簡単に言うと、この後は、呆気無かった。
 一通りどんちゃん騒ぎした俺たちも、さすがに深夜になったので、お開きすることになったのだ。ちょうど、その時に聖も帰ってきた。
 聖と共に帰る佳乃。
 観鈴には、さすがに寝ている晴子が持てないだろうし、送ってやることにした。
 美凪は、深夜になって寝てしまったみちるを抱えて帰るということだった。
 そうして、パーティーはお開きとなった。
 みちると負ぶさっている美凪を見た。
 ふと、美凪が母親とダブってしまったのは、気のせいだろうか。 
 観鈴に服の袖を引っ張られ、それぞれの帰路に発つ。
 みんなで「またね」と言った後、俺たちは歩きだした。
 三者三様で歩きだした。

「今日は、本当に楽しかったね」
「そうだな。観鈴も友達が増えたみたいだし」
「うん」
 極上の笑みを返してくる観鈴。かわいい。
「……でもね、それと同じ位うれしかったのがね。今日は、泣かなかったこと」
「それ、俺も気になったんだけど、もう大丈夫なのか?」
 彼女には楽しく思うことは、禁じられている。
 彼女の涙は、彼女の楽しさを遮ろうとする。
 去年まで、それでずっと悩んでいたのだ。
 治ったのだろうか?
「わかんない。でも、最近、確かに泣かなくなったん――」
 こけそうになる。
 俺は、咄嗟に空いている手で観鈴を支える。
「にはは、失敗失敗」
「ぼーっとしているからだ。気をつけろ」
「うん」
 少しだけ淋しそうに彼女は、言った。
 …
 ……
 ………
 しばらくの無言。
 静寂が、空気を包む。
 町にふと暗闇が包む。
 観鈴と会話しているせいで、全然気がつかなかった。
 今は深夜なのだ。
 そして、こうした田舎町は、この時間ほとんど暗闇に包まれる。
 静寂のせいで、暗闇は際立った。
「……夜は暗いね」
「そうだな」
「今日は、驚いちゃったよ。往人さん、美凪さんと付き合っていたんだね」
「驚かしたか」
「うん。ちょっと驚いた。にはは、観鈴ちんびっくり」
 観鈴は、笑っているようで、泣いていた。
「泣くなよ」
「うん」
 うなづく瞬間、またこけそうになる。
 今度は、手が届かなかった。
「にはは……こけちゃった」
「大丈夫か?」
 空いている手を差し出す。
 と、その瞬間――晴子を落としてしまった。
 ドタンと鈍い音がなる。
「イッター!! 何すんねん元居候」
「あっ、わりぃ」
「スタイルが崩れたら、どないすんねん!」




 

A I R  A F T E R S T O R Y 

#07 雄凪

Presented by 藍隈堂





 晴子は、それで起きた。そのために、俺たちはここで別れることにした。
「それじゃあ、往人さん今日は本当にありがとね」
「どういたしまして」
 晴子と手をつなぎ、観鈴はこちらに向かって何度か手を振った。
 俺は、しばらくそれを見ていた。
 両方ともというわけにはいかない。手を指し伸ばしたら、今両手で支えていた物が崩れてしまう。当然の摂理だった。
 あの時――この夏より前の夏。一年前。
 俺は、この両手を美凪に差し出した。観鈴や佳乃ではなく、美凪に。
 今、この手を観鈴に差し出せば、美凪はどうなってしまうのだろうか?
 夜の町。田舎な町では、街灯も乏しい。光が足りないように感じるかもしれない。
 しかし、月の灯りは街灯の替わりとして、街灯以上の力を発揮していた。
 迷わず、俺は駅舎に向かっていた。
 誰もいない駅舎。車掌も消え、電車も消え、跡には地に根付いたものだけ。
 羽を持ったモノは、空へ。世界へ。
 持たないモノは、大地を。
 観鈴は、羽を持っているのだろうか。
 ふと思う。
 あの時の、一年前のみちる。神尾観鈴。年も違うし、性格も違う。
 なのにどこかが似ていた。
 どうしてだろうか。先ほどの観鈴の顔が、みちるのように思えてならなかった。
 気のせいだ。きっと。
 俺は、駅舎の中に入ると鞄を枕代わりに眠ることにした。
 窓からは、青すぎて暗くなってしまった空があった。
 空は、けれど広く深かった。

 夢。
 夢を見ている。
 終わりの無い夢。
 悲しい夢。
 悠久の時間を、同じ場所で泣いている。
 時間すら、空間すら、同じ場所で。
 泣いている――少女。
 男が倒れている。傍で泣く小さな少女。
 いつから続けているのだろうか、永遠とも思えるような時間を泣いて過ごしていたのだろうか。
 少女は観鈴に良く似ていた。
 男は、もしかすると俺に似ているかもしれない。
 これは明晰夢だ。夢である事に気がついている。
 俺は、懐かしいような悲しいような、とてもいたたまれない気持ちで、その夢を見ていた。
 ずっと、その夢を見ている。
 しばらくすると、そこに俺の良く知っているバカ面が現れた。
 傍で泣く少女に掛けより、必死に話し掛けている。
 みちるだ。
 美凪との思い出を、俺との思い出を、三人での思い出を、楽しく話す。
 少女は、みちるを邪険に扱おうとするが、みちるはそれでも楽しかった思い出を話す。
 少しずつ、みちるに心を開く彼女。
 みちるは、必死に少女に楽しい思い出を伝える。
 少女は、それに少しだけ応えていた。
 しかしどうしてか、俺には決定的な何かが足りないと思った。
 何だろう。
 わからない。
 これでは少女は目覚めない。目覚めるだけの力にならない。
 一歩を踏み出す力たりえない。
 けれど、一つだけわかった。否、わかってしまった。
 みちるだけでは足りないのだ。
 空にいる少女は気がつかない。
 自分の勘違いが。
 あいつらが、その後でどういう道を辿ったのかを……

 起きる。
 気がついたら、もう朝だった。
 深夜に寝たから、朝になるのも早い。
 まだ眠いから、もう少し眠ろうか。
 しかし、そんな気分にはなれなかった。
 俺は夢を見ていた。
 空にいる少女の夢を。
 みちるのがんばりを。
 そして……あれ?
 なんかすっごい事に気がついたと思ったのだが。
 少女の傍にいるみちる。
 その夢を見ているのは……
 俺だ。
 ここ一年、夢を良く見た。
 空にいる少女の夢を。
 少女に楽しい話をするみちるの夢を。
 しかし、今日はそれだけじゃなかった。
 その後に何か重要な何かを見ていた……と思う。
 何だったんだろう。
 思い出せなかった。
 ……っていうことは、どうでもいいことか。
 時計がないから何時かわからないが、それでも太陽の位置が朝であることを伝えている。
 もう一度寝ようかと思ったが妙に目覚めが良くて、俺はこのまま起きることにした。
 顔がショボショボするから、顔も洗いたい。
 朝飯は……
 深夜の酒が腹に残っていたせいか、食欲がなかった。
 近くのトイレで顔を洗う。
 と、そのままボーっとする。
 夢について思い出そうとする。
 何だったんだろう。あの夢は。
 いつも見ている空の少女の夢。それとみちるの夢。
 だけじゃない。
 何かあった。それが思い出せなかった。薄靄のベールとはよく言ったものだ。
 ただ、雄大だったのは覚えている。
 何か、すごく大きな話だった。
 あの時、あの二人は……
 
 こちらに向かってくる影がニつ。
 ふと、頭によぎる。
 裏葉……神奈……
 何かがオーバーラップする。
 頭が痛い。
 何だ。
 いきなり。二日酔いか?
 確かに昨日は結構飲んだしな。
 だけど……
 影が、俺の異変に気がついて駆け寄ってくる。
 見間違う事は無い。
 美凪とみちるだ。
 今、一瞬他の何かと間違ったような気がしたが、そんなわけがない。
 この二人を間違えるわけがない。
 眠気。
 すっごい眠気。
 やはり寝足りなかったのだろうか。
 俺は、その場で倒れた。遠くからの声を聞きながら。
 頭を誰かに持たれる。
 美凪だ。
 みちるもおそるおそる見ている。そんなに怖いか?
 俺は、「往人さん」と呼ばれながら、意識を遠くへと。
 夢の続きを見ることにした。
 柳也になって。

<了>


初掲載:(02/6/13)

久方ぶりです。いや、もう理由もクソも無いですね。
すんません。(^^;
とりあえず、今回の話から一気に急展開すると思います。

どうなるかは、次回!

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