16.終焉27/epilogue


 
            27
 
 フェニナーゼスは、火山灰に埋もれた神殿を発見した。
 目の前には溶岩が広がっていた。よくこんな所に神殿を作ったものである。
「ここか……」
 フェニナーゼスは、ゆっくりと神殿内に足を踏み入れた。
 不思議なことに、中は外の影響を全く受けていなかった。どうやら、特殊なバリアが張られているようだ。
「二十年近く来ていなかったせいで、なかなか見つからなかったな」
 フェニナーゼスは、そう呟いた。
 
 恐怖の大魔王を始めとして、魔族がここに封印されてから数百年、その効力は少しずつ弱まって行った。
 彼らの復活を恐れた当時のアナトリア三世達は、魔物達の魔力を抽出し、逆に自分たちで使えるようにした。
 七魔人の魔力、つまりスピリトを得たのは、当時のアナトリア七統領だった。その力を使って、僅かな封印の隙間から出てくる魔族を何とかしていたのである。この神殿を作ったもの、彼らだった。
 
「――ここだ」
 フェニナーゼスは、ニヤリとした。
 目の前には、時空の狭間が浸食していた。通常空間と異空間が共存しているのである。
 何者かのうめき声がしていた。
「久しぶりだな、アンゴルモア」
 すると、急にうめき声が止まった。
「くく……お前はその強大さ故、まだ復活出来ないようだな」
 姿はないが、その桁違いの魔力は部屋の中に充満していた。
 フェニナーゼスは、持っていた四つのスピリトを浮かせた。

 アナトリア=スピリト。
 カームニス=スピリト。
 ガーザ=スピリト。
 ロスタリカ=スピリト。

「これは、お前を封印した四国の王のスピリトだ。これで私が封印を解いてやるよ」
「待つんだ、フェニナーゼス!」
「ん?」
 フェニナーゼスが振り返ると、ライザが息を切らして立っていた。
「おや、よくここが分かったね」
「君の汚れた魔力は外からでもはっきりと感じられたよ」
「ほう、それは面白い」
「今までに死んでいった仲間の為にも、絶対に大魔王を復活させたりしない!」
「黙れ!」
 ズン!
 フェニナーゼスが放った魔法の矢が、ライザの左肩を貫通した。
「ぐはっ!」
「お前にはそこで見ていて貰おうじゃないか。そして、アンゴルモアの魔力を得たら真っ先に殺してやるよ」
「何っ!くっ、は、外れない……」
 ライザの肩に刺さった魔法の矢は、神殿の柱にまで刺さっていた。これでは身動きが取れない。
「こ、この為にわざと肩を狙ったのか!」
「くく……そうだよ」
「!」
「さて」
 フェニナーゼスは、さっき向いていた方向に体を戻した。
 四つのスピリトに魔力を順応させ始める。
「偉大なる四王のスピリトよ。私の一部となりて、その力を発揮するのだ」
 すると、四つのスピリトが融合して、一つの巨大なスピリトとなった。
 フェニナーゼスは、それを飲み込んだ。
「!」
「くく……これで、あなた方の力は戴きました。さあアンゴルモアよ、長き封印から今こそ開放され、私の一部となるのだ!」
「や、やめろ〜!」
 
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 
 突然、神殿中が揺れ始めた。異空間がどんどん広がっていく。
 
「!」
 その瞬間、その中からおぞましき物体が姿を現した。ライザの心臓が止まりそうになる。
 
 こ、こいつが恐怖の大魔王なのか!?
 高度に発達していた文明を三日三晩で焼き尽くし、数百年間この世界に君臨した奴なのか!
 
 しかしその物体は、すぐにフェニナーゼスの体の中に融合されて行った。
 四王のスピリトに吸い寄せられたのだろう。
「くく……ふははははははっ!」
 フェニナーゼスの笑い声が神殿中に響いた。
 そして、ライザの方に振り返った。
「どうかね、新しい大魔王が誕生した瞬間を見た感想は?」
「…………」
 ライザは、何も言えなかった。
 フェニナーゼスの風貌は、先程に増して魔族らしくなっていた。
「ふんっ!」
「ぐはっ!」
 ライザは、神殿を突き抜けて外まで放り出された。
 フェニナーゼスは、瞬間移動でライザの墜落前に姿を現した。
「何っ!」
「『デス=ライン』!」
 ズドォォォン!
 ライザは、思いっきり地面にめり込んでしまった。
 
          〜〜〜
 
 フェニナーゼスが戻って来たのを見て、マリアと死闘を繰り広げていたヴィナスフレスがすぐに飛んで来た。
「フェニナーゼス様、上手く行ったんですね!」
 ヴィナスフレスは、フェニナーゼスに抱きつく。
「ああ、今日から私がこの世界の支配者だ!」
「はいっ!」
「そ、そんな…………」
 マリアは、ガクリと膝を付いた。
 け、結局無駄だったのね……
 アンゴルモア様を融合したフェニナーゼスは、私達魔人を自由に操ることが出来る。
「マリア。早速だが、その小僧の首をもぎ取って私に見せるんだ」
「くっ、か、体が勝手に……」
 マリアは、ライザの頭を持ち上げた。
「逃げて、ライザ様!」
「うう…………」
「さあ、やるんだ!」
「イ、イヤ〜!」
 
 その時だった。
 
「うっ!」
「どうなされたのですか、フェニナーゼス様?」
「体が自由に動く!」
 マリアは、驚いてフェニナーゼスを見た。
 
 そこには、体中が破裂したフェニナーゼスが立っていた。頭を抱えながらを転げ回る。
 ヴィナスフレスは、そんな彼を優しく抱き抱えた。
「しっかりしてください、フェニナーゼス様。一体どうなされたので――」
 
 ザシュッ!
 
「かはっ……」
 ヴィナスフレスは、血を吐いた。そして、そのままぐったりとフェニナーゼスにもたれ掛かった。
「何っ!」
 マリアは、目の前の状況が掴めずにいた。
 すると、突然ヴィナスフレスの腹からおぞましき腕が飛び出したのだ。
「!」
「ヴィナスフレス、コレカラハズット私ト一緒ダ……」
「フェ、フェニナーゼス様……愛してま……す…………」
 そう言うと、ヴィナスフレスを体の中に融合した。
「ヴィナスフレス!」
 フェニナーゼスは、ゆっくりと立ち上がった。
 その姿は見るにも耐えない程だ。
 目玉が片方落ちているわ、左の脇腹からヴィナスフレスの腕が出ているわ、まるでゾンビのようだった。
「フェニナーゼス、アンゴルモア様に創られた私達が、あの方を融合しようなんて考えたのがそもそも間違いだったのよ。そんな姿になってまで――」
「私ニ口答エスルナ!」
 破壊神と化したフェニナーゼスは、セカン大火山中に魔導波を放つ!
「な、何っ!」
 
 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
 
          〜〜〜
 
 ライザ……
 ライザ…………
 
「う、うう……」
『ライザ、目を覚まして……』
 ライザは、ゆっくりと目を開いた。誰かがライザを見ている。
「き、君は……リースなのか…………」
 ライザには、それがリースのように見えた。
『私はずっとあなたの側にいたのよ。さあ、自分の本当の力を開放して』
「僕の、本当の力?」
『そう、人は大切なものを守ろうとする時に、真の最高の最高の力を発揮するのよ。あなたには今、守りたいものがあるはず……』
 
 守りたいもの。
 守りたいもの。
 
 ロミア。
 
          〜〜〜
 
「うう……ラ、ライザ様!」
 意識を取り戻したマリアは、ライザに抱えられていることに気付いた。
「大丈夫だったか?」
「は、はい……」
 マリアをゆっくりと下に降ろすと、ライザはフェニナーゼスを睨み付けた。
「何ダソノ顔ハ……?」
「もう我慢出来ない。セカン大火山を消し飛ばしやがって!」
 ライザの口調は強かった。この前までフェニナーゼスに怯えていたライザではない。
「ライザ様、どうして傷が回復して――はっ!」
 その瞬間、マリアはすべてを理解した。
「そうか……あなただったのね、リース……」
 ライザが被っていたはずの銀の兜が消え、体に見たこともないような物質で出来た鎧を纏っていた。
「さっきの一撃で、僕は生死の境を彷徨った。その時、リースに会ったんだ」
「ライザ様が言っていたリースとは、七魔人のうちの一人のリースのことだったんですね」
 何と、リースは魔人だったのだ。
「十数年前フェニナーゼスにやられた時、リースは完全に吸収されずに生きていたんだ。そして、兜にもまた……ずっと見守っていてくれたんだな、リース」
 ライザは、鎧を見つめる。リースがもう一度救ってくれたのだ。もう負ける訳には行かない。
「アノ女……コザカシイコトヲ……」
「行くぞ、フェニナーゼス!」
 
 ポロロン!
 
「ぎゃっ!」
 マリアの体から血が噴き出した。ゆっくりと崩れ落ちる。
「まさかっ!」
 ライザは、慌てて振り返った。
「ライザ、後はあなただけだよ」
「!」
 そこには、光魔装をしたロミアが立っていた。
 ロミアは、片手で抱えていたファレスを投げつけた。
「じいさん!」
「ゆ、勇者殿……」
 ファレスはボロボロになっていた。もう動けそうにない。
「ロミア、ヨクヤッタ……最後ニコノ小僧ヲ引キ裂イテヤルンダ!」
「はい、フェニナーゼス様」
「ロミア……」
「さあ覚悟して貰うよ、ライザ」
 ロミアは、光魔竜王剣を構える。
「『ライトニング=ティア』!」
 
 ドオオオオオオオオオオオオン!
 
「やった!」
「まだだ、ロミア!」
「えっ!」
 ライザは、ロミアの攻撃を完全に受け止めていた。
「ふうん……なかなかやるね、ライザ」
「目を覚ますんだ、ロミア!」
「僕は正気だよ!」
 バッ!
 ロミアは、ライザに飛び掛かった。
 すると、ライザはクリスタルソードを捨て、大きく腕を広げた。
「な、何っ!」
 
 ズン!
 
 ライザの腹を、ロミアの光魔竜王剣が貫く!
 ライザは血を吐いた。
 剣を持つロミアの手は震えていた。動揺した為、光魔装が解ける。
「な、なぜ避けなかっ――えっ!」
 ライザは、そのままロミアを抱き締めた。
「目を覚ますんだ、ロミア」
「は、離してよ!」
「――ロミア、好きだよ」
「!」
 ライザは、ロミアに優しくキスをした。ロミアの体から力が抜けていく。
「うっ…………」
 その時、ロミアの瞳に光が戻った。
「ロミア、元に戻ったのか!?」
「ライザ……」
 二人は壊れる位に抱き締め合った。
 
 
 
 
 
          〜〜〜
 
 ライザは、ゆっくりと光魔竜王剣を引き抜いた。
「今、『癒しの調べ』を奏でるから」
「ありがとう、ロミア」
 
 フェニナーゼスは、焦っていた。
「ソ、ソンナ馬鹿ナ……私ノ洗脳ガ解ケル訳ガ……」
 ライザは、フェニナーゼスを見た。
「君には分からないかもしれないな」
「ナ、何ガダ!」
「人の心さ……」
「フ、フザケヤガッテ〜!」
 怒り狂ったフェニナーゼスは、魔力を開放し始めた。
 ゴォォォォォォォォォ!
 
「ロミア、最後の戦いだ!」
「うん!」
 二人も、集中し始めた。ロミアは再び光魔装をする。
「コ、殺ス……」
「ロミア、僕を援護してくれ!」
「分かった!」
 そう言うと、二人は飛び上がった。
「『光魔竜王剣音破連斬』!」
 ズザザザザザザザン!
 ロミアの雷・光魔法と音操の融合技が炸裂する!
「グワァァァァァァ!」
「お前のエゴの為に死んでいったみんなの痛みを思い知るんだ!クリスタルソード!」
 ライザの渾身の一撃が炸裂する!
 避けようとするフェニナーゼスの周りに、突如アンテッドフライの大群が現れた。動きが取れない!
「ナ、何ッ!グワァァァァァ!」
 ライザの攻撃が直撃する。
 その時、ライザには一瞬エミルの姿が見えた。
「エミルなのか?」
 
 ライザは、間髪入れずに更なる攻撃を加える。
「はぁぁぁ!『氷龍召喚』!」
 グオオオオオオ!
 ライザは、氷龍に姿を変えていく。
 その時、妙に魔力が高まっている気がした。
 なんと、辺りに炎龍、風龍もいたのだ。
「セラフィス、ブルーム!」
 ライザには、それが二人のような気がした。
 
 ゴオオオ!
 突然、氷龍の魔力も増大した。
「サムソン!マリア!」
 なぜがそんな気がした。倒れていったはずのみんなが一緒にいてくれるような気がした。
 
『ライザ、頑張って!』
「ユキ!」
 更に魔力が高まる!
 
「勇者様、私達の力も貸します」
「一発かましてやるんだ、ライザ!」
「ホワイト、ハンス!」
 ファレスを抱えた二人が、魔力を高めていた。
「わ、儂の残された全魔力も注ぎ込む、お主が最後を決めるんじゃ!」
「じいさん……」
「ライザ、行こう!」
「ロミア……分かった!これで終わりだ!」
 
 みんなの気持ちが集まった巨大な龍が、フェニナーゼスに突っ込んで行く。
 
「小僧、死ネ〜〜!」
 
「フェニナーゼス〜〜!」
 
 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!








            epilogue
 
「オ〜ッス!お久しぶり〜!」
「勇者様!」
 突然の来客にホワイトは驚いた。
 ここは、ナーサス城の庭だった。ホワイトは、洗濯物を干していたのだ。
「お、随分可愛くなったな、ブラック」
「ホワイトです!」
「そうだったか?」
「そんな使い古したネタはやめてください!」
「うっ……相変わらずイタい所突くね……ハンスが泣くぞ」
「余計なお世話です!」
「ホワイト、こんにちは!」
 ロミアが、ライザの影からひょこっと顔を出した。
「ロミア、お久しぶり」
「わあ、ほんとに可愛くなった気がする〜」
「ロミアまで私をからかう気?」
「ううん、ほんとだよ。あ、分かった、ハンスのせいでしょ」
「毎晩可愛がって貰ってるってか?」
「な、何を言ってるんですか!そ、そんな大声で変なこと言わないでください!」
 ホワイトは、横を向いてしまった。
 
 すると、ファレスが立っていた。
「ファレスじいさん!」
 今度は、ライザ達も驚いた。
「久しぶりじゃな、皆の衆」
 ライザは、クリスタルソードをファレスの首筋に当てた。。
「また、あんたか。いい加減僕達の後を付けるのはやめろって!」
「堅いこと言うなって……マリアが、サムソンと一緒にいなくなってしまってから、儂は寂しいんじゃ……」
「その顔で泣くな、不気味だ」
「おいおい」
「でも、どうしてここに?勇者様は、ライア王に表彰されて、名誉将軍になったはずじゃ……」
「あ、あれのこと?実は逃げて来た」
「えっ、どうして!」
「どうも堅苦しくってさ……な、ロミア」
「うん、だから二人で逃げて来ちゃった
 ロミアは、ライザの腕にしがみついた。そして、最高の笑顔を見せた。
「せっかくだから、世界中を旅して回ろうと思ってる。ボロい家に籠もっていてもつまらないしね」
「次はセラフィスさんに会いに行こうかって話してたんだよ。ね、ライザ」
「ああ」
「セラフィスさんは、確か今……」
「相変わらずアナトリアの統領をやってるらしいよ。今、国の再建に忙しいらしいけど。奴は奴なりに責任感じてるのかもな」
「そうですか……」
「そう言えば、ハンスは?」
「今、中で会議に出席してますよ」
「おし、ちょっと顔を出しに行くか、ロミア!」
「うん!」
 そう言うと、二人は走って行ってしまった。
 
 ホワイトは、そんな二人を見つめていた。
「やっぱお似合いかも、あの二人……」
「そうじゃな……」
「……ってまだ居たんですか、あなた」
「おいおい」
「さてと、私も城に戻ろっと」
「あ、待ってくれ。儂を独りにせんでくれ〜!」
 ファレスの声が、いつまでもこだましていた。
 

−END−