2.悲しみの音

 
           
 
「はあ?」
 ライザの声が辺りに響いた。
「なんじゃ、その顔は」
「……って、あんた仮にも王の奴に一緒に行けって言われたんじゃなかったのか?」
「儂はそんなこと訊いてないな……」
「そうですね。確かに『詳しいことは、ファレスに訊いてくれ』とは言ってましたけど、一緒に行けとは言ってませんでしたよ」
「……ぐっ!ホワイト、君はこのくそじじいの味方をするのか」
「あ、すみません」
 ホワイトは、はっとして頭を下げる。
「……まあ、そういうことじゃ」
「どういうことだ? 読者はまるで解ってないぞ!」
「そうですね」
「だから、儂は一緒には行かん。儂も色々と忙しいのじゃ。それとも何か? 儂がおらんと怖くてアナトリアには行けんか?」
「ば、馬鹿言うな、じいさん!」
「そうですよ、ファレス様。勇者様は伝説の勇者様なんですから……」
「じゃあ、頑張れよ。ピンチの時位は駆けつけてやるからな」
 シュン!
「あ、待てじじい!」
 ライザが止めようとしたが、ファレスはそのまま行ってしまった。
「ったく……何なんだあのじいさんは……」
「とにかく、サイマン共和国跡へ行きましょう、勇者様」
「ん、そうだな」
 二人は、仕方なくサイマン跡地へと向かった。
 
 
 
 さっさとロスタリカへ向かいたいのはやまやまだったのだが、ライア王国はサード大陸の最南端にあった。
 ロスタリカに行くには、まずサイマンの北の街からファース島のナーサス帝国に渡り、そこからロスタリカのあるフォース大陸に渡る必要があった。
 つまり、サイマン・ナーサスを経由しないと、ロスタリカには行けなかったのだ。
 
「これはあのじいさんの罠に違いない」
「どうしてそうなるんです!」
「あのじいさん、何でもアリだからな。本当は奴がこの小説書いてるんじゃないのか」
「違います!」
「いかにも作者面してたし……」
「してません!」
「ホワイト、今日は機嫌が悪いか?」
「いえ」
「んーそうか……」
「…………」
「…………」
「…………」
「なんか今日はネタがない」
「それは良かったです」
「これもあのじいさんのせいだ! クーデタ鎮めたら、あのじいさん、生かしておかんからなあ!」
 
 その時だった。
どこからともなく、竪琴の音が聞こえて来た。とてもきれいな音だ。
「ん……なんかいい曲が聞こえてくるな」
「ほんとですね」
 二人がその音に聞き入っていると、草むらから誰かが出てきた。
「君は?」
 そいつは竪琴を持っていた。頭には大きな帽子をかぶっている。姿格好からして吟遊詩人のようだ。
「さっきのはあなたが弾いてたんですか?」
「そうだよ。よかったら、一曲訊くかい?」
「……う、うん」
 すると、その少年は竪琴を弾き出した。
 さっきと同じく、美しい調べである。
「……なんか悲しい調べですね」
 ライザはなぜかそう言っていた。
「君にはそう聞こえるの?」
「……なんとなく」
「そうですか? 私にはそんな感じには聞こえませんよ」
 ホワイトはそう答える。
「でも、なんか悲しい感じがするんだ」
 すると、その少年が答えた。
「そう聞こえるのは、君が悲しい過去を背負っているからだと思うよ」
「えっ……」
 ライザはその言葉を訊いて止まってしまった。
「どうしたんですか、勇者様?」
「…………」
 それを見て、少年は竪琴を弾くのをやめてしまった。
「これ以上悲しい世の中にはしたくないね……」
 少年はそう言い残すと、歩いて行ってしまった。
「一体あの人はなんだったのかしら。ねえ、勇者様」
 しかし、ライザは暫く止まったままだった。
 
 
 
 ライザとホワイトは、サイマン宮殿にやって来た。
 ここは、ついこの間まで平和に政治が行われていた所だった。しかし、今は見る影もない。内乱で完全に潰されてしまったようだ。
「……ひどいな、これは」
 ライザは辺りを見回した。
 その表情はなんか暗かった。
「どうしたんですか、さっきから……? なんか勇者様らしくないですよ。いつもみたいに訳解らないこと言ってくださいよ」
「…………」
「なんかさっきの吟遊詩人に言われたんですか?」
「……ごめん、ちょっと向こうの方を見てくる」
「あっ、勇者様!」
 ライザはホワイトが止めるのも訊かず、歩いて行ってしまった。
「勇者様……」
 
 ライザは小さな井戸を見つけた。
「ここでいいか……」
 ライザはゆっくりとそこに腰を下ろした。
 街中が廃墟と化している中、ここだけは無事だったようだ。緑が広がっている。
「僕が悲しい過去を背負っている、か……」
 ライザはゆっくりと空を見上げた。
 北の方の空が赤く染まっていた。内乱が続いているのだろう。
 なんだか急に悲しくなって来た。涙がこみ上げて来る。
「ダメだな、僕は……独りになるといつもこうだ。昔のことを思い出して……って君は!」
 いつの間にかライザの前にさっきの吟遊詩人が立っていた。
「隣いい?」
「……ああ」
 吟遊詩人はライザの横に腰掛けた。
「一曲どうだい?」
「ああ、お願いする」
 すると、その少年が竪琴を弾き出した。
「なんか悲しい調べけれど、心が温まる気がする」
「そうか……もしかしたら君は僕と同じなのかもしれないね」
「えっ……」
 ライザは振り向いた。
「僕は大切な人を失ったんだ。だからこうして旅に出ている。何かを見つける為に……」
「何か……?」
 ボゴオオオオオオオオン!
 突然、宮殿の方から大きな音が聞こえた。
「まさか……ホワイト!」
 ライザは慌てて駆け出した。
「また始まったのか……」
 少年は空を見上げた。
 
 ライザが戻ってくると、そこにはもう宮殿はなかった。代わりに煙が立ち上がっている。
「こ、これは……」
 ライザは煙の中に入って行った。
すると、ホワイトが倒れていた。
「ホワイト!」
 ライザは慌てて駆け寄った。
「しっかりしろ、ホワイト!」
「…………」
「ホワイト!」
「…………」
「よし、今のうちにエッチなことを……」
「イヤです!」
「お、やっと気付いたな…………」
「はっ! なぜ気付いたのかしら?」
 謎である。
「それはいいとしてだ」
 ライザは顔を上げた。
 そこには、誰かが立っていた。
「あんたか、訳もなくホワイトを襲ったのは」
「ここは、我々サイマン解放戦線の土地だ。勝手に入った小娘が悪いのだ」
「解放戦線? いい名前だな。そう言ってサイマン中を荒らし回っているんだろ?」
「何を言うか! 我々の聖戦にケチを付ける気か!」
「何が聖戦だ! せっかく魔物が襲ってこなくなったのに、今度は人間同士で戦うのか!」
 今日のライザはかなり真面目だ。雨が降らなきゃいいが……
「ナレーション、うるさいって」
 
 暫くそいつとにらみ合っていると、そいつの仲間が集まって来てしまった。ざっと、二、三十人はいるだろうか……数的には圧倒時に不利である。
 更に傷を負ったホワイトがいるのだ。思うようには動けない。
「勇者様……」
「ほう、もしや貴様がライアを救ったとかいう伝説の勇者か?」
「だったらどうした!」
「これは将軍様を呼ばなくてはならないな」
「将軍?」
「将軍様をお連れしろ!」
「はっ!」
 すると、いかにも下級兵らしき男が偉そうな奴を連れて来た。
「一体どうしたのだ、サルガ」
「サイマン将軍、こやつ、ライアの伝説の勇者です!」
「ほう……」
 サイマン将軍はライザを見て笑った。
「何がおかしいんだよ!」
「いや、お前を殺せば吾輩の名声も上がるというものだ。よく来てくれたなあ、ふふ……」
「!」
 
 その言葉を訊いた途端、ライザは悲しくなった。
 なんて愚かな奴らなんだろう、そう思った。
 隕石とともにやって来たと言われる恐怖の魔王、そしてその部下の魔物達……
 ライザにとって、こういう奴らをぶった斬るのは何でもないことだった。
 しかし、今回は人間同士、そのことを改めて実感させられた気がする。
 結局一番愚かなのは我々人間……
 やはり辛かった。
 このことを認めるのが。
 だから魔物を倒して喜んでいただけなのだろうか。
 ……………………
 ………………
 …………
 今日は、やはり何か違う気がする。あの吟遊詩人に会ったからなのか?
 それとも……
 
「はあああああ!」
 サイマン兵が次々と襲いかかって来る。
「俺が勇者を殺すんだー!」
「いや、俺様だ!」
 サイマン兵は、力の限り剣を振り下ろす!
「クリスタルソード!」
 ザザザザザザザン!
 しかし、ライザは殺られる前に先に攻撃していた。
「はっ、いつもの癖で……」
 攻撃した後に気付く位である。
 飛び散った血に恐怖を覚える。
「ひ、人を切ってしまったのか……僕は……」
 ライザは暫く立ち尽くす。
 すると、サルガとサイマン将軍がライザの前に歩み寄って来た。
「どうした、伝説の勇者あ?」
「こんな奴が勇者だなんて、笑っちゃいますね、将軍」
「ああ、貴様には失望したよ」
「…………」
 言われるままになっているライザを見て、ホワイトが立ち上がった。
「勇者様は、やさしい方なんです!もともと戦いなんか望んでなかったんです!」
「おや、貴様はさっきの魔法使いじゃねえか、まだ生きてたのか……」
「サルガ、この男は放っておいて、この嬢ちゃんで遊ぼうじゃないか」
「……そうですね」
「えっ……」
 その瞬間、ホワイトはサルガに押し倒されてしまった。
「や、やめてください!」
「なんだよ、貴様らは負けたんだよ。勝者の言うことを訊け!」
「いや……ゆ、勇者様!」
「…………」
「ほら、あんたの勇者様も黙認してくれてるんだ。
俺達と楽しいことしようぜ」
「い、いやああああああああああ!」
 ザシュ!!
「んが……」
 突然、ホワイトの目の前でサルガの体がぐちゃぐちゃになった。静かにサルガが地面に倒れた。
「――えっ!」
「だ、誰だ!」
 サイマン将軍は辺りを見回した。
「ゆ、勇者様が助けてくれたんじゃないの……」
 ライザは立ち尽くしている。
 それじゃ、誰が……
 
 その時だった。
 突然、竪琴の音が聞こえ始めたのだ。
「この調べは……」
 ライザはそれを訊いて我に返った。
「君なのか!」
 そうだった。
 さっきの吟遊詩人の少年だった。悲しみの曲を弾いている。
「誰だ、貴様は!」
「…………」
「答えんか!」
「……僕はロミア、何かを求めて旅を続けている吟遊詩人だよ」
「ロミアっていうのか……」
 ライザは初めてその少年の名前を知った。
「貴様がサルガを殺ったのか!」
「僕は悲しいんだ……戦いばかりが続いて……戦いは何も生みはしないのに……」
 そう言いながら、ロミアは竪琴を鳴らし始めた。今回はとても怒りに満ちたといった感じの調べである。
「グ、グギャアアアアア!」
「えっ!」
 その調べを訊いたサイマン将軍が突然苦しみ出した。
「……この曲はね、罪もなく死んでいった人達の恨み辛みが調べになったものなんだよ」
「な、なんだと……グハッ!」
 グシャ!
 サイマン将軍の右腕が破裂した。
「こ、これは一体……」
 ライザとホワイトはただ唖然とするばかりである。
「辛いだろ……悲しいだろ……これはみんなあなたがみんなにやったことなんだよ」
「き、貴様……」
 バッ!
 サイマン将軍がロミアに飛び掛かった。
「まだ解らないの?」
 ポロロン。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 瞬時にサイマン将軍の内臓が破裂した。
 さすがにこれでは体勢を戻しようがない。サイマン将軍はそのまま地面にめり込んだ。
「ば、馬鹿な…………」
 サイマン将軍はそのまま力尽きた。
 
 
 
 ライザはまたさっきの井戸の前に立っていた。
 目の前にはロミアが立っている。
「は、話って何なんだ?」
「君は人と戦うのが怖いの?」
「…………」
 ライザはそこで黙ってしまう。
 すると、ロミアがまたあの曲を弾き始めた。
「僕はね、人間同士の戦いってよくないと思うんだ。いや、絶対にあってはいけないと思う。でも、もう一人の僕もいるんだ」
「もう一人の君?」
「……そう、妹を殺された復讐をしてやりたい、そういう気持ちがね」
「えっ……」
 ライザは突然のことに驚いた。
「僕はアナトリアに住んでいたんだ、妹と一緒にね」
「アナトリアに!」
「大体想像はついちゃったかな。僕の妹はアナトリア軍に殺されたんだ。僕をかばって……」
「…………」
「両親のいない僕らだけど、やっと仕事が軌道に乗り始めた所だったんだ……なのに……」
 その時、ロミアの瞳に光っているものが見えた。
「ロミア……」
「だから、僕は決心したんだ。旅をしながら、罪のない人達を戦争から救ってあげようと……」
「…………」
「僕の考えって矛盾してるよね」
「……そんなことないと思うな」
「えっ!」
 ロミアはライザを見た。
 ライザは真剣な顔で答えた。
「何かの為に、誰かの為に戦っていく、それでいいんだと思う」
「あなたもそうなの?」
「……ああ、でも僕の場合は魔物に対してだった」
「そうか、やっぱり僕達って似ているのかもね」
「……そうかもな」
 
 その途端、何か急に心が安らいで行った。
 先程まで悲しい調べにしか聞こえなかったあの曲が、今はやすらぎの曲に聞こえた。
「ロミア、よかったら一緒に行かないか?」
「えっ!」
「戦争を終わらせるには、アナトリア=クーデタを鎮める他にないと思う。僕ももう恐れたりしない。だから行こう、アナトリアへ」
「ありがと!」
 そう言うと、ロミアが抱きついて来た。
「は、離れろって……僕は男に抱きつかれたくなん……か……あれ? この胸にあるぷにぷにしたものは……」
 ぷにぷに。
「きゃっ!」
 突然ロミアが真っ赤になって飛び退いた。
 その拍子に帽子が落ちる。
 すると、中から三つ編みの髪と、可愛らしい顔が出て来た。
「ま、まさか、君は……」
「僕、本当は女なんだ……」
「でもどうして男の格好なんか……」
「女だと気付かれると色々と物騒だからね。吟遊詩人の女性はみんなこうしてるんだよ」
「そ、そうだったのか……それならもう男装なんかしなくていいよ。僕達が一緒だから……」
「えっ……」
「って何やってるんですか!」
 ゲシッ!
「ホ、ホワイト!? 君は死んだはずじゃ……」
「死んでません!」
「でも、大怪我で動けないはずじゃ……」
「ヒーリングで回復しました!」
「皿うどんを食べるって言って……」
「言ってません! 全く……私の目を盗んで何やってるんですか!」
「新しい仲間との、えーと、あれだ。スキンシップをだな……」
「変態!」
 ゲシッ!
「あ、足蹴はやめてくれ、足蹴は……」
「ふふ」
 ロミアはそれを見て微笑んだ。
 
 ライザ……
 僕の気持ちを解ってくれる人。
 孤独だった僕を迎え入れてくれる人。
 なんだろ、この気持ちは……そうか、これが……
 
「ねえ、ライザ」
「ん?」
 ホワイトにやられた傷を撫でながら、ライザは返事をした。
「僕、ライザの為に戦うね。僕はこれをこれからの生き甲斐にする」
「???」
 その言葉を訊いて、ホワイトははっとした。
「ロミア、あなた……」
 
 とにかく、こうしてロミアが仲間に加わることになったのだった。

続く