ひとかた 『ひとかた』 (2006.5.8)

 <下ネタがウザイが、構成力抜群な伝記小説>
事象の繰り返しを用いた、基本一本道の伝記アドベンチャー。
あらすじは作者様のサイトから引用させていただくとこんな感じです。
静かな田舎町、打追。
南護(みなみまもる)は、その地中に眠る牛鬼を退治すべく
依頼を受けて打追町にやってきた。
牛鬼は十二年に一度、力を増す。
そして今年はその十二年目にあたるのだ。

異形の怪物である牛鬼に対して、
いったいどう戦えばいいというのか?
打追の街を調べ始めた護は、自分が想像もしていなかった
人間関係と謎の渦へと巻きこまれていく…。
伝記系というと「痕」や「青空」などを思い浮かべるのですが、この作品はそれにプラスして「YU-NO」のようなテイストが含まれており、主人公である護は同じ時間を何度も繰り返しながら、過去の失敗を生かして前向きに進んでいき、最終目標である牛鬼退治へと進んでいきます。
事象を繰り返す並列理論が大好きな私にはかなり手に汗を握る展開で、一気にラストまでやり進めてしまいました。

製作者側の視点で書きますと、
並列世界を扱って作品を作るというのは、思っている以上に構成力を求められる作業で、作品のテーマから外れることなく、キャラをしっかりと生かし、全体の辻褄を合わせていくというのはかなり困難です。
「ひとかた」ではそれを見事にまとめており、徐々に謎を明かしていきながら、最終的に全てを解決させ、綺麗に書き切っている。
これは脱帽するしかないです。

ただ、導入部分の設定や描写が甘い点がずっと私の中で足を引っ張り続けました。
護が、自身のことや、所持している謎の腕輪・短刀のことを全く理解していない。
確かにそれは、終盤に進むに連れて明らかになっていく謎のひとつなので語られては不味いのですが、それにしても「記憶があんまりはっきりしないな〜、まあいいか」ではどうにも強引で無理があると思います。

もう一点。
いきなり「牛鬼退治」などと言われても、プレイヤーとしては置いてけぼりを食った気分です。
腕輪の件にしても牛鬼の件にしても、暫くプレイしていれば慣れてくるものの、唐突な感は否めませんでした。
ここは主人公の設定付けの段階でもう少し捻ってもよかったのではないでしょうか。


次にキャラクターについて。

護の第一印象は、まず「下ネタ」が滑りまくりの寒いキャラでした。
例で挙げれば「同級生」「下級生」時代のelfの主人公を彷彿とさせるもので、今の時代から外れた、最近ではなかなか見られない感じの人物。
ただ、徐々に進めていくに連れて、前向きで強いカリスマ性を見せるようになり、周りの人間を引き込んでいく魅力を見せるようになっていきます。

後者の部分はなかなかよかったのですが、やはり、必要以上に下ネタが使われているせいか、無駄に会話が冗長になっていて、折角の会話の流れを壊している箇所が多々ありました。
キャラの設定付けとしてはアリなのでしょうが、どうにも勿体無いです。

次にこの作品に登場する主なヒロインは、クラスメイトの菅野美咲と南智恵。
親戚の南依絵。お世話になっている民宿の娘の黒田蘭の4人。

全体的にキャラの設定付けはよくできているのですが、特に美咲と蘭はキャラがよく動いており、実に可愛い。
護と徐々に距離を縮めていく描写は、等身大の高校生を見事に表現していると感じました。
絵がないのも相まって、逆に固定イメージを与えないことで、自由に想像できてよかったです。

お約束というか、皆、主人公に惹かれていくのですが、こういう系統のゲームでは「主人公を好きになるきっかけ」が語られないことが多いのですが、その辺の流れは実に自然で好感を持てました。
ただ、智恵から護への想いだけは、接触した回数でいえば多いとは思いますが、各事象ではほんの一握り。
よくよく読んでみると彼自身とはそこまで一緒にいた時間がなく、どうにも納得いきません。


グラフィック面では、キャラクター絵はなく、風景写真を加工した背景のみ。イベントCGもありません。
ただ、上述した通り、それはマイナスではなく、プラスに働いていると思います。
下手な絵を入れてプレイヤーのイメージを固定させてしまうくらいならば、このように背景と音楽のみでまとめた方がしっくりくるかと思います。

音楽については、作品の雰囲気に実にマッチしたBGMが使われており、質も良くてかなりポイント高いです。
SEなどもきちんと入れており、臨場感溢れるものに仕上がっています。
ラストでは主題歌も流れ、テーマを謳った歌詞を含め文句無し。

システムに関しては「NScripter」を使用しており、デフォルトの機能をそのまま使っています。
あとがきで本人も言っている通り、この部分にはまったく力を入れていないのですが、せめてタイトル画面からロードくらいできてもいいのではないかと思いました。
こういう部分でマイナス要素があるというのは実に勿体無いです。


最終的な評価ですが、同人ゲームでここまでの構成力を持った作品は実に稀。
主張し過ぎない背景と雰囲気に合ったBGMも絶妙で素晴らしい作品だと思います。
ただ、エロゲーを意識したと見られる過剰なまでの下ネタがウザイ点、導入で上手く引き込まれなかった点が、自分の中で引っ掛かり、あと一歩、という印象でした。

タイトル 作者(敬称略) シナリオ キャラ CG 音楽 システム 総合点
ひとかた お竜 19 18 15 18 12 82「A」
※各項目は、12点を標準として20点満点で採点しています。