第4話 by もの熊
「……で、ここが高校です」
あれから無事連れ出すことに成功した俺は、最初の目論見どおり町を案内してもらっていた。
「…………」
で、肝心の化けの皮は剥がれたかというと…
「どうされたのですか?」
あまりにも返事しない俺を気遣ってだろうか。その女の子が聞いてきた。
「え、ああ、あぁ……」
慌てて、要領のない返事をする。
「どこか具合が悪いのですか?」
「いや、そんなことはないのだけど……」
完璧だ。
完璧すぎる。
いくら演技しようとも、ぼろを出すことはあるはずなのに……まったく出ていない。
少なくとも俺の目にはそう見えた。
「本当に大丈夫ですか?」
心配そうに聞いてくる。
「ああ、大丈夫だから…」
それなら、といったような感じで、説明を続ける。
「ここが私達の通っている高校です。普通科しかありませんが、部活は結構盛んですよ。全校生徒で約800名程度です」
「ふーん…そう…」
「大体分かってもらえました?」
「うん、まぁ…」
「それならよかったです」
そういって、にこっと笑う。
昨日のあいつからじゃ、絶対に想像できないよな……
あっちを野獣とするなら、こっちはさながら天使って言うところか。
「では、次行きましょうか」
そのままニコニコしながら、俺の服を引っ張って歩き始めた。
さっきの高校、明日から俺が通うことになるのあるが、かなり最近に建ったものか新しかった。
運動場は広く、時折部活をやっている声がかぜに混じって聞こえてきていた。
あ、そういえば、この女の子も「私たちが通っている」って言っていたよな…。
ということは、この子も同じ高校か。
結構幼く見えるが……高校生のようだ。
人は見掛けによらずって言うやつなのか……
「そういえばまだ、お名前をお聞きしていませんでした。お名前は?」
高校を後にして少し経ったときのことである。
「あ、ごめん。流川(るがわ)智弘(ともひろ)。最近引っ越してきた」
「引っ越してきたって……私達の家にですか?」
「そうなんだ。どうも手違いみたいなんだけど……」
「そうですか……、びっくりしました。知らない人が家にいたものですから……」
知らない人? 昨日の夜会っただろう?
そういいたいのをこらえて、受け流すことにした。
「ごめんな。いきなり家に上がりこんでしまって」
俺は朝に続いて再度謝った。
「いえいえ……でも、こうやって今は横になって歩いていることを考えると…変な感じですね」
そういってその子はくすくすと笑った。
「それもそうだな」
昨日、泥棒に間違えられそうになった男が、その泥棒呼ばわりした女の子と一緒に歩く…ま、変だといえば変だな。
「あ、私の名前は雨宮(あまみや)空音(そらね)です」
「そらね?」
「はい、青い『そら』と、音楽の『音』です」
「へぇ……」
(変わった名前なんだな……)
「変わった名前って思ったでしょう?」
「へっ!?」
一発で当てられてしまった。
どうして分かったんだ…?
そうすると彼女は少しうつむいて、赤くなっていった。
「よくいわれます。かわった名前だなって……」
「ああ……まぁ、かわっているよな」
「でも、両親からいただいた名前ですから……私にとっては大切です」
「ああ、ごめん」
「え?」
「いや、馬鹿にしているつもりはなかったんだ」
すると、その女の子 ―いや、空音って言うのか― は、きょとんとして目をぱちくりとした。
不意にまたくすくすと笑い出した。
「……?」
「あ、ごめんなさい。いや、変わったお人だなぁって思ったので」
そんなに変わっているか? 俺って。
「あ、もうすぐ公園です。ここの公園、大きいんですよ」
そういって、そらね ―さんをつけたほうがいいよな― はまた前を向いて、俺を引っ張って行った。
ちらりと見えたのだが、彼女の目には涙が少しだけ浮かんでいた。
たまたま、朝日というのにはかなり遅い時間ではあるが、陽の光に照らされて彼女の目に光るものを見つけたのである。
……もしかして、笑い泣きか?
そこまで笑わなくたっていいだろう……ったく。
「ここ、中央公園っていいます」
空音さんの先導により、公園の並木道を二人でゆっくりと歩いていた。
「ええと……もうすぐお花見の時期ですね」
高校でもそうだったが、やっぱり説明は下手そうだな。
「いや、いいから。歩いているだけで分かるから」
「そうですか」
そういって、ほっとしたよな、ちょっとがっかりしたような複雑な表情を見せた。
朝、あれだけ寒かったのが嘘のようだった。コートを一応羽織って来ていたが、もう縫いでもいいほどの陽気になっていた。
「暖かいね……」
「もうすぐお花見ですから」
「…………」
「なんですか?」
ちょっと、ずれているかも…
「もうつぼみになっているでしょう」
そういって、近くの木の枝に近づく。
茶色いごつごつと下枝に緑色のかわいらしいつぼみが、ちょこんと座るようにあった。
「ここは、結構有名な桜の名所なんですよ」
「へぇ……」
花見か。最近やっていないな。
「また、今度来たときにでも花見をしましょうね」
まるで俺の心を見透かしたように言った。
「…………」
なんですか?
「いや、なんでもない」
ちょっとびっくりした。それだけだ……
「ええと、最後になるのですが…ここが商店街です」
言われなくても分かるんだけどな……。
商店街って言っても、大きなアーケードで囲まれてはない。
ただ、店が寄り集まっただけといったような感がある。
そうはいえども、ファーストフード店から骨董品屋まである。まさにピンからきりまであった。
人がまばらにしか見えない…まだ、朝方なのか…。
「結構大きいんだな」
何も話さなかったが、一応商店街の端だろうって言うところまで出てきた。
寄り合いながら、大きい商店街を形成している。
歩いて、約10分ほどである。
「はい、だから商店街なのですが……?」
俺のいった言葉を汲み取れないのか、最後のほうは上げ調子だった。
俺の前住んでいた街の商店街は、アーケードなんてなくて、ただ大きなスーパーが林立していて、
その周りにちらほらとどうでもいいような店が集まっていただけで、こんな風に店が集まっているのは始めて見た。
意外に、この街って田舎なのかもしれない。
くるるぅぅ……
突然、俺の横から変な音がした。
俺の横?
「えっ? あ、え、はい……」
なにやら真っ赤な顔をしてちょっとは図化しようにうつむいた、空音さんがいた。
…そうか。
「ご飯、まだなのか?」
「えっ? あ、まぁ……はい」
最後の「はい」なんてほとんど聞き取れないほど、か細い声だった。
「ごめんな。朝ご飯も食べていないのに、連れ出してしまって」
「え……そんなことありません! 自分も行くっていったんですし……」
そういって、首を横に振る。
「でも、腹は減っているんだろ?」
「……はい」
もうすでに出てきてからかなりの時間がたっている。多分9時ごろにはなっているだろう。
色々と雑談して、この街の色々なところを案内してもらっていたからな。
そのとき、ちらと俺は商店街のはずれにある小さな喫茶店があるのに気づいた。
あそこなら……まぁ、コーヒーとサンドイッチぐらいならあるだろう。
「じゃ……、この街を案内してくれたお礼にあそこで奢るよ」
「え?」
そういって、俺はその喫茶店を指した。
その瞬間、空音さんは目を丸くして、俺の顔を見た。
なんだ? なにかあるのか?
「……本当にいいのですか?」
どうやらためらっていただけのようだった。
「いいって。さ、行こう」
そういって、俺は空音さんの前を歩いていった。
「じゃ、俺はコーヒー」
「私は…サンドイッチと紅茶で…」
メニューを持った店員が下がる。
「ありがとうございます」
「いやいや……それにしても、この店、小ぢんまりとしているな」
テーブルも俺たちが座っている以外に4つ。後はカウンターに椅子が5,6個。
「それでも、掃除はすごく行き届いているでしょう」
空音が相槌を打つ。
確かに、隅々まで綺麗にしているような感じである。
しかし、働いている人は少ない。店員もさっきの人と店長らしき恰幅のよい人物がちらっと見えただけであった。
「それにしてもよく歩いたな」
あれから、大体1時間半は歩いた計算になる。
すっかり暖まってしまった俺の体はもうコートを必要としていなかった。
その白いコートを椅子の肩にかけて、コーヒーが来るのを待っていた。
「そうですね……」
しばらく、不意に会話が途切れる。
外を少しうかがう。
朝、あれだけ寒かったのに……もう春らしい陽光がとおりの窓ガラスから差し込んでいた。
やわらかく暖かな光。もう春は来ている。
時折、さらっと風が吹いて若草色の草がゆれる。
そのままぼーっとして…ぼーっとして…
「お待たせしました」
「な、のっ!?」
いきなり声をかけられた俺はびっくりして、意味不明の奇声を発した。
「……なにか?」
店員が怪訝そうな顔をして俺を見る。
「い、いえっ。なんでもありません!」
慌てて答える。
横では…やはり空音さんがくすくすと笑っていた。
春。あたたかい風が人々の心をくすぐる季節……
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