今日も今日とて、ふよんふよんしていた。
 とりあえず、その感触を楽しんでみた。
 ふよんふよん……
 ふよんふよん……
 ふよんふよん……
 ……
「止めろよ……」
「……なんだか思いしろそうでしたので」
 今回は、ちょっと掛け合い漫才のようだった。
 目を開ける。
 いつものように美凪は、俺のことを覗き込んでいた。
「……おはようございます」
 美凪は、微笑んでいた。 
 そう、あの頃にはない微笑みを浮かべていた。
 一年前、彼女は笑う事がほとんどなかった。
 いや、笑うのは笑っていたのだが、俺には美凪は笑っているようには見えなかった。
 しかし、あれから一年、美凪が美凪になって一年。
 美凪は、笑うようになった。
 ひとえにみちるのおかげなのだろう。
「……往人さんもです」
 美凪は、そう言いながらやはり微笑んでいた。
「……どうして、考えていることがわかった」
「……以心伝心」(ぽっ)
 頬を赤らめながら、美凪はそう言った。
 俺は少し照れていた。
 



 

A I R  A F T E R S T O R Y 

#03 悠凪

Presented by 藍隈堂





「そういえば、いつまで学校はあるんだ?」
「……今日が終業式です」
 美凪と朝食を食べ終わってから、そう聞いた。
「それじゃ、今日から暇なのか?」
「……そうですね。お昼から遊べると思います」
「それじゃ、みちるもか?」
「いえ、みちるは明日まであるそうです」
 小学校は、明日まであるのか。
「それじゃあ、明日からまた三人で遊べるんだな」
「……そうですね」
 美凪は、そう言って微笑んだ。一年前を思い返しているのだろうか。
 少しだけ、気持ちの良い風が吹いた。 
 俺は、柄にもなくその風に身を任せた。
 気持ちよかった。
 
 そして――
「それじゃ、今日のお昼までに終わらせておかなきゃな」
 俺はそう言った。
 昨日は、結局佳乃と遊んでばっかで、観鈴や晴子にあえなかったしな。
「……うし、行くか」
 飯を食って補給もしたしな。
「……それでは、私も学校にれっつらゴー」
「おお」
 俺は、そうやっていこうとした。
「……つっこんでください」
 美凪は、悲しそうな顔をしていた。
 いや、むしろくやしそうだった。



 ドコーン!
 俺が、神尾家に向かい、最初に聞いた音だった。
 っていうか、俺吹っ飛んでます。
 なんていうか、大変なことが起きている瞬間、意識とかそういったものが、通常以上に鮮明になる状態とでも、言えばいいのだろうか。
 とりあえず、俺は空を飛んだ。
 っていうか、吹っ飛んだ。
「あちゃ〜、また轢いてもうた」
 また、ってどういう意味だ。またって。
 俺は、背中に残っている衝撃に今にも死にそうな気分を抱えながら、そのまま倒れた。
 聞き慣れた関西弁を両耳に抱えて。
 
 
 
「お〜い、元居候」
 パタパタと手で俺の顔を仰ぎながら、彼女――神尾晴子は言った。
 俺は、何もする気力なく目を開いた。
 今までなら、ここで一つボケでもかましながら、起きるのだが、そんな余力がない。
 体力が落ちているのだろうか?
 俺は、本当に普通に目を覚ました。
「なんや、生きてたんか。ついに腹へって倒れたかと思おうたやんか」
 久しぶりに会って、最初に言われた言葉がコレでは、さすがに非道くないか?
 ちょっとだけ自分が不憫だ。
「先に言う言葉があるだろう!」
 俺は、顔を真っ赤にして言った。
「いややわ〜。道路におったら、そら車に轢いてください、言うとるようなもんやで。バイクで済んでよかった思っとき」
 晴子は、手をパタパタと振りながら、そう言った。
 反省の色がここまで見えない辺りが、晴子だ。
 まあ、轢いたことを認めたようだ。
「歩道が無い道で、どうやって道路を歩かずに歩けというのだ」
 俺は、青筋を立てながらそう言った。
「大丈夫、大丈夫。人間ちょっと轢かれたくらいじゃ死なへん」
 ニカリと笑いながら、そう言っているが、そんなわけ無いだろう。
 っていうか、俺は死にかけている。
「それにして、元居候懐かしいな」
「それをお前は、轢いたがな」
「今、どうしているんや?」
「おまえに轢かれて、死にそうじゃい」
「元気でやってたんか?」
「さっきまで元気だったが、今はもう死にそうだ」
 ………
 ……
 …
「口の減らない元居候やな〜」
 晴子は、俺のほっぺを思いっきり抓りながらそう言った。
「轢いておいて、言う言葉それかい!」

 そんな晴子とのケンカ漫才が繰り広がれていると、ふと玄関から――
「ただいま〜」
 という言葉が聞こえた。
 この家において、「ただいま」を言える人間は二人しかいない。
 神尾観鈴だ。
 彼女が学校から帰ってきたのだ。
「おかえり〜」
 俺は、まだまだ背中の辺りが痛んだが、とりあえずそう言った。
 ………
 ……
 …
 無反応。
 と思っていたら、思い切りの良い駆け足。
 居間のふすまを思い切り開けた。
「往人さん?」
「ぴこ?」
「やっぱり往人さんだぁ〜」
「いや、俺は単なるしがないポテトだぞ、ぴこ」
 どうやら、ばれたようだ。
 やはり、思い切り抱きついてきた。
 一瞬、晴子がこちらを睨んだようにも見えた。
「久しぶりだね」
「一年ぶりだな」
「どうして、ここに?」
「ちょっとな」
 ふと、「美凪のため」と言えなかった。
「いつまでここにいるの?」
「ああ、もうしばらくはいる」
 いつまでもここにいるわけではない。また、しばらくしたら、この俺の夏休みが終わったら、すぐにでも探しに行く予定だ。
「あっ、それじゃあ……」
 観鈴も気になったのだろう。
「ああ、まだ空にいる少女に会えていない」
 がっかりしていることが、よくわかった。
「いつか、きっと見つかるさ……」
 俺は、むしろ俺自身に向かってそう呟いた。
「私がその少女だったらいいのにね」
 観鈴は、そう言った。
 俺は、少しだけホッとした。



 俺は、観鈴と駅に向かった。
 もちろん、駅舎にはもう美凪がいるだろう。
 観鈴とクラスが一緒ということだから、まずいると思う。
「往人さんといっしょ♪ 小往人さんともいっしょ〜♪」
 よくわからない歌を歌いながら、観鈴は俺の後ろをついてきた。
 そういえばまだ、美凪と一緒に遊ぶことを言っていなかったことを思い出した。
「観鈴」
「何?」
「今から、美凪と一緒に遊ぶぞ」
 一度、一緒に遊んだと言っていたから、まあ大丈夫だろう。
 どっちも頭が微妙にユルイし。
 そんな不謹慎なことを考えながら、観鈴に言うと途端に困った顔をした。
「え、えと……それじゃあ帰るね私」
「……どうしてだ?」
「だってね、美凪さんと一緒に遊んでいたら、また迷惑かけちゃうし……」
 そういえば、去年もそんなことを言っていたような気がする。
 確か出席番号が後ろの人のことで。
 観鈴は、まだそんな事を考えていたのか……
 俺は、だんだんとむかっ腹が立ってきた。
「……それにね、美凪さんすごくモテルんだよ。その周りに私がいちゃ……」
 言葉が終わる前に俺は、観鈴の腕を引っ張った。
「俺には、そんなこと関係無いぞ。友人関係にそんなこと関係あるか」
「でも……」
「でもも、クソもない! テメーの妄想に入り浸ってんじゃねーよ」
 俺は、思い切り汚く言った。
 でも、本音だった。
「……友達になりたいんだろ」
「がお……」
 それきり観鈴は黙った。
 俺は、殴らなかった。
 駅舎には、その後にすぐ着いた。
「……観鈴さん?」
 美凪は、観鈴のことを確認するように言った。
「おう、今日は観鈴付きだ」
「……いらっしゃいませ。悪の秘密結社へ」
「いつの間に?」
「……今日からです」
「聞いてないぞ」
「……観鈴さんを悪の道を引きずり落としてみたくなりました」
 えらくさわやかにそう言った。
 観鈴は、相当困った顔をしている。
「……純情な人を汚してみたくなるのは、お米族の努め」
 お米族って、そんな部族だったのか?
 そんな疑問が浮かんだ。
「お米族は、そんな部族だったのか?」
「……いえ、冗談です」
 澄まして言った。
「……とにかく遊びましょう」
 そう言って、今の話をはぐらかすとシャボン玉を用意した。
 美凪は微笑んでいた。



 ふと、見るともう夕方だった。
 なんのかんので結構遊んでいた。
 観鈴は、今回はアレが出なかった。
 よかったと言うべきだろうか。
 美凪は、帰った。
 母との夕飯のために。
 俺との約束を守るために。
 観鈴は、となりにいる。
「ねえ、往人さん」
「なんだ?」
「今日は、楽しかったね」
「そうだな」
「往人さんは、今日はここで寝るの?」
「ああ、ここには思い出が詰まっているからな」
 少しだけ照れくさかったが、事実だった。
 この駅舎には、俺と美凪とみちるの思い出が詰まっている。
 だから、ここで寝る事はさみしくなかった。
「そっか……」

「私が、空にいる少女だったらよかったのにね……」

「は?」
 声が小さくて聞こえなかった。
 すると彼女は、まるで飛んでいるような格好をした。
 とても美しかった。
 でも、ちょっと悲しかった。

「それじゃ、私も帰るね」
「おう、また明日な」
「うん!」
 観鈴は、そう言って微笑んだ。




<了>


初掲載:(01/4/25)

どんどん遅れるよ、この連載。(苦笑
それでも、まだ、このSSを見てくれている方々へ
本当にすみません。(><
もう少し執筆スピード上げます。
……と言えたら最高なんですが。(苦笑
がんばります。

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