3.文化祭


裕次と広人は、10時に、加奈子と優と、剣道部の出した店の前で待ち合わせることにしていた。
K高校の男共は、年に一回の女の子がやってくる日と言うことで、気合い入りまくっていた。
あちこちで、ナンパしているのが見える。
販売係などはそのいい例で、買いに来た女の子に話しかけていた。


しかし、10時になっても、なかなか2人は来なかった。
広人のイライラが募る。
「如月さん、どうして来てくれないんだろ」
「落ち着けよ、加賀。まだ10分しか経ってないだろ?あ、いらっしゃい!剣道部のイカ焼きは天下一品だよ!!君たちになら、半額にしちゃおう!」
「ほんとに〜じゃあ4つちょうだい!」
「まいど、300円になります。あと、俺の電話番号もサービスしちゃおうかなあ」
「ええ〜それはいいですう」
裕次は、ちゃっかりナンパしている。
しかし、側で見ていた広人は、イライラが頂点に達してしまった。
「俺、ちょっと正門の方を見てくる」
「おい加賀、店はどうするんだよ!おい、おいってば!!」
「知るか、2年にでもやらせとけ!」
そう言うと、広人は人混みの中に消えていってしまった。
「しょうがない奴だな……あ、ごめんごめん。もう、タダで持ってけ〜!!」
「ほんとに〜ありがと」
「あ、俺の電話番号……」
しかし、女の子達は、さっさといなくなってしまった。
「くそう……ってこんなことしている場合じゃなかったんだ!おい、流山!!」
「はい、何ですか先輩?」
「悪いが、ちょっと留守番しててくれないか。加賀の奴を連れ戻して来るからさ」
「わかりました」
裕次は、慌ててエプロンを外す。
「あ、あと、俺か加賀を訪ねて来る子がいたら、ここで待つように言ってくれ」
「はい」
そう言うと、裕次は正門に向かって行った。



裕次は、やっとのことで正門の所に辿り着いた。
何せ、人の多いこと多いこと……
まさに朝の通勤ラッシュ状態である。
K高校の男共もそうだが、I女学院を始めとする女子高生も多いのである。
そんなに出会いにあぶれているのかと、ふと思ってしまう。
「くそっ、こう人が多くちゃ、どこにいるかさっぱりわからん!!」
左を見ても、右を見ても、人ばかり。
時々、女の子の胸にぶつかったりするのは嬉しいが、暑苦しい男とぶつかった時は最悪だ。
「加賀あ〜何処だ〜!!」


その時、左手の方から、叫び声が聞こえた。
裕次は、そちらに目をやる。
「加奈子!!」
裕次は、慌てて駆け寄った。
加奈子の姿がちらと見えた気がしたのだ。
裕次の予想は当たった。
加奈子と優が、男2人組に囲まれていたのだ。
裕次に緊張が走る!
慌てて駆け寄ろうとすると、誰かが先に2人組の前に飛び出した。
「加賀!!」
それは、加賀広人だった。
広人は、2人組の前に立ちはだかった。
「なんだよ、お前。俺達が先に声かけたんだぜ。横取りはいけないなあ」
「何言ってるんだ。彼女達は嫌がっているじゃないか。それに、ここはお前達不良が来るような場所じゃない!!」
広人は、強い口調で2人組を圧倒した。
「なんだと!!貴様、何様のつもりだ!!」
男の拳が、広人の腹に炸裂した。
広人は、腹を抱えて膝をつく。
加奈子と優が、広人の元に駆け寄る。
「しっかりして!」
加奈子は、心配そうに広人を抱える。
すると、広人は優を見た。
優は、可愛らしい瞳に、涙をいっぱい溜めていた。
「如月さん、早く逃げてください……」
「えっ!」
優は、自分の名前を知ってる広人を見て、驚いた。
加奈子は、それに気付いてハッとした。
「もしかして、あなたが加賀くん?」
優も、それを訊いて、広人を見る。
「いいから早く……早く逃げるんだ―――ぐはっ!」
広人は、腹にケリを入れられた。
今度はうずくまってしまった。
「カッコつけやがって、この野郎……」
優の瞳に溜まった涙が、今にもこぼれそうだった。
男は、そんな優の腕を掴もうとする。
「ちょっと、優には手を出さないで!」
加奈子は、その手をおもいっきり叩いた。
「えらく威勢のいい女だな……まあ、いい。じゃあお前が俺達の相手をしてくれるのか?」
「……わ、分かったわ。だから、優には手を出さないで……」
「加奈ちゃん……」
すると、2人組はニヤリと笑った。
2人が、加奈子に近づく。
加奈子は息を飲んだ。


しかし、その時、突然男が吹っ飛んだ。
「えっ!」
加奈子は、驚いて吹っ飛んだ男を捜した。
男は、奥にあったゴミ置き場に頭を突っ込んでいた。
それを見て、もう1人の男が叫ぶ!
「誰だ!!」
それを言ったか言わないかのうちに、その男もその場に倒れ込んだ。
加奈子は、ゆっくりと顔を上げる。
「ま、松登くん!!」
それは、裕次だった。
裕次の顔は男に向けられていた。
しりもちを付いていたせいか、加奈子には、裕次がとても大きく見えた。
「松登くん……」
とても、頼もしかった。
しかし、その時、ゴミ置き場に倒れていた男が立ち上がった。
裕次は、即座にそれに気付く。
「加奈子!加賀と優ちゃんを連れて、すぐ本部に行け!!」
「えっ、でも……」
「いいから行け!!」
「…………」
「加奈子!!」
「……わかったわ」
裕次は、男に殴り倒される。
加奈子は、それを横目に見つつ、広人を抱き起こした。
優を見ると、固まっていた。
「優、早く本部へ行くよ!」
「…………」
加奈子は、放心状態の優とともに、広人を背負って、本部へと向かった。
裕次がやられているのを、横目にして。
裕次は、そう簡単には、やられなかった。
だが、2対1。
不利なのは目に見えていた。
次第に押され始めた。
すぐ横を、何知らぬ顔して通り過ぎて行く奴らが見えた。
「うう……竹刀さえあれば……」
次第に目の前が暗くなって来た。
人の足がいっぱい見える。
「う……」
ついに、何も見えなくなってしまった。




―――くん。
――くん、目を覚まして……
「松登くん……」
裕次のまぶたがゆっくりと開いた。
何もかもがぼんやりしている。
ただ、自分の顔に温かいモノが落ちてきているような気がした。
「か、加奈子……」
それは、加奈子の涙だった。
加奈子が、裕次の手を取って泣いていたのだ。
「あれ……お前、何やってんだよ……泣くなよ……」
「バカ……こんなにボロボロになっちゃって……」
「はっ!」
裕次は、突然すべてを思い出し、飛び起きた。
「あの不良共はどうなったんだ!!うう……」
加奈子は、慌てて裕次の体を支える。
「ダメだよ、まだ安静にしてなきゃ……」
「だって、あいつらを放って置けない……うう……」
加奈子は、裕次をゆっくり寝かせた。
「もう大丈夫よ、だって……」
ガチャ!
突然、誰かが入って来た。
男2人と、女1人である。
「まったく……松登、またお前なのかよ……」
男の1人が口を開く。
裕次は、その男を見て驚いた。
「う、上松先生……」
「うちのクラスの奴が、問題を起こしたと訊いたから来てみれば、またお前だ。もう少し大人しく出来んのか、お前は!!」
上松は、裕次をさげずんだ。
「待ってください。松登くんは、私達を助ける為にやったんです」
加奈子は、反論した。
だが、上松はあくまで強い姿勢だ。
「しかし、喧嘩は喧嘩だ。停学だな、松登……」
「上松……」
すると、もう1人の男が、上松の肩をポンと叩いた。
とても大柄で、上松より、頭一つ分背が高かった。
「まあ、上松先生。今回は大目に見てやりましょう」
「だ、壇ノ浦先生……」
裕次は、壇ノ浦を見て、もっと驚いた。
加奈子は、おじぎをする。
「さっきは、本当にありがとうございました。壇ノ浦先生」
「当然のことをしたまでだ。あんなガキ共に、文化祭を滅茶苦茶にされてたまるか」
「だ、壇ノ浦先生、あなたが助けてくれたんですか?」
裕次は、恐る恐る訊く。
すると、加奈子が代わりに答えた。
「壇ノ浦先生、あの2人を軽々と持ち上げて、近くの交番までそのまま連れて行っちゃったのよ」
「そんなの朝飯前だ」
「それに比べて、上松先生は、後ろの方でこっそりと見ていただけですものね」
加奈子は、ちらりと上松を見た。
「オホン、こ、今回は許してやる。だが、今回で最後だ。今度、問題を起こしたら、即停学だ。分かったな!!」
そう言うと、上松は逃げるようにして、部屋を出て行ってしまった。
「それでは、北村先生、後は頼みましたよ」
「はい」
どうやら、もう1人の女性は、保健の先生らしい。I女学院からの協力で来ているのだろう。
壇ノ浦は、部屋を出て行った。
裕次は、暫く壇ノ浦の後ろ姿を見つめていた。
はっきり言って、意外だったのだ。
今まで、壇ノ浦のことは、加賀からイヤと言うほど訊かされていた。
確かに、巨体で口も悪いが、何か違うと感じた。


裕次は、北村先生に、もう一度手当をして貰った。
「まったく若い子はいいわね。あれだけやられていたのに、こんなに元気だなんて……」
「俺は、元気だけが取り柄ですから……」
「ふふ、そうなの?それじゃ、もう少ししたら帰っていいわよ。佐伯さん、お願いね」
「はい」
そう言うと、北村先生は出て行ってしまった。
加奈子は、裕次に微笑みかける。
「でも、これくらいで済んで良かった」
「ん?」
「ほんとにありがと。体を張って助けてくれて……松登くんが来てくれなかったら、私達どうなっていたか……」
「ま、知り合いのピンチを黙って見捨てる訳には行かないだろ?」
「松登くん、照れてるの?」
「ち、違うわい!!」
2人は、大爆笑してしまった。
緊張の糸が切れたせいだろうか。
「お茶でも飲む?」
「ああ、ありがと。ん……そういえば、加賀の奴はどうなったんだ?それに優ちゃんも……」
「加賀くんは、すぐ気を取り戻したから心配しないで」
「そうか……あいつも、竹刀持たせればかなり強いんだけどな……」
「今、優と2人でいると思う」
「なんだ早く言ってくれよ。すっかり忘れてた……今日はそれで来たんだったな。あいつ、上手くやってんのかな?」
「う〜ん、どうだろ……」
加奈子は、裕次にお茶を差し出した。



「ごめんなさい―――」
「えっ……」
事は、一瞬にして終わってしまった。
気合いの入っていた広人は、一気にしおれた。
「どうして、俺のこと気に入らないか?」
「ううん、加賀さんはいいひとです……」
「それなら、どうしてダメなんだ?」
広人は、優の可愛らしい瞳を見た。
しかし、その瞳は、嫌がるように横を向いてしまった。
「あ、あの、私……」
優の顔が真っ赤になる。
「私、好きな人がいるんです。ごめんなさい」
「えっ……」
しかし、広人は怯まなかった。
「如月さん、そいつとはつき合っているのか?」
「そ、そんな、つき合っているだなんて……私の片思いなんです……」
「そ、それなら、俺と……」
「ごめんなさい!私、あの人に会ってから、毎日、頭がいっぱいなんです!!」
「き、如月さん!!」
優は、駆けて行ってしまった。
「…………」
広人は、その場に立ち尽くしていた。



ガチャ!!
突然、優が保健室に飛び込んで来た。
何か様子が変だ。
「優、どうしたの?加賀くんと何かあったの?」
すると、優は、裕次の顔をじっと見た。
「どうしたんだ、優ちゃん?」
裕次が見た途端、優の顔がトマトになった。
「あ、あの、あの……私、加賀さんとはおつき合い出来ません!!」
「えっ!あっ、優ちゃん!!」
優は、慌てて出て行ってしまった。
裕次は、立ち上がる。
「松登くん、どうする気?」
「俺、彼女に謝ってくるよ。加賀を紹介したのは俺だからな……彼女を悲しませちゃったんだ」
そう言うと、裕次は体を引きずって保健室を出て行った。
加奈子は、暫くポーっとその場に立ち尽くしていた。



「優ちゃん、優ちゃん、待ってくれ!!」
裕次は、走り去ろうとする優を追いかける。
学校は、既に夕方であったため、文化祭も終わり、シンとしていた。
2人の足音が、廊下に響く。
「優ちゃ……うっ!」
裕次の体に、突然激痛が走った。
それはそうだ。
先程あれだけボコボコにされたのに、動き回っている方が不思議な位である。
裕次は、バランスを崩す。
「裕次さん!!」
優は、裕次の様子がおかしいことに気付いた。
慌てて裕次の元に駆け寄る。
裕次が倒れる直前に、優は受け止めた。
「裕次さん、どうしてここまでして私なんかのことを……」
「はは、悪い悪い……いや、俺が君を傷つけちまったんだ。謝ろうと思ってさ」
「そんな、どうして裕次さんが悪いんですか!」
「だって、君は最初からあまり乗り気じゃなかったじゃないか。それを無理に会うように言ったのは、俺だ。君は優しいから、俺の頼みを訊いてくれた。ごめん。俺は、加賀を、そして優ちゃん、君の両方を傷つけてしまったんだ」
「違うんです。私、傷ついてなんかいません!」
「えっ!」
裕次は、優を見た。
優に抱えられていた為、優の顔は、息のかかる所にあった。
「ど、どういうことなんだ?」
「そ、それは……」
優の顔が、再びトマトになった。
「そ、その、あの……実は、私……」
その時だった。
裕次が、突然優に抱きついて来た。
優は、我を忘れる。
「あ、あ、あの、裕次さん……私まだ、心の準備が……えっ!」
次の瞬間、裕次の体は廊下に吸い付けられた。
いや、裕次が倒れ込んだのだ。
 
  「ゆ、裕次さん!!」



裕次が目を覚ますと、どこかで見たような天井があった。
そう、自分の部屋の天井である。
よく見ると、母親が怖い顔して立っていた。
「あ、あれ、俺……」
「まったく、何馬鹿やってるのよ。まる一日寝ていたのよ、あんた」
「そうか、俺……」
「もう面倒見切れないわ。母さんはもう知らないからね」
母親は、部屋を出て行こうとした。
「あ、そうだ。佐伯さんと、如月さんって子がさっきまで来ていたのよ。後でちゃんと礼を言っておきなさい」
「わかった……」
そう言うと、母親はドアを閉めた。
「加奈子と、優ちゃん、見舞いに来てくれたのか……」
裕次が起きあがろうとすると、濡れタオルが落ちた。
「おふくろ……」
裕次は、軽く微笑んだ。

続く