そう思った時

「旅に出よう!」

 僕はそう考えた。
 そう思い立ったら、すぐ行動に移すタチだ。
 このまま惰眠なんかむさぼってなどいられない。
 僕は必要限度の荷造りを済ませると、さっさと家を飛び出したのだった。

最近、今のままでいいのかと、ずっと考えていた。

 大学を卒業した今、何もせずに独り家にゴロゴロと転がっているだけだ。
 友達はみんな4回生になった頃から、必死に就職活動に励んでいた。けど、僕は特に何もしなかった。
 自分のしたい事が見つからなかったからだ。
 みんな、生活の為に就職しなくてはダメだ!とか力説していたが、僕にはそれだけの理由で就職したくはなかった。

だから意味もない生活を送っていた。

 朝は10時に起きて、昼はワイドショーを見て時間を潰し、夜は夜でドラマやバラエティーを見て、意味なく過ごしている。
 そんな自分にいい加減、嫌気がさしていた。
 それなら、一つ旅にでも出て、これからの自分の見つめ直してみよう、そう思った。

〜〜〜

今の自分――

 こんな自分が嫌だった。
 無駄に過ぎていく時間、それが何か空しかった。

「もう、あなたとはつき合えない」

 この前、彼女にそう言われた。
 理由は簡単だった。
 「あなた見てると、一生懸命やってる私がバカらしく思えてくるのよ」
 確かにそうだった。
 彼女は、就職が内定していた。
 どこかの会社らしい。
 1年間頑張って就職活動してやっと内定を貰ったそうだ。
 しかし、僕からしてみれば、彼女はお茶汲みや接待などでこき使われるだけのようにしか思えない。
 女性社員がそのような仕事しか与えられないというのは、偏見かもしれない。
 だが、それがすべて嘘であるとは僕には思えなかった。
 そんなことをしたくて会社に入る奴などいない。
 所詮、企業の犬だ。
 だから、僕はそんな所には入りたくなかった。いや、こっちから願い下げである。

〜〜〜

「ん〜気持ちいい風だ」

 僕は空を見上げた。

 僕は、見知らぬ牧場に来ていた。

 行く当てもなく電車に乗って2日目、適当に宿を取って山に登ってきたのだ。
 たまにはこうやって歩くのもいい、そう思った。
 「何してんだろ、あれ?」
 僕は下の方で何かをやっている人を見つけた。
 なにぶん目の悪い僕には、よく分からなかった。
 僕がその人の所に歩み寄ると、その人は絵を描いていた。
 油絵だろうか。
 「絵を書いているんですか」
 「……はい」
 その女性は、振り返らずに答えた。
 僕は彼女のその態度に少しむっとしたが、そのまま質問を続けた。
 「よくここに来るんですか?」
 「……ええ、私、ここが好きなんです」
 相変わらず僕の方を向いてしゃべろうとはしなかったが、彼女の声は少し優しげだった。
 よほどここが気に入っているらしい。
 「いつもここで描いているんですか?」
 「……済みませんが、集中出来ないんで話しかけないでくれませんか」
 「あ、済みません」
 僕は、仕方ないのでそのままその場を後にした。

次の日、また同じ場所に来てみると、彼女がいた。

 その次の日も、次の日も彼女はいた。
 彼女は、いつも熱心に描いていた。
 「――精が出ますね」
 「また、あなたですか」
 いつものように冷たい返事である。
 「ひとつ訊いてもいいですか?」
 「――何です?」
 「あなたはこうして毎日絵を描いているけど、何の為なんですか」
 すると、彼女は初めて僕の方を向いた。
 「あなた、私をバカにしてるの!?」
 その目は真剣だった。
 「ごめん……」
 僕は、あまりに情けない自分自身に腹が立った。
 彼女は、真剣に絵を描いているのだ。
 それを何の為になどと……
 僕が塞いでいると、彼女が立ち上がった。
 僕は、黙ったまま彼女を見つめた。
 「……」
 「……私はコンクールで入賞するって決めたの。だから、こうして描いてる」
 そう言うと、彼女はさっさと荷物を片づけて帰ってしまった。
 「コンクールか……」

次の日から、僕は真剣に彼女の絵を見るようになった。

 彼女の真剣な姿に心打たれたのだろうか、自分自身でもよくは分からなかった。
 ただ、彼女の絵に何かを求めていた。
 「ねえ、これでいいかな」
 次第に彼女は僕に話しかけてくれるようになった。
 なぜかは分からないが。

1週間後、彼女の絵はついに完成した。

 その時は、僕も一緒になって喜んでいた。
 まるで、自分が描き上げたかのようだ。
 しかし、嬉しかった。
 これが、何かに熱中してやるということなのだろうか。
 自分がやりたいと思ったことなら何でもいい、何かをやることがこんなに楽しいなんて思わなかった。
 僕は何かを悟ったような気がした。

僕が喜んでいると、彼女が僕の手を掴んだ。

 僕は、慌てて彼女を見た。
 「ありがと、あなたのおかげよ」
 「えっ……」
 「あなたが応援してくれたから完成したの。私、何度も諦めようと思っていたんだから」
 「そうだったのか」
 「ええ……正直、あなたに何で絵を描いているの、と言われた時はショックだったわ」
 「……ごめん」
 「いいの。あのね、本当は絵じゃなくてもよかったの」
 「えっ!」
 「とにかく、何でもいいからしたかったの。そうすれば、何かが見えて来るんじゃないかって」
 まさか、僕と一緒だったと言うのか。
 僕は彼女の言葉を信じられなかった。
 僕は、彼女を見つめた。
 彼女の瞳は充実感に溢れていた。
 「だから、あなたに会えてよかった。ありがと……」

〜〜〜

その日、僕はすっとんで家に帰った。

 僕のしたかったこと。僕のしたかったこと。
 今は何だかはっきり分かった。
 僕の趣味は小説を書くことだ。
 なら、これに賭けてみてもいいんじゃないか。
 他人に何を言われたって構わない、自分が思うように生きるんだ。
 そう思った。

彼女は、別に画家になりたい訳ではなかったらしい。

 高校を卒業したら、親に家の仕事を継げと言われて悩んでいたそうだ。
 でも、結論は出たみたいだ。
 自分の行きたい大学に行く、彼女はそう決めたのだった。
 両親にいくら反対されても構わない、自分の人生なんだから、自分で決めるべきなのだ。

その日から、僕は変わった。

 新しい彼女も出来たことだしね☆

<了>


あとがきのようなもの
(1999.2.27)

この作品は、ちょこっと思いつきで書いたもので、あまり気合い入っていません。
けど、今の私の心境が現れていますね。初の短編です(笑)


掲載にあたって
(2001.3.24)

1999年に書いたショートストーリーで、当時うちの常連だった、にょせさんに送った投稿小説。
本人も存在すら忘れていたのだが、久々に読んでみて、なかなか面白いと思った。
加筆推敲することも出来たが、敢えてそのまま掲載した。


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