第5話  by もの熊

 

「ひどいなぁ。空音さんも」

 

「え?」

 

サンドイッチをおいしそうにつまんでいた空音さんが、食べる手を休めてこちらを見た。

 

「あんなに笑うこともないのに……」

 

「いえいえ、だって…無愛想な人と思っていたのに、あんなにお茶目な方だとは思わなかったんです」

 

「お茶目……」

 

…………

 

「あまり口を聞かれないようですし……無愛想な方だと思っていたのですが……」

 

「そうでもないんだけど……」

 

無愛想かな…俺は?

 

 

その後、俺たちはぶらぶらと家 ―といっても空音さんの家だ― へと帰っていっていた。

 

「そういえば……ご職業は?」

 

「職業?」

 

そのあまりにも遠まわしな聞き方に少しだけびっくりした。

 

「職業……高校生でいいのかな?」

 

「高校生の方だったのですか」

 

空音さんが少しびっくりしたように見えた。

 

「大学生に見えた?」

 

「はい。それか社会人の方かと……」

 

そんなに大人っぽく見えたのか…

 

「ところで……空音さんは昨日どこで寝ていたの?」

 

「えっと…昨日はちょっと用事で遅くなってしまってあの家の2階に自室がありますので、そこで休んでいました」

 

「そうなのか……俺がいることに気づかなかったのか?」

 

「はい、ぜんぜん」

 

はっきりと言われた。

 

これで俺が泥棒だったりしたらどうするんだよ……。

 

「あの2階の……左のほうの部屋ですね」

 

「じゃ、両親は?」

 

あの部屋の他には1階しかなかったはずだけど……。

 

「両親は……もう、いまはいません」

 

「…………」

 

「あ、でも、寂しくなんてありませんから」

 

聞かれるたびに、何度も言ってきたであろうその言葉。

 

もう、相手が謝る前に決まったようなその気遣う台詞。

 

そして……消えない傷跡……。

 

「ごめん……」

 

心底、本当に申し訳なく、俺は謝った。

 

本当に情けなかった。自分がとても恥ずかしく思えた。

 

でも、彼女は……

 

「え、だから。なんともありませんから」

 

そういって微笑んだ。

 

悲しげでもない、もうそんな感情さえも押し殺してしまうすべを見につけたのか……。

 

人の死をも超えていく『強さ』を……。

 

その後はしばらく、家に着くまで沈黙が続いた。

 

 

「あ、着いてしまいましたね」

 

そういって彼女はあの大きな家の門に手をかけた。

 

かちゃかちゃと鍵をはずすような音がする。

 

 

ぱちん……きぃぃ……

 

相変わらずの、少し錆びついたような音がした。

 

彼女は扉を開けて庭へと入った。

 

「…………」

 

俺は入らなかった。…というよりは、入れなかった。

 

足が、前に進まない。

 

重い。動かない。

 

歩いてくる俺の足音が聞こえないのに気づいたのか、空寝さんが俺のほうへと振り返った。

 

「…どうされたのですか?」

 

唐突に、その言葉が引き金のように俺の足を動かした。

 

「あれ…え、いや。なんでもない……」

 

それでも、俺はあまり家の中に入る気がしなかった。

 

気があまり進まない。

 

「………?」

 

不審に思った空音さんが歩いてきた。

 

「なにか調子の悪いところでもあるのですか?」

 

「いや……」

 

俺は少し家を見上げた。

 

「俺は…この家にいていいのか?」

 

「?」

 

「いや…」

 

なにか、俺を押しとめようとしている。

 

何かが…

 

すると彼女はにっこりと

 

「いけないことなんてありませんよ。むしろ歓迎します」

 

微笑みながら言った。

 

(そうだよな……なにもいけないことなんてないんだな)

 

「さ、入りましょう」

 

そういって俺の服のすそを引っ張って、俺を玄関まで連れて行った。

 

 

あのいやな感じ…思い出すだけで変な感じであるが…

 

なんだったんだろう。突然、足が動かなくなって……どうしたというんだろう。

 

本当に何か悪いことの知らせなのか?

 

なにか、このまま行ってはならないのか?

 

誰かを……不幸にしてしまうのか?

 

 

玄関に入って、靴を脱いだ。

 

「さ、スリッパを……」

 

「いや、いい。ありがとう」

 

「そうですか…」

 

そういって空音さんは自分のスリッパ ―緑色のものだ― を履いた。

 

そのまま玄関口で立ち止まる。

 

「………?」

 

変に思った。何でこんなところで……?

 

 

 

「たっだいま〜 、です……」

 

 

 

いきなり、大きな声で叫んだ。

 

思わず耳をふさいでしまった。

 

「あ、すみません。でもこれをしないといけないもので……」

 

両親の供養…なわけないか。

 

「いったい、なぜ?」

 

 

ぺたん、ぺたん……

 

 

俺が聞いたときだった。

 

階段から、朝と同じ、スリッパで降りてくる音がする。

 

スリッパ……?

 

 

ぺたん、ぺたん……ぺたん!

 

 

最後だけ、三段ほど飛び降りたのだろうか。大きな音がした。

 

そして、降りてきた人物が姿をあらわした。

 

「…………」

 

「ただいま」

 

空音さんはいつものことのように、普通にただいまと言っていた。

 

だが、俺はそういうことができなかった。

 

客人であるとか、そういう問題以前で。

 

頭が、なにも考えられなかった。

 

何もかもが真っ白で…

 

 

空音さんが…2人!?

 

 

その人物は空音さんにうり2つ、いや、空音さんだった。

 

でも、空音さんは俺の横……。

 

どうなっているんだ?

 

 

「あ、おかえり〜〜〜」

 

 

まだ起きたばっかりなのか、眠そうに目をこすって言葉もあやふやで…それでも返事をした。

 

「あれ? なに、その人。ぼーっとして」

 

その人…俺のことか。

 

「あ、この人。流川さんって言って……」

 

ピンク色のパジャマ、ピンク色のスリッパ……

 

「流川ぁ…?」

 

こめかみがぴくぴくっと動いている。

 

少しだけ、怪訝な顔をした。

 

その顔……やはり見覚えが……

 

足はすでに逆方向を向こうとしていた。

 

俺は真っ白な頭を必死にたたき起こして、逃げようとした。

 

その人物は……少し腕組みをしたあと、怪訝そうな顔をしたままで…

 

「そう、流川さ―――――」

 

「あっ!」

 

急にその人物は何かを思い出したかのように、ぽんっと手をたたいた。

 

「昨日の、変体痴漢泥棒男!!」

 

「だれがじゃっ!」

 

そう振り向いた瞬間……

 

 

びゅんっ……

 

 

何かがすごい勢いで鼻先を掠めた。

 

そして、

 

 

ばちぃぃぃぃぃーーーーーん!

 

 

ドアにあたったらしく、物凄い音がした。

 

…って、ドアにあたっただけなのに!?

 

見ればその人物 ―昨日の女の子だと思う― は仁王立ちのように立派にたっていた。

 

手にはピンク色のスリッパ。

 

「さっきの予感はやっぱりこれだったのか…」

 

さっきのいやな予感…俺にも第6感があったのだなと妙に感心してしまった。

 

「ここで、あったが5万年! 昨日の恨み、果たしてくれるわぁっ!」

 

「矛盾しているよ…」

 

間髪いれずにその女の子はスリッパを投げる。

 

もはや手の動きも見えないほどの速さ。その代わりスリッパが…

 

「う、うわっ!」

 

思わず、ほんのぎりぎりのところでよける。

 

 

ばっ、ちぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーん!

 

 

さっきに劣らず…というよりかは音が強くなっているような気がする。

 

「ちっ! 運のいい奴…」

 

そういって、両手を構える。

 

長く伸ばして指先をわずかに折り曲げて…

 

「流川さんは悪い人じゃないよ」

 

やっと空音さんが仲介に入ってくれた。

 

「なんで! こいつ昨日……」

 

あ、やっぱり昨日の女の子だったんだな。

 

「はいはい、分かったから姉さん。もうやめて」

 

「だって……空音ちゃんは大丈夫だったの!?」

 

大丈夫もなにも…

 

「こいつは痴漢男で……」

 

ぐさっ……

 

容赦なく俺の心に突き刺さった。

 

「…って、姉さん? 空音ちゃん?」

 

ふと気づいた。何で姉さんなんだ?

 

「ほら、『ちゃん』までつけたよ。こいつ絶対……」

 

「どうかされました?」

 

空音さんは俺のことを気遣って、聞いてくれた。

 

「あの姉さんって言うのは……?」

 

「…………」

 

「…………」

 

二人して黙る。

 

「言っていませんでしたっけ……」

 

そういって、空音さんは小首をかしげた。

 

本当に、どうして? って感じである。

 

「私たちは……」

 

 

  「双子なんです」

 

  「一卵双生児なの。日本語、分かる?」

 

 

「…………」

 

しばらく黙って…

 

「……ええっ!?」

 

少し遅れたテンポ ―人間、信じがたいことを受け入れるためにはそれなりの時間が必要なものである― 

 

で俺は天と地がひっくり返ったような衝撃を受けた。

 

 

   ……双子…?

 

 

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【後書き】
 ども、今晩はです。もの熊です。
 えっと、第4話と第5話、一気にお届けです。
 まずはお詫びからです。
 つい先日部屋を片付けていたら「どこかに辿り着く風」の設定資料やらなんやらが出てきました。
 …いつも片付けていたらいいのにって言われたら反論の仕様がないです。(笑)
 で、ちらっと見たのですが…
 『舞台設定:春からスタート』
 …見た瞬間、思いっきり凍りました。かちんこちんに。自分の周りだけ冬って感じでした…。
 ということで、すみませんでした!
 舞台設定を思い切り間違えていたために話では冬を感じさせるものとなってしまいました。
 すべて自分の責任です。本当にすみませんでした!(ぺこぺこ)
 ということで…修正版と新しい話と同時にお届けになってしまいました…本当にすみません。
 特に、管理人の水谷美悠さん、本当にお手数かけてすみませんです。(ぺこり)
 次からは、もっと、気をつけて書こうと思いますので…、見捨てないで、読んでやってください。
 よろしくお願いします。
 ではでは、もの熊でした。また今度です。 (2001.4.4)