『青空』とクトゥルー神話 (2000.11.9)(2001.6.21 加筆)

『果てしなく青い、この空の下で…。』

夏に今更ゲームレビューで紹介したゲームですが、
隠された奥深い設定を知って面白さを再認識しました。

このゲームは一部の人に『痕』タイプと言われているように、
全ルートクリアすることで全体の内容が掴めるようになっています。
表ルート(雨音・悠夏)だけでは、この作品の本当の深みはわかりません。
雨音のバッドを見て、余りの辛さに止めてしまった人がいたら勿体無いです(^^;

形式として『痕』的ノヴェル展開を取っているのは確かです。
ただ『青空』の方が綺麗にまとまっていていいです。
夏にやった時に、偶然にも『痕』『青空』を連続してやった為に、
『痕』の感動が掻き消されてしまった感じです。
おまけシナリオも青空の方が面白かったです。
と言うか、あれで本編の憤りがすべて吹っ飛びます(笑)。

あと、一見して田舎を描いた純粋な世界だけのように見えますが、
裏にとてつもない深くて暗い世界が広がっています。
まさに『痕』の雨月山の伝説と同じようなオカルト要素が、
『青空』では特にたくさん出て来ます。
表ルートでは堂島のイタズラにポイントが当てられているので左程ではないけど、
裏ルート(核心に迫る部分)では藍シナリオで登場した恐怖の猫屋敷、
文乃・明日菜シナリオでの復活の儀式、古井戸と冥道の謎、
第三界、邪神オド(ODW)と墓守イズ=ホゥトリャ(Yz=HwTrrra)の謎など。
数えたらきりがないくらいです。

興味が湧いたので色々と調べて見ると、面白いことがわかって来ました。
H・P・ラヴクラフトの「クトゥルー神話」です。
私はそれまでこの分野に関しては全く興味を持っていなかったけれど、
一気に引き込まれたような感じです。ネット上でもこれに関して引いて見ると、
想像以上にたくさんの資料が点在していることに気付きました。
あるHPでその関係について的確に言っているので、以下そのまま抜粋します。

【ロバート・ブロック『無人の家で発見された手記』】
  (青心社「暗黒神話体系シリーズ クトゥルー1」収録)
  まず最初に、ぼくはなにも悪いことをしなかったと書いておきたい。
  正体は分からないけど、ぼくはそいつらのせいでここに閉じこもっている。
  そいつらは理由なんてないくせに、ぞっとするようなことをしようとしている……
  人里離れた森の奥の、無人の家で発見された手記の内容は、
  そこに住んでいた少年の最後の走り書きだった…。

  雨音シナリオの「古い井戸」「黒い不定形なもの」ちゅう内容で真っ先に
  ワタシの頭がトリガーしてしまったのが、このロバート・ブロックの短編。
  不定形の生命体ショゴスについては、ラヴクラフトの『狂気の山脈にて』で
  詳しい描写がなされるほか、『戸口にあらわれたもの』『インスマウスを覆う影』
  などでも一瞬言及されるけど、恐怖小説的な不気味さ加減ではこの短編が一番かな
  と思うわたくし。いやこの短編読んでたら、
  雨音シナリオの夢のシーンで連想しちゃうって(笑)。ワタシだけ?

【廃屋に放置された魔道書】
  猫屋敷で主人公が発見した書「第三界」。このシチュエーション…デジャブー(笑)!
  これに関連して、クトゥルー関係で何か作品を引こうかと思ったけど、
  ラヴクラフトの『闇をさまようもの』とかオーガスト・ダーレスの『谷間の家』とか、
  枚挙に暇がなさすぎなので割愛(笑)。
  たぶん、創元推理文庫から刊行されている『ラヴクラフト全集』とか、
  青心社の『暗黒神話体系シリーズ クトゥルー』とかの作品群を探れば、
  叩けば出る埃のごとく、そういった場面には出くわしまくるでしょう。
  アブドゥル・アルハザード著「ネクロノミコン」を筆頭として、
  「エイボンの書」「屍食教典儀」「ナコト写本」「無名祭祀書」「妖蛆の秘密」
  「ルルイエ異本」などがよく言及される魔道書。「第三界」ちゅうタイトルも、
  なんかいかにもってカンジですね。内容はちょっとらしくないような気もするけど
  気にしないことにする(爆)。

【オドとイズ=ホゥトリャ】
  もちろんこんな名前はラヴクラフトの作品にもクトゥルー神話の中にもでてこないけど、
  名前だけはすげーらしいよなぁ…。っていうか、
  こんな風に無節操に無国籍で登場してくるのは、
  クトゥルー関係の邪神とその眷属くらいだろうし(笑)。
  その実態はといえば、あんまりクトゥルーとは関係なくて、
  どちらかっちゅうと普通のそこらの神話っぽいけど…。
  召喚の際の文言はふつーの文言で、
  別に「いぐないい…いぐないい…とぅふるとぅくんぐあ…よぐ=そとほーす…」とか
  言ってるわけでもないし(笑)。名前と雰囲気をうまく使ったなぁ、
  と勝手に思い込むわたくし。

【H・P・ラヴクラフト『ウルタールの猫』】
  (創元推理文庫「ラヴクラフト全集6」収録)
  猫好きラヴクラフトが伺える一品。
  藍も猫好きですが、藍シナリオとこのお話の共通点は
  「猫をいぢめると後が怖い」(笑)。
  あと、クトゥルーとは関係ないけど、猫屋敷のショッキングシーンのモチーフは、
  きっとエドガー・アラン・ポオの『黒猫』でしょうね。

【H・P・ラヴクラフト『ピックマンのモデル』】
  (創元推理文庫「ラヴクラフト全集4」収録)
  画家、リチャード・アプトン・ピックマンが失踪した。
  病的かつ冒涜的な画風を天才的な技巧でもって描ききる画家だった。
  最後にピックマンと会った男は語る…貧民街のピックマンのアトリエで見たものを…。
  八車斎臥…モロにピックマンじゃん(涙)。
  ピックマンのモデルがアレなら、八車斎臥のモデルは…あうあうあう…。

【C・A・スミス『彼方からのもの』】
  (青心社「暗黒神話体系シリーズ クトゥルー3」収録)
  芸術家を題材にした作品をもうひとつ。八車斎臥のキャラクターを除けば、
  ネタ的には『ピックマンのモデル』よりもこっちのほうがこのゲームに近いかも。
  だからあらすじは書きません(笑)。ところで全然関係ないですが、
  C・A・スミス(クラーク・アシュトン・スミス)のヒューペルボリア関係の
  作品(『ウボ=サスラ』『七つの呪い』『魔道士エイボン』『アマタウスの遺言』)
  は、クトゥルーのくせに笑えるというミョーな短編群なので個人的には大好きです。
  あ、『彼方からのもの』は正統派の怪奇小説ですよ。笑えません(笑)。

【オーガスト・ダーレス『風に乗りて歩むもの』】
  (青心社「暗黒神話体系シリーズ クトゥルー4」収録)
  いあ!いあ!いたか!いたか、ふたぐん!風に乗りて歩むものの外見描写に注目。
  クトゥルーの邪神もほとんどダイダラボッチ扱いである(涙)。

以上を読んで見て、ますます奥深さにハマル(笑)
内容を確かめる為、上述されているラヴクラフトの本を始め、関連のある資料を購入。
原典に実際に目を通してみると確かに『青空』にはこの概念がそのまま使われているようです。
公式ビジュアルブックに目を通してみると、鷹取兵馬さんはラヴクラフトの影響を受けているらしく、
私の勝手な妄想ではないと言うこともわかりました。
パロディと言えばパロディだけど、クトゥルー神話を知ってる者は当然のこと、
私のように知らなかった者でもあれほど楽しませてくれたのだから、
『青空』におけるクトゥルー神話体系の利用は巧い使い方だと思います。


このルーツを辿ろうとすると、とんでもなく世界が広いです。
また、彼の作品の殆どが夢で見た狂気の世界を題材にしている点が面白いです。
とはいえ、ここまで後の人に信奉されているのは、彼のオカルトに関する知識が
尋常ではなかったことが考えられます。いったいどこでそんな知識を得たのだろう、
と彼に関しても考察すべきことが色々とあって面白いです。

話の展開は、ある程度パターン化されています。
主人公は最初、自分の周りで起こる不思議な出来事
(這い寄る混沌)を頑なに否定しているのですが、
最終的に自分の目で見て体験して、その恐怖に恐れ慄く、というものです。
ラヴクラフトが描こうとした純粋なる闇の世界は難解複雑で読みにくく感じました。

彼の作品の後期に入ってくると、クトゥルー神話の元になった作品が徐々に出始めて来ます。
「クトゥルフの呼び声」(ラブクラフト全集(創元社)第2巻収録)がその最初ではないでしょうか?
その後、彼はダーレスと知り合い、互いに協力しながらクトゥルー神話体系を作り上げていきます。
それは多くの作家の心を掴み、彼らもまたこの神話体系を完成させるべく執筆を続けています。
日本では菊地秀行などが代表的なクトゥルー作家です。

クトゥルー神話に関して詳しい紹介をしようとすると膨大な量になってしまいます。
興味を持たれた方は下手に私の説明などを聞かずに、自分で関連文献を探してみるか、
手始めにここ辺りへ飛ぶことをお勧めします。


話は変わりますが、レビューにて採点した得点について、
現在注目を集めている『AIR』よりも『青空』の方を高くしたのは、
全体としてすごく綺麗にまとまっていたという点が大きいです。

『AIR』における翼人伝説と呪いは、晴子と観鈴のラストの感動を盛り上げる為に
作られたものでしかなく、実際に感動したし涙も止まらなかったけど、
それが故に作品をラストまで終えた後に「結局、SUMMER編ってなんだったの?」と
骨が咽喉につかえたような感じにさせる原因になっているのだと思います。

本来一体であったDREAM編とAIR編に深みと感動を持たせる為に、
急遽SUMMER編を追加という形を取ったのでしょうが、
その為に全体としてすごく歪な形に出来あがってしまっています。
SUMMER編は、もう少し手を加えれば独立した作品としても十分に発売出来る
レベルに達していると思います。
それを合体させてしまったが為に、佳乃と美凪ストーリーは単なる前座として
あしらわれる結果となってしまい後味が悪くなってしまったのでしょう。
中途半端であることが、互いのシナリオを台無しにしている感じです。
私が感じたように「母と子の物語」が『AIR』の主題であるとしたら、
あの作品で「いったい何を表現したかったのか」が見えてこないです。

それを考えると『青空』のまとまりの良さは飛びぬけていると思います。
確かに完璧に納得の行くという所まではいかないけど、
剣乃ゆきひろ(管野ひろゆき)氏の『YU-NO』の完成度の高さに並ぶような感じがします。

こう考えて見ても、『青空』は2000年のトップ作品と言えるのではないでしょうか。


<『青空』関連サイト>
 ・「安曇村へ。〜Yamanokami Illusion〜」 音楽と写真。安曇村について考察。
 ・「踊り子の歌 」 『青空』に関する考察。