極私的解釈 |
自分なりに「A I R」というものを考えてみました。 KEYが「A I R」の中で何を言いたかったのか、とかストーリーの中で曖昧な部分を自分なりにトピックごと(?)に解釈してみました。 まだ、全然書いてありませんが、少しずつ増やしていきたいと思います。 |
第一段 木村佳乃=霧島佳乃!? |
芸能人で木村佳乃(きむらよしの)という方がいるのをご存知ですか? ちょっと前だったら「ラブコンプレックス」というドラマに出ています。 聞くだけ無駄な話ですが、霧島佳乃は「きりしまかの」と読みます。説明も……不要ですよね。(^^) 「きむらよしの」と「きりしまかの」。 似ていませんか? 音的に。 もう「佳乃」という字は、二人ともいっしょだからいいとしても、「きむら」と「きりしま」。声に出してみてください。音的にも似ていませんか? 本当に極私的なものですが、霧島 佳乃の名前のモデルは、木村 佳乃なんではないだろうか? と、そんなことを考えていたら、佳乃をローマ字読みすると、「KANO」になって、まるで前作「KANON」と似ている、とか深読みをしてしまいました。 ただ、佳乃のシナリオって、ある面ですごく「KANON」的なんですよね。その二人だけ(この場合なら往人と佳乃)だけすっごく幸せになって、あとのヒロイン(「AIR」なら観鈴と美凪。「KANON」なら、エンディングを迎え入れることの出来なかった他の四人)は、不幸な方向に向かってしまうという辺り……(あくまで方向的にという話) まあ、確かに観鈴と美凪は幸せなのかどうか、すごく難しいところなのですが、それは次回にします。 |
第二段 彼女たちの幸せ |
このゲームをやっていて感じた事がある。観鈴は、美凪は、本当に幸せだったのだろうか? ということです。 佳乃は、多分あのゲームの中でもっとも望む通りに生きられた人でしょう。でも、観鈴はどうだったでしょうか? 美凪はあれでよかったのでしょうか? 以降、本当に極私的解釈。 観鈴は、ある一面では幸せだったのでしょう。確かに晴子とのすれ違いは無くなりました。家族ゴッコは本物の家族になりました。呪いも無くなりました。でも、生きることが終わってしまいました。 って、ちょっと待ってください。 確かに彼女的には、何年間も求めていたものが、この夏で全てを手に入れられたのですから、万々歳でしょう。それこそ、変に生き長らえるよりかは。しかし、その先がない。 そう彼女には、(彼女としての)未来が無い。例え、あのラストの二人のうちの女の子が観鈴の生まれ変わりであったとしても、それはもう彼女じゃないですよね? 生まれ変わった時点で観鈴ではなくて、生まれ変わった誰か……ですよね? そして、生まれ変わるということは、もう観鈴としての記憶もないですよね。(呪いはすでに解けているのだし) はっきり言ってしまったら、幸せというのは当人の問題ですから、プレイヤーであり国崎往人である私たちには全く関係のない話なんでしょう。結局、「当人が何を以って幸せか」ということですから。 でも、それはどうでしょうか? 俺はあまり良いとはいえません。 母親である晴子さんを悲しませて。(ラストでは立ち直っていますが、それでも死んでいるよりかは、生きている方が何十倍もうれしいはずでしょう?)彼女の幸せを願った人たち(父さんとか)の想いもないがしろで。そんな状態で、何が幸せなんだろうと思ってしまいます。 そして、さりげない残酷性を帯びた美凪シナリオ。往人はラストで町をでました。空にいる少女を探しに。でも、その空にいる少女は、そこにいて。むしろ、往人は自ら遠ざけてしまっている。いつになったら会えるのでしょう? そして、もし出会ったとしてもその後は? もし仮に観鈴のシナリオをそのままであるとするのなら、往人と美凪の恋は破局以外の何も残らないのではないでしょうか? もしかしたらみちるのおかげで、空にいる少女にも少しは幸せな記憶がいくのだから、死ぬことはないかもしれません。カラスになるという意見があると思いますが、カラスになった時、美凪はそのカラスが往人であると気づくでしょうか? カラスは自分が往人であったことを思い出すでしょうか? 何年もしかしたら何十年と旅を続けて、ようやく空の少女を見つけたとしても、その後に来るのはある種運命的な死です。美凪はラストで「帰ってきてください」と言っていたけれど、その時彼女が往人のその後を知ったのならどう思うでしょう? 結局、美凪にも未来は無い。(まあ、美凪自身とみちるにはありますが) 俺は実を言うと、このゲームのシナリオのテーマの一つである「幸せ」については否定派です。作品としては大好きですが。でも、このゲームの未来性の無い「幸せ」を見せ付けられても、俺には全く悲しくなるだけです。 ただ、KEYさんに「幸せ」の定義と俺の「幸せ」の定義が違うだけなんですがね。(笑) |
第三段 しあわせのかたち |
幸せって、一体何なんでしょうね? 観鈴は、家族ゴッコではない家族になりたかった。 美凪は、「私」を確立したかった。 佳乃は、殻(バンダナ)からの解放。 まあ、一人一人の細かい説明は、次回か他の方々の解釈に任せるとして……(オイ 前回の補足説明です。ただ、これが正しいかと言われれば、なんとも言えないし、あくまで俺が「A I R」というゲームをやって感じた事とでも言えば、いいのでしょうか。 俺なりに「A I R」を読解して、その中から「幸せ」の意味を抽出した結果です。 KEYは、A I Rの中では「幸せ」=「本物」だと言いたかったのでしょう。(これはとても極論的ですが) 「自分らしさというものを確立させること」 これがKEYなりの「幸せ」なんだろうなぁ〜、と思います。 ただ、俺は 「自分を求めすぎて、周りの人を(結果的にでも)不幸せにするのはどうか?」 なんて、思ってしまう人なんで、この意見ではKEYとは合いませんね。(あくまで、ここだけですが) |
第四段 遠野 凪子=遠野 美凪!? |
某月某日(っていうか、00/11/26) テレビ欄を見ていると、どこぞの番組にレポーター(?)に「遠野 凪子」という名前を発見しました。 前回、「木村 佳乃」が「霧島 佳乃」がモデルなんじゃ? とか言った俺としては、やはりとても気になるじゃないですか? そんなわけで、ちょっとだけその番組をみました。 ……まあ、顔はさておき!(ヒデェ) 顔はさておいても名前がすごく似てる。しかも、前回佳乃のモデルもアイドルさん。どうやら、凪子さんもあいどるさん…… もしも、名前にモデルがあるとするのなら、多分彼女だとか思ってしまっているのですが、どうでしょうか? みなさん。(結構自信アリ) 感想待ってます♪ |
第五段 ちょっと物申す。 |
なんとも久しぶりの更新でありんす。ちょっと水面下で暴走ばっかしているので大変なんです。まあ、そんな俺のことなんてさておき。ちょっと気になったことを一つ。 美凪さんの往人を呼ぶ時の呼称です。特に後半付近に対して述べているのですが、美凪さんが往人を呼ぶ時、「国崎さん」と「往人さん」と二通りあるんですね。 (これは、ただ真密度があがったとかそういうのではなく、てんでバラバラ) なんていうか、シナリオ書きとしてはどうにかして欲しいところなんです。 と、それこそさておき。 ここら辺からでも言えるのですが、美凪のシナリオの後半パートは、シナリオライターさんが代わっているそうですね。確かにシナリオを熟読していると、ボロが結構出てきました。良い例が、上の呼び方です。大筋に関しては、文句の無い出来なんですが、細かい所の出来が今ひとつみたいでした。 他にも美凪が母親を呼ぶとき、「お母さん」なのか「母」なのか今ひとつわからないです。統一してほしいよぉ〜(T-T まあ、ちょっと荒探し的なものなのですが、SS書いていて、気になったのでちょっと物申してみました。(^-^; |
第六段 神尾観鈴=神谷美鈴!? |
俺は、結構前から森博嗣さんという小説家さんのファンなのですが、文庫版の方で「今はもうない」というタイトルの小説を購入。早速読みました。これ自体の感想を言うと、はっきり言って、本当の長編の凄さというのを教えられました。なんていうか、長編のシリーズを読むからこその固定観念というものをぶち壊したその構想方法に本当に脱帽。参りました。 さて、そんなこの作品の中にちょっと気になるキャラがおりました。それが今回の「極私的解釈」でございます。 それが「神谷美鈴」さんでございます。このまんまでも、結構名前が似ているのございますが、彼女はそれだけではないです。 彼女の最初の登場シーンは、トランプだかタロットだかのカードを使って遊んでいるんですね。 ……前回の遠野凪子といい、今回の神谷美鈴といい、本当にこれが名前のモデルなんではないだろうか、という感じです。(^^; こういった名前というのは、結構単なる偶然の一致ということが高いのですが、なんて言うんでしょうね、シンクロニシティ? そんな感じです。 PS:問題は、確か森先生は、キャラの名前を自分の周りにいる人から取っているので、もしこの神谷美鈴さんも、そのパターンで名前付けがされているのであったら、もしかしたら、現実上に神尾観鈴の名前のモデルが存在するということになって、なんだか、結構楽しげに思えてしまいます。(^−^ |