっている商人や権力者を襲っては、貧しい人々に分け与えているのよ!」
 ユキはかなり怒っているようだ。
「ごめん……」
「ごめんで済むと思っているの! あなたと逃げた仲間は、マリンブルーをほぼ壊滅させたのよ!」
「……君を僕の大切な人を間違えたんだ」
「?」
「あいつが君達に捕まっていると勘違いして我を忘れていたんだ……」
「リースとか言う人のこと?」
「……そう。本当はカイン村・サウスナーサス間の船を襲わないように頼みに来たんだけどね」
「あなた、ナーサスに行くつもりなの?」
「僕はアナトリア=クーデタを鎮める為に旅をしているんだ。でも、もうどうでもよくなったよ……僕を殺すならさっさと殺してくれ!」
 ライザは自暴自棄になっていた。勘違いだったことがそこまでショックだったのだろうか。
「ナーサスを経由してロスタリカに行く気だったのか……」
「…………」
「わかったわ、特別に逃がしてあげる」
「えっ……」
「ほんとなら今すぐにでもあなたを殺してやりたい位だけど、今あなたを殺すのは有益ではないわ。アナトリアに対抗する大切な人材のようだし」
「…………」
「今日はここで体を休めて行きなさい。あなたの仲間も今ここに招待するから」
「……あ、ありがとう」
 ライザは、ユキのやさしさに戸惑ってしまった。
 
 
 
「勇者様〜!」
 ライザのもとに来たホワイトは、ライザに飛び付いた。
「ど、どうしたんだよ、ホワイトらしくないな……いつものようにエッチなことでもしてくれよ」
「はい! じゃあ……ってそんなことしてません!」
「やっといつものホワイトらしくなったな……」
「もう……勇者様のバカぁ」
「ライザ、僕も随分心配したんだよ」
「ごめんなロミア、心配かけて……」
「あまり無茶はしないでね。ライザに何かあったら僕は……」
「わかったよ」
「勇者様、二人でいい感じ醸さないでください!」
「えっ、そんな風に見えるのか?」
「はい」
「仮にそうだとして、どうしてホワイトが怒るんだ?」
「そ、それは……」
 ホワイトは俯いてしまった。
「ライザって以外と鈍感なんだね」
「?」
「でも、よかったね。明日はカイン村・サウスナーサス間の船を襲わないって約束してくてたんでしょ?」
「そうそう、だから明日にはファース島に渡れるぞ、ホワイト」
「はい! ……ああ、お父様、お母様、待っててくださいね!」
「じゃあ、今日はもう寝よう」
「そうですね」
「ホワイト、一緒に寝ようか?」
「ね、寝ません!」
「なんだあ、エッチなことしようと思ったのに……」
「し、しません!」
 今日は妙に動揺しているホワイトだった。
 
 
 
 「んん。やっぱり寝付けない。……少し風にでも当たるか……」
 ライザは外に出て来た。
 空には星が一面に輝いていた。
「リース。君はあの時、確かに死んだんだよな。そうだよ、生きてる訳がないじゃないか。それなのにあんなに取り乱したりして、僕って最低だな……」
 星を眺めるライザは何処か寂しげだった。
 
 暫く辺りを散歩していると、誰かが湖の側に座っているのが見えた。
「誰だろ?」
 もう少し近づいてみると、それはユキだった。
「こんな時間に何してるんだろ? おーい、ユ……はっ!」
 その時、ライザは止まってしまった。
 ユキが瞳に涙をいっぱい溜めていたのだ。その横顔はとっても美しかった。
「あなたは……」
 ユキもライザが来たことに気付いたようだ。慌てて涙を拭う。
「隣いいかい?」
「ええ」
 ライザはユキの隣に腰を下ろした。
「どうしたの、こんな時間に……」
「それは僕のセリフだよ」
「ちょっとね……」
「なんか辛いことでもあるのか?」
「別に何にもないよ」
「夜中にこっそり泣いている位なのに、何でもないことはないだろ」
「…………」
「……よかったら、訳を話してくれないか? 僕に出来ることなら協力するから」
「見ず知らずにあなたなんかに話せないわ」
「気になるんだよ!」
「えっ……」
 ユキは、ライザの顔を見た。ライザと目が合う。
「リースに似ている君が苦しんでいるのがイヤなんだ。あいつが苦しんでいるみたいで……僕はあいつが好きだったから。なのに何も出来なくて……ただ彼女が死んでいくのを見ているだけで……」
「……ほんとに好きだっただね、その人が」
「ああ。だから僕は勇者を続けてきた。あいつが帰ってきた時に、あの頃のままで迎えたいから……」
 その顔は本当に寂しげだった。
「わかったわ、話してあげる」
「ありがと」
 
 ユキは湖に映る自分の姿を見ながら話し始めた。
「信じられないかもしれないけど、実は私、ガーザ帝国の王女なの」
「えっ!?」
 ユキの突然の告白に驚く。
「他の国の人は知らないと思うけど、ガルテリアと言えば、ガーザ王家の血統を示しているわ」
「でも、王女様がどうしてこんな所に?」
「あまり王女とか呼ばないで!」
「ごめん……それじゃユキでいいか?」
「うん、その方がいいわ」
「……それで?」
「私、おじい様に命を狙われているの」
「なっ! どうして実の孫じゃないのかよ!」
「そうよ、でも私は生け贄として選ばれたの」
「何だよ、そんな風習でもあるのかよ! そんな馬鹿らしい風習は――」
「風習なんかじゃないわ」
「えっ!」
「……ここからは国家機密になるんだけど、今ガーザ帝国は炎の魔人の脅威にさらされているの。アナトリア=クーデタの波及を恐れて鎖国しているとは表向きのことで、本当は炎の魔人の脅威にさらされている状況を他国に知られたくないからなのよ」
「そんな事実があったのか……しかし、その炎の魔人とは何なんだ?」
「分からないわ。一ヶ月程前、突然ガーザに現れたの。ガーザ軍の主力は一日も経たないうちに壊滅させられたわ。奴の魔力は桁違いなのよ!」
「一ヶ月前か……」
「奴の要求は、ガーザ王であるお父様の命だった。でも、お父様はあの日、戦いの指揮を執っていて……」
「そうか……」
 ライザの顔が暗くなる。
「だから代わりにおじい様の命を要求して来たのよ。でも、おじい様はそれを拒んだ。そして、代わりに私を引き渡そうと考えたの」
「どうして?」
「魔人はガーザ王家の血を引く者の命を欲しがっているみたいなの。どうしてかは解らないけど……」
「…………」
「私は観念して生け贄になろうと決心したわ。でも、すぐにレジスタンスが起こったの。そのメンバーには、右将軍や私の乳母などが参加していたわ。レジスタンスはマリンブルーと共同戦線を結んでいたらしく、私をここの頭マーブルに預けたのよ」
「そうだったのか。僕はそうとも知らずになんてことを……」
「気にしないで。でも、確かにもうダメかもしれない。当然ながら、レジスタンスの方が勢力は小さいものね。それに右将軍ももう……」
 いつの間にか、ユキは涙をこぼしていた。その時、ライザの体は自然と彼女に伸びていた。
「ユキ……」
「えっ」
 ライザは自然とユキを抱きしめていた。
「ど、どうしたの?」
「僕は君を守りたい……」
「……それは、私だから? それとも私がリースさんに似ているから?」
「……確かに君にリースを求めていたかもしれない。でも、今は純粋に君自身を守ってやりたい」
「……ライザ……」
「何かイヤな予感がするんだ。今回の一件もアナトリアが関わっているような気がしてならない」
「えっ……」
「明日、一緒にガーザに行こう。そして、すべてを見極めよう」
「ナーサスに渡らなくていいの? あの二人が反対するんじゃないの?」
 ライザは強くユキを抱きしめる。
「僕は今日限りで勇者の名を捨てる。そして君と一緒にガーザへ向かう。過去を断ち切る為に。自分自身の心と決着をつける為に」
「……わかった……」
 
 
 翌朝、ライザは真剣な面持ちでふたりに告白をした。
「ホワイト、僕はユキとガーザへ行く。彼女はもう外で待っている」
「えっ、突然何を言い出すんですか? 冗談ですよね……?」
「僕は本気だ」
「どうして……?」
「僕はユキを助けてやりたいんだ。今はそれが自分にとっても一番の選択だと思ってる」
 ロミアが静かに訊く。
「それは僕がライザの為に戦いたいのと同じなの?」
 だが、ライザは何も答えようとはしなかった。
 ホワイトは瞳を潤ませて、叫んだ。
「そんな、そんな……どうしてですか? どうしてなんですか? 勇者様は私の両親を助けてくれるって約束してくれたじゃないですか。なのに、なのに、昨日会ったばかりのあの女と一緒に行くんですか!」
「うるさいっ!!」
「!」
 その言葉は、ホワイトの心に強く刺さった。
「今回の件が解決したら、必ずロスタリカに向かう。だから二人で先に行っていて欲しいんだ」
 ホワイトはライザの服を掴む。
「イヤです! 私は勇者様と一緒に行きたいんです! 勇者様と一緒じゃなかったら行きません!」
「ホワイト、僕はもう勇者なんかじゃない」
「えっ……」
「僕は昨日、勇者の名を捨てた。もう勇者なんかじゃないんだ!」
「そ、そんな……ゆ、勇者様のバカ――!」
 ホワイトは走って行ってしまった。
 ライザは呼び止めることもなく、ホワイトの背を見送った。
「……ロミア、ホワイトのことを頼めるかな?」
「……ごめん、それは出来ないよ」
「えっ!」
 その途端、ロミアはライザの頬にキスをした。
「ロミア……」
「僕はライザの為に戦うって決めたんだよ。アナトリアに行く為でも、ホワイトの両親を助ける為でもない」
「…………」
「でも、僕はユキの為には戦えない。だから、ここで待ってる……」
「ロミア……」
「ライザが誰を想っていようと、僕はライザを想っているから……」
「……ありがとう、ロミア」
「早く戻って来てね」
「……分かった」
 そう言うと、ライザはロミアに背を向けた。
  

続く