彼女が――神尾観鈴が来たのは、そう聖が電車道を歩き始めたと同時だった。
神尾晴子を連れて……ではなく、晴子の後ろを歩きながら。
美凪と佳乃そしてみちる(&毛玉犬)は、そちらを振り向いた。
「おぅ、居候。今日は、呼んでくれてありがとな〜」
相も変わらず、関西弁だ。
「よぉ、晴子。仕事は、終わったんだな」
と、晴子は俺の体に近づき、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「なんや、酒もう入っているんかいな。もってきて正解やな♪」
と言って、取り出だしたるは、酒。日本酒。
「もしかして、その袋は……」
「やはり、夜で宴会となれば、コレやろ(は〜と)」
抱きしめながら、そう言う。
「仕事場であんま飲めなかったしな。今日は飲むで〜」
日本酒の一升瓶を振り回しながら、彼女は叫ぶ。
まるで獣である。
「一人除いて、全員未成年だぞ」
「戦国時代やったら、15歳で成人や。そんなわけで、日本の伝統にのっとり、ここにいる全員、成人さんや」
若干一名、小学生がいる。晴子を呼んだのは、失敗だったか?
美凪以下全員、その傍若無人っぷりに驚いているぞ。
(観鈴は、苦笑いをしていた)
と、晴子もそれに気がついたようだ。
「と、まあ、それはさておき……観鈴も挨拶しい」
「あはは……こんばんわ、往人さん」
「おう、観鈴。よく来たな。……美凪は、確かクラスメイトだったよな」
「……はい」
「佳乃は?」
「はじめましてだね」
「んで、まあみちるは、もちろん……」
「あっ、げるるんのおねえちゃん!」
「えっ!? みちるちゃん」
「は?」
観鈴とみちるは、顔見知りだったんかい。
久しぶり〜とか言っている。
「おい、みちる、観鈴のこと知っているのか?」
「まえにジュースかってもらったぞ、観鈴おねえちゃんに」
「にはは〜」
笑いながら、右手でVの字を作っている。
「……それはそれは、どうもありがとうございました」
「にはは、どういたしまして」
意外に世界は狭いものなのかもしれない。
しかし、それ以上に驚いたのが、観鈴がそういう風に人に接する事ができたということだった。この一年の間に観鈴なりに成長したところがあるのかもしれない。
A I R A F T E R S T O R Y
#06 勇凪
Presented by 藍隈堂
「えっ、それじゃあ、遠野さんの妹さんだったの?」
「……はい」
「さっき挨拶しながら、なんで遠野さんに挨拶しているのか、ようやくわかったよ。へぇ、そうだったんだ。観鈴ちん、びっくり」
元々、クラスメイトだったので、観鈴はすんなりと輪の中に入れた。
と――
「往人くん、往人くんっ!」
「なんだ?」
「観鈴さんって、どんな人なの?」
「恐竜のモノマネがうまいぞ」
事実なので、そのまま言う。
「観鈴さんは、実は恐竜さん?」
「おう。実は恐竜さんだったんだ」
なんか、すごくうれしそうな顔をしている。
フルフル。
本当にうれしそうだ。うれしそうな身震いをしている。
「では、これより、一号生筆頭霧島佳乃、神尾観鈴御大に挨拶に行ってまいります!」
敬礼をしながら、走るように美凪と観鈴の方に向かっている。
「はじめまして!」
………
……
…
少し遠くから、女子高校生三人+みちるの声が聞こえる。
もしかしたら、――輪の中に入れないのでは――という危惧があったから、余計にうれしく思った。
半分、蔑ろにされかかっているバーベキューの肉をついばみながら、そんなことを考えていた。
「今日は、ホンマにありがとな」
後ろから聞こえる声。
「何だ?」
晴子である。
「観鈴に友達を作ってくれてありがとな」
「機会を作っただけだ」
正直に答える。
「それが、うれしいんや。だから、ありがとや」
少しだけの時間だけが流れた。
「――まあ、そういうことや、というわけで、これはほんの少しばかりのお礼や、飲め!」
「結局、それかーい!」
ツッコんでいても、それでもな俺のコップに日本酒を注ぐ。手馴れている。
っていうか、聖と同じパターンにさせられそうな気がする……
「そういえば、晴子。最近の観鈴は……どうなんだ?」
あれから、観鈴はどうなっていたのだろうか。
一年経って、確かに精神的にも成長はしている。
しかし、アレは……どうなっているのだろうか。
「わからん……。そのことは全然喋ろうとしないねん――」
少しだけの間。
「――ただ、なんや最近夢がなんたらかんたら……あ〜思いだせん!」
顔が赤い。
すでに酔っ払っているぞ。
「……それにしても――」
酔っ払い二号機、晴子は、横目でチラっと女子高生三人と小学生一人を見ると――
「――なんで、女子高生三人寄ると、あ〜までキャピキャピしたオーラが出るんや?」
「は?」
「ふぅ……もう少し歳が若かったらな〜」
なんか、ものごっつぅ対応に困る愚痴をこぼそうとしているのだが……
「おい、元居候!」
「なんだ」
詰め寄るように近寄ってくる。
「私だってな、若い頃があるねんぞ」
そりゃ、そうだ。
「その頃は、もっともっと美人やってんぞ! 観鈴にも負けへん」
だから、どうしろと?
少し、いや大きくビビリながら、晴子の顔を見る。
真っ赤。
なんで、ここまで飲む。
よく見たら、いつの間にか、一升瓶から中身が無い。
「はぁ、止めや、止め。元居候の顔を見ていると……」
頬に手をつき、顔を支えている。
「見ていると?」
「なんや、もう一年経ったと思ってまうわ」
夏のこの時期。
去年の夏。
今年の夏。
何も様変わりは無いようで、やはりどこかにあるもの。変化。
「飲みすぎだぞ」
「わかっとるわ。でもなぁ、飲まなやってられへんねん」
観鈴も成長した。
そして、今も成長しようとしている。
怖いけど、それでも、前を向こうとがんばっている。
あの時の、俺との出会いとのように。
晴子は、どうやら、もうそろそろ歳が気になるようだ。
俺に、小じわの……じゃない歳の愚痴をこぼすと、しばらくボーっとした。
疲れているのだろう。
酔いがはやく回ったようだ。
「晴子、もう寝ておけ」
「まだ、飲む〜」
最後まで、酒瓶は離さないようだ。
俺は、晴子を横にしてから、空を眺めた。
そうだ。
一年経っているのだ。
もう、あの時から。
俺の空にいる少女を探す旅をアレから、更に一年経っていたのだ。
色々なことがあった。
色々な人と出会った。
色々と思い出が出来た。
そして、俺は久しぶりに美凪に会いにきた。
心の中に本当の強さを持った少女に会いに。
俺の中の、空にいる少女とは、また違う特別な少女。
俺は、彼女をどう思っているのだろうか。
この土地に来て、それをすこし考えていた。
「往人さん!」
「観鈴か?」
「お母さんは?」
「ああ、そこで寝ている」
まあ、この時期だから外で眠っても大丈夫だろう。
晴子は、俺の鞄を枕にして眠りについていた。
「そうだ、往人さんもこっちに来ようよ」
「ああ」
俺は、自らきゃぴきゃぴした空気を吸う事にした。
そういえば、去年、この三人に出会ったけど、三人が全員他人だったんだよな。
それが、今年になって出会った。けっこうすごいことだよな。
………
……
…ちょっと、一人で感動してしまった。
「往人く〜ん、こっちこっち」
俺は、美凪と佳乃の間に座った。
観鈴が真正面にいた。
完全に忘れ去られたバーベキューを食べながら、ウーロン茶を飲む。
聖と晴子のせいで、少し酔っ払ってしまっているので、それをどうにか醒ましたかった。
それにしても――
確かに、何か自分の位置というか、順位というか、下だ。
これは、傍から見たら、おいしい状況なのだろうが、なんだか微妙に圧倒されそうだ。
「往人くん、この一年どこを放浪していたの?」
佳乃が聞いてきた。
バーベキューを啄むを一度止めると――
「とりあえず、日本を一周はしたぞ」
「すごいねぇ」
「……全国名物料理紀行?」
「まあ、確かにやったな」
過去に放浪しながら食べた、全国の料理が頭の中を巡った。
「……新潟の新米?」
「もちろん、食べた」
泊めて貰った家の親父さんから、米を10キロ程もらった経験もあった。
「………」
美凪の目が輝いていた。
右手を頬に添え、「ほぅ」と溜息をついている。
「はい、博多ちゃんぽんは?」
「もち」
多分、日本全国の有名な名物料理は、一通り食べたのではないだろうか。
「往人さん、名物料理食べ歩きをしているの?」
「いや、基本はラーメンライスの定食だ。これも全国のおいしい店百選は行ったぞ」
美凪を、上の空でめくるめく食べ物を妄想しているのだろう。
微妙に「ほぅ」と言っている。
「おい、国崎往人。空にいる少女探しているんじゃないのか!?」
みちるは、話に突っ込んできた。
「それは、もちろんだ。でも、食事をしなかったら死ぬだろうが」
「まるで、食物料理紀行にしか聞こえないぞ!」
「あ〜、奈良で食べたはんばぁ〜ぐのうまいこと……」
わざとらしく言ってみる。
「はんばぁ〜ぐ!!?」
「ああ、こんなに大きくてな」
手振りで教える。
「しかも、780円のお手頃価格。ジューシーでいて、それでいて口の中でとろける美味しさだ」
「美凪のよりおいしいの?」
まるで無邪気な子供のように聞いてきた。
って、無邪気な子供か。
「いや、美凪のはんばぁ〜ぐの方がおいしいがな」
「………ぽっ」
美凪が顔を赤らめていた。
「あ〜、往人くんと美凪さんて、そういう関係だったんだ」
「往人さん、そうだったんだ……」
「にゅ? にゅ? にゅ?」
どういう関係かわからなかったみちるを除いて、二人とも美凪との俺の関係がわかったようだ。
………
……
…
本当にそうなのか、少し自信がなかった。
口ではそう言えるものの。
俺と美凪の関係は、一体何なのだろうか。
今の俺には、はっきりとした事が言えなかった。
<了>
初掲載:(02/1/5)
あ〜、すいません。色々とありまして、掲載が遅れました。
とりあえず、このSSはまだ続けますので、応援よろしくお願いします。
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