俺は、この町に帰ってきた。
アレから、数週間。ただ、ひたすらに山に篭もって、自分を見つめなおし、自分を鍛えなおした。
もう、逃げたくはない。
別にコレそれ自体は、俺の目的とは違うものだし。
本当ならこんなことをせずに空にいる少女を探しに行かなくてはならないのだろう。
でも、俺はもう逃げたくなかった。
自分からは逃げない。
あの山篭りの日々にそう感じた。
無力な自分。何かから逃げたい自分。
そんな自分を止めにしたかった。
大切なのは、一歩足を進めること。
結局のところ、自分にもっとも必要だったのはそれだったのだ。
考える前に一歩前に足を進める事が本当に必要だったんだ。
もう……逃げない。
そして、俺はこの町に足を踏み入れた。
バイトをするために……!
ある昼のひととき2
〜陽はまたのぼりくりかえす〜
Presented by 藍隈堂
「そんなわけでバイトを紹介してくれ」
いささかこの家に来るのも少し悪い気がしたが、今更そんなことを考えるのもおかしな話だ。
そんなわけで、今観鈴in神尾家である。
「いいよ」
観鈴は、いとも簡単に承諾してくれた。
「本当か!?」
「うん、観鈴ちんやさしい♪」
「それでどんなのなんだ?」
少し急かし気味で言った。
「うん、ちょっと手を動かして、頭を少し使うんだよ」
「ふむ、俺の得意中の得意だ」
そうやって、人形を取り出して動かす。
気分がいいので、バク宙三回転にひねりをつけて見せる。
「おお〜、すごいすごい♪」
「それじゃあ……」
そう言いながら、観鈴は二階・多分自分の部屋に行ってしまった。
そういえば、あのバイトの紹介以来、観鈴の母・晴子には会っていない。
晴子には、バイトを紹介してもらおうとして、直前でそれを蹴った。
今考えると本当に悪いことをしたと思う。
……もし機会があったら謝るとするか。
心の中でそんな風に思った。
そんなことを考えていると観鈴が降りてきた。
「往人さん、お待たせ」
「それは?」
「往人さん、まずはトランプしよ♪」
まあ、わざわざこれから紹介してくれるのに、むざむざ断われるのも嫌だしやるか。
そう、人間やさしくなければ。
山篭りの時のもう一つの成果といえるかもしれない。
「まあ、構わんぞ」
「わ〜い」
………
……
…
カラスが鳴いている。
外は夕焼け小焼けの赤とんぼ。
「なあ、観鈴。いつまで続けるんだ? トランプ」
「あっ、そうだね。他のにしようか?」
「いや、トランプも何も、もういいんだ」
俺の切実な願い。
「早くバイトを紹介してくれ」
「えっ? もうしてるよ」
観鈴は少し驚いた顔をしている。
って、コレ(トランプ)がバイトですか?
素直に聞いてみる。
「うん。言わなかったけ?」
聞いてません。
「いや、一つだけ聞きたいんだけど、コレがバイトならバイト料とかはどうなっているの?」
出来るだけやさしい口調で聞いてみる。
「あっ、そうか。それも言い忘れてたんだ」
そのままドタバタと冷蔵庫に何かを取りに行った。
そして、すぐ戻ってきた。
「はい。バイト料」
そして、手渡されたのは「どろり濃厚 ピーチ味」
………
……
…
「観鈴、コレはなんだ?」
「往人さんのバイト料。これで往人さんも幸せ。私も幸せ」
「んなわけあるかーい!」
またもついつい関西弁で突っ込んでしまった。
「が、がお……」
「がお」と言ったからというより、何か悲しさから頭をはたく。
「観鈴ちんの大バカ野郎っ!!」
俺は、涙を必死に拭いながら、走り出した。
まただ。
また、俺は逃げ出した。
でも、今回のはちょっと違う。アレでは、あまりに俺がふびんではないか。
俺のバイトの根本的な趣旨を間違えていると思う。
金が手に入らなければ、意味がないのだ。
そんなことを思いながら、駅舎に向かって歩いていった。
駅舎には、ちるちるみちるがいた。
「あ〜、国崎往人」
「よお、ちるちる」
「この大馬鹿国崎往人!」
そして、次の瞬間には、みちるの大きく振りかぶった蹴りによって、俺は倒された。
「よくも美凪を泣かしてくれたな!」
「えっ?」
言っている意味が今一つわからない。
そんな俺の顔を見て、気がついたのか、みちるは――
「前にお米屋さんのバイトを美凪に紹介してもらったくせに、それすっぽかしただろ」
「あ」
そうだった。俺がすっぽかしたということは、紹介した美凪は何かしらの迷惑をこうむったことは容易に想像できる。
すまない気持ちになってくる。
「次、美凪にあったら謝っとけ、国崎往人」
「はい」
子供っていうか、ちるちるみちるに説教をされるのは癪だったが、今回ばかり(?)は俺が悪い。
今度、美凪にあった時にはちゃんと謝らなくちゃな。
そして、俺はそのまま商店街に来ていた。
もちろんバイト探しだ。この辺りなら、何かバイトもあるだろう。
「あっ、往人くんだよ」
「って、真後ろから声かけるな」
そう背中越しには佳乃がいた。
「驚きが標準装備だよ」
相変わらず、わけのわからん娘だ。
しかし、子供の頃からこの辺りに住んでいるのだ。何かいいバイトを紹介してくれるだろう。
「そうだ、佳乃何かバイトを紹介してくれ」
「バイト?」
「おう、何か良いバイトがあったら紹介してくれ」
「う〜ん、わかったよ。それじゃあ、往人くんはサーファー特殊任務一号さんだよ」
「ぴこぴこ」
「うん、それじゃあ、ポテトは二号だね」
サーファーというのに、とてつもない疑問を感じたが、気にしないことにした。
「をい」
「はい 往人くんことサーファー特殊工作任務壱号さん」
「よくわからないが、俺はサーファーという仕事をやるんだよな?」
サーファーというのは波に乗ることだよな?
「サーファーと仕事というのはどういう関係にあるんだ?」
「サーファーっていう仕事があるんだよ」
「俺が今持っている鍬とスコップは何に使うんだ?」
「そのまま使うんだよ」
ますます意味がわからない。
「乙女は秘密の一つや二つは機密所持だよ」
俺はヲトメじゃない。
「とにかく、善心進めだよ」
善心?
「ここは学校だよな」
「学校以外には見えないよ」
「何をするんだ? ここで」
「サーファーをやるんだよ」
そんな堂堂巡りな会話を続けながら着いたのは、学校農園のような所だった。
「んで、どうするだ?」
「鍬を持って耕すんだよ」
「そうか……」
とりあえずしばらく耕すことにした。
数分後、気になったことを聞く。
「なんで、佳乃がこんな仕事をしてるんだ?」
「うん、飼育委員として、動物さんたちには無農薬の物を食べて欲しいんだよ」
ふむ。その心掛けや良し。
そして、もう一つ気になったことを聞く。
「なあ、サーファーというのはこういう仕事をする人のことをいうのか?」
普通、サーファーと言ったら、波に乗る人のことを言うんじゃないのか?
「えっとね、サーファーというのは農奴さんのことだよ」
?
「どうゆうことだ?」
「えっと、今日学校の歴史の時間に教えてもらったんだけどね、Serfっていう言葉があって、
どこかの国から無理やり無開拓の土地に連れていって、無理やり農業の仕事をさせるんだよ。それで、それに〜erを付けてserfer・サーファーだよ」
「つまり、俺は農奴か」
っていうか、それってバリバリの差別用語なんじゃ……?
「うん、でもきちんとバイト料はだすよ」
「それなら、いい」
バイト料がでるなら、何でも構わなかった。今は少しでも金が必要だ。
でも、いくら位なんだろう?
「そういえば、バイト料っていくらなんだ?」
こういうのは、早めに聞いておいた方がいいだろう。
「うんとね、収穫の頃にはお芋で一攫千金だよ」
まて。
「それはどうゆうことだ?」
「現物支給制度なんだよ。よかったね、ポテトも少ししたら、お芋だらけの一攫千金だよ」
「ぴこぴこぴこ〜」
佳乃はポテトとお芋一攫千金計画に喜んでいる。
っていうか、いくら学校で習ったからって、農奴はないだろう。
っていうか、単なる小作人なのでは?
っていうか、どちらにせよ、酷い扱いなんじゃ?
「さようなら……」
俺は鍬を投げ捨てて、逃げ出した。
俺はポテトと同じ気分にはなれなかった。
「あっ、ポテト。謎の脱走兵一号を捕まえなきゃダメだよ」
「ぴっこり」
途中ポテトがすごい速さで追いかけているようにも見えたが、気にしないことにした。
っていうか、この町は一体俺にとって何だったのだろう。
結局のところ、泥棒に入られてから、全てが変わったような気がした。
なんだか、わからない。
ただ、この町にはもういたくない。
がんばってもがんばっても全てが無駄に終わっている。
ポケットの中には人形。俺の心の中には「法術」
そうだ。全てを仕切りなおそう。
一からやりなせば、いいんだ。
俺はそう考えると、線路の上に足を置いた。
そして、もう一度全てを仕切り直すために、風の中へ。
<了>
そんなわけで「ある昼のひととき」の続きでした。
ここで、作品の解説をするのも間抜けなのでここらへんでもう解説しません。
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