1.ライアにて
(prologe/1)
prologe
僕はふと辺りの風景を眺める。
ひとりになった時、何か遣る瀬無い時はいつもそうだった。
こんな晴れた空がある。こんな広い海がある。
こんな、こんな……
全てが当たり前だと思っていた。
全てが続くと思っていた。
だから、悲しかった。
「リース、君は……」
1
「ふああああああっ! 眠い、眠いぞ!」
男は大あくびをした。
体格は百七十ぐらい、頭には銀の兜をしていた。体には銀の鎧を、つまり彼は銀で体を包んでいるのだ。
彼の趣味か?
それは定かではないが、その目はかなり眠そうだ。
「最近、仕事が減ってきて暇だよ……これは一体どうしたことだ? 誰かの陰謀か!? ま、まさか!」
「私じゃありませんよ、勇者様!」
「のわっ! って何処から沸いたんだお前っ!」
「ひ、ひどいです……さっきからずっと呼んでいたのに……」
「それで、何か用かねホワイト君? 僕は今、忙しいんだ。用がないならさっさとどっかへ行ってくれ給え」
「さっき暇だって言っていたじゃないですか!それになんでそんなに他人行儀なんですか!」
「他人じゃなかったか? じゃあ……」
ホワイトは慌てて彼の言葉を遮る。
「た、他人です!」
「うーん、相変わらずよく解らない子だね、君は」
「それは勇者様の方です!」
「それで、どうしたのブラック君?」
「ホワイトです!」
「うーん、そうだったか?」
「いい加減、話を訊いてください!」
「わかったよ……」
男は仕方なく、椅子に座った。
しかし、男は突然三時のお茶を飲みだした。
「んー、このアッサムティーはなかなかだね」
「……ってなにやってるんですか、勇者様!」
「いや、暇なんだもん」
「もう……わかりました。今からとっても忙しくしてあげます」
「えっ、ホワイトが何かしてくれるの? エッチなこと?」
「……しません!」
ゲシッ!
「ほ、ほんの冗談だって……足蹴はやめてくれ、足蹴は……」
「じゃあ、ちゃんと話訊いてくださいね」
「解ったよ。いい加減、ホワイトをからかうのも飽きたし」
「からかってたんですか……」
「そ、その握り締められた拳は一体…………」
バキッ!!
男は十のダメージを受けた。
「そ、それで、話って言うのはなんなんだ」
男は頬をさすりながら話す。
「えっと、王様から手紙が来たんです」
「えっ、ついに奴が死んだのか。それは可哀想に」
「死んでません!」
「……じゃあ、どうしたんだ? また嫌がらせの手紙なのか?」
「いつそんなものが来たんです!」
「いや、自分より僕の方が人気があるのをねたんで……」
「しません!」
「ん〜……」
「もう……それで、勇者様に渡したいものがあるからできるだけ早くライア城に来て欲しいそうなんです」
「僕に渡したいもの? なんだろ……あっ、やっと僕に王位を譲る気になったのか!」
「そ、それは知りませんが、とにかくそう言うことです」
「そうか、それじゃあ行かなあかんな」
「なんか関西弁になってるんですけど……」
「細かいことは気にしない方がいいって。……ん、でもなんでホワイトに手紙を送って来たんだ?」
「それは勇者様の名前を知らないからですよ」
「なんで知らないんだよ」
「ナレーションさんが言ってなかったんじゃないですか?」
忘れていた。
彼の名は伝説の勇者。
名字が「伝説」で、名前が「勇者」。
「おいおい、そんな奴がいるかって」
実はライザと言う名前なのだが、誰も呼んでくれないのである。
「ナレーションうるさい」
「あの、勇者様」
「ん?」
「私も一緒に行っていいですか?」
「なんで? どうせすぐ帰って来るって」
「あ、あの、その……」
「?」
「わ、私がいたら役に立ちますよきっと……仮にも魔法使いですし……だから、ね」
「ん〜、でもな……」
その時、ドアからブルードラゴンが現れた。
「ガオオオオオオ!」
「例えば、こんなドラゴンとか出た時なんか……『ウォータークラッシュ』!」
バシュウウウウウウウウウ!
「グオオオオオ!」
「ん〜、そうか……クリスタルソード!」
ザ、ザン!
「グギャアアアアア!」
ブルードラゴンは倒れた。
「ホワイトは水系、回復系の魔法使いだもんな。じゃあ、一緒に行くか」
「はい!」
そう言うと、二人はライザの家を出て行った。
「グルルルル……(俺様の立場って一体……)」
ブルードラゴンは力尽きた。
その時、何者かが家の陰に隠れていた。
「ほう、なかなかやるようじゃな……」
そいつは、一瞬のうちに姿を消してしまった。
ライザ達は、ライア城下町へやって来た。
ライア王国の中心であるライア城の周りの町だ。かなり賑わっている。
「なんか久しぶりに来たって感じだな……」
「そうですね、勇者様はずっとここへは来ていなかったですものね」
「ホワイトは来てたのか? そうか、マッチでも売りに……」
「しません! おじさんの魔導道場に来ていたんです!」
「あ、そうか……君のおじさんはロスタリカ王国出身の魔法剣士だったものな」
「そうですって……勇者様も昔通っていたじゃないですか!」
「そうだったか?」
「10年も通っていたのに、何で忘れるんですか!」
「……知らん」
「私達が初めて会ったのも道場なのに……」
「わ、わかった、わかったからそんなウルウル顔で迫らんでくれ」
「じゃあ、ショッピングに行きましょう」
「何でそうなる」
「この前雑誌のチラシにライア市場で大バーゲンやってるって書いてあったんです」
「なぜ、この時代に雑誌が……」
「王様に会う前に新しい防具でも買って行きましょうよ」
「結局、今回の目玉商品の『レベルあっという間にわかるメガネ』が欲しい訳ね」
「……って勇者様も知っているじゃないですか」
しかし、このネーミングは一体……
とにかく、ライア市場に顔を出して見た。
さすがに今、最も発展している国の市場だ。色々なものが売られている。
バーサーカー。
アイアンクロー。
エクスカリバー。
鏡の盾。
温泉饅頭(?)。
皿うどん(おいおい)。
暫く物色していると、やっと『レベルあっという間にわかるメガネ』を見つけた。
「あ、勇者様、ありましたよ!」
「ほんとだ、ほんとだ」
ライザは温泉饅頭にかぶりつきながら答える。
「これって本当に便利ですよね。えっと、勇者様のレベルはっと……」
「できるだけ高くしてくれよ」
「そんなことできませんって……」
ホワイトはメガネを掛けた。
「あっ、勇者様はレベル二十五ですよ、凄い!」
「そうだろそうだろ。君はどうなんだ、ちと貸してみ? あ、ホワイトは十八しかないぞ」
「ウルウル。これからもっと強くなりますって……」
「ついでに胸もレベルアップした方がいいぞ」
「余計なお世話です」
「でも……何っ!?」
「ど、どうしたんですか、勇者様!」
「レ、レベル三十四の奴がいる……」
「えっ!」
ホワイトはライザの見ている方を見た。その瞬間、ホワイトは吹き飛ばされた。
「ホワイト!」
ダッ!
「大丈夫です!」
ホワイトはなんとか体勢を立て直した。
ライザはそいつを睨み付ける。
「誰だ、あんたは!」
「…………」
そいつはどうやら神官らしい。青い神官服に身を包んでいる。白くて長い顎髭が印象的だ。如何にも修行を積んで来たと言う感じがする。
「さて、力の程を見せて貰おうかのう」
「えっ!」
「ドメスティックオーク!出ませい!」
「!」
ライザとホワイトに緊張が走る!
バッ!
「こんちは、僕ドメスティックオークで〜す!」
「……はあ?」
ライザはこけそうになった。
「なんだこいつは? ブタじゃないか」
「そうですわね」
「なんじゃ、ドメスティックオークじゃぞ。知らんのか!」
「こんな雑魚に用はないって。どうせ経験値も二千ぐらいしかくれないし……」
「あ、でもブタさんなら夕食の足しになりますよ」
「そうか!」
「おいおい、お主らは一体……」
神官は呆れている。
「僕はオーク族で一番強いんだぞ!」
「黙れ、ブタ!」
瞬時にライザはドメスティックオークの懐に入った。
「はああああああ!」
バシュシュシュシュシュ!
「えっ……」
「ホワイト!」
「はいっ! 『ウォータークラッシュ』!」
バシュウウウウウウ!
「そんなあああああ!」
ドメスティックオークは帰らぬ人となった。
ライザは呼吸を整えてから神官を見た。
「一体何のつもりだよ、じいさん」
「ほう、期待通りじゃな。性格には多少問題があるようじゃが……」
神官はニヤリとした。
「?」
その瞬間、神官の姿が消えた。
「えっ!」
シュン!
「勇者様、後ろです!」
「なにっ!」
ライザが振り返ろうとすると、神官の攻撃が入った。
「ホーリー!」
「なっ!」
バシュウ!
ライザは宙を舞った。『レベルあっという間にわかるメガネ』は消し飛んだ。
「勇者様!」
ホワイトがライザの元に駆け寄ろうとすると、神官が立ちふさがった。
「お嬢ちゃん、さっきは済まなかったな。お主には関係ないことじゃ、手出しは無用」
「一体あなたは……はっ、その紋章は!」
その時、ホワイトは神官の服の紋章に気が付いた。
「解ったようじゃな。それなら……」
チャキン!
神官の首筋にクリスタルソードが当てられた。
「じいさん、ホワイトに手を出したらいかんな」
「お主、いつの間に……」
「僕も舐められたものだね。いきなりの展開で読者がついて来れなくなるじゃないか」
「瞬間移動!」
「!」
シュン!
途端に神官は空中に移動した。
「しゅ、瞬間移動ができるってことはやっぱり……」
ホワイトは何か確信を得たようだ。
ライザは神官を見上げる。
「じいさん、そりゃ反則じゃないかい!」
「……ふふ、まあ合格だな」
「?」
「また会おう、勇者殿」
そう言うと、神官は消えてしまった。
「おい、待てって!…………くそっ!」
ライザは地団駄を踏んだ。
そんなライザの元にホワイトが駆け寄った。
「怪我はありませんか、勇者様」
「大丈夫がけど……あのじいさんは何なんだ!」
「多分、後でまた会いますよ」
「?」
「さあ、そろそろライア城に行きましょう」
「え、あ、ああ」
ライザはホワイトに手を引かれるようにしてライア城に向かった。
それより、誰が市場の修理費出すんだ!
ライザとホワイトはライア城に来た。
「しっかし、ほんと久しぶりだな、ここに来るのも……」
ライザは、城門に触れた。
もう五年になるのか……
あれから……
「どうしたんですか、勇者様?」
「い、いや、なんでもあらへんよ」
「だから、なんで関西弁なんですか」
「……知らん。さあ、中に入ろう」
「はい」
二人は、門番に手紙を見せて、中に入った。
すると、なんか以前来た時と雰囲気が変わっていた。と言うか、かなりおかしい。
一階の大広間が巨大な双六になっていた。
「なんだ、これは……あの王様、こんな趣味があったのか」
「変な納得の仕方をしないでください」
「ん〜じゃあこれは何なんだ?」
「わかりません」
「フォッフォッフォッ!」
「なんだ、この腹立たしい声は!」
すると、さっきの神官が現れた。
「く、くそじじい、どうしてここに!」
「何か酷い言われようじゃな」
「じゃあ他に何かいい呼び名があるか?」
「……ま、まあいい。さて、これから勇者殿には双六をやって貰う」
「どうしてそんなことしなくちゃいけないんだよ。ホワイト、こんな奴無視して先に行こう」
「……ライア王がどうなってもいいんじゃな」
「えっ、あの王様がどうしたって?」
「儂がライア王を預かっておる。王の生死がお主の行動次第できまるのじゃ」
「…………」
「さあ、どうする」
「……知らん、勝手にしてくれ。あ、死んでくれた方が都合がいいな。王位を貰えそうだし……」
「おいおい」
「さ、早く王を始末してくれ!」
「いい加減にしろ!」
その途端、奥の部屋からライア王が出て来た。
「なんだ、元気そうじゃないか」
「なんだじゃない! そんなに儂に死んで貰いたいんか!」
「うん」
「こ、こいつ……」
「しかし、どういうことだよ。このくそじじいに捕まっていたんじゃなかったのか?」
ライザは神官を睨み付ける。
「すべてお主を試しておったんじゃよ」
「?」
「伝説の勇者よ、すべてはこれから話すことの為にテストをしたんじゃ。まあ、さすが十六歳で魔王ギィルティアーノを倒しただけのことはある。合格じゃよ。……儂を見捨てようとしたのは腹立つがな」
「なんだよ、こんな回りくどいことしてまでする必要があることなのかよ」
ライザは不機嫌そうだ。
「ファレス、ファレスよ。詳しく話してやってくれないか」
「はい、ライア王」
すると、あの神官が姿を現した。
「あんたファレスって言うのか。変な名前」
「放っとけ!」
「で、なんだよ、僕に頼みたいことって? どうせまた何かを退治してくれとかだろ? こんなくそじじいに頼まれたんじゃやってらんないけどな」
「……ライア王、こいつ始末していいですか」
「ま、待て、ファレス」
「ほら、話してみ?」
「(い、いつか殺す!)……勇者殿はアナトリア王国を知っているな」
「もちろん。七人の統領が政治を分権して行っている平和な国だろ。そのアナトリアがどうかしたのか?」
「その七人の統領が一ヶ月前にクーデタを起こしたんじゃ」
「そんな話、訊いてないぞ」
「奴らはアナトリア王を暗殺し、王の政治に反対していた弟のアトラスを国王として擁立したんじゃ」
「信じられないぞ。あの国がまさか……」
「それだけならまだ良かったんじゃ。国内の反対派を鎮圧したアトラスは、ロスタリカ帝国を攻撃し、制圧してしまったんじゃ」
「そ、そんな……」
それを訊いて、ホワイトの顔色が変わった。
「どうしたんだ、ホワイト?」
「お父様、お母様……」
「えっ! そ、そうか。ホワイトの両親はロスタリカに住んでいるんだった!」
「ロスタリカは一体どんな状況なんですか? 教えてください!」
ホワイトはファレスに詰め寄る。
「……す、すまん……ロスタリカとの連絡は完全に途絶えてしまったんじゃ」
「そんな……」
ホワイトはぐったりと項垂れる。
「そして現在、アナトリア軍は世界中に宣戦布告をした。幸い、ここライア王国はアナトリアから一番離れている為、まださほど影響はない。しかし、ロスタリカの隣国であるカームニス王国、ファース島のナーサス帝国などは戦場と化している」
「…………」
「また、ライア王国の北東のサイマン共和国では、アナトリア=クーデタに呼応してクーデタが起こり、現在国内は三つに分裂している。北のガーザ王国はクーデタの波及を恐れてか、国境を閉鎖して孤立状態なのじゃ」
「無茶苦茶じゃないか……」
ライザも驚きを隠せない。
すると、ライア王がライザの元に歩み寄った。
「伝説の勇者よ、どうかアナトリア=クーデタを鎮めてくれないか。このままでは、世界崩壊もあり得る」
「…………」
「お願いだ」
ライザはホワイトを見た。ホワイトはあまりのショックに止まっていた。
「……わかった、ホワイトの両親も心配だし」
「おお、やってくれるか!」
ライア王はライザに抱きつく。
「き、気持ち悪い、離れろおおお!」
ライザは王を振り払う。
「勇者様……」
「ホワイト、これは過酷な旅になるかもしれない。君はここに残るんだ」
「いえ、私も行きます」
「しかし……」
「しかしもかかしもありません!」
「わ、解ったからウルウル顔ですり寄って来ないでくれ」
「はいっ!」
「詳しいことは、ファレスに訊いてくれ。こいつは、つい最近までナーサスで神官をしていた高等神官じゃ」
「えっ、このじじいと一緒に戦うのお?」
「(こ、このガキ……)よ、よろしく頼むぞい」
「解ったよ、一応戦力にはなりそうだしね」
「こ、こいつ……」
こうして伝説の勇者ライザは、ホワイト、ファレスとともに、ロスタリカを救い、アナトリア=クーデタを鎮圧することとなった。