第6話  by もの熊

「……要するに」

「……」

「おまえは、空音をたぶらかそうとしていたんだな?」

「だ〜か〜ら、違うって言っているだろっ!」

はぁ……

さっきから万事がこの調子である。

「だから、私はただ……智弘さんにこの街を教えていただけ」

あれから、とりあえず昨日の女の子は怒りを静めてくれて、俺の話を聞いてくれることとなったのである。

「そう? 見ようによっては家から無理やり連れ出したとも見えるけど」

……話を聞くって行っても、事情徴収のような剣幕だが。

「そうじゃないの。いろいろなところに連れて行ってくれたし…」

本当に双子なのか?

「ふ〜ん…なるほどねぇ…」

いや、義理の双子って事もありえるかもしれない。

「姉さん、まだ信じてないでしょう」

でも、義理の双子っていうのは……この世の中にあるものなのか?

「昨日の晩、散々こけにしてくれたからね……そりゃ信じないわよ」

「あれは、おまえが俺の部屋、もとい俺の部屋にした部屋に入ろうとしたからだろう?」

「でも、自分の部屋に勝手に入られて気味悪がらない人がいる?」

うう………。

確かにそうだ。俺は勝手に入ったも同然だ。

「ま、それはいいとして……」

「よくないわよっ!」

「なんです?」

二つの反応が同時に返ってきた。

「えーっと、空音さんの方は名前を聞いたんだけど、そっちのその…」

「私のこと?」

「そう、名前まだ聞いていなかった」

「ふんっ、なんで敵に名前なんか教えないといけないのよ。それこそ愚の骨頂ってものだわ」

御丁寧にも、指を立ててポーズまでとっている。

雨宮(あめみや)風美(かざみ)です」

「えっ!?

ナイスタイミングで空音さんが教えてくれた。

「な、なにいっているのよっ!」

「あれ? 姉さんってその名前ではなかったでしたっけ?」

「うう……、確かにそうだけど…」

どうやら、悔しそうに俺の顔を見ているところから考えると、本当らしかった。

「ああ、そう。ふーん、風美ちゃんね」

「ちゃんをつけるな、ちゃんを!」

そういって、ばんっと机に手をついた。

「じゃ、風美さんは?」

「む…」

少し膨れている。

「…ま、いいわよ。それで許してあげる。これからは風美さんと呼ぶのよ」

「はいはい」

その、あまりにも外見の強さとはかけ離れた子供っぽい挙動に俺は内心笑っていた。

「それにしても…」

次は空音さんが話を切り出した。

「ここ、本当にきれいになりましたね」

リビング。昨日俺が必死こいて掃除したところである。

「ああ、昨日ここの家に来たときすぐに掃除したから」

「…私の寝ている間にね」

「え?」

「私は寝ていたの。空寝はどこか散歩に行っていたみたいだけど」

「あんな真っ昼間に?」

「しょうがないでしょ。眠かったんだし」

「姉さんは一日八時間はねないといけないので…だから休日なんかはよく昼寝もしているんですよ」

「ふーん」

「だいたい、それならあんた。どうやってこの家に入ってこれたのよ」

「え? いや、ドアをがちゃと…」

って、あれ?

「鍵持っていないのに、どうやって入ったのよ」

「本当だ…」

自分が当たり前のように入ってきたのに、思わず呆然としてしまった。

「…空音ぇ〜」

なぜかうつむいてテーブルと頭をぶつけそうになっている空音さんがいた。

「え、あ、あははは…」

「あははは、じゃないでしょ! あれだけ戸締りは忘れるなって言ったおいたのに」

「ってことは……戸締りをしていなかったから、俺は入れたってこと?」

「そういうことになりますね」

「そういうことになりますね…じゃ、ないわよっ!」

風美は空寝さんをその凄みのある視線でにらみつけながら言った。

でも、空音さんはどこ知らぬ顔。

これが双子ってものかな…と思った。

「空音、あんたいつも戸締り忘れているでしょ。無用心だって言っているのに…だからこんな変態男が…」

変態男って…俺のことか。

「あ、でも、智弘さんは鍵を持っていないわけで…」

そういって、空音さんは風美をじっと見つめていった。

いや、何か期待している目…きらきらしているし。

「…あなた、正気?」

「きちんと言っているつもりですが」

「……」

風美は黙り込んだ。

何か考えているようだ。

…………

沈黙が続く。

…………

……暇。

相変わらず、風美は黙ったままで、空音さんはじっと風美を見ている。

…………

……暇…。

俺もやってみるか。

そうして、俺も風美にきらきらとした目で見だした。

きらきらきらきら……

いや、男がやっていると、かなり不気味なものがあるが。

…………

ぴくっ

今、風美の眉毛がほんの少し動いたような気がした。

相変わらずきらきらと見る。

「……わかったわよ」

「え?」

「分かったって言っているでしょ!」

そういって、風美はテーブルをドンとたたいた。

俺はびくっとしたが、空音さんは逆に喜んだ顔で微笑んだ。

「ほら、空音。とってくるんなら行ってきなさいよ」

「は〜い」

そういって、パタパタとスリッパを鳴らしながら空音さんはリビングから姿を消した。

「はぁっ、やれやれ…」

そういって、風美はこめかみを抑えながら頭を左右に振った。

「これで、家に()変態男が居座ることになったのか…」

「居座る?」

「なにいっているの。あんたが住みたいっていったんでしょ。この家に。空音から聞いたわよ」

空音さんが……?

「ああ、ああ。そうだった」

慌てて話を取り繕う。

そんな事いったっけ?

「この家に住むんだったら、鍵が必要でしょ。ま、空音には必要ないかもしれないけどね」

「はぁ…」

あ、そうか。

俺が困っているのを見て、空音さんがこの家に住めるように取り計らってくれたのか。

でも、なんだか気分的に複雑…。

結局のところ、ここは俺の家にはずなのに、他の人に家で、しかも頼んでようやく済ませてもらえることになった…。

う〜ん…。

「で、この家にすむからには……」

……何を言うつもりなんだろう。

俺は嫌な予感がして、ごくっとつばを飲んだ。

「ま、色々と働いてもらうわよ」

「例えば?」

汗が出たような気がした。

「そうね…とりあえずは家の掃除、かな?」

「あ、そんなことか」

宿代を払えとか、執事として働けとか……

そういうことを言うものだと思ってしまった。相手が相手だけに思わず。

「あ、あと。ご飯の仕度もできるけど…」

「あ、それはパス」

せっかく善意のつもりで言ったのに、やけにあっさり却下されてしまった。

「なんで?」

「毒とか盛られたら困るから。それだけ」

「…………」

要するに、信用のしの字すらないわけですね。はぁ…。

ちょうどそのとき、空音さんが戻ってきた。

「はい、これ」

「あ、ありがとうございます」

小さな銀色の鍵。2つ、輪に通されてあった。

「ひとつは表玄関の。さっき入ってきたところね。もうひとつは裏口のだから」

「どっちがどっちなの?」

「それくらい自分で調べなさいよ」

「………」

またあっさりと言われた。

「えっとですね…」

そういって空音さんが説明をし始めた。

なぜか今回は、風美は止めなかった。

「その、小さくて丸いのが表口。ちょっと角張っているのが裏口のです」

角張っている……?

どっちとも、小さくて丸くてちょっと角張っていた。

「…………」

「慣れるわよ」

言われんでも……

「さ、それじゃ、まずは家の外から掃除してもらいましょうか」

「え? 今日って大掃除の日でした?」

「いや、そこにいる男がね、掃除してくれるって」

誰もそんなこと言ってないって。

「そうなのですか。ありがとうございます」

そういって、空音さんはご丁寧にも頭をぴょこんと下げた。

「頭なんか下げなくてもいいのよ、空音。だって、こいつが勝手に言い出したんだから」

「普通ならおまえの方が頭下げるだろう……」

ぼそっとつぶやく。

「何か言ったかしら?」

地獄耳そのもので、反応した。

「いいえ、ちゃんとやらせてもらいます!」

そういって、どこから取り出したものか、風美が目の前に突き出してきた箒と塵取りを持って俺は外へと出て行った。

(2001.6.13)

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