第3話   by もの熊

 

朝だった。

 

ぱっと目がさめた。

 

自分でもびっくりするぐらい、思い切りよく目がさめた。

 

「…………」

 

見慣れない天井。

 

いつもと違う、ベッドの感触。

 

それから、私服のままで眠っている自分……

 

どこかに泊まっていたっけ…?

 

「…!」

 

ようやく思い出した。

 

そうだ、俺はここに引っ越してきて…

 

早々にまた引っ越さなければならないんだ。

 

とりあえず、起きるか。

 

……さむっ!

 

冬の真っ只中というのには早いとはいえ、かなり寒いものがある。

 

思わず、もう一度毛布をかぶって寝てしまいたくなる。

 

が、今日はすることが多すぎる。そんなに寝ている暇もない。

 

まず、荷物整理からか……

 

とりあえず、自分の家に戻ることにした。

 

この家で、俺一人だけで一人暮らしをするつもりだったんだけど…そうにもいかなくなった。

 

家に戻って、親に色々と説明してもらうか…

 

寒い中をしぶしぶ毛布から起き上がる。

 

昨日みたいにいきなり寝込みを襲われては、な…。朝から面倒な目にあいたくない。

 

 

きぃぃ……

 

また古いさび付いた音を立てて、俺の部屋のドアが開く。

 

首だけを部屋の外に出してきょろきょろと左右を見る。

 

やっぱり、あの昨日の子が出てこないかが気になる。

 

少し待つ。

 

1分たち、2分たち

 

まったく音がしない。

 

静かなものだった。

 

…どうも、こないようだな…。

 

それを確認して、一息、ため息をついた。

 

静かにドアを閉めて、一階へと下りていった。

 

 

たんたんと、階段を下りて、昨日俺が掃除した元キッチンらしいところについた。

 

昨日一日がかりで綺麗しただけはあった。かなり綺麗だ。

 

朝日が窓から入ってきて、きらきらとしていた。

 

その真ん中に置かれているテーブルにある椅子を引きずってだす。

 

これもやっぱり少し古いような感じがしたが…それでも座れないわけではない。

 

ぺたんと、その椅子に座って昨日買ってきたお握りやらサンドイッチやらを広げる。

 

ぺりぺりと綺麗に包装紙をとって、食べ始める。

 

(…そういえば、あいつ、ここを使っていないのに、どうやって飯を食っているんだろう?)

 

昨日俺がきて、掃除したときにはひどかったものだった。

 

それこそ、誰もここの家にはいないことを証明するような…そんな感じまでの汚さだったのに…

 

あ、もしかしたら自分みたいに、こうやってコンビニで買ってきて食べているかもしれない。

 

…うん、当たっているかもしれない。昨日の一件から考えると少なくとも、両親はいないはずである。

 

もし家に不審人物がいたら、っぽどのことでない限り父親、もしくは母親が出てくるはずである。

 

そうでなくても、年頃の女の子だ。…間違っても回し蹴りなどはしないだろう。

 

思い出すと、昨日蹴られた左の下腹が痛くなった。

 

 

静かな朝だった。

 

何も音がしない。朝。

 

それは澄んだ水の中にいるようだった…

 

あまりにも静かすぎる朝。

 

それは、まるで…何かが起きる前兆、いわば…嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。

 

いや、そこまで大層なことでもなかったのかも…しれない。

 

 

2つのおにぎりを食べ終わった。

 

まだ少しだけ、おなかが減っている。

 

そうして、サンドイッチに手を伸ばしたときだった。

 

 

ぺたん…ぺたん…

 

 

静かに階段を下りる音がする。

 

あの子か…

 

思わず、身構えてしまう。

 

そういえば昨日『出て行け!』とか言われてしまったっけ…

 

やっぱり、高校生なんだろうか…あれだけ反論するからそうなのかもしれない。

 

高校生か…自分と同じか。

 

まさか、同じ学校に…まさかな。

 

 

ぺたん、ぺたん…ぺたん

 

不意にスリッパの音が止まる。

 

そこの、キッチンのドアが曇りガラスなので、よくは見えない。が、一応昨日の子と身長はほとんど同じ事がわかった。

 

さて…なにを言われるか…

 

 

きぃぃ……

 

恐る恐るといったようなゆっくりした感じで、ドアが開く。

 

「おはよう」

 

と、先に俺が言った。

 

ぺた、ぺた

 

スリッパで歩く音をさせながらキッチンに入ってきた。

 

昨日と同じ淡い緑色のパジャマ。間違いない。

 

「昨日は、ごめんな」

 

とりあえず、最初に謝る。

 

もし、ここの家が俺のものだったとしても、よく調べていなかった自分が悪い。

 

しかもそう見えたからとはいえ、何度も小学生だといったから、からかっているのだと思われたのだろう。

 

別に俺にそういう気はまったくなかったが…しつこかったのは悪かった。

 

「いきなり押しかけてきて、それで…後ろから襲い掛かるようにして」

 

あれも多分悪かったのだろう。

 

泥棒だと思って、後ろから取り押さえるつもりだったのかもしれない。

 

女の子にしてみれば、相当に怖かったに違いない。

 

「だから、この通り……ごめん」

 

そういって、俺は椅子から立ち上がってぺこりと頭を下げた。

 

で、頭を上げた。

 

さて、どんなことを言われるか、覚悟をしていたのだが……

 

「……?」

 

当の本人は何も言わなかった。

 

いやそれどころか、訳がわからないといったような顔できょとんとしていた。

 

「いや、だから昨日の夜の…ほら、あのこと」

 

うまく言い表せないので、俺はそう言った。

 

もしかして、一晩眠ったから忘れたのでは…

 

そんな想像が頭をよぎる。

 

まさか、そんなことはないだろう。

 

まさか、ね…

 

「……何の話ですか?」

 

「………」

 

「………」

 

「…昨日の、夜の…」

 

「…昨日、わたしは自分の部屋でぐっすりと眠っていましたが?」

 

「いや、だから…」

 

俺が夢を見ていたというのか?

 

それなら、あの回し蹴りは一体なんだったんだ?

 

「どうされました?」

 

途中で、言葉を失った自分を心配してだろうか。その女の子は聞いてきた。

 

昨日と雰囲気が全然違った。

 

昨日のは怒りっぽい、短気であったが、この子のは…言うなればお嬢様風である。

 

どういうことだ?

 

「ここ、おまえの家だよな?」

 

「はい、そうですけど…?」

 

なら、間違いない。

 

昨日の人物と同一人物だ。

 

顔も同じ、髪型も…薄暗かったのでよく分からなかったが、おそらく同じだろう。

 

あと、身長は…うん、やっぱり俺の肩ぐらいまでしかない。

 

どういうことだ?

 

…もしかして、からかわれているんじゃないだろうな…。

 

ふとそう思った。

 

だから、こうやってわざとお嬢様っぽい口調にして…それで後で笑うつもりなのか。

 

…油断ならない。仕返しか…

 

「……?」

 

また怪訝そうな顔をされた。俺が何も話さずにじっとしていたからだろうか。

 

しかし、もうわかった。そういう手でくるのなら…

 

「あのさ」

 

「はい?」

 

「この街案内してくれないかな? 昨日来たばっかりでよく分からないんだけど」

 

「あ、いいですけど…」

 

よし、これで…

 

「では、ちょっと……」

 

「はい?」

 

思わず、もう俺の企みがばれてしまったのかと心配する。

 

「…着替えてきます」

 

そういって、少し顔を赤らめてぱたぱたとスリッパの音をさせながら、回れ右で走ってキッチンを出て行った。

 

その間、俺はにやりと笑った。

 

演技にしてはうまいが、絶対にぼろを出す。

 

そのときには、反対に笑ってやるからな。

 

(絶対に、その化けの皮をはがしてやるからな!)

 

俺はひとりで燃え始めた。


 (2001.2.7) (2001.4.4 更新)

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