2.如月 優
2
- さて、日曜日――
裕次は、加佐未北中学の近くの公園に来ていた。
この前、久々にこの公園に来たと思っていたら、こうもすぐにまた来ることになろうとは、思いも寄らなかった。
この公園は、加佐未センター街から少し北に上った所にあって、意外に広く、なかなかのデートスポットになっている。
中央には、湖もどきまであり、若いカップルが楽しそうにボートに乗っているのが見える。
あまりにアツアツなので、裕次はつい、顔を伏せてしまう。
「こいつら、こんな真っ昼間から何やってんだか……ま、本人達が楽しければいいか」
裕次は、約束場所に向かった。
- しかし、少し早く来てしまったようだ。
この男、かなりガサツではあるが、女の子との約束はきっちり守る方で、いつも待ち合わせ時間よりも早く来てしまうのだ。
時計は、12時半を指している。
「少し、時間を潰すか……」
裕次は、公園を一回りすることにした。
一周と言っても、結構広いので、20分位かかる。
この間も、テスト勉強がイヤになったので、こうして散歩していた。
「そういえば、この前、ここで変な女の子に会ったな……」
「きゃっ!!」
「うおっ!」
また人にぶつかってしまった。
「イテテ……だ、大丈夫だったか―――って君は!!」
「きゃっ!」
相手の子は慌てて飛び起きた。
顔が真っ赤になっている。
「また君なのか……」
相手の子は、この間ぶつかった子だった。
「2回もぶつかって悪かったな。怪我はなかったか?」
「あ、あ、あの……その……」
「?」
「ご、ごめんなさい!!」
「あっ、おい!!」
女の子は、慌てて駆けて行ってしまった。
「変な子……」
- 裕次が、約束の場所に戻ると、どこかで見たことがあるような女の子がベンチに座っていた。
その子は、髪はセミロングで、格好もジーパンを履いてるなど、さっきぶつかった子とはかなり対照的だった。
ベンチに座っていた子は、こちらに気付くと、大きく手を振った。
「あ、松登く〜ん!!」
「えっ!」
どうやら、彼女が加奈子のようだ。
「よ、久しぶり」
「うん」
すると、裕次は加奈子をじっと見つめた。
「えっ、えっ……どうしたのよ、松登くん……」
こんなにマジマジと見つめられると、何とも恥ずかしいものである。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、松登くん!!」
「え、ああ、悪い悪い。なんか中学の頃と随分雰囲気が違うなと思ってさ。前からこんな感じだったっけ?」
「あ、髪をちょっと短くしたからかな。それに、中学の頃は三つ編みしていたし……」
「そうか、そうだったな。前はなんつ〜か、こう子供っぽいと言うか、そんな感じだったもんな」
「松登くんて、そう言う風に思っていたの?もう!」
「ふくれっ面するなって。加奈子は、前も今も十分に可愛いって」
「えっ……ほんとに?」
加奈子は、モジモジしながら裕次を見た。
「なんてな、う・そ・だ・よ。ははっ!」
「もう、松登くんのバカ!!」
加奈子は、ポカポカ叩く。
「……ま、冗談はこの辺にしておいて、如月って子はどこだい?」
「あ、そうそう。もうすぐ来ると思うよ。でも、優の奴、あんまり気乗りしてなかったみたいだけど」
「そうなのか?……加賀の奴、ショックを受けなきゃいいけど」
「あ、でもまだ分かんないよ。実際に会ってみないと」
「それはそうだな。如月さんも一目惚れするかもしれないしな」
- そんなことを言っていると、1人の女の子が、2人に近づいて来た。
「あ、優の奴が来たみたいだよ。優〜!こっちこっち!!」
加奈子は、優の手を振った。
「やっと来たのか――――なにい!」
裕次は、優を見て驚いてしまった。
「ど、どうしたのよ。松登くん?」
「この子が如月 優なのか……」
優の方も、裕次に気付き、固まってしまった。
- 「あなたが、松登裕次さんなの……?」
優は、顔を真っ赤にして、加奈子の後ろに隠れてしまった。
「ちょっと、優までどうしたのよ?」
しかし、加奈子は、優の顔を見て、瞬時にことを理解した。
- 3人は、公園の中にあるサ店にいた。
公園になぜこんなものがあるのだと言われると困るが、それ程豪華なものではない。
公園に来るカップルに的を絞っているのだろう。
そうでなければ、こんな所にサ店が堂々とあるのはおかしい。
- 「なんだ、2人とも知り合いだったのね」
加奈子の元気な声が、サ店中に響いた。
「いや、知り合いと言うか何と言うか……2回も偶然ぶつかっちまって……如月さん、ほんとにごめんな」
「えっ……き、気にしないでください……」
優は、何か落ち着かない様子である。
「どうしたの、優?何かソワソワしてない?」
「そ、そんなことないよ」
優は、加奈子の顔を見ずに答えた。
「しっかし、驚いたぜ。お前ら全然性格違うじゃないか。正反対って感じがするぞ」
「正反対って?」
「つまりだな、加奈子が男で、如月さんが女の鏡」
「誰がオトコよ!!」
加奈子は、すかさず反論する。
しかし、優の方は、その言葉を訊いて、目をウルウルさせていた。
「あの……私って女の子らしいんですか?」
「え、ああ、俺はそう思うよ。とっても可愛いし、加賀の奴が運命の人とか言っていただけのことはあるよ」
「あ、ありがとうございます」
優は、嬉しそうに笑みをこぼした。
「優……」
加奈子は、優の言動に何かを感じ取っていた。
- 「それでさ、俺の知り合いに、加賀広人って奴がいるんだ」
「加賀さん……ですか?」
「ああ、そいつがどうも君が気に入ったらしくてさ。俺が言うのも変なんだけど、あいつはいい奴だぜ。頭もいいし、この前まで生徒会の会長やってたしさ」
「そうなんですか……それで、私に?」
「うん、突然のことで君もビックリしたと思うけど、頼むよ」
「…………」
横で訊いていた加奈子は、ジュースを飲んだ。
「優、一度会ってみたら?優ってほとんど男友達いないじゃない。……って私もそうだけどさ。優の場合、男の子が苦手なんだから、それを改善するいいチャンスかもよ」
「…………」
「えっ、如月さんて、男が苦手だったのか」
「そうなの。優は、男の子の前に立つと、緊張しちゃってダメなんだ」
裕次は、優を見た。
すると、優は、裕次に向けていた視線が合ってしまい、俯いてしまった。
「そうか……だから初めて会った時も、あんなに固まっちゃっていたのか」
「固まっちゃった?」
「ああ、俺の顔を見たまま動かなくなっちゃってさ。てっきり転んだ拍子に何処かぶつけたのかと思ったんだ」
「優が……」
加奈子は、優を見た。
「大変だな。でも、そういうのは早く直した方がいいぜ。いざって言う時に困るしな」
「…………」
「そうなのよ。優っていつもそういうことで失敗してるし……」
「加奈ちゃん……」
優は、加奈子を見つめた。
加奈ちゃん、どうして彼の前でそんなこと言うの?
「とにかく、優。一度、その加賀って人に会ってみたら?そうだなあ……今週の文化祭の時にでもどう?」
「えっ、でも……」
「優ちゃん」
「は、はいっ!」
優は、裕次にいきなり名前で呼ばれたので、驚いた。
「あ、ごめん。でも、優ちゃんでいいだろ?如月さんじゃ何か他人行儀だし」
「は、はい……」
優は、顔を真っ赤にして答えた。
「それじゃ、文化祭の時でいいかい?当日は、俺も応援してやるからさ」
「あの……松登さん……」
「松登じゃなくて、裕次でいいよ」
「は、はい……裕次さんがそう言うなら、私、行きます」
「そうか、来てくれるか。いやあ、よかった。NOとか言われたら、加賀に会わせる顔がなかったからな」
「そ、それじゃ、私……この辺で帰ります」
「おう。それじゃ、文化祭の時に」
「はい、また会ってください」
そう言うと、優は走って行ってしまった。
ちゃんと、お金を置いて行ってる所が可愛らしい。
加奈子は、そんな優の後ろ姿を見つめていた。
- 加奈子を送っていく間、裕次は考え事をしていた。
「どうしたの、松登くん」
加奈子が、目の前に顔を出した。
どうやら彼女も、裕次の様子に気が付いたようである。
「えっ、どうしたって、俺がか?」
「うん、何か私に訊きたいことでもあるの?」
加奈子は、優しげな目で裕次を見た。
「ん〜まあそうなんだけど……それより、ほんと久しぶりだな、加奈子と会うの」
裕次は、なぜかはぐらかしてしまった。
加奈子は、なんだという顔をして、前を向いた。
「そうだね。でも、私はそんな気がしないんだ。卒業したのが、ついこの前って気がする」
「俺は、そんなことないぞ。この2年半、毎日毎日男、男、男って……もうイヤになって来てるぞ。ああ、中学の時はよかったな……」
裕次は、しみじみ答えた。
「そんなにイヤなの?」
加奈子は、興味津々という顔付きである。
「何、面白そうな顔してんだよ」
「だって、男子校って男の子しかいないんでしょ?信じらんないよ」
「俺だって、未だに信じらんよ。生徒だけかと思えば、教師まで男だけだったりして……それに、みんなレスラーみたいな体格の奴ばっかりだし」
「うっそ〜そうなんだあ。うちの学校は、男の先生もいっぱいいるのに」
「まあ、うちみたいな欲情の塊の野郎共の中に、美人教師でもいたら、一日で……」
「一日で?」
「……と、とにかくだ。飾り気も何にもない地獄だよ」
- 裕次は、自販の前で止まった。
「何か飲むか?」
「あ、ありがとう。私、オレンジジュースでいいよ」
「じゃ、俺は缶ビールでも一杯……」
「こらっ!!」
「じょ、冗談だって。酒はもう飲まないって決めてるからな。はい、オレンジジュース」
「ありがとう」
すると、裕次はジュースを一気に飲み干してしまった。
加奈子は、それを見て、ビックリしてしまう。
「よく、そんなに飲めるね。私なんて半分でいっぱいになっちゃって……」
「人間、不可能なことはない」
「ほんと?」
「俺が言うから間違いない」
「じゃ、全部飲んじゃえ」
ゴクゴクゴク……
加奈子は、一気にオレンジジュースを飲み干した。
「な〜んてな。嘘に決まってるだろ」
「もう、松登くんのバカ!!」
加奈子は、裕次を追いかけ回した。
- 裕次が家に帰ると、汗でグッショリ濡れていた。
決して加奈子に追いかけ回されたからではない。
梅雨明けしたばかりだと言うのに、メチャメチャ暑いのである。
この前までは、雨ばかりで外で遊べんとイライラしていたものだが、こう暑くては逆に外に出たくなくなってしまう。
- 裕次がシャワーを浴びてのんびりしていると、電話が鳴った。
「なんだ、加奈子の奴、まだ根に持ってやがるのか?」
とにかく受話器を取る。
「ハイ、松登ですが―――」
「よう、松登。俺だよ、加賀だ」
「なんだ、お前か」
「なんだはないだろ。如月さんのこと、帰ってきたらすぐに話してくれるって言っていたのは、お前の方だろ」
「そうだったか?」
「そうだよ。……ま、いいや。それで、どうだって、彼女?OKしてくれたのか?」
広人の声は、かなり熱が入っていた。
「ああ、文化祭の日、気合い入れて来いよ!!」
「ほんとか、やった〜!!感謝するよ、松登」
「ああ、頑張れよ」
「じゃあ、早速、散髪にでも行ってくるよ。それじゃ」
ガチャ―――
「ったく……しかし、あんな冷静だった加賀を、ここまで熱くさせるとは……まあ、確かに優ちゃんは可愛かったな」
- その時、裕次はさっき加奈子に言いそびれたことを思い出した。
「あの2人、なんかギクシャクしていた気がしたんだが……気のせいか……」
なぜか、そういう気がしてならなかった。
続く