………

 ……

 …

 ついに完全無欠の文無し状態になった。

 

 俺−国崎往人は、途方に暮れていた。

 金が俺のポケットのどこにもないのである。

 いや、それだけではない。

 それだけなら、いつもと変わらない。少なくとも、この町に来てからというもの、そんな状態が当り前だった。しかし、今回は違う。

 荷物が無い。

 今の仮住まいこと駅舎の一室に置いておいた荷物がきれいに無いのだ。

 つまり、泥棒に入られたのだ。

 昼間、商店街に大道芸をしている間に入られたのだ。

 

 現在の俺の手荷物。

 人形オンリー。

 ………

 ……

 …シクシク

 さすがに惨めになった。

 

 そして、俺は決心することになる。

 もう、絶対にやるまいと思っていたことを……

 そう、バイトだ。

 

 大道芸でその日の飯を食う俺にとって、これほど屈辱的なこともない。

 確かにこの町に来てから、一度だけバイトをやった。

 しかし、あの時とは状況が違う。

 食い扶持の人形も目の前にある。

 その状況で全く違う仕事につく。

 なんだか、この十年を否定された気分である。

 

 まあ、そうこう考えていても仕方ない。

 さて……どうするかな?

 

ある昼のひととき

 

Presented by 藍隈堂

 

 あの時、晴子は言っていた。

「仕事を紹介したるわ」

 そう、あの時の日雇いの仕事だ。

 こういった時、晴子は頼りになる……はず。
 俺は、町を歩きながら、そんなことを考えていた。

 俺のこの町での数少ない成人していて、且つまともに働いている人だ。

 ……少なくとも霧島聖よりかはまともに働いている。

 目の前にいたら、絶対に言えないが。

「私がどうしたって?」

「ブボッ!?」

 俺の後ろには、聖がいた。

「どうして、ここにいるんだ!」

「ポテトと共に往診だが、目の前で君がいたのな」

「ピこ」

「そうか」

 かなり驚かせる。っていうか、まともに声をかけられないのか?

「まあ、同時にその目の前の君が、私の良からぬ噂を言っていそうだったからな」

 同時にメスが一本、懐から現れる。

 俺は、全速力で逃げていった。

 

 そして、神尾家

「そんなわけで何かてっとり早く、金の儲かるいい日雇いを紹介してくれ」

 しばらく、俺のことをマジマジと見ると。

「よっしゃ、ええで。一緒に来(き)い」

「ほんとか!」

「せや、さっそく行くでぇ」

「おおっ」

 少しだけ、晴子が天使に見えた。

「まあ、居候やったら顔もええし、ええ体しとるし。ええ銭稼げるやろ」

 どうやら、肉体労働の類のようだ。別にそんなの別段、苦じゃない。

「後ろに乗り」

 素直に俺はバイクに乗ると、アクセルを吹かそうと……

「……すな!」

 やはり後ろから、無理やりアクセルを吹かすのは無理のようだった。

 

「よっしゃ、ついたで」

 そこは、歓楽街だった。

 晴子もこういった所で働いているのだろうか?

「せや。女手一つで一家を養おう考えると、やはりこういった所しかないんや」

「そうか」

 少しだけ、晴子の苦労が見えたような気がしたのも、つかの間。

 次の瞬間には、俺の前には嫌なものしか見えなかった。

 

「漢の花園 アナザヘブン」

 

 ………

 ……

 …(思考停止中)

 

 ほんの少しだけ、自分こと−国崎往人が働いているシーンを想像。

「ゆきちゃ〜ん、三番テーブルご指名で〜す」

「は〜い♪」

 何かが弾ける音。

 

「いや〜、すぐ慣れるで。しかもここなら、月にがんばれば百万以上稼げるし……あれ? 居候?」

 

 俺が逃げ出したのは言うまでもない。

 

 必死に歓楽街から逃げ出した次の日。

 ヨレヨレになりながら、俺は駅舎の中であまりに疲れた体を癒していた。

 しかし、腹は減る一方。

 せめて、何か食いたい。

 そして、金は無い。

 この悲しいジレンマに陥っている時、ふとすっかり忘れている存在を思い出した。

 そう、お米券だ。

 カバンにしまっておいた分は盗られた時点でないが、交換しようと思ってジーンズの中にしまっておいたのをすっかり忘れていたのだ。

 

 狂喜。

 

 そして、小躍り。

 

「ありがとう。美凪。俺は、おまえを絶対わすれない!」

 

「……ぽっ」

 

 俺が小躍りしている後ろで、彼女−遠野美凪はそこで顔を赤らめていた。

 ………

 ……

 …

「……いつから、そこに?」

「……小躍りしている時から」

「いたんなら、何か言わんかい!」

 ついつい晴子の影響か、関西弁で突っ込む。

「美凪を泣かすな! 国崎往人」

 ドカッ! 脇腹に強烈な蹴りをいれながら、ちるちるみちることみちるが俺の横に仁王立ちしていた。

「この……」

 と怒ろうとしたのも、束の間。

 腹に全く力の入らない俺は、そのままヘロヘロと座り込んだ。

「……やっぱ、ラヴラヴ?」

「違う!」

 片手を頬に起きつつ、そう言うので、とりあえず突っ込む。

 そして、ヘロヘロ。

「……ごめんなさいで賞」

 そう言って、美凪はいつもの白い封筒を手渡した。

 しかし、俺の求めているものは、今はそんなものではない。

「お米券より、何かバイト紹介してください」

「……そうですか」

 美凪は、少し考えたようだった。

「……ギャンブルのやりすぎ?」

 ……とりあえず、俺の現在の状況を話すことにする。

 

「……わかりました。そういうことでしたら、いい所があります」

「本当か?」

 昨日の一件がある以上、ちょっと怖いが、今回は美凪である。困った時にはとてもいい奴であるはず。弁当とかも作ってくれるし。

「……はい。しかし肉体労働なので、先に少しだけ腹ごしらえをしましょう」

「はんばーぐ?」

 みちるが、そう言ってきた。

「……ええ」

 やさしい笑みを浮かべながら、美凪はカバンから弁当箱を取り出した。

 

 そして、今俺は商店街にいる。

「ところで美凪。その肉体労働って……もしかして」

 昨日のことがある。もし、いきなり行って、そういういかがわしい所だったら、笑えない。

「……変態?」

 どうやら、見透かされたらしい。

 

 商店街の外れまで来かかったところで、美凪が歩みを止めた。

「……ここです」

 そう、そこはお米屋だった。

「……ここは、おじさんとおばさんで経営しているので、いつでも肉体労働できる人を求めているのです」

「そうか、それじゃあ……」

「……はい、とりあえず、入ってみましょう」

 

「いらっしゃい。おや、美凪ちゃん。今日は彼氏連れかい?」

「……ぽっ」

「おう、もうラヴラヴだ」

「……ぽっ」

「見せ付けてくれるねぇ」

 気のいい親父は、そう言うとニッカリと笑った。

 どうやら、まともに働けそうだ。

 美凪が、米屋の親父に事情を説明すると、すぐに採用が決定した。

「おお、そいつはうれしいねぇ。そういうことなら、即採用だ」

「ありがとうございます」

 少しだけ、営業スマイルで微笑んだ。

「……それでは、がんばってくださいね」

「ああ。ありがとな」

「……ぽっ」

 今日、数回目の顔を赤らめると、美凪は帰っていった。

 

 そして、ついに働く事が決定した。

「それじゃあ、力試しでなんだが、コレを運んでもらおうか」

 そう言うと親父は、大きなコンテナの扉を開けた。

 そこには、袋詰めされたたくさんのお米だった。

「ここには、250袋ほどお米が入っている。これを全部外に出してほしい」

「ところで、親父。この袋、一袋の重量は?」

「30キロだよ。二つで一俵ってことだな」

 ……大体、七トン以上ってことか。

 ついちょっと前に20キロを少し運んで死んでいたような……

 それを、30キロのを七トン。

「……親父。今までありがとう」

 俺は、それだけ言うと、疾風が如く逃げ出した。

 美凪と親父には、少し悪い事をしたと思うが、俺はまだ死にたくない。

 

 

 

 ……俺って一体何なんだろう?

 ふと、そんなことを考えていた。

 米屋から逃げ出した後、俺は少し物思いにふけていた。

 ………

 ……

 …

 帰ろう。と言っても、帰る場所は無い。

 ここから、逃げ出したいだけだ。

 バイト一つ何も出来ず、大道芸もうまくいかず、カバンも盗まれた。

 さすがに自分をいたたまれなくなった。

 修行しよう。

 もっと、体力つけよう。

 もっと、がんばれる人間になろう。

 そして俺は駅舎の向こう、山道を向かうことにした。

 

 

 


ども、藍隈堂です。なんだか、ラストが尻切れトンボと化してます。

ただラストをもうちょっと続けるやも、という感じに終わらせてみました。

気分で、もしかしたら、続き書きます。

では、最後まで読んでくれてありがとです。



ある昼のひととき