1.始まり


prologe

松登裕次(まつとゆうじ)は、加佐未の公園を歩いていた。
久々に来た気がする。
高校に入ってからと言うもの、学校から離れてしまったので、ここに来る機会もあまりなくなっていたのだった。
「中学の時は、よく来たもんだったな。中学のグラウンドはないに等しかったし、ここで毎日のように野球やったり、サッカーやったり……」
裕次は空を見上げた。
7月の空には、雲ひとつなかった。
快晴である。と言うか、暑い位だった。
「高校に入ってからは、毎日毎日剣道剣道……それも来月の大会で終わりか……なんで俺が受験の為に引退しなきゃならんのだ、まったく―――!!」
「きゃっ!」
「うわっ!!」
裕次は、前を見ていなかったので、人にぶつかってしまった。
裕次は、持ち前の運動神経でうまくバランスを取ったが、相手は転んでしまった。
「悪い、大丈夫だったか?」
と、裕次がその人に手を差しだそうとすると、赤面してしまった。
スカートが少しめくれていたのだ。
裕次は、慌てて顔を背ける。
「助けなきゃならんのに〜!!でも……ああっ!!どうしたらいいんだ!?」
裕次は混乱状態である。
「あの……」
「ああっ!どうしたらいいんだ!!」
「あの……」
「…………えっ!?」
裕次が振り返ると、その女の子は立ち上がっていた。
歳は、裕次と同じくらいだろうか。
ロングの髪に、可愛らしいワンピースを着ていた。
「あ、あの、すいませんでした。私がポーッとしてたから……」
女の子は、深々と頭を下げている。
「何言ってんだ。悪いのは俺だよ。上向いて歩いていたからな」
「でも……」
「じゃあ、両方が悪かったってことでいいだろ。さ、顔を上げてくれよ」
「はい―――――えっ!!」
その子は、顔を上げた途端、固まってしまった。
「…………」
「ど、どうしたの。俺の顔に何か……?」
「…………」
「あの〜もしもし?」
裕次が女の子に近づくと、今度は急に大声を上げた。
「きゃあ!!」
「ご、ごめん。でも、大丈夫なようだな。転んだ拍子に頭でもぶつけちまったかと思って冷や冷やしたぜ」
「そ、そんなことは……」
「それじゃ」
「えっ、あの……」
女の子は、もう暫く固まっていた。



これは、些細な出来事のはずだった。
しかし、これをきっかけとして裕次の生活は大きく変わることとなってしまったのだった。




ここはK高校。どうも男子校らしく、何の飾り気もない。特にこんな暑い日にはたまったもんじゃなかった。
バッ!!
裕次は、3−Bと書かれた教室に飛び込んだ。
「セ、セーフ……」
「こら、どこがセーフなんだ!!」
「えっ?」
裕次が後ろを振り返ると、おなじみの男が立っていた。手にはテスト問題らしきものを持っている。
「う、上松先生じゃないですか。本日はお日柄もよく……」
「アホかお前は!期末試験に遅刻してくる奴が何処の世界にいるのだ!!」
「ここにいます」
教室は、笑いの渦と化した。
「もういい!!早く席に着け!!」
「は〜い」
笑いの渦の中、裕次は席に着いた。
どうやら今日は、期末テストの最終日らしい。
裕次のクラスは、受験を控えて多少なりとも張りつめた雰囲気があった。
それをほぐしているのがこの男、松登裕次だった。
成績はあまり良くないが、活発で、まあクラスのムードメーカーと言った所だろうか。
しかし、担任の上松誠二には、かなり目をつけられていた。
それはそうだ。
ムードが明るくなったのはいいが、B組のクラス平均まで、他のクラスより悪くなっていたのだった。


テストの後、裕次は剣道部にやって来た。
「松登!!」
「おう、加賀。1週間ぶりだな!」
裕次に話かけて来たのは、親友の加賀広人だった。
広人とは、この剣道部に入ってからの仲である。
この男は、裕次とは違う雰囲気を持っていた。
同じ部に入らなければ、友達になることもなかっただろう。
「どうしたんだ、加賀。今日のテストが出来なかったのか?ま、成績優秀なお前がそんなことある訳ないか」
「違うんだ。ちょっと相談があってな」
「相談?」
裕次は、広人の顔を見た。何かモジモジしている。
「はは〜ん」
「な、なんだよ」
「わかった、わかった。そういうことなら、ここじゃ話にくいな。外行って話そうぜ、加賀」
「あ、ああ……」
裕次は、広人を引っ張って行った。


2人は、屋上から外の風景を眺めていた。
ここに来ると、風がゆっくりと吹いていて、まだ涼しかった。
「加賀、女のことだろ?」
「ど、どうしてわかるんだよ」
広人は顔を赤くして下を向いた。
「だって俺達は親友だぜ。お前のことなんか顔見ればすぐに分かるって」
「そうか……」
「しっかし、どうしたんだ、いきなり。この前までは受験生に女なんか必要ないとか言っていた癖に」
「それが……来週の文化祭、I女学院と合同でやるの知ってるだろ?」
「ああ、文化祭か……そういえば、なぜか文化祭だけI女学院と合同でやっているんだよな、毎年」


I女学院は、今中駅の近くにある女子校だった。
最近の若年層の減少による影響で、両校とも生徒数が少なく、文化祭の資金が足りないということらしいが、定かではない。
そこで、この数年は合同でやっているのだが、準備はすべてK高校側がやっていた。
I女学院側は、当日参加のみである。
両校の生徒会が共同でやるはずなのだが、どうもK高校の男共は女の子に優しいらしい。
仕事を一方的に引き受けていたのだ。
まあ、K高校側にしてみれば、ポイント稼ぎをしたいのであろう。


「それでこの前、I女学院に行って来たんだ」
「あれ、お前もう生徒会は引退したんじゃなかったのか?」
「それが、今年の会長じゃまとまる話もまとまらんからって担当の壇ノ浦先生に無理矢理行かされて……お前は前会長として、責任持って岸山を補佐してやってくれって……」
「ひっで〜話。確かに今年の会長はかなりキテる気はするが、なんでお前がそれをかぶらなきゃならないんだよ」
「壇ノ浦先生には、絶対逆らえないからね」
壇ノ浦という奴は、自他共に認めるK高校最強の男である。
指導部長であり、生徒会担当でもある。
しかし、今年の新会長にはかなり苦戦しているようだ。
岸山は、広人にしつこく迫って予定の期日よりも、2ヶ月も早く会長になった奴だ。


「それで、そんなこと話したかったのか?」
「ち、違うって。それでI女学院に行った時にさあ……ああっ!!」
「お、おい、大丈夫か、お前?」
「ごめん……そ、そこで運命の人と出会ったんだ」
「運命の人?」
「そう、彼女を見た途端に、何かこうビビーンと来たと言うか、なんと言うか……」
「ははっ、何だそりゃ!」
広人は、裕次を睨みつけた。
「松登お!」
「ごめんごめん。それで、告白したのか?」
「そ、そんなこといきなり出来る訳ないだろ!訊いた所によると、その子は、松登と同じ中学だったらしいんだ」
「なんて名前だ?」
「如月 優って言うんだ」
「きさらぎねえ……何か訊いたような名前だな……」
裕次は頭を巡らす。
「如月、如月……ん?そ、そうか!!」
「知ってるのか!?」
「思い出した。加奈子の親友に違いない」
「加奈子?」
「あ、俺が中学の時に同じクラスだった奴だよ。確か奴の親友に如月 優って子がいた気がする」
「そう、その子だよ。俺、彼女を見た時に、何か今までに感じたことのないような気持ちになったんだ。これはきっと運命だよ」
「そういえば、加奈子とは卒業以来会ってないな。どうしてるだろ?」
「なあ、松登。その加奈子さんのつてを使って、如月さんに俺のことを紹介してくれないかな」
「え、そういうことは自分でやった方がいいんじゃないか?」
「頼む!!こんなにドキドキしてんのは初めてなんだ」
「そんなに可愛い子なのか?」
「ああ、俺は絶対如月さんを彼女にしたいんだ!」
広人は頭を下げた。
「わ、分かったから、頭上げろよ」
「ほ、ほんとか?感謝するよ、松登!!」
「親友が悩んでいるのを、放っておく訳にも行かないからな。協力してやるよ」
「さすが、持つものは親友だな」
そう言うと、広人は階段を駆け下りて行った。
「女に見向きもしなかった奴が、あんなになるとはな……人間分からないもんだ」
裕次は空を見上げた。
相変わらず、空には雲一つなかった。



トゥルルルルル……トゥルルルルル……
「はい、佐伯です」
「あ、松登と言う者ですが、加奈子さんいらっしゃいますか?」
「私ですけど……もしかして、あの松登くん?」
「他に誰がいる!?」
「わあ、久しぶりだね〜」
加奈子の声は嬉しそうである。
「ほんと、もう2年以上会ってないよな」
「それでどうしたの、今日は?」
「それがさ……如月 優のことでちょっと……」
「あれ、何で松登くんが優のこと知ってるのよ」
「お前の親友じゃなかったっけ?」
「ええ、そうよ。今も同じ高校だし」
「そうか、ふむふむ」
「……って何なのよ!!」
「いや、それが……」
「まさか松登くん、優のことを……?」
「違う違う、俺じゃないんだ。俺の親友の加賀って奴がその子に一目惚れしたんだと」
「なんだ、松登くんじゃないのか」
「それでさ、お前に協力して貰おうと思ってさ」
「協力って?」
「加賀の奴、相当気に入ったらしくってさ。俺に上手く紹介してくれって言うんだ。まったく迷惑な話なんだが」
「そうか……それじゃ今度、私と優と松登くんの3人で一度会わない?」
「ああ、そうしてくれないか。俺は如月 優を全く知らないし、加奈子が協力してくれれば、大助かりだ。サンキュ!!」
「どういたしまして。じゃあ明日、加佐未北中学の近くの公園に1時ね」
「わかった」



ガチャ。
加奈子は、受話器を置いた。
そして、優に電話しようともう一度取ったが、すぐに戻してしまった。
窓の外を見る。
外は、きれいな星で散りばめられていた。
加奈子はベットに横になった。
「松登くんか……まさかこんな形でもう一度会うとは思わなかったな。彼に初めて会ったのは、中3の時だったっけ……」
加奈子は中3時代のことを思い出し始めた。


中3の時、加奈子と裕次は、初めて同じクラスになった。
加奈子は大人しい方だった。
親友と言えば優くらいで、あとはそんなに仲のいい友達はいなかった。
そんな優とも、中3になると違うクラスになってしまい、かなり寂しいものだった。
教室は2階と3階という風に隔てられていて、休み時間にもほとんど会えなかった。
その頃の裕次は、今と同じく、クラスのムードメーカーだった。
つまりよく目立つ訳である。
友人も多かったし、よく外で遊んでいた。
剣道は、この頃からやっていて、学校のホープとして注目を集めていた。
当然、加奈子はそんな中には馴染めなかった。
ずっと独りで、教室の隅に立っていた。
しかし、ある時裕次が話しかけて来た。
「よう、何やってるんだ」
「え、えっ、え〜と……そうだ、友達を待ってるんです」
加奈子は、最もらしい理由が見つからず、適当なことを言ってしまった。
裕次は、それを見抜いたようだが、敢えて追及はしなかった。
「ふうん……てっきりみんなに仲間外れにされてるのかと思った」
「えっ!」
加奈子は、裕次の顔を見た。
正直、図星である。
「そ、そんなことないです。ただ、私がみんなの中に入ろうとしないだけで……」
「独りじゃつまんないだろ。じゃあ、俺とメシでも食うか」
「えっ!」
「もう弁当食っちまったか?」
「ま、まだです……」
「じゃ、食おうぜ。なっ?」
「……は、はい」
すると、クラスの男子共がちょっかい掛けて来た。
「松登、佐伯はやめといた方がいいぜ。こいつ最悪な奴だからな。なあ、みんな」
「ああ、その通り」
加奈子は、俯いてしまう。
「まったくこいつは―――」
すると、裕次が一喝した。
「お前ら、そんなこと言って何が楽しいんだよ!!そんなに人を馬鹿にして楽しいのか!!どうして仲良くやって行けないんだよ!!」
「…………」
男共は静まり返ってしまった。
それを見ると、裕次は弁当を広げ出した。
「佐伯、さあ食おうぜ」
「…………」
「どうしたんだよ、泣きそうな顔して?」
「松登くん、ありがと……」
「何言ってんだか。早くしないと俺、食い終わっちまうぜ」
「うん!」
それが、2人の出会いだった。



加奈子は、天井を見つめた。
「あれからか……私がみんなの溶け込めるようになったのは……」
すると、急に喜びが込み上がって来た。
「あの松登くんに、また会うんだ」
加奈子は立ち上がって、卒業アルバムを引っ張り出した。
その中のクラス写真を見ると、1人、妙な格好をした奴がいた。
裕次である。
この時の為に、わざわざ制服の中に妙な服を着込んで来たらしく、撮る瞬間に制服を脱いで、先生に大目玉をくらったのだ。

加奈子は、それを思い出して、吹き出してしまった。

続く