「アチィ……」
やはりというかなんというか、この町は暑さ。
もう、夕方になろうとしているのに、この暑さは異常だ。
しかし、それはこの町が相変わらずであるという印なのかもしれない。
約一年前、毎日のように赴いた所に向かう。
見慣れた風景。
しかし、ところどころに違いがある。
時間が経過している証拠だった。
あの頃ではない。
でも、あの頃と同じように町は、……彼女は迎えてくれるだろう。
バスを降りて、そのまま駅舎に向かう途中だった。
商店街を通る。
ヤブ医者は……見えない。
あとで、顔の一つも見せてやろう。
学校を横切る。
もうそろそろ学校も夏休みに入るだろう。
あいつにも、あとで顔を見せよう。
あれだけ、お世話になったのだ。
見せないわけには、いかない。
そして、そのまままっすぐ。
………
……
…
見えた。
そこは、誰も来なくなった駅舎。
そこは、夏の陽射しに彩られた場所。
少女は、ベンチの上でシャボン玉の練習をしている。
それが、俺たちの合図だ。
A I R A F T E R S T O R Y
#01 夕凪
Presented by 藍隈堂
少女は、しゃぼん玉をしていた。
それは、あの時と変わらない。
いつまでも続くもののように見えた。
………
……
…ドゴッ!
俺が少女―美凪に見とれていた瞬間、腹に鈍い衝撃。
「えっ?」
すこし珍妙な声をしてしまった。
「この変態男! よくも美凪を泣かしたな!!」
聞き慣れた声がした。言葉もそのままに。
しかし、あいつは死んだ。
ここにいるのは?
「おかえりなさい」
もう一つ聞き慣れた声がした。しかし、なんでそんなに普通なんだ?
俺は仰向けに倒れた。
後の聞き慣れた声の方の顔もみたいが、それ以上に死んだはずのあいつの声がする。
俺は仰向けになりながらも、そいつの顔を見た。
………
……
…
「うおおっ!!?」
さっきから、本当に自分のキャラに合わない声を出しすぎだ。
しかし、そんなことは、今の俺には関係なかった。
「みちる!?」
「なんでみちるの名前を知っているんだ? やはり、変態ストーカー?」
「生きてたのか?」
みちるは、なぜか変な、ちょっと困ったような顔をしている。
「美凪、この人変態の上にストーカーだよ」
「みちる、この人はね、私の友人なの」
……ちょっと、悲しかったが、まあ良しとする。
「よっ」
「ちっす」
俺は仰向けになりながら、彼女にあいさつした。
「ところで、往人さん。どうして、先程から仰向けなったままなのですか?」
「いや、眺めがあまりに良好だったから……」
言うと同時に横腹に鈍い衝撃がくる。
みちるも相変わらずだった。
「……??」
最初は全く言葉にならなかった。
「……彼女―みちるは、お父さんの子であのみちるとは違うのです」
「……」
つまりこうだ。
あの時、確かにあの時のみちるは死んだ。
そして、俺たちが別れを告げる時、美凪が言っていたように親父さんが自分の新しく生まれた娘には、「みちる」と名付けた。
そして、その娘がこの、あの時の「みちる」そっくり別人、「みちる」らしい。
「まあ、生まれ変わりのようなものか?」
「……でも、あの「みちる」は、この「みちる」とは、違います。確かにとても似ていますが、彼女は、お父さんと新しいお母さんとの娘の「みちる」なんです。間違えちゃダメです」
「そうだったな……」
その通りだ。彼女は彼女なんだ。あの「みちる」とは違う。
「よくわかったで賞」
そういって、彼女は懐から何かを取り出そうとした。
しかし、それはもう何かよくわかっている。
だからこそ、俺は……
「いや、いい」
「……残念」
そして、俺なりの最大の進化を見せる。
「美凪、これを見ろ」
「……」
彼女は無言になる。そして、向こうで一人で遊んでいるみちるに向かって、
「往人さんが往人さんで無くなってしまった……」
そういいながら、みちるを抱きしめていた。
「こら〜、変態男! みちるをいぢめるな〜!!」
抱きしめられているから、こちらには来られないものの今にも殴ろうと怒っている。
「っていうか、美凪。俺が金を持っていたら、そんなにおかしいか?」
「……はい」(ぼそっ)
「今、何かぼそっと言っただろう……」
「……いえ」
そう、俺はあの別れ以降の修行により、より日銭を稼げるようになった。
もちろん、それは人形を操ってだ。
「美凪。これで俺は毎日のようにチャーシューメン、大盛りを頼んでいるのだ!!」
「……なんだか、ほっとしました」
「美凪が俺をどんな目で見ていたのか、よくわかったような気がするぞ」
「が、がおっ……」
……ついに反射的に頭を小突いてしまった。
「美凪を叩くなっ! このバカ変態男!!」
瞬間、またも殴られたが、それ以上に……
「なんだ、それは!」
「神尾さん家の観鈴ちんのマネ……」
「へっ!?」
またも素っ頓狂な声を上げる。
「今クラスが一緒なんです」
「そうなのか?」
「はい。時々、遊んでいます」
「そうだったのか……」
前々から、ある程度の知っていたようだが、どうやら今は観鈴と遊んでいるらしい。
観鈴にも友達が出来たのだ。
「……以上、美凪チンの今でした」
「美凪チン?」
「観鈴チンのマネです。……受けた?」
「……」
みちるは、帰った。
もう、夕暮れは藍色の闇に侵食されつつある。
親父さんも心配しているから、帰るとのことだった。
「……今日は本当にいきなりでしたね」
どうやら、今度は俺の番らしい。
「ああっ、実はな、久しぶりにあいつの顔を見てな」
あいつとは、もう空に帰った方のみちるのことだ。
「……往人さん、ずっこい」
「それで、あいつにだけ会っておきながら、美凪に会わないわけにはいかないだろ。
だから、俺は久しぶりに会いに来た」
「では、約束はまだ……」
「まだ……だな」
少し言いよどむ。
「……てっきり、お約束を守られて来られたものだと」
「うそつきだな」
「……ずるっ子です」
「美凪は約束守ったみたいだしな」
「……はい。今は、まだいろいろと大変ですが、きっと大丈夫です」
「そうか」
「だって、私がいるんですもん」
俺たちは素直に笑顔になっていった。
「それで何時までおられるのですか?」
その言葉は、ひどく唐突だった。
でも、俺も言っておかねばならないことだったと思う。
「最初は、美凪に俺の元気な顔を見せられればそれで充分だから、帰ろうとおもったけど」
「ポッ」
美凪は顔を赤らめた。でも、言葉で「ぽっ」と言われるとこっちも気恥ずかしい。
「去年、お世話になった奴らに顔を見せておこうと思う」
本当に短い間だったが、その間に巡り会えたものを、俺は見捨てることができなかった。
だから、観鈴にも、佳乃にも会っておこうと思う。
俺の人形劇も少しは評判だということも併せて。
「……そういえば、今日はどこにお泊まりにならるんですか?」
「もちろん」
俺は、地面を指差す。
俺のここでの寝泊りする場所は、ここ以外にもうない。
「……そうですか」
そういうと、彼女は立ち上がり、スカートの埃を払った。
もう、夕暮れではなかった。
「今日は、ここらへんで帰りますね」
「ああ」
俺は微笑む。
「今日は母が特製はんばーぐを作ってくれるのです」
「おいしいのか?」
「えへん」
「なら、俺にも食わせてくれ」
「明日の朝、持ってきますね」
彼女には、あそこにもう居場所があるのだ。
「また明日です」
美凪がとても穏やかな顔でそう言う。
「ああ、また明日」
俺も合わせて、そう言う。
一年振りに言った言葉がちょっとうれしかった。
そして、俺のこの町での一日目が終わった。
<了>
そんなわけで、プロローグから約一ヶ月経ちましたが、一日目終了です。
いや、忘れていたわけではないですよ。(汗)
でも、確かに観鈴と美凪をどう絡ませるか、が最大の問題でしたから……(^^;
まあ、気長に待っていてください。
二日目もそう遠くない日に掲載すると思います。
初掲載:(00/12/2)
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